星のかけらを集めてみれば - ヒトのかたち、想いのかけら -

作:澄川 櫂

2.旅の三人組

 少女はミーナと名乗った。羽根くんと狐くんの名前は、それぞれリュート、ラッセルというのだそうである。
「私はリリィ。訳あって、一人で旅をしているの。あ、遅くなっちゃったけど、助けてくれてどうもありがとう」
 言ってリリィが頭を下げると、三人は一様に嬉しそうな、それでいてくすぐったいような表情を浮かべた。
「たいしたことじゃないですよ。ねえ?」
「そーそー。おいらの刀にかかれば、あんなやつ、ちょちょいのちょい」
「さんざん逃げまくってたくせに」
「るせーな。ラッセルがもちっと早く来てりゃ、とっととやっつけてたってーの」
「あー、僕のせいにするわけ?」
 顔を突き合わせる連れの少年達に、ミーナが眉をつり上げる。
「もーっ。済んだことで喧嘩しないの」
 そうこうしながら、一行は森外れに面した小高い丘に出た。ぽつんと生えた一本松の根元に、彼らの荷物が立てかけてある。肉と野菜を串刺ししたのが数本、その手前に円を描いて立っていた。遠巻きにしていた動物たちが、一行の気配に気付いて慌てて散っていく。
「ちょうど夕飯の支度してたときに、あの怪物に気付いたんですよ。で、とりあえず結界張って、様子を見に行ったんです」
 ミーナが手をかざして短いメロディ——圧縮呪文——を口ずさむ。これでも一応、マナを扱う者の端くれだ。リリィには、一本松を中心にして覆いかぶさっていた目に見えない蓋が、ぱっと弾けるようにして消えるのが判った。
「あー、腹減った。早く食おうぜ」
「僕もお腹ぺこぺこ」
「んー、味気ないけどしゃあないかぁ」
 飢えた少年コンビの様子にため息を吐くと、ミーナは魔法で焚き火を燃やしつつ、串の一本を手にする。
「ラッセル、手伝って」
「おっけー」
 右手に串を持ったミーナが、左の掌に小さな炎を作る。ふさふさのしっぽを揺らして駆け寄るラッセル。何をするのかと思って見ていると、彼は両手の間から風を起こして、それを炎に向けるのだった。
 絶妙な加減で風の力を得た炎は、勢いを増して串の具材を焼き始める。
「なるほど」
 こうすれば焚き火で炙るよりよっぽど早く焼き上がる。確かに味気ないかもしれないが、調理時間の短縮にはもってこいだ。
 串を動かして吹き付ける炎の量を調整するミーナは、
「こんなもんかなぁ? リュート、味見」
 言って、ぽんとそれを放り投げた。片手で難なく串焼きを受け取るリュートが、一口かじって親指を立てる。そしてそのまま、猛然とかぶりつくのだった。
 彼の長い緑のしっぽが出来映えの程を雄弁に物語っている。ミーナは満足げに頷くと言った。
「じゃ、これで量産しましょ」
「りょーかーい」

「じゃあ三人は、“星のかけら”を探すために旅をしているの?」
 食事の会話に何気なく旅の目的を尋ねたリリィは、返ってきた答えに耳を疑った。だが、その呆れたようなリリィの言葉を気にするでもなく、ミーナは半分食べた串を傍らに刺すと、両手を膝に置いて有名な詩の一節を口にする。

 星のかけらを百集めれば
 あまに翔るはほうき星
 見つめ祈れよ願い事
 さすれば三つまで叶えたもう

「三つも叶えてくれるなんて、気前いいよね」
 ミーナの唄が終わるのを待って、ラッセルがしみじみと言った。傍らでうんうんと頷くリュート。炎の照り返しに、頭の飾り羽根がきらりと輝く。
「そりゃあ、気前は良いのかもしれないけど、でも……」
 リリィは面食らった。件の詩は、誰もが子供の頃に聞かされて心躍らせるおとぎ話だ。リリィ自身、幼い頃には星のかけら探しの旅に出ることを夢見た口だが、まさか本当に、それが理由で旅をする人間がいるとは思いも寄らない。
 だが、当人達は大真面目のようで、ミーナは腰に結わえた巾着袋を開けると、両手を突っ込んで中身を取りだした。大小様々で形もまばらな半透明の小石が九つ、少女の掌で淡い光沢を放つ。
「まだ見つけたのはこれだけですけどね」
「あと八十八」
「え?」
 リュートの合いの手に、リリィは首を傾げた。
「ここにあるのは九個だから……残りは九十一だよね?」
「あ、それはね」
 ラッセルが横から口を挟んだ。ふさふさの白い毛に覆われた胸元に手を入れると、首から下げたお守り袋をたぐり寄せる。袋の口を開き、左手に持って逆さまにすると、赤みを帯びた星のかけらが右手に転がり出た。
「僕達、旅に出る前から一個ずつ持ってたんだ。だから、今は全部で十二個」
 ミーナとリュートも、それぞれ大事にしまってあった星のかけらを出してみせる。どちらもラッセルのものと同じく、ほのかに赤い色をしていた。
「ずいぶんと珍しい色をしてるのね。初めて見たわ」
「でしょ? 偶然、みんな持ってたんだ」
「あん時はびっくりだったよね」
「だなー」
 それをきっかけにわいわいと盛り上がる三人。一人おいてけぼりを食った格好のリリィだが、別に不快には思わなかった。
 見たところ、ミーナの歳は幼馴染みのサクの妹、サヤと同じくらい。十二、三といったところだろう。リュートとラッセルは種族が違うので、外観だけでは何とも言えないが、話している感じからするとたぶん同年代。
 要するに、彼らはまだ子供なのだ。怪物を倒した腕は見事だったし、ずいぶんと旅慣れているようでもあるけれど、根本的なところでは年相応の幼さを持っている。
 リリィはもちろん、食事もそっちのけで話に花を咲かせる様子は遠足さながらで、むしろ微笑ましくもある。そう感じた途端、最後まで残っていた緊張がほぐれていくのが判った。
 リリィは懐からカードを取り出すと、傍らの黒い大剣にそっと声を掛けた。
「スレイプ、もういいわ。ありがとう」
 彼女の言葉に応えてくるりと回転する大剣。僅かに震えたと思えた直後、その姿は夜の闇に溶け込むようにして消えてゆく。代わってリリィの手にするカードに描かれた剣の線画が、黒光りも鮮やかな色彩を帯びた。
 小さく息を吐いたリリィは、三人が揃ってこちらを凝視しているのに気付いて慌てた。
「な、なにかな?」
「ねーちゃんの剣、そうやって出し入れできんだ」
「え? ええ、そうよ」
 言われて思い出した。彼らにこれを見せるのは初めてだ。驚くなという方が無理だろう。
「便利なのなー」
 呆然といった面持ちで、ぽつんと口にするリュート。そのまま新たな串に手を伸ばすが、
「リュート、それ僕の」
 ようやく一本目を食べ終えたラッセルが口調も鋭く指摘した。
「え? あ……」
「まーったく、食いしん坊なんだからぁ、リュートは。ほら、あたしの半分あげるから、それで我慢しなさい」
「……はい」
 呆れ顔のミーナから、バツの悪そうな表情で食べかけの串を受け取るリュート。
「えっと、やっぱり迷惑だったんじゃないのかな?」
 成り行きで晩飯の相伴にあずかっていただけに、リリィはさすがに気まずかった。
 串の数は全部で八本。ふだんはミーナが二本、男の子達が三本という取り分なのだろう。そこにリリィが加わったので今夜は一人二本ずつ。男の子コンビが割を食った形だ。
 が、
「そんなこと無いですよ。ね?」
「うん。いつものことだし」
 返ってきた応えは実にあっけらかんとしたものだった。むしろ「呆れてものも言えない」とばかりに淡々と串を口元に運ぶミーナとラッセルの様子からは、特段リリィを気遣う色は見られない。当のリュートもまた、ただ黙々と串焼きにかぶりついている。
 いつものこと、というラッセルの言葉は、真実その通りなのかもしれなかった。
「でさ、それ、どーゆー仕掛けなん?」
 それからしばらくして、一足先に食べ終え所在なげに串を玩んでいたリュートが、皆が食べ終わったのを見計らって口を開いた。言うまでもなくスレイプのことだ。
 リリィは少し思案すると、懐から別のカードを取り出した。細長い槍の先に炎が灯っている絵柄のカードだ。見せられた図柄の鮮やかな赤い炎に、食い入るように覗き込んだ三人が興味津々の顔を上げるのを待って、リリィはカードを頭上に掲げてその名を呼んだ。
「フレイル!」
 一呼吸置いて、カードの図柄が実体化した。闇夜に眩い炎を揺らしながら炎の槍が現れる。槍は現れた角度のまま、じっと宙に佇んでいたが、
「フレイル、みんなに挨拶して」
 リリィに言われるや否や、その場で一回転した。次いで、身のこなしもしなやかに、切っ先を軽く曲げて見せる。まるでお辞儀でもしているようだ。
 呆然とそれを見ていたミーナは、ふと気付いたように、期待のこもった眼差しでリリィを振り向いた。
「リリィさん、ひょっとして、絵術士さんなんですか?」
「ご名答」
 リリィが答えると、彼女は文字通り顔を輝かせるのだった。
「すごい!」
「ミーナ、絵術士って?」
 一人で興奮するミーナの袖を、ラッセルが引っ張る。
「絵に描いた様々な形の道具を使って、他の人にはできないようなことを平気でやってのけちゃう、マナ使いきっての職人さんのことよ。単に画才だけじゃなくって、絵を描く道具とか、マナの練り方とか、とにかくとってもセンスを必要とする職業なんだって。ですよね?」
「え、ええ、まあ。詳しいのね」
「ちっちゃい頃、お婆ちゃんに教えてもらったんです。いいなぁ。憧れちゃうなぁ」
 夢見る少女さながら、うっとりした表情のミーナに言われ、リリィは我知らず顔が火照るのを感じた。
「ねえねえ。これって、すぐに描けるの?」
 ミーナほどではないにしろ、ラッセルもそこそこ興味を持ったようだ。好奇心溢れるくりくりまなこに見つめられ、わけもなくどぎまぎしてしまう。
「ま、まあね。即興だと長くは続かないんだけど。ただ……」
 そこまで言って、リリィは力なく肩を落とした。昂揚しかけた気分が見る間にしぼんで行く。ふーっと大きくため息を吐くと、
「実演してあげたいのは山々なんだけど、あいにくと道具が揃ってなくてね」
「え?」
「そうなんですか?」
「実はあいつに襲われたとき、白カード入れたリュックを落としちゃったのよ。ちゃんと描くとなると呪符紙作るところから始めないとならないから、すぐにはちょっと……」
 一拍おいて「ゴメンね」と続ける。
『残念』
 異口同音に言うミーナとラッセルが、揃ってがくりと頭を垂れる。と、その時、フレイルの切っ先を小太刀でつんつくしていたリュートが、おもむろに口を開いた。
「なあ、それ、遠いのか?」
「んー、どうだろ」
 リュートのいう「それ」とは、落とした場所のことを指しているのだろう。
「あいつに追われてこの森に入った後だったから、そんなに遠くはないと思うんだけど」
「そんなら明日、ラッセルがすぐに見つけるって。な、ラッセル。ねーちゃんのにおい、もう覚えたろ?」
 振られて目をしばたたかせたラッセルは、ほどなくその意味に気付いて不機嫌そうな声で返す。
「……僕、犬じゃないんだけど」
「似たようなもんじゃん」
 けらけらと笑うリュートは、そんな文句など歯牙にもかけず、彼の鼻先をつつきやる。ぷーっと頬を膨らませるラッセル。が、彼が何を言い返すよりも早く、リュートを突き飛ばして視界に割り込んだミーナが、しっかと手を握り締めて言うのだった。
「ラッセル、絶対見つけてきてよね」
 目を輝かせながら迫られては、哀れ狐くんもただただ頷くばかり。
「さあさあ、今日はとっとと寝て、明日に備えましょ」
 後片づけを始めるミーナの声だけが、月夜の丘に明るく響いた。