星のかけらを集めてみれば - 記憶のかけらは風に乗って -

作:澄川 櫂

4.祭りの夜のまぼろし?

 本当に、リュートは手紙を出した翌日の晩には着いたらしい。らしい、というのは、会ったのが翌々日の早朝、つまりは今日の明け方だからだ。
 思わぬ形で早起きをしてしまい、気分転換にとポー先生の森を散歩していたところ、ばったり彼に出会したのである。朝市が始まる——ホイールの門が開く時間だ——にはまだ早いので、昨日のうちに着いていたのだろう。
 褐色の肌に印象的なエメラルド色の瞳。髪の色は若草色で、量のある髪の合間からは、銀色の飾り羽根が一対、ふわりと弧を描くようにして延びている。腰には髪と同じ色の長いしっぽ。素朴さと野生味ワイルドさの入り交じった顔はいかにも亜人の風体だが、早朝の柔らかい日差しを受けて鈍く輝く飾り羽根は、相も変わらず見事で素敵だ。
 その銀の羽根を揺らして驚いた様子のリュートだったが、彼が口にした言葉は意外なものだった。
「あれぇ、ミーナも来たの?」
「え?」
 も、て?
「いや、ラッセルから『この時間にここで会おう』て言伝があったんだけど、ミーナが来るとは聞いてなかったからさ」
「ラッセルが?」
 いつの間にと思いつつ、何を話すつもりなのかと不審に感じていると、
「おはよー、リュート。ありゃ、ミーナも来てたの?」
 当の本人がやってきた。ミーナの姿を見て少し目を見開いたものの、大して驚いた風でもない。
「言伝して呼んだって、リュートから聞いたんだけど……」
「だってほら、何があるか判んないじゃん。夜だし。先にリュートに話しておけば、色々と下調べしてくれるかなー、て。それに、準備の時間も欲しいでしょ?」
 探りを入れるミーナにさらりと応えると、最後はリュートの方を向いて言う。
「そらまあな。て、そーゆーネタなん?」
「さあ?」
「さあ、て……」
「それも含めて判断して欲しいなー、なんて」
「……たく、これだ」
 ぺろっと舌を出すラッセルの言葉に苦笑するリュート。その段になってようやく、ミーナは自分が何の用意もしてなかったことに気がついた。
「ごめんなさい!」
 耳まで真っ赤になって頭を下げる。
「あたし、リュートに来てもらうことしか頭になかった」
「いいっていいって。そーゆーの、ラッセルに任せとけば良いようにしてくれっから。なっ?」
 リュートに振られてこくんと頷くラッセルは、
「ねえ、ミーナ。せっかく来たんだから、直接、説明してあげたら?」
 と、顔を上げたミーナに笑ってみせるのだった。

「ふーん、古文書にねぇ」
 一通り話を聞き終えたリュートは、そう呟くと節を付けて何事か何か口ずさんだ。ミーナの知らない言葉である。
「たぶん、そう書いてあんだと思う」
「知ってるの?」
「おいらの村の伝承によくある文句。きっとそれ、案内人のこと言ってんだよ」
「案内人?」
「そ、案内人」
 オウム返しのミーナに応えて、腰掛けていた岩からぴょんと降り立つリュート。頭の飾り羽根と長いしっぽを揺らしながら振り向くと、彼は請け合った。
「ま、何とかなるっしょ。ラッセルもいることだし。な?」
「な、て……。振られても困るんだけど」
「あれ? 解んないん?」
 意外そうな顔で問いかけるリュートに、ラッセルはしばし腕組みをして考え込むが、
「……あー、なんかこう、ここまで出掛かってる気がするのに。うー、もどかしい」
 片手を喉のあたりに当てて身悶えする。リュートは笑った。
「大丈夫、行きゃあ嫌でも思い出すって。探検に必要そうなもんはこっちで用意すっから、二人は上手く抜け出す方法でも考えといてな。集合場所は当日までに知らせるよ」
 言われてまたもドキリとするミーナ。門限のことをすっかり忘れていた。夕飯の時間を過ぎて出歩くとなると、外出許可が要る。
 ——どうやって先生を納得させよう?

「それじゃあ先生、あたしはここで」
「楽しんでいらっしゃい。でも、あまり遅くならないようにね」
「はーい」
 指導教官であり、身元引受人でもあるレイハールと別れたミーナは、待ち合わせ場所の庭園遺跡目指して、坂道を小走りに駆けた。二つ並んだ満月めがねづきに照らされて、辺りはまるで昼間のように明るい。見上げれば満天の星空。祭りの花火を観賞するにはもってこいの夜だ。
(あたしってほんとツイてる)
 我知らず笑みがこぼれる。もちろん、ミーナの目的は花火などではないが、誤魔化すにしても自然であるに越したことはない。
 結局はラッセルの言うとおりだった。「ラッセルと花火見て、夜店回る約束があるの」と説明したところ、特に不信を抱かれることなく外出を許可してもらえた。
「だって、お祭りだよ。夜店も出るし、口実にはもってこいでしょ」
 とはラッセルの言。さらっと出てくるあたり、こういうことに随分と慣れているようだ。実際、全く疑われずにこうして抜け出すことができた。もっともニケには「へー、いっちょ前に青春してんだ」とからかわれてしまったが。
 言葉だけ聞けばデートの約束以外のなにものでもない。ニケに言われ、そのことにようやく気付いて真っ赤になって否定したミーナだったが、後の祭り。レイハールを含めてあの場にいた人間は皆、一緒になってミーナをはやし立てたのだった。
(そう言えば、ラッセルはどう思ってるのかな)
 あのときのことを思い出して我知らず顔を赤らめるミーナは、ふと思った。ラッセルも同じ口実で抜け出すと言っていたが、彼の指導教官であるポー先生のところには、ニケ以上に口の達者なチイがいる。確実に似たような目に遭っているはずだが……。
 と、その時、前方の林から甲高い悲鳴が聞こえた。次いで、茂みを突き破って小柄な人影が飛び出してくる。
「ニケ!?」
 両手で頭、というか両耳を抱えながら走り出た人影は、紛れもなくニケである。だが、彼の方はミーナに気付いた様子もなく、転びながら坂道を一目散に駆けて行く。短いしっぽもパンパンだ。
「な、何……?」
 呆然と見送るミーナの耳に、林の奥から誰かの話す声が聞こえた。そんなに遠くからではない。たぶん、この先の曲がり道を抜けた辺りだろう。恐る恐る先へ進んでいくと、道端に延びる二つの影が目に入った。
 一つはリュートだろうか。細長いしっぽに頭から生えた二本の羽根のようなもの。もう一つは誰だろう。同じようにしっぽがあるけれど、太くてふっさりした感じの形。頭のてっぺんにある山型は耳かな。
「にしても、いったい何見たんだろうね」
「ニケのやつ、弱虫だかんなー。案外、大したことねぇかも」
 頭の羽根らしき影を揺らしながら、一方が応える。この声は間違いなくリュートだ。でも、
「アハハ、ありそう」
 会話のもう一方の声は、ミーナの知らない男の子のもの。と、その誰だか判らない方の影が、すっと消えるように見えなくなった。後を追うように、リュートの影も遠ざかって行く。つられて慌てて飛び出すと、そこにはリュートが一人で立っていた。少し離れた遺跡の入り口にラッセルの姿もあるが、さっき見たもう一つの影の持ち主は見当たらない。
「……あれ?」
「お、ミーナ。……どうしたんだ?」
 キョロキョロと辺りを見回す彼女に、きょとんとした様子でリュートが声をかける。
「ねえ、今、ここにもう一人いなかった?」
「え? さあ……」
「変ねぇ……。幻でも見たのかしら」
 道端に延びるリュートの影を見ながら首を傾げるミーナ。
「どーしたの?」
 ラッセルが不思議そうに駆け寄ってきた。
「ミーナがお化け見たって」
「ええっ!? に、ニケのがうつったんじゃないの?」
「そんなに強くやってねーぞ」
「……何の話?」
 何やらビクつくラッセルと、口を尖らせるリュートのやりとりに、ミーナは思わず訊いてしまう。
「ニケの奴がさ、なんか知らんけど後つけてくっから、幻覚見せて追っ払ったんだ。本人にしか効かないはずなんだけどなー」
「それで血相を変えて飛び出してきたのね」
 ニケの弱点はミーナもよく知っている。自分の見た影も、リュートがニケに見せた幻覚の名残とすれば説明が付く。
 ……ん? でも、リュートと会話してたよな、あの影。
「ま、いっか。それよか早く行こうぜ。ニケの奴が戻ってくると面倒だろ?」
 ミーナの疑問をよそにリュートが言う。確かに、花火を無視して他へ向かうところを彼に見られでもしたら、ちょっと困ったことになる。
 釈然としないのはさて置いて、ひとまず目的に集中しよう。