魂の還るところ 〜Return to the Earth〜 ゆりかごの記憶

作:澄川 櫂

3.港口にて

 試験巡洋艦シーガルの艦内に警報が鳴り響く。サイド2・19バンチコロニーアイランド・チムニー港湾局より発報された信号を受けてのものだ。当直オペレーターのハルカが手早く問い合わせるも、先方は相当混乱しているらしい。五分ほど粘ったにもかかわらず、さしたる情報は掴めなかった。
「反対側のベイブロックで事故発生。詳細不明につき各員は現状待機のこと。繰り返す。各員は現状待機のこと」
 艦内に通達してマイクを切る。いち早く戻ったウォレスに艦長の呼び出しを頼むと、彼女は情報収集に専念した。軍、警察、消防、報道、ローカルネット。アクセス可能な範囲で横断検索をかけるが、今のところめぼしいデータはヒットしない。
 そうして次の打ち手を思案し始めた時、
「この耳障りな警報はなんとかならんのか」
 ブリッジに入ってきた男のしゃがれた声が、ハルカの邪魔をするのだった。ラフに羽織った白衣をはためかせながら、声の主、カルヴァン所長が流れてくる。彼女らの大ボスだ。
「何があった」
「さあ。爆発らしい、との噂は複数ありますが……」
「爆発? またぞろテロってか」
 薄いなりに乱れた髪を撫で付ける所長は、不快げに言って携帯する個人端末を開いた。彼独自の情報源でもあるのだろうか。少し興味をそそられるが、ちらっと覗き見た限りでは、どこかのニュースサイトらしかった。
 こりゃ望み薄。内心嘆息してコンソールに視線を戻すハルカ。案の定、数分とかからず所長が苛立ち始める。
「ええい、艦長はどこで何をしとるんだ」
「知りませんよ。予定ではそろそろ戻る頃ですが……どお?」
 言いながらウォレスに振ってみるが、寡黙なナビゲーターは黙って肩をすくめるばかりだった。
「繋がらんのか」
「ずっと話中で」
「まったく、肝心な時はいつもこれだ」
 呆れ果てる所長の艦長評に、ハルカ以下のブリッジクルー達がどうしたものかと思っていると、
「それは申し訳なかったですな、所長」
 他ならぬ艦長本人が応えるのだった。振り向く一同の視線の先で、通話しながら戻ったウォード艦長が、何食わぬ顔でキャプテンシートに収まる。
「いや、こっちの話だ。で? ……ああ、それはもちろん。了解、“スナイパー”」
 ほどなく通話を終えた艦長は、誰が口を開くよりも早く指示を出した。
「警報を止めろ。傭兵どもの待機も解除だ」
「おい、まだ詳細も判らんというのに」
「予備配管へのバイパスのはずが廃止配管へ接続、残留ガスに引火して爆発したそうだ。ハルカ」
「え? あ、はい」
 突然の指名に戸惑うハルカだったが、コンソールを指差す艦長に促され、ようやくファイルが転送されていることに気付く。中身を確認する間も無く、彼女は慌ててメインスクリーンにそれを投影した。
「燃料パイプライン、ですか」
「定期メンテナンスのため、センターからルートを切り替えた後で事故が発生……?」
「ま、プログラムバグの類いだろうな」
 言いながら、ウォードは追加で送られてきたらしいファイルをいくつか転送する。作業工程表とログらしきもの。それに、爆発の瞬間を捉えた監視カメラの映像だ。
「情報屋の仕事は早い。港湾局の状況など筒抜けだな。軍属の身分証ちらつかせたらすぐに裏が取れたよ」
「これ、港湾局の署名付きじゃないですか⁉︎」
 驚くハルカをよそに、ウォードは所長を向いて言った。
「ご覧のとおり、単なる事故と思って良いと思いますが?」
 鼻の穴を大きく広げるカルヴァンは、ややあって分かったというように軽く手を挙げると、通信パネルを操作してハンガーで作業する部下を呼び出した。
「どうだ?」
「搬出物の準備は滞りなく」
「いや、システムの方だ」
「安定していますよ。データ送りますか?」
 眼鏡をかけた細面の女性が淡々と応じる。個人端末に転送されたデータにざっと目を通すカルヴァンは、
「艦長、外線です。サナリィのホーガンさん」
「回してくれ」
 ウォレスと艦長のやりとりを耳にして、部下との通信を維持したまま目を向けた。ほどなく受話器を置いたウォードが、簡潔に内容を伝える。
「先方の専用ゲートも一時封鎖を食らったとのことだ」
「聞こえたか? ワーナー君。すまんが先方を見送るまではそのまま待機してくれ」
「かしこまりました。回復までどのくらいかかりそうです?」
「一時間はかからないだろうというのが、先方の見立てです」
 ワーナー女史に問われたウォードは、丁寧な言葉遣いで答えた。所長への返しとはえらい違いである。当の本人は何も言わなかったが、ハルカが横目でカルヴァンを見やると、見事なまでの仏頂面だった。
「先に手洗いを済ませても構いませんね?」
 モニター越しとはいえ、そんな顔の上司と真正面から対するワーナーは、平然としたものだ。
「もちろん。ああ、数値が全体に低めのようだ。いずれも正常値の範囲内だが、戻ったら念のためチェックしてくれ」
「了解しました」
 取って付けたようなカルヴァンの返答にすら、声音を変えることなく即答して通話を切る。ふん、と鼻を鳴らした所長は、ハルカの視線に気付いたから、と言うわけでもないだろうが、彼女に向かって問いかけた。
「“J”の作業はどうだ?」
「え? えーっと、おおむね工程通りです。今の騒ぎで多少の遅れは出るでしょうが……」
「そうか。私はデッキへ戻る。何かあればそちらへ連絡をくれ」
「はいっ」
 ドアの向こうへ消える所長を見送って、ふーっと長く息を吐くハルカ。だが、一息つくよりも早く、呼び出し音が鳴った。ノーチラス・ワン。傭兵小隊の長からだ。
「ブリッジです」
「できればもう少し、状況を教えてもらいたいんだがな」
 無精髭を撫でながら、中年パイロットは言った。穏やかな口調ではあるが、多少苛立ちが感じられる。そう言えば待機解除を伝えただけで、続報連絡がまだだった。
 これも所長の割り込みのせいだ、と内心罵りつつ、ハルカは努めて平静に応じた。
「単なる事故と判りました。詳細は要約を添えてブリーフィングルームへ送ります。三十分ほどいただけますか」
「了解だ。よろしく」
 ブラックアウトした通話ウィンドウをため息混じりに閉じると、ハルカはキーを叩き始めた。
「ツルギか? 案外とまめな男だな」
 そう声をかけるウォード艦長に、振り向きもせず確認する。
「画像データ、付けて構いませんね?」
「もちろん。ひと段落したら私にも送ってくれ」
「了解です」
 変わらずコンソールを向いたままで応えるハルカに苦笑すると、ウォードは手元の端末を操作した。今後の航路予定図を眺めつつ、物思いに耽る。
 レイモンド・ウォードが預かる試験艦シーガルは、この航海を機に引退する予定となっていた。就役からおよそ二十年。ウォードが艦長を務めて十五年になる。早いものだ。
(思いのほかもった、と言うべきかもしれんが)
「良いんですか?」
「ん?」
 不意の問いかけに視線を移すと、呆れ半分といった表情のウォレスと目が合った。
「だいぶカリカリ来てましたよ。所長でなくなるとは言え、我らが大ボスには違いないわけですし、その……」
 口数の少ない彼にしては珍しく、言葉を重ねた上で言い淀んだ。それだけ心配してくれている、ということでもあるのだろう。
 それを解らぬウォードではなかったが、
「こんな感じで十五年以上やってきたんだ。いまさらどうということもないさ」
 と、事実だけを語る。ぽかんと口を開くウォレスは、次いでがっくりと肩を落とした。艦長との付き合いだけで言えば、ハルカより彼の方が長い。少し考えればこれ以外の答えはないと判る。故の落胆だった。
「でもまあ、お前らに心配かけたとあっては、このまま座っているわけにもいかんな」
 ウォードはそう言って席を立った。
「どちらへ?」
「自室に寄ってデッキへ降りる。引き渡しの立ち会いがてら、元所長の相手でもしてくるよ。しばらく任せた」
「はっ……!」
艦長ボスがあんなだとやりやすくはあるけど、なんか、閉鎖決まってから磨きかかってない?」
 いつの間に手を止めて振り向いていたハルカが、目の合ったウォレスに尋ねる。
「前ほど遠慮しなくなった感はあるな」
「何かあったのかな。心境の変化とか」
「さあ。案外そう見せかけてるだけかもよ」
 投げやりな口調で応えたウォレスは、ハルカの顔に浮かぶ好奇心の色を見てとって、嘆息した。調べ始めないだけまだマシだが、艦長に興味津々な彼女をこのまま放っておいたらどうなるか分からない。
「艦内への第二報周知、こっちでやっておくな」
「あ、さんきゅー」
「要約できたら共有よろしく」
「りょーかい。さぁて、片すぞ」
 思い出したように気合いを入れるハルカの姿にもう一つため息をついて、ウォレスはインターカムを手にするのだった。

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