魂の還るところ 〜Return to the Earth〜 ゆりかごの記憶

作:澄川 櫂

2.撤退戦の日

 胸を砕かれたゴーグル頭が、ひっくり返って爆散する。戦場に響き渡るひときわ大きな爆炎、爆音、そして振動。粉塵を突き破って最前線に躍り出る“一つ眼の巨人サイクロプス“は、ザク系統とは明らかに異なるラインの機体だった。
 高速ホバー走行から放たれるシュツルム・ファウストが、敵砲兵達を容赦なく薙ぎ倒す。次いで流れるようにジャイアント・バズの狙いを定める彼女は、その重厚な見た目とは裏腹の軽やかな機動で、敵の二連装砲塔戦車ろくいちを立て続けに屠って行く。前後して別方向より飛来する援護射撃が、劣勢を覆す頼もしき演武に華を添えた。
『来てくれたか!』
『岩窟ゲリラは義理堅いんでね』
 敵機と斬り結ぶ少佐のグフに、女性の声で応えるドムは、彼と一瞬、背を合わせると、敵追撃部隊の後続目掛けて吶喊した。ジープに分乗する仲間たちの露払いを受け、敵部隊を蹴散らしにかかるデザートカラーの背中に、しんがりを務める兵達の間からも歓声が上がった。
『譲って正解だったな。俺ではとてもああは動かせん』
 心底感心した風の少佐の声が無線を伝う。ご謙遜を。そう応えながらも、相性という意味では同意する。
 機体の高速移動性能を活かし、単騎先行して敵を翻弄するというスタイルは、彼女の性に合っていたのだろう。奇襲を主とするゲリラの囮役としても格好の機体だ。彼女の操縦技量の高さもあって、今や我らジオン将兵からも遊軍傭兵として重宝される存在となっている。
 ザク主体の部隊に一機だけドムがいたところで編成に困る。そんな理由であの時、咄嗟に機体交換を提案した少佐は慧眼だった。
『各隊、押し返せ。奴らの肝を思う存分冷やしてやるんだ』
 いま一機のゴーグル頭にとどめを刺した少佐が、サーベルを引き抜きながら指示を出す。その声音はどこか愉しげだ。
『ザクは私と来い。アーデン隊を支援するぞ』
 ガトリングシールドを拾い上げるグフのブレードアンテナが、西日を受けてきらりと輝く。その姿はドムに劣らず頼もしかった。

 ジオンのモビルスーツが三機、姐御ハリエットの支援に向かうのを視認して、彼はスコープを上げた。かの隊長の技量であれば、任せておいた方が良いだろう。この距離からの援護射撃は、かえって彼らの邪魔になる。
 コンソールの画像を少し引く。ジャガー隊より供与されたスナイパー仕様のザクⅠは、彼好みの扱いやすい機体である。旧型とは言え、操縦指南付きでモビルスーツをくれた少佐殿ジャガーには驚いたが、そのパイロットに自分を推した姐御には呆れるばかりだった。
「あんた以上のスナイパーがうちにはいないんでね。操縦適性もあるとなれば決まりだろう?」
 あっけらかんと言ってのけた彼女は、元連邦兵という彼の過去などまるで気にしていなかった。軍隊仕込みのすご腕と、包み隠さず少佐に伝えたものだ。
「ほう、それは素晴らしい。背中から撃たれんよう、気をつけねばならんかな?」
「……味方でいる間は狙わん。岩窟ゲリラだからな」
 皮肉かと思ってつまらなく応えた自分に、少佐は心底楽しげに哄笑すると、
「立派な心がけだ。ますます気に入ったよ。是非ともその腕前を披露してほしいものだ」
 そう続けて右手を差し出す。怪訝な顔で応えると、少佐は力強く握り返してくるのだった。
「よろしく頼む」
 真摯に穏やかな光を湛えていた茶色の瞳。なるほど、と思った。姐御と同じ種類の人間だ。人を見る。見極める。そして信用できると思えば心を開く。
 もちろん用心もしているのだろうが、そのことを微塵も感じさせない。だから周りに人が集まる。似合いのコンビだ。
 鋭敏なザクのセンサーが、後方に動体を捉えた。リアカメラの映像を拡大すると、自分の運命を変えた少女が、村の子供らと共に、こちらに向けて親指を立てている。
「その声援はハリエットに送ってやんな」
 苦笑しながらも乗機に同じポーズをさせて応えた。その挙動にはしゃぐ子供達の様子に目を細め、正面へと視線を戻す。
 遠目にもグフの動きは良かった。部下のザクと連携を取りつつ、ヒートワイヤーを巧みに使って敵車両群を無効化する。アンカーで捉えたバイクを投擲して戦闘車両を破壊するに至っては、もはや芸術の域である。元はハリエットの使っていた機体だが、少佐は彼女以上にその特性を引き出していた。
 一方、少佐の機体ドムを譲り受けたハリエットもまた、機動性を存分に活かして暴れ回っている。彼女の腕前は少佐麾下のパイロット達も認めるところだ。支援に徹するザクの動きも、心なしか楽しげに見えた。
「こうもハマるとは呆れたもんだ」
 言葉とは裏腹の笑みを浮かべて戦場を眺めていた彼は、不意にスコープを下ろした。少し遅れて、斥候からの有線通信がスピーカーに響く。
『右手より別働隊。戦車4、その他8。座標は——』
「確認した。任せろ」
 すかさずロックオンして、自走ロケット砲から順に狙い撃つ。ライフルのチューンは完璧で、狙いを外すことはなかった。
「排除完了」
 小気味よく一仕事終えて告げる。賞賛の声が通信機器越しに届くが、それよりも後方で興奮を露わにする子供達の反応が嬉しかった。
「……あいつらのためなら、俺はなんだって撃ち抜いてみせるさ」

 ふと気付くと、ひっきりなしに鳴り響いていた爆音が聞こえなくなっていた。処置の済んだ負傷兵を看護師に任せ、手袋をダストボックスに放り込んで外に出る。ここから戦場を視認することはできないが、上空に立ち込めていた黒煙が薄くなっている。どうやらひと段落着いたようだ。
「別働隊を一機で仕留めてくれたそうで」
「そりゃ、敵さんも尻尾巻くしかないわな」
「スナイパー様々ですね」
 そんな会話を耳にしつつ、煙草に火をつける。紫煙を燻らせながら、見るともなしに街道を眺めた。
 追手を打ちのめし、当面の安全を手に入れたことは確かに喜ばしい。だが、それで重要拠点を巡る攻防に敗れた事実が変わるわけでもなく、今しばらくはさらなる追手を警戒しながらの逃避行が続くことになるだろう。
 成功の保証なき行軍。そもそも何処へ向かおうというのか。ひとまずアフリカを目指しているらしいが、そことてどうなるか分からない。
(連中も物好きが過ぎる)
 岩窟ゲリラのことだ。むろん、理由があってのことだろうが、流浪に決まったジャガー隊と行動を共にするとは。思い切った決断をしたものだ。
(我々も考えねばならん、か……)
 連邦に見捨てられ、やむなくジオンの傘下に入った身である。彼女らのように、元から反連邦の思想を抱いていたわけではない。かと言って、ジオン、少なくともジャガー隊を嫌う理由もなかった。
 歩哨の一人がこちらに気付いて一礼する。片手を挙げて応えつつ、改めて戦場の方角を見やった。いつしか陽は傾き、西日が長い影を街道に落としている。
『アーデン隊ダンカン分隊が先に合流する。粗相なきよう対応されたし。補給を怠るなよ』
 無線を伝う声音に、皮肉めいた響きは無かった。たとえ相手がゲリラであったとしても、取り決めのとおり対応する。少佐の指示が行き届いているところに、彼の人柄と指揮能力の高さが窺えた。
 やがて、右肩にライフルを担ぐザクⅠの姿が見えた。スナイパー仕様の厳ついモノアイが視線を巡らす。先導する車列が街道に止まり、戦場に相応しい装いの男女と、その真逆の存在である子供達が降りてくる。
 子供達の大半は戦災孤児と聞いたが、はしゃぎ回る姿だけ見ていると、そうは思えなかった。ゲリラ村の住民らしい強かさで、この先も生き延びてほしいと思う。
 と、彼らの引率役を務めているらしい少女と目が合った。騒がしくてすみません、とでも言うように、ぺこりと会釈する姿に大丈夫だよと手を振ってみせる。笑みを返して移動する彼女の元へ、子供達が我先にと駆け寄って行く。
(……不思議な娘だな)
 まだ十かそこらの取り立てて目立つところのない少女なのだが、彼女の周りには自然と人の輪ができていた。荒くれ者のゲリラ達と冗談を交わし、ジャガー隊の連中や我々とも良好な関係を築いている。幾度となく敵の攻撃を予知したこともあり、ジオン兵の間でも人気があった。
 思い返せば、ジャガー隊と岩窟ゲリラの関係を深めたきっかけも彼女である。天涯孤独の身でありながら、屈託のない笑顔で人々の間を取り持つ姿は、まるで天使のようだ。
「彼女の身を守ることこそが、我々の使命か」
 その一言が口からこぼれた瞬間には、覚悟ができていた。間もなくしんがり部隊とアーデン隊が合流する。負傷した者がそれなりにいるだろう。我々にはまだ、やるべきことがある——。

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