星のかけらを集めてみれば - 灯鈴あかりすず -

作:澄川 櫂

4.ヤブナシ仲直り

 裏の森の奥、獣道の一つを抜けた先の少しだけ開けたところに、ニケはいた。岩に腰掛ける後ろ姿はしょんぼりとして、しっぽも力なく垂れている。
「こんなところがあったんだ」
 辺りを見回しながらミーナは口にした。静かでありながら風通しは良く、程よく陽も射し込んでいる。頭上には大きな枝の張り出しがあり、小雨くらいなら充分凌げそうだ。ちょっとした隠れ家のような空間。
「お前、どうやって……?」
 そう簡単に探し出せる場所ではないからか、驚くニケは逃げ出すのも忘れて振り向いた。
「失せ物探しのお呪い。あたし、結構得意なんだ」
「そこまでして笑いに来たのか?!」
「そんな意地悪しないって。ニケじゃあるまいし。ちょっと確かめたいことがあったの」
 苦笑しきりのミーナ。
「……なんだよ?」
「ニケさ、“灯鈴あかりすず”作ろうと思ったんじゃないの?」
 ミーナのその問いを耳にするや否や、ニケは無言ながらあからさまに狼狽えてみせた。
「やっぱり。ヤブナシの実、中くり抜いて乾燥させたら綺麗だものね」
「……どうして気付いたんだ?」
「ラッセルが気にしてたのを思い出して」
「え?」
 しっぽを縄に締められて勢いよく木の上に釣り上げられたニケを大いに笑い、「そんな愚か者は許してあげるー!」と高らかに宣言したチイ。そのまま立ち去ろうとする彼女だったが、
「あれじゃニケのしっぽ、ちぎれちゃうよ」
 ラッセルは心底心配して、風の力を借りてニケの元に寄った。彼の体を抱えて手近な枝に降り立つと、風刃で縄を切り、しっぽに巻きついた残りをほどきにかかる。
「あの時のニケ、ずっと声を出さずに泣いてたんだ。悔しいって感じじゃなかったから、どうしたのかなって気になって」
 とはラッセルの言。
「先生に餌がなんだったか訊いたら、ニケの大好物だって教えてくれて。でも、ニケ食いしん坊で食い意地張ってるけど、拾い食いだけはしないでしょう? だから……」
 ミーナの言葉が終わる前に、ニケは歩き出していた。
「ニケ?」
「チイんとこ行って謝ってくる。これ以上、ラッセルに借り作りたくねぇからな」
 言うや駆け出すニケを見送るミーナは、笑いを隠せなかった。同時に、この事を教えてくれたラッセルの意図を知る。
 先生も言っていたように、ニケは恐らく、チイのことを好いている。それが成就するかどうかはニケ次第だけれど、チイも実はまんざらでもないかもしれない。だから、この件は当人同士をぶつけた方が良いのだ。
 ナーシャが言っていたように、ラッセルはただ面白いからと言う理由だけで、他人の秘密を話すようなことはしないと思う。話してくれたからには、きっと理由わけがあるはずだ。そして、ニケもそのことを知っている。
「ミーナ!」
「はい?」
「間違ってもあいつに、ラッセルにこのこと話すなよっ‼︎」
「ニケがちゃんと謝れたらねー」
 獣道に入ったところで振り向いて言うニケに、笑って返すミーナ。
「うっせーっ!」
 その照れた一言を残して、ニケは森の奥、ポー先生の家のある方角を目指して駆けていった。

「わー、すごーい!」
 数日後、ポー先生宅でのパーティに招待されたミーナは、ラッセルとリュートが協力して運んできた大籠を目にするや、歓声を上げた。様々な木の実、果物、キノコと森の幸が満載な上に、魚の干物までぶら下がっている。
「おいらの村で採れるもん、いろいろ持ってきた。干物はおいらが今年釣った中で一番でかいやつ」
 大籠を下ろして誇らしげに応えるリュート。
「おー。立派だねぇ。あ、傷は大丈夫だった?」
「バッチリ。あんがとな」
「いえいえ」
 にこやかに言葉を交わす二人の横で、大籠から手を離したラッセルは、小さく嘆息して口を尖らせた。
「でもさ、こんなにいっぱい持ってくるなら、前もって知らせてくれればいいのに」
「ん?」
「クーランがわざわざ呼びに来たから何事かと思ったら、荷物運びだもんなぁ」
 言ってもうひとつ溜息をつくラッセルの姿に、リュートはカラカラと笑った。
「スーロゥが驚かせたい言うからさ。ラッセルだって喜んでたじゃんか」
「そりゃあ、久しぶりに会えて嬉しかったから……」
「うっはーっ! ごちそう山盛りだ!」
 何か言い返そうとするラッセルを遮って、ニケの声が響いた。水色の瞳をキラキラさせて、大籠とテーブルを交互に見やる。
「あいつも呼んだん?」
「今日はみんなでパーティだよ。ほら」
 ラッセルに促されてリュートが視線を転じると、ちょうど木々の合間からレイハールとナーシャが姿を見せるところだった。
「これはまた豪勢ね」
「ニケ。せめてよだれは拭なさいな。みっともない」
「別にいいだろ? おー、こっちのも美味そう」
 祖母の言葉もなんのその。豊富な獲物を前に戦略を練る構えのニケ。と、そこにドリンクを運ぶチイが出てきた。
「あ、食い意地大将」
「……なんだよ」
「別にぃ。今日はミーナへのお礼がメインなんだから、少しは遠慮しなさいよ」
「こんだけあるんだからミーナが食べ過ぎないよう協力してやらないとな。なんて後輩思いな俺様」
 へへんと胸を反らすニケの返しに、さすがにムッとするミーナだったが、
「へぇ〜。ミーナ! ニケ、余りもので良いってさ!」
「へっ?!」
「ミーナが食べきれずに残したもの片付けてくれるだなんて。本当に優しいなぁ。ニケは」
 皮肉たっぷりなチイの解釈を受けて吹き出してしまう。確かに間違ってはいない。
「ありがとうニケ! できるだけニケの好きなものからいただくようにするね!」
「そんなぁ……」
 心底情けない顔で肩を落とすと、ニケはチイに文句を言い始めた。
「お前が変なこと言うからおかしなことになったじゃないか。どうしてくれんだ」
「あら。わたしはあんたの小難しい言い回しを簡潔に表現し直しただけよ? 文句言われるのは心外だわぁ」
「曲解もいいとこじゃねぇか!」
「心にもないこと言った口から出る異議は聞こえなーい」
 わざとらしく耳を塞いでそっぽを向いてみせるチイを見て、ラッセルが心配顔でミーナに囁いた。
「やっと仲直りしたと思ったらまた喧嘩。本当に大丈夫なのかな……」
「大丈夫だと思うよ」
「えっ?」
 即答されてきょとんとするラッセルにクスクス笑うと、ミーナは改めてチイを見た。彼女のしっぽに結わえられた小さな“灯鈴あかりすず”は、紛れもなくヤブナシでできたもの。先日会ったときには身につけていなかったから、あれは間違いなくニケがプレゼントしたものだ。
「元の二人に戻っただけだからね」
 そう続けて、ミーナは微笑んだ。

灯鈴あかりすず」おしまい