星のかけらを集めてみれば - お月さまとしっぽ -

作:澄川 櫂

4.バケバケ草の秘密

「これが、バケバケ草?」
 藪の一角に群れている草を見て、ラッセルはたちまち当たりをつけた。大小様々の、星の形をした黄色い葉っぱが、重なり合うようにして生えている。葉っぱの裏側、ちょうど星の真ん中あたりから、細い茎が弓なり状に伸びていて、どこかお辞儀をしているようでもある。姿だけで言えば、まるで、庭に生えているヒマワリみたいだ。
 ヒマワリと違うのは、茎の付け根がぼんやりと青白い光を放っていること。光は葉の表側にも微かに漏れていて、なんとも不思議な感じがする。
 物珍しさも手伝って、ぐるりと周りを回りながら、しげしげと観察するラッセル。
 一方のチターは、お辞儀する葉っぱの顔色を窺うように、きょときょと落ち着きなく視線を動かしていたが、
〈あった!〉
 おもむろにその中の一つに前足を伸ばすと、縁を掴んで引っ張り始めた。
 自分の背丈より少し高いところにあるその葉っぱを、茎の付け根からもぎ取ろうというのだろう。大きく伸ばした体を捻るようにして、力一杯に引っ張る。
 が、後ろ足を怪我している今のチターにとって、それは苦行のようなもの。さして間を置かずに、「キャンッ」と甲高い声を残して離してしまう。
「……手伝おうか?」
 蹲る姿に、心配そうに覗き込むラッセルが尋ねる。けれどもチターは、大きく横に首を振って、その申し出を断るのだった。
〈あんがと。でもこればっかりは、自分でやんないとダメなんだ〉
 立ち上がって、再び同じ葉っぱに両前足を伸ばしながら言う。
〈こうやって、顔と同じくらいの大きさのやつを、自分の力で——〉
 もう一度、渾身の力を込めてバケバケ草を引っ張るチター。ぐっと深くお辞儀させられる黄色い草は、歯を食いしばる彼の頑張りに敬意を表してか、今度は茎の付け根を境にぶちっとちぎれた。
 葉っぱを前足で掴んだ格好のまま、小さな体がころころと後ろに向かって転がって行く。そのまま勢い良く木の根元に当たり、強制でんぐり返しから強引に解放されたチターが、涙目の顔を上げる。と、葉っぱの裏側、ちょうど茎の生えていたあたりから、青白い光がぱっと散らばるのが見えた。
〈やた!〉
 途端に元気を取り戻したチターは、心配して駆け寄るラッセルのことなど目に入らない様子で、葉っぱを地面に広げる。そうして、まだ微かに青白さの残る星形の真ん中に、右の前足をぽんと突くのだった。肉球の形も鮮やかに、きれいな足形が残される。
「はー……」
 葉の表面にくっきりと押された足形を見て、少し驚いた様子のラッセルをよそに、チターはそれを丁寧に折り始めた。足形を内側にして、きっちり半分にする。
 さらに半分、続けて半分といった具合に、どんどんと小さく畳んで行き、一口にできるくらいの大きさになったところで、ようやく折り畳むのを止めた。それを両方の前足で持って、あーんと開けた口元へと運び……。
 そこでやっと、チターは傍らで覗き込んでいるラッセルに気付いて、視線を上げた。
〈——あのさ、一つ頼んでいいか?〉
「うん。なぁに?」
〈こいつを噛むのに合わせて、三十まで数えて欲しいんだ〉
「え? いいけど……」
〈んじゃ、頼んだぜ〉
 きょとんとするラッセルに構わず、チターは言うや否や、小さく畳んだバケバケ草を口中に放り込んだ。すかさず、もぐ、もぐ、とあごを動かす。
「いーち、にーい、さー……」
 慌てて数え始めるラッセルだったが、三つ目をカウントしかけたところで止めたのは、他でもないチターが、噛んだ口を閉じたまま、動かすのを止めたからだ。
 口の中のものが外にこぼれないよう、必死になって押さえているような表情。その目元には、またも涙が浮かんでいる。心なしか顔色も青かった。
「……どうしたの?」
 が、チターはそれに応えず、気合を入れるように鼻で大きく息を吸い込むと、もぐ、と一つやる。見上げる顔を動かして、さっさとカウントするようラッセルを急かす。
「——あ。えっと、さーん。よーん」
 出だしよりいくらかペースの落ちたラッセルの声が、それでも着実にカウントアップしながら、森の中に響いていく……。

☆ ★ ☆

「にーじゅろく。にーじゅしち。にーじゅはち。にーじゅく。さんじゅ」

 ——ごっくん。

 待望の三十回に到達したところで、チターは口の中のバケバケ草を文字通り呑み込んだ。勢いそのまま、バケバケ草がのどを揺らして胃袋へと落ちていく。そうして涙目のまま、ふーっと全身で大きく息を吐くのだった。
〈うへぇー、苦かったぁ〜〉
「……大丈夫?」
〈あ、ああ。このくらい、へ、平気さ〉
 途切れ途切れに答える様子からして、決してそんなことはないのだろうが、かといって、単に強がっているだけでも無いらしい。
〈それより、見ててくれよ〉
 言うや、チターは後ろ足が痛むのも忘れてくるんっ、とその場でとんぼ返り。
 すると——。
「えっ!?」
 ラッセルの目が、これでもかとばかりに丸くなった。さっきまでチターがいたところに、自分と同じくらいの背丈の、二本足の男の子が立っていたからだ。
 とは言っても、ラッセルと同じ尖耳人トカリの子ではない。ピンと立った大きな耳。お尻から生えた、これまた大きくてふさふさの尻尾。全身は概ね黄色い毛に覆われていて、尻尾の先と胸元の量のある毛だけが白い。
 どこか見覚えのあるキツネ顔をほころばせると、
「ぃやったぁ!!」
 男の子はチターの声で、人の言葉を使って快哉を叫んだ。
「……チターが狐人スマリになっちゃった」
 驚きのあまり、ぺたんとしりもちをついたラッセルの目前で、チターは嬉しそうに次々と宙返りを打った。その度に、彼の姿はウサギにリス、オオカミにクマなど、森に暮らす様々な生き物へと転じて行く。ついにはラッセルにすら変わって見せた。服がないので、見事に裸ん坊だったけれど……。
 そんな風にして変化を楽しむチターを、ただ呆然と見つめるばかりのラッセルだったが、ふと、何かに気付いて、傍らの藪に視線を移した。自分の顔と同じくらいの大きさの、黄色い星形の葉っぱが、彼の方を向いてお辞儀している。
 誘われるように手を伸ばし、縁を掴んで引っ張ってみる。わりあい簡単にもげた葉っぱが、青白い光を散らしながら手元に残った。
 試みに、それを地面に広げて、右手をぽんと置いてみる。すると、チターの時と同じように、自分の手形がくっきりと浮かび上がるではないか。
「……ぼくもこれ食べたら、出来るようになるのかな?」
 苦いというチターの言葉を思い出し、ためらったのはほんの僅か。期待が瞬く間に上回り、口に入る大きさまで葉っぱを畳んだラッセルは、ぱくっとそれを口に放り込んでいた。
「——あ、おい!?」
 再び狐人の姿になったチターが、それと気付いたときには後の祭。もぐ、もぐ、と噛みしめている。そしてラッセルもまた、三つ目の手前で固まるのだった。
 口元をきゅうっと結び、苦悶の表情を浮かべる。それでも、吐き出しそうになるのを必死で堪えると、ラッセルは潤んだ瞳でチターに何かを訴えかけた。
「……数えろ、てか?」
 意を察したチターが尋ねると、こくこくと首を縦に振る。
「んと、次が三回目だっけ?」
 こくんと一つ、頷いて応えるラッセルの姿に、チターは諦めたように大きなため息を吐いた。
「じゃ、行くぞ。さーん、よーん……」