ゼロの軌跡

作:澄川 櫂

28.光、輝くとき

「ええい、こうも手こずるとは」
 ゼロとディアスを相手にするロッコは、苛立ちを隠せなかった。
「くっ……」
 ディアスの散弾をかわしながら、忌々しげに唇を噛むロッコ。それぞれ単機で見れば、技量で彼に劣る相手である。にも関わらず、ぴたりと息の合った攻撃に次第に押されつつある自分を感じた。それは、彼にとって屈辱以外の何物でもない。
 ゼロのビームの合間を縫って、グレーと濃紺に彩られたディアスがまたも散弾を撃ち込む。かいくぐるサーベラスに、ゼロのビームカノンが火を放つ。うち一発が、サーベラスの足をかすめた。
「ちいっ!」
 僅かだが、体勢を崩すサーベラス。
「今だ!」
 すかさずフィルは仕掛けた。ライフルで牽制しつつ、サーベルを抜いて斬りかかる。見事な動きではある。だが、
「舐めるなっ!」
 ロッコからすればそれも緩慢だ。言いながら、機体ごとディアスにぶつかってみせる。
「うわあぁっ!?」
「フィル!」
 絡み合う二機を前に、攻撃をためらうリサ。その一瞬を突いて、サーベラスはようやく彼らを振り切った。
「二対一でなければ」
 反撃したい衝動をグッとこらえる。これ以上戦っても無駄に消耗するだけだし、艦隊の様子も気になる。なにより状況の判らないのが怖い。
 一方、振り切られた側のフィルとリサも、あえてそれを追おうとはしなかった。
「フィル、大丈夫?」
「ああ。それよりミサイルは?」
「まだ撃ってないわ。でも、時間の問題かも」
 コンペイトウを見ながらリサは言った。今回の二人の任務は、ハイメガカノンを用いるデードリットの支援に加えて、隕石ミサイル群の監視にあった。依然として変化は見られないが、味方の火線を見れば、いつ発射されてもおかしくないと思える。
「……どうする?」
「大尉と合流しよう。例のモビルアーマーの動きも気になるし……」
 とフィル。モビルアーマーとは、むろんフェンリルのことだ。復讐という衝動こそ今はないが、わだかまりがないと言えば嘘になる。隕石群の監視という観点からすれば、この宙域に留まっていても何ら問題はないのだが、彼はそれを良しとしなかった。
「敵の防衛ラインに沿って迂回しよう。僕が警戒するから、リサは隕石ミサイルを」
 センサーの有効範囲はゼロの方が広い。そして、優先度は敵機の発見よりもミサイル群の監視にある。正しい判断だ。
「了解!」
 リサはただ一言、そう答えた。どこか頼もしく思えるフィルに、全幅の信頼を寄せるように。
(……なんでだろう?)
 そんな心持ちを、リサは我ながら不思議に思った。
 ラ・ホールを離れた時には、デュランの力になるのだと勇み、逸る一方で、言いようのない不安と心細さを感じていた。それは単独行動にあたっての緊張がさせたことと思いたい。が、ゼロという機体に僅かながら不信を覚えていたことも、確実に影響していたのだろう。ゼロでうまく戦えるのか。その疑問に対する不安が落ち着きを奪い、不安を振り払おうとするが故に、心を高ぶらせた。そんな気がする。
 それが、いざこうしてフィルと合流してみると、奇妙なほどに落ち着いている自分がいた。それまでの不安が嘘であるかのように、躊躇なくゼロを操る自分がいる。気を許せる仲間が側にいるというだけで、こうも安堵するものなのか。
 フィルが自分に好意を抱いているらしいことは、リサも薄々感じている。が、それを抜きにしても、彼ならば確実に手助けしてくれるだろうという、安心感があった。だから自分も、フィルとの連携に積極的であろうと思う。そしてゼロは、まるでそれを望んでいたみたいに、機敏に反応してくれる。怖いまでの一体感。
(でも、今はこれでいいんだ)
 デュランの力になりたいという気持ちに変わりはない。が、こうして所定の任務を果たすことこそが、彼の支援に繋がるのだと解る。だから守りをフィルに任せて、自分は隕石ミサイルの監視に専念する。決して動きを逃さない。
(頼んだよ、ゼロ)
 無意識にコンソールディスプレイへと手を伸ばし、乗機に語りかけるリサ。

 ——System full online. Condition green.

 ディスプレイの隅に出力されたその応答を、彼女は知らない。

 ワーノック艦隊旗艦、バーミンガム改級主力戦艦シェフィールド。
「閣下、エゥーゴの猛攻で左翼の隊が崩れかかっております。これ以上、点火を遅らせては……」
「解っておる」
 艦長アンドリュー・シモンズ中佐の諫言を、ワーノックは苛立たしげに遮った。それを、シモンズは自軍の不甲斐なさに対してのものと捉えたが、そうではない。今まさに左翼を突破しようとしている、エゥーゴに対してである。
 ワーノック軍が点火準備を整えた隕石ミサイル群は、エゥーゴ艦隊が仕掛けた位置とは逆の、右翼の隊に集中していた。特に意図してのことではない。もともと、この地点を中心に配備されていたからである。当然、このことはエゥーゴも知っているはずだ。
 だが、彼らはあえて左翼を攻めた。まるで隕石ミサイルを撃てと言わんばかりに。手を組んだアクシズ艦隊に討たせるための陽動とも思えたが、今もってその気配もない。
(エゥーゴめ、いったいなにを考えておるのだ!?)
 戦術モニタを見つめながら、ワーノックは声には出さず罵った。月面都市グラナダはエゥーゴの最重要拠点である。武器供給元のアナハイムが居を構えるばかりでなく、一般市民にも支持者の数は多い。それを本気で護るつもりがあるのか。
 ブリッジのすぐ近くを、メガ粒子砲の光がかすめた。エゥーゴ艦隊が差し込んでいる証拠である。動揺する艦橋要員の何人かが不審げな視線を彼に送った。
(……もはや限界か)
 それと知って、内心、嘆息する。
 自軍を解散させるために事を起こしたワーノックには、隕石ミサイルを使う気などまるでなかった。戦力をあえて分散させることで、麾下の艦隊の早期壊滅を期待したのだ。コンペイトウの占拠も隕石ミサイルも、全てそのための手段でしかない。
 連邦艦隊の頼りなさはもとより承知している。が、エゥーゴの展開のまずさは計算外であった。ここまで点火を引き延ばしてきたワーノックであったが、これ以上遅らせることは、状況がそれを許さない。
 猛攻を掛けるエゥーゴの士気を削ぐためには、隕石ミサイルの発射がもっとも効果的である。そして、彼らをより絶望させるには、位置的に迎撃可能な正面の連邦艦隊が、戦線を下げた今をおいて他にないのだ。
「閣下……」
 シモンズ艦長が、今度は半ば乞うように言った。通信担当のオペレーターも、彼の下知を今や遅しと待っている。
 ワーノックはにわかに目を閉じた。観念したのである。
「点火」
 傍らの艦長に向かい、彼は静かに告げた。短いが、それだけで数千万の生命を奪う力を持った一言を。
 これで彼の名はバスク同様、虐殺の主として永く歴史に留められることになろう。いや、元々が部下に死に場所を与える為の挙兵である。己の名誉に対する未練はない。あるとすれば、また多くの人命が無為に失われることへの罪悪感だけだ。
(——天は未だ、人の死を求めているのか)
 次々と灯り行くブースターの火に、ワーノックは一人絶望した。

「火が点いた!」
 移動を開始する隕石ミサイル群にいち早く気付いたのは、激戦の外縁を行くゼロのリサであった。主戦場を迂回しているとは言え、無論、敵の攻撃はある。それでも彼女が点火とほぼ同時にそれと気付いたのは、同行するフィルのディアスに、迎撃の一切を任せられたからだ。
 そのフィルは、彼女の言葉を聞くや否や、
「時間は!?」
 と異なことを訊いた。この期に及んで時間など何の役に立つというのか。
 が、問われた方のリサも、
「待って。今、計算してるから」
 コンソールを叩きながらそう応えるのであった。
 サブウィンドウ上に隕石ミサイル群の位置とその予測進路が、経過時間と共に点線で示される。それらはやがて、赤で記された一本の線と、ほぼ垂直に近い形で交わるのであった。
 ややあって、
「上げて!」
 タイミングを計るように彼女は叫んだ。寸分違わずフィルが動く。
 ディアスの左手が上げたのは、眩いばかりの信号弾。この戦場に居合わせた者全てに点火の事実を告げるかのような光は、だが、彼らに向けてのみ放たれたものではない。
 信号が上がると同時に、猛攻するエゥーゴの軍勢は、にわかに後退に転じた。迎え撃ったティターンズ将兵が呆れるほどの、見事な転身ぶりであった。その一も二もなく退いて行く姿に、キボンズを初めとする名のある将兵は、当然のことながら揃って同じ疑問を抱いた。
(——奴らはいったい、何を考えている?)
 確かにエゥーゴは強い。側面からまともに攻撃された左翼の隊は、もはや壊滅寸前である。だが、隕石ミサイル群を預かる右翼の隊には仕掛ける素振りさえ見せなかった。そして、点火と時を同じくしての後退。
「これではまるで……」
 発射されるのを待っていたかのようではないか、と続けるキボンズであったが、それを最後まで口にすることは出来なかった。なぜなら、これまでこのコンペイトウの宙域に咲いていた光とは全く異質の、恐ろしいばかりに冷たい光芒が、唐突に彼らの背後で炸裂したからだ。
「何っ!?」
 振り返る彼の眼前で、コンペイトウに突き刺さる光線が弾けた。いや、弾けているのはコンペイトウを形成する岩石だ。そして、消え行く筋の向こう側に、放たれたはずの隕石群の姿はない。
「こっ、これは……!」
 さすがのキボンズも息を呑んだ。一瞬でこれだけのことをしでかす兵器を、彼は二つ知っている。だが、可能性があるとすれば、それは一つしかあり得ない。
「コロニーレーザ……!? グリプスか!」

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