星のかけらを集めてみれば - ヒトのかたち、想いのかけら -

作:澄川 櫂

6.バトル&トラップ

「スレイプ!」
 リリィが声に出して命じるより早く、通路に伏せていた黒の大剣スレイプは勢いよく斬り上げた。丁字路の角からウィドが誘い込んだ怪物を瞬く間に両断し、次いで横向きに鋭く一閃。裂け落ちる怪物の陰から飛び出す仲間達を一刀の下に薙ぎ払う。
 その隙を突いて六本足の新たな怪物が姿を見せるが、横から足下に飛び込んだ炎の槍フレイルがその足を払った。バランスを崩したところへすかさず飛びかかるリュート。一撃でとどめを刺し、ぴょんと跳ねて後続の頭上を乗り越える。揺れるしっぽに戸惑う彼らを、スレイプ、フレイルのコンビが次々と片づけて行く。
「まだいるわ!」
「解ってる!」
 丁字路の真ん中に躍り出たリュートは、リリィの声に応えつつ、両手に持った小太刀を素早く、小刻みに動かした。襲い来る鏃のような金属片を寸でのところで叩き落とす。金属のぶつかり合う甲高い音色が響き渡った。
 防戦一方になるかと思えたその時、キューイと声を発したウィドが、リュートの前に飛び込んだ。すかさず羽を広げて回転を始める。瞬く間に超高速に達するウィドは、大きな盾よろしく鏃を弾き返す。そればかりではない。自らも無数の小羽根を相手に向けて放つウィドは、攻守一体の防壁としてリュートを手助けするのだった。
「ラッセル!」
「ほい!」
 リュートの呼びかけに応じて、ラッセルが小さな雷球を放り投げる。やや低めに落ちるそれを、両手に束ねた小太刀で器用にすくい上げたリュートは、勢いそのままに体をよじって半回転。タイミング良く止まるウィドが作った一瞬の隙間を逃さず刀を振るい、両腕に幾多の筒を備えた怪物達めがけて雷球を放つ。
 鏃を飛ばし続ける怪物達の足下で弾ける雷球は、まばゆい稲妻となって彼らを包み込んだ。
「今だ!」
 怪物達の動きが止まった隙に、リュートとウィドは丁字路の先に身を隠す。同時に飛び出すミーナが圧縮呪文メロディを口ずさみ、両手を広げて結界を張った。これでルート確保である。
 ほっと一息つくミーナの眼前で、雷撃に耐えた筒手の怪物が鏃攻撃を再開するが、透明な防壁に阻まれ一つたりともこちらに届かない。とは言え、後に続くリリィは足早にその前を通り過ぎるのだった。
「リュート、大丈夫?」
「へーき、かすり傷」
 腕に滲んだ血をぺろりとなめるリュートは、心配するラッセルにこともなげに言うと、
「やっぱ、戦闘用のが出てきたな」
 と続けた。
「あれ、銃ってやつよね」
「こいつらがいるからまだ楽だけど、あんま続くと辛いな」
 別の傷をなめながらリュート。よく見ると体中のあちこち、首筋や頬にまで擦り傷やミミズ腫れを作っている。
「結界はどのくらい保つの?」
「半時くらいです」
「あまりのんびりしていられないわね」
 リュートが危惧した通り、このフロアでは侵入者撃退用の仕掛けが機能しているようだった。いつどこで気付かれたか定かではないが、通路の角という角から怪物達のお出迎えを受けている。それも上の階で出会ったやつ以上に攻撃的な連中ばかりだ。ついには飛び道具を扱うものさえ現れる始末。
 こんな立て続けに、しかもどんどん強力になっていくのでは、いかに元気な切り込み隊長リュートでもそうそう保たないだろう。それはリリィの絵獣かいじゅう達についても同じこと。そして分身達の消耗は、そのままリリィ自身の消耗につながる。
 そもそもこれほどの長時間、しかも三体同時に呼び出したままでいること自体が初めてなのだ。どこまでやれるか自分でも判らない。ウォルフドーレンとの対決を考えると、あまり無理はしたくなかった。
 ミーナの結界が解ける前にこのフロアを後にしなければ。気が急くあまりついつい早足になる。ところが、焦るリリィの思いとは裏腹に、ミーナが不意に足を止めた。壁の一点を見つめたまま、何やら考え込む素振りを見せる。
「ミーナ?」
 不審顔で振り向くリリィをよそに、ミーナは壁際に歩み寄ると、おもむろに壁の一角に掌を当てた。するとどうだろう。壁の一部が音もなく上昇し、人が二人並んで通れるくらいの幅の通路が現れたではないか。
 今いる通路より薄暗くて狭いその道は、塔の中心部に向かって緩やかに弧を描いていた。さして遠くないところに光源があるようで、月明かりに似た淡い光が通路の奥から微かに射し込んでいる。
「こっちなのか?」
「……うん。でも、少し嫌な予感もするの」
 ミーナの言う“嫌な予感”が何なのかは、カーブを抜けたところですぐに判った。
 塔の内部は巨大な空洞だった。そして、その開けた空間にもう一つ、別の塔が建っている。その内側の塔との間に架かる橋は、見渡す限り一本だけ。それも、細長い平らな石を渡しただけという、実に頼りのない代物だ。
 手すりのない橋のたもとからそっと下を覗き込んでみたリリィは、すぐさま顔を引っ込める羽目になった。これは相当な高さがある。うかうかしてると引き込まれそうだ。
「罠仕掛けるにはもってこいだね」
「だな」
「でも、ここを抜けないことには先へ進めないわ」
「せーので走ってみる?」
 リュートが言った。極端に長い橋ではない。駆ければ落ちる前に行けるんじゃないか、と思えるくらいの距離である。誰かがロープの端を持って先に行くのが無難だが、あいにくと手持ちのロープはそこまでの長さがなかった。
「それしかないかぁ」
 他に道がないところを見ると、それなりに丈夫な橋ではあるのだろう。筒手の化け物のこともあるし、下手に誰かが先行して孤立するよりは、皆で渡ってしまった方が正解な気もする。
 結局、先頭からリュート、リリィ、ミーナ、ラッセルの順で、一列になって走り抜けることになった。リュートが先頭なのは当然として、リリィが二番目なのは単純に目方の問題である。仮に橋が崩れ始めても体が軽ければ落ちる前に走り抜けれれるだろう、との理由から、重いリリィが先に行くことになったのだ。
 ……こればかりは歳が離れてるのだから仕方ない。
「んじゃ、行くぜ」
 そう言って駆け出すリュートの後を、リリィは一拍置いて追いかけた。彼のしっぽを目安に距離を取る。近すぎるとぶつかるのもあるが、いざ罠を見つけて彼が知らせてくれても、走りながらそれを避けるにはある程度の間隔がないと無理だからだ。水平に伸びるリュートの長いしっぽは、間隔を測る物差し代わりに最適だった。
 石橋は思った以上に揺れた。まるで足の踏みつける力がそのまま跳ね返っているかのような揺れっぷりである。
 こりゃ見立て違いだったか。ついそんな風に思ったことが体に伝わったのだろう。僅かにペースを早めた両足がリュートとの距離を詰める。間近に見えた緑のしっぽに、リリィがひやりとしたまさにその時、
「右前!」
 警戒の声を発してリュートが跳ぶ。不意に開けた視界に丸石のような出っ張りが映り、咄嗟に片足を踏ん張るが間に合わない。リリィの足は勢いそのまま、ものの見事に仕掛けを踏み抜いていた。