星のかけらを集めてみれば - 灯鈴あかりすず -

作:澄川 櫂

3.お茶会情報交換

 ホイールの中心から少し西へ行ったところにある噴水広場は、ランチの名所として知られていた。崖を生かして設置された雨除けのおかげで、よっぽどの暴風雨でない限り落ち着いて食事ができるからだ。もちろん、晴れていれば噴水の縁石に腰掛けてランチを楽しめるのは言うまでもない。
 お昼休みが終わる少し前に着いたミーナは、そわそわしながらラッセルを待っていた。彼の姿を見逃すまいと目を凝らす。ところが、ラッセルの声は予想に反して頭上から届くのだった。
「お待たせ〜!」
 びっくりして見上げると、すぐ近くの木の枝から顔を見せたラッセルが、ぴょんと飛び降りてきた。少しばかり辺りを見回すと、
「汁物はないよね?」
 と尋ねる。
「え? う、うん」
「ちょっと近道するから、しっかり掴まってて」
 困惑するミーナに左腕を回すと、右手で円を描く仕草をする。途端、唐突に沸き上がった風に押されて二人の体が浮き上がる。
(ええーっ!?)
 ミーナがぎゅっとラッセルの体を抱きしめたときには、二人の姿は崖の上にある。ほどなく彼らは、東屋のある森林の合間に開けた空間へと降り立った。
「到着ぅ〜」
「な、何が起きたの?」
「風の力を借りたんだ」
「いらっしゃーい!」
 半ば呆然とするミーナを獣族の少女が出迎えた。明るいクリーム色の毛並みの小熊猫族コロパンクルだ。
「ラッセル、お茶の用意できてるよ」
「ありがとう、チイ。急にゴメンね」
「いいっていいって。あなたがミーナ?」
「え? ええ……」
「へぇ〜」
 ビー玉みたいな赤いくりくり眼でしげしげとミーナを見つめる小柄な小熊猫族コロパンクルの少女。相変わらず戸惑ったままのミーナの様子にくすくす笑うと、ラッセルを向いて続ける。
「後片付けは任かせて良いんだよね?」
「もちろん」
「あ、帰りに晩のスープ買ってきてもらえる?」
「いいよー。トマト? キノコ?」
「んー、キノコ」
「りょーかーい」
「ではごゆっくり」
 最後は笑顔でミーナに言って、彼女は道伝いに森の奥へと歩いて行った。
「チイはね、ポー先生のお宅でお手伝いさんをしてるんだ。ニケの幼馴染みなんだって」
「ニケを知ってるの?」
「よくチイのとこに来てからかわれてるよ」
 思わぬ繋がりに驚くミーナ。でも確かに、ニケは仕事をさぼってちょくちょくどこかへ出かけている。とことん不真面目なやつ、という思いを新たにしていると、先に東屋に入ったラッセルが大きく手を振った。
「ミーナ、早く早く。お茶が冷めないうちにいただこう!」
 招待したんだかされたんだかよく分からなくなったランチは、こうして始まった。少し緊張していたミーナだったが、実に美味しそうにサンドイッチを食べるラッセルを見ているうちに、いつの間にかそれも和らいでいた。
「こんなに素敵なところがあったんだー。全然知らなかったよ」
「植物園の一番奥にあるからね。公開日も限られてるし」
「そうなの?」
「掃除するの大変なんだ。特に秋。そこら中、落ち葉でいっぱいになるんだよ」
 ラッセルの担当教授、土爪族モーラのポー先生は、土いじりが趣味だった。大地の魔法を得意とすることもあって、昔からさまざまな植物や農産物を育ててきた。同族であり今は奥さんのユン先生と二人、コツコツと作り上げたのがこの植物園だった。
 そんな経緯もあって、植物園の管理はポーに任されていた。自然、ポーの元で学ぶラッセルも、その維持管理を手伝うことになる。
「でも、こーゆー役得あるし、お手当もちゃんと出るから、それなりに楽しいかな」
「さっきの近道はよく使うの? あれって風の魔法だよね?」
「うん。控えるように言われてるんだけど、楽なもんだからつい……。ナイショだよ」
「むやみに魔法使っちゃダメ、て校則にあるものね」
「それもあるんだけど、僕の風の魔法、普通の魔法とちょっと違うらしくて。良くないことが起きたら大変だから、注意するように、て。……ちっちゃい頃から散々使ってたけどなんともなかったし、平気だと思うんだけどなぁ」
 不満げな口調で続けながら、ポットを手にするラッセル。
「……冷めちゃったかな?」
「あ。あたしに任せて」
 ミーナは言ってラッセルからポットを受け取ると、両手に小さな炎を呼び出した。焦げることのないよう炎をマナで覆ってから、それでポットをあぶって温める。
「へぇ〜。器用だね。ミーナは炎の魔法が得意なの?」
「ようやく家事に応用できるようになったくらいだから、まだ得意ってほどじゃないけど……」
「レイハールおば……先生もそういうのオッケーなんだ」
「も?」
「ポー先生、僕がよく近道してるの知ってるみたいなんだけど、何も言わないから。生活する範囲で使う分には大目に見てもらえるのかな……?」
 腕組みして考え込むラッセルだったが、温まったお茶を注いでくれるミーナを見て、ふと気付いたように言った。
「ミーナ、呪文も道具も使わなかったね」
「調整が難しいだけで、炎を呼び出すこと自体は簡単だから。あ、でも、強い魔法使う時、頭に浮かんだフレーズを思わず口ずさんじゃうくらいで、呪文はあまり使ったことないかも」
「そうなんだ」
「そういうラッセルだって、さっきの風の魔法、呪文使ってないよね?」
「うん。雷と風の魔法は、ちっちゃい頃から呪文なしで使えたから。でも……」
 ミーナに問われて答えたラッセルは、そこで口籠った。小さくため息をついて、ひと呼吸置いてから続ける。
「……実は僕、呪文使う魔法、ものすごく下手なんだ。魔導書読むのも苦手だし。先生方は『気にする必要ない』て言ってくれるけど、みんなして不思議不思議言うから、僕、なんか変なのかな、て。だから、ミーナが同じように呪文なしで魔法使えるって聞いて、安心しちゃった」
 心底ほっとした表情を浮かべるラッセルだったが、
「……あ。ミーナも変とか、そういうことじゃないからね!」
 慌てて付け足すのだった。これにはミーナも思わず苦笑い。
「そんなこと思いもしないよ」
 角のこともあってミーナは自分を変わり者と思っているから、ラッセルの言葉はまるで気にならなかった。戸惑ったのは「同じで安心した」と言われたからであって、むしろ嬉しいの部類に入る。
 とは言え、知り合って間もないラッセルにそれを伝えるのは、なんとなく憚られた。焼き菓子に手を伸ばしつつ、会話を進める。
「レイハール先生が言ってたけど、呪文に頼らない魔法に適性のある子は少ないんだって。だから、呪文を使いこなすことより、今使えている魔法を伸ばす方に力を入れなさい、て」
「へぇ〜……て、それでなのか。ポー先生優しいけど、肝心なことはいつも教えてくれないんだよなぁ」
 半ば諦め顔で天井を仰ぐラッセルだったが、すぐに何か思いついて視線を戻す。
「ねえミーナ、もし良かったら、時々こんな風に情報交換しない?」
「え? ええ、いいけど……」
「あ、でも僕も何か出さないと交換にならないか」
 そう言ってネタを手繰るラッセルは、
「あのね……」
 と、おもむろに口を開くのだった。

「ただいまー!」
「おかえり、ミーナ。その顔を見るに、喜んでもらえたようだね」
「うん! ナーシャのアドバイスのおかげ。ありがとう。これ、お土産」
 満面の笑みで応えると、ミーナはイチゴの入った小袋を手渡した。
「あら、ポーの畑で採れたやつ?」
「うん。帰る前に研究室へお礼に寄ったらおすそ分けしてくれたの」
「いい匂い。さっそく今夜のデザートにしましょう」
 と、その香りに釣られたのか、ニケが奥から出てきた。ミーナを見るなり憎まれ口をたたく。
「イチゴくらいでえらいご機嫌だな。単純なやつ」
 いつもならムッとして言い返すところだが、この日ばかりは笑ってしまった。ラッセルから得た“情報”を思い出して。
「な、なんだよ?」
「ごめんごめん。でも、餌に釣られて単純な罠に引っかかったニケには、言われたくないなぁ」
「いっ!? なんでそのこと……」
「あらぁ。遂にミーナにも知られちゃったわね」
「あ、ラッセルだな。ラッセルがバラしたんだな?!」
「えっと……」
「バラすも何も口止めしてなかったじゃない」
 いきり立つニケをナーシャがやんわりと諭す。
「それに、約束なら先に破ったのはニケ、あんたの方でしょうが」
「そ、それは……」
「いくらチイの味方だからって、むやみやたらに話すような子じゃないよ、ラッセルは。そのことはお前も重々承知してるだろう?」
「もういい!」
 言葉を重ねるナーシャにぷいと背を向けると、ニケは玄関の扉を乱暴に開けてどこかへ行ってしまった。
「やれやれ。いつになったら改まるのやら」
「なんか凄い音がしたけど、どうかしたの?」
 奥にいたレイハールもさすがに気付いたようで、読みかけの本を手にしながら顔を見せた。無言で応えるナーシャだったが、ニケの姿が見えないことで、レイハールは何事が起きたのか察したらしい。
 ミーナと目が合うと、彼女はちょいちょいと手招きして自室に戻るのだった。

「やっぱりそうか。相変わらずねぇ」
 ミーナから一部始終を聞いたレイハールは、呆れ顔で言った。素直に謝ってればこうはならなかったのにね、と続ける。
「あの、何があったんですか」
「ん? ああ……」
 不思議そうに訊ねるミーナの様子に、彼女が来る前の出来事がきっかけであったことを思い出す。
「ラッセルくんがホイールに来たその日にね、ニケ、チイと大喧嘩したのよ」
「ニケのせいで?」
「一概にどちらが悪いとも言えないわね。ニケのいたずらが過ぎたのは確かなんだけど、チイも相当煽ってたから。売り言葉に買い言葉というか」
「え?」
 ミーナはにわかに信じられなかった。昼過ぎに会った時の様子から、とてもそうは思えなかったからだ。どことなくいたずら好きそうには見えたが……。
「口喧嘩でチイに敵う子、いないわよ」
「ええっ?」
「もっとも、この頃は武勇伝をあまり耳にしないけどね」
(どんだけ……)
 愛くるしい姿とてんで結びつかないレイハールのチイ評に戸惑うミーナ。が、すぐにニケと同じと気付いて、ひとまず受け入れる。
「ニケとチイは幼馴染みで、小さい頃からしょっちゅう喧嘩してたんだけど、あの時はどこでどう掛け違えたのか」
 チイは物心つく前に流行病はやりやまいで両親を亡くしていた。彼女のきつい一撃に言い返したニケは、勢い余ってそれを反撃材料にしてしまったのだった。
 直後に禁句であったことを思い出すニケだったが、時すでに遅し。両手で口元を押さえる目前で、チイはポロポロと涙をこぼしている。傍にいて抱きつかれたラッセルは、彼女の背中を優しく撫でながら、ニケに向かって言った。
「全部君が悪いとは言わないけど、今のは謝るべきだと思うよ」
 初対面のラッセルに言われたからか。それとも、ぎゅっとラッセルにしがみついて泣くチイの姿に動揺したからか。ニケはその場で謝ることができなかった。
「本人はもちろん気にしてたんだろうけど、ラッセルくんもかなり気にしてね。数日後にうちに来たの。チイがあれから塞ぎ込んでるから、ちゃんと謝って元気付けて欲しいって。それなのにニケときたら」
 ラッセルと一緒にポーの家を訪ねたニケだったが、いざチイを前にするともじもじした挙句、謝罪とは真逆の言葉を口にした。これにはラッセルも呆れてしまい、後日の罠事件へと繋がるのである。
「実はね、チイは本当はうちへ来る予定だったの」
「え?」
「男の子は男の子同士、女の子は女の子同士の方が話しが合うだろう、て。でも、この一件でチイがラッセルくんにべったりになっちゃったから、入れ替えることにしたのよ。そのおかげでチイは元気になったんだけど、ニケにはそれが面白くなかったみたい」
「……?」
「チイに続いてミーナと仲良くなるのも、ニケには許せないようね」
 そう言って笑うレイハールの様子に、ようやくミーナも気付いた。
「もしかして、ニケ、ヤキモチ妬いてるの⁈」
「多分ねー。そこに関してはラッセルくんもだいぶ気を使ってくれてるんだけど、当の本人は気付いていないみたい」
「そうなんですか?」
「私と知り合いなのに、ラッセルくん、ミーナが来てから一度もうちに来てないでしょう?」
「あ……」
「気にせず顔を出してくれれば、もっと早くに知り合えたのにね」
 少し残念そうな感じで続けるレイハールに頷くミーナだったが、頭の中では別のことを考えていた。罠事件の話の最後に、ラッセルが気にしていたこと。ヤキモチを妬いていたニケ。そしてニケの性格——。
「先生、ニケが引っかかった餌って、なんだったんですか?」
「果物よ。ニケの大好物の」
「ああ……」
 やっぱり。もしかしたらニケ、いやしさに目が眩んだんじゃなくて……。
「ミーナ?」
「あたし、ニケ探してくる!」