星のかけらを集めてみれば - 記憶のかけらは風に乗って -

作:澄川 櫂

エピローグ 記憶のかけらは風に乗って

 その日の寝入りばなにも、昔の事を夢に見た。ミーナがホイールへと旅立った日の、朝の出来事を。
 あの日、半ば村を追われる格好での旅立ちとなったミーナを見送る者は、レドおじさん以外にはいなかった。いや、いないはずだった。だから、レドと連れだって村外れまで来たとき、そこに思わぬ人物の姿を見つけてミーナは驚いた。
 傷の具合が良くなってまだ間もないクーヤが待っていたのだ。
「ミーナ、ごめん! 俺のせいで!」
 勢い良く頭を下げながら開口一番に彼が発したその言葉も、ミーナの予期せぬものだった。見るからに困惑した表情で固まるミーナに構わず、クーヤは心の衝動を抑えられない様子で続ける。
「誰だって、あんなことされたら怒るよな。俺、あのまま焼かれてたって、文句言えなかったんだ。それなのにミーナ、俺のこと治してくれた。火傷までして」
「俺、ミーナの事がずっと気になってたんだ。小さい頃からずっと。だから本当は、構って欲しくてちょっかい出してたんだ。……て、いまさら言っても信じてもらえねぇよな」
「俺、自分でもバカな事したって思ってる。ミト婆に苦労させて、ミーナに悲しい思いまでさせて、本当にバカだった。どんなに謝っても足んないだろうけど……ゴメン、本当にゴメン!」
 立て続けに言うと、クーヤは地面に両手を突いてさらに頭を下げた。額を土に押し付けて、泣きながら謝り続ける。
「クーヤ……」
 ミーナにはそれをただ見つめる事しかできなかった。彼もまた深く傷ついていること。お互いに思い違いをしていた事。色んなことが一気に判ってしまって、却ってどうすれば良いのか解らなかったのだ。
「そろそろ馬車の来る刻限だ。クーヤ、お前はまだ治りきっておらんのだろう? 急に解れといっても無理な話なのだから、帰って休め。……さあミーナ、行こうか」
 レド村長に言われ、後ろ髪を引かれる思いでミーナが歩き始めたとき、クーヤが叫んだ。
「父ちゃんや母ちゃん、お前の事ひどく言ってるけど、俺はそんな風に思ってない。今は無理かもしんないけど、いつかきっと説得してみせる。父ちゃん母ちゃんだけじゃない。村中のみんなを説得する。ここをお前が普通に暮らせる村にしてみせる。だからいつか、帰って来いよ。俺、待ってるから。頑張るから。だからミーナ、この村の事、嫌いにならないでくれよな!」
 思わず振り向くミーナと目が合うと、クーヤは真剣な眼差しで頷いた。
「絶対、約束する。元気でな、ミーナ!」
(……クーヤ、元気にしてるかなぁ)
 別れ際に焼き付けた幼馴染みの顔に、ミーナは寝返りを打ちながら彼を想った。そう言えば、ホイールに来てからこっち、村の消息を聞いていない。レドおじさんとさえ、ホイールに無事に着いた事を知らせて以来、ご無沙汰だ。
 正直、良い思い出は少ないけれど、それでもミーナの育った場所ふるさとだ。過ぎた年月を知ると、なぜだか無性に気に掛かる。
(そうだ、手紙書いてみよう)
 夢の中でミーナは思った。クーランに頼んで運んでもらおう。彼女に行ってもらえれば、村の様子も少しは早く分かるかも。
(買ったお菓子で頼むのもなんだし、せっかくだから何か作って。リュートやラッセルにも、今日のお礼に渡すんだ……)
 夢うつつに呟くミーナは、いつしかすとんと深い眠りに就いていた。

「へぇー、そんなことがあったんだ」
 話を一通り聞き終えたクーランは、興味津々、目を輝かせた。朝の涼やかな風が、彼女の赤茶けた髪をそっと揺らしていく。
「それで、そのお守り、て、どんななの? 見せて見せて」
「うん。ほら」
「わぁ、きれい」
 掌に載せられたラッセルの星のかけらを目にするや、クーランは歓声を上げた。赤みを帯びた半透明の石を手に、彼女の声のトーンはさらに上がる。
「いいなぁ。私もこんなお守り欲しいなぁ」
「だからって、勝手に持って行くなよ」
「そんなことするわけないじゃん。リュートと違うんだから」
 茶茶を入れるリュートに、クーランは持ち主へと星のかけらを返しながら、べー、と舌を出してみせる。
「どーゆー意味だよ」
「まんま。私はリュートみたいに卑しくないもーん」
「なんだと!」
「まぁた始まった」
 いきり立つリュートの姿に、ラッセルが苦笑する。
 あれから数日が経っていた。冬休みを没収されたラッセルは、帰れなくなったことを家族に知らせてもらおうと、クーランに手紙を託しに来たのであった。幸い、午前中の調査は今日はお休みで、クーランも特に急ぎはなかったことから、こうしてみんなでのんびりと話し込んでいるわけだ。
「本当にゴメンね」
 わーわーやり合う二人を尻目に、ミーナはラッセルにそっと声を掛けた。
「そのことならいいよ。全然気にしてないから」
「でも……」
「正直に言うとさ、こっちにいた方が気が楽なんだ。遺跡調査の手伝いも、思ってたとおり楽しいし」
 恐縮するミーナに、ラッセルは笑って言った。
「それより、ミーナもお願いするんでしょ?」
「あ、そうだった」
 リュートとクーランの口論が一段落したタイミングを見計らって、ミーナはクーランに自分の手紙を託した。
「こういうものでお願いするのはどうかと思ったんだけど……」
 小さな包みを添えて。受け取るや否や、クーランは目を細めた。
「いー匂い。なぁに?」
「おやき作ったの。冷めても平気だから、良かったらおやつ代わりに食べて」
「あーっ! ミーナの手作りか!?」
 リュートが大きな声を出す。そして、物欲しそうに指をくわえながら、クーランの手にする包みを見つめた。
「へへーん、あげないよーだ」
「うー……」
 涎を垂らさんばかりの彼の姿に、ミーナは吹き出した。
「ちゃんとリュートの分も用意してあるよ」
「ホントか!」
「後で渡すから、少し待っててね」
「やったぜ!」
「……たく、卑しいんだから」
 傍らで呆れるクーランは、ミーナに礼を言って、手紙の届け先を尋ねた。村の名前とだいたいの場所を告げると、幸い、彼女の知っているところだったようだ。
「あそこだと村長さん経由で渡すことになるけど、構わない?」
「うん。大丈夫」
「おっけー」
「よろしくお願いね、クーラン」
「まっかせといてよ」
 クーランは片手でとん、と自分の胸を叩いてみせた。頼もしい限りだ。
「リュート。クーラン。そろそろ大きいのが来るよ」
「お。ミーナ、おやき。早く早く」
 ラッセルの言葉にリュートが急かした。苦笑するミーナが包みを手渡すと、そそくさと腰のポーチに仕舞い込む。そうしてリュートは、近くに置いてあった凧を抱えて“羽ばたきの丘”を登っていった。彼はクーランと途中まで一緒に、ここから飛んで帰るのだという。
「それじゃ、またね」
 クーランも手を振って、リュートに続いて丘を駆け上っていった。
「今日は前みたいにやらないの?」
「良い風が吹いてるからね。こういう日は、自然に任せるのが一番」
 言いながら風の声に耳を貸すラッセルは、ややあってから、「来るよ!」と二人に向かって声を張り上げる。直後、今日これまでで特大の突風が、待ち構える二人に向かって丘を吹き抜けるのだった。
 リュートの凧とクーランの翼は、揃って見事に風を捕らえた。二人の姿は瞬く間に、大空の彼方へと舞い上がって行く。
 手紙に託した想いを乗せて、風は思い出の地ふるさとへと流れた。

「記憶のかけらは風に乗って」おしまい