星のかけらを集めてみれば - 記憶のかけらは風に乗って -

作:澄川 櫂

7.小休止

「このっ!」
 先頭を駆けるリュートが、横に跳びざま小太刀を突き出す。彼に飛びかかるコウモリもどきは、勢いそのままに目玉を貫かれた。
 ぼんっ。
 小さな爆発音を残して飛び散るコウモリもどき。だが、リュートはそれには目もくれず、床を蹴って次なる相手に斬りかかった。新たに出現したコウモリもどきが、翼を大きくして彼を待ち受ける。
「リュート!」
 ミーナはすかさず炎弾を放った。針を撃ちだそうとするコウモリもどきに見事命中。よろめくコウモリもどきをリュートの小太刀が叩き落とした。
「ギッ……!」
 床に落ちて呻くコウモリもどきの一つ目に、魔法の矢が突き刺さる。ラッセルだ。三人の見事な連係プレーの前に、新たなコウモリもどきも一拍おいて飛び散った。
「くっそー。いったい何匹いんだよ」
 頬の小さな切り傷を手の甲で拭いながら、リュートが口にする。
 気絶した巨大サンショウウオを置いて、遺跡のさらに奥へと進んだ三人を待っていたのは、次々と襲い来るコウモリもどき達だった。こうして何とか退けてはいるものの、こうも引っ切り無しに来られてはきりがない。
 ミーナの炎弾やラッセルの風では、彼らを吹き飛ばす事は出来ても、止めを刺すまでには至らなかった。魔法の矢を使えばラッセルにも倒せるが、動きの素早いコウモリもどき相手には分が悪い。自然とリュートの負担が大きくなる。一見、元気そうに見えるリュートも、さすがに息が荒かった。
「どうだ? ラッセル」
「嫌な臭い、強くなってる」
 狐人スマリ姿のラッセルは、改めて嗅ぐまでもないという感じで即答した。これで終わり、ではないわけだ。
「……大丈夫?」
 ミーナは不安を隠せなかった。言外に「戻らない?」との思いを込めて声を掛ける。こんなに危険があるとは思いもよらなかった。二人が大怪我でもしたらどうしよう……。
「へーき。まだ行ける」
 腕にできた別の傷をひとなめして、リュートはそう応えた。ミーナが怖じ気付いていることには気付かなかったようだ。すたすたと先へと進んで行く。不安顔のままでラッセルを向くと、こちらは「大丈夫だよ、きっと」と言って、頷いてくれた。その言葉に少し勇気付けられて、ミーナもリュートを追って歩き出す。両頬を軽く叩いて気合を入れながら。
 幸い、コウモリもどき達の襲撃は一段落したようで、通路の終端まで何事もなく辿り着く事ができた。ぴったり閉じた扉が行く手を遮っている。三人は相談すると、閉じた扉はひとまずそのままにして、いったん小休止することに決めた。水を飲んで喉を潤すと、ミーナは癒やしのまじないをみんなにかけるのだった。
「おー、気持ちぃ〜」
「疲れがすっかり取れたみたい。ミーナ、ありがとう」
 礼を言うラッセルに笑って応えると、ミーナはふと、この遺跡に入った時からずっと疑問に思っていた事を尋ねてみた。
「ねえ、二人は前にもこうした冒険、したことあるの?」
 狐人スマリの仕掛けの事があるから、絶対に初めてじゃないだろうなと思いつつ。案の定、二人は揃って頷くのだった。
「片手で数えられるくらいだけどね」
 とラッセル。
「んでも、こんないっぱい敵が出てきたの、初めてだ」
 リュートはそう言うと、小さく嘆息した。
「ラッセルの雷撃が使い物になれば、もっと楽なんだけどなー」
「使い物になる?」
 微妙な言い回しにミーナが小首を傾げると、リュートは火が付いたように話し始めた。
「ラッセルのやつ、ノーコンなんだぜ。ノーコン。何度もおいらに当たりかけたもんだから、いざって時まで禁止にしたんだ」
「え? それ、本当?」
 ミーナはにわかに信じられなかった。風を見事に操り、弓の腕も確かなラッセルが、そこまで魔法を外すとはとても思えない。
「マジで。不思議なくらい、命中しない」
「……うるさいなぁ」
 ラッセルがさすがに不機嫌な声を出すが、リュートはそれに気付いているのかいないのか、
「弓だと狙い外さねーくせに、なんで当たらないん?」
 と、どこか意地悪そうな口調で訊く。
「加減が難しい、て言ってるでしょ。魔法は。——全く。リュートはしつこいんだから」
 そう言って、何やらぶつぶつと口ごもるラッセルの様子からすると、コントロールが悪いというのはどうやら本当らしい。
「そ、それで、どんな冒険だったの?」
 二人の間に流れ始めた微妙な雰囲気を察して、ミーナは慌てて水を向ける。その声の調子に彼女の不安を感じ取ったのだろう。リュートとラッセルは互いの顔を見合わせると、揃って深く息を吐いて、気持ちを落ち着かせるのだった。
「剣舞祭ん時だよな、初めて一緒に戦ったの」
「うん。リュートが突然、僕のことパートナーに指名して。あの時、すっごいドキドキしたんだよ」
「なんたって、おいらの鼻をだまくらかしたんだからな。こいつは頼りになる、て、本気で思ったんだぜ?」
「えへへ、そお?」
 その二人のやりとりは答えとして不十分だったけれど、ミーナにはどうでもよかった。仲良く笑う二人を見ていると、こっちまで暖かい気持ちになってくる。
(……良かった)
 ちょっぴり羨ましくも思いながら、そっと胸を撫で下ろす。
「さてと、そろそろ行くか?」
 ひとしきり話し終えたところで、リュートが言った。ラッセルも隣で頷いている。すっかり元通りになった二人の様子に、ミーナは改めてほっとすると、笑顔で応えた。
「うん。行こう!」
 その声に合わせたように、ぴったりと閉じられていた扉が静かに開き始める。
「よっしゃ!」
 気合を入れるリュートに続いて、扉に向かって歩き出すミーナ。ラッセル一人だけが、なぜかしら首を傾げていた。