ゼロの軌跡

作:澄川 櫂

27.エース二人

「……この辺りか」
 一人編隊を離れたアルバート・デュランは、ふと呟くと機体位置を固定した。同時に、乗機デードリットにハイメガカノンを構えさせる。巨大な銃口が彼方の光点を向く。
「元はダブルゼータのオプションらしいが……」
 言いながら手早く照準を合わせるデュラン。目標はティターンズ艦隊の艦艇である。もっともこの距離では、最大望遠でも辛うじてそれと判るに過ぎないのだが。
「当たるか……?」
 デュランはトリガーを押した。ズッ……。鈍い振動と共に、太いビームの束が漆黒の闇の中を行く。
 ややあって、前方に小さな光点が見えた。デュランにはそれが目標をかすめた結果であると判った。致命傷ではない。
「流用品では所詮、こんなものか」
 毒づくデュラン。これだけ離れていれば当てるだけでも驚異なのだが、当人はそのことに気付いていない。そして僅かに照準をずらすと、今度は狙って撃つのであった。彼ほどの腕になれば、炎の具合と照準角から艦の中心を割り出すなど、造作もないことである。
「フン……」
 先程とは段違いに大きく広がる光点を一瞥すると、デュランは次なる獲物を求めた。核の炎がうまい具合に僚艦の影を映し出し、一度目よりも狙いやすい。
 だが、今度も一撃で目標に致命傷を与えることはできなかった。
「ディアスの癖がまだ取れんか」
 渋い顔で漏らすデュラン。本来、モビルスーツは慣熟飛行を重ねてその機体固有の癖を掴むと同時に、機体自体にも微調整を加えながら自らの手足としていくものである。だが、今回はいきなりの出撃であった。故に自身の感覚のみで乗りこなさなければならない。それもごく短時間のうちに。もっとも、この戦闘中にデードリットに合わせる自信はあった。
 再び照準を調整して構えるデードリット。と、センサーに反応があった。機体照合。前回、彼を苦しめた機体——サーベラスだ。
「さすがだな」
 恐らくパイロットも同じなのだろう。予想よりも早い敵機の出現に、デュランはそう思った。
 宿敵である。彼にしてみれば、新型のデードリットでもって、前回の雪辱を果たしたいところだ。だが、今はそれ以前にやらねばならぬことが山とある。
「ふっ……。その距離ではかすりもせんよ」
 牽制射撃をするサーベラスに構うことなくトリガーを押すと、機を加速させるデュラン。敵に存在が知れた以上、遠方からの狙撃に拘る理由もない。
「残り二発。有効に使わせてもらう!」
 長物を軽々しく担いだデードリットは、サーベラスの放つ火線をものともせず、二つ目の火球目指して突き進む。
「なにっ!?」
 サーベラスのロッコにしてみれば裏切られたようなものだ。彼はデュランをライバルと認識している。そして、向こうからもそう見られているという自負があった。仕掛ければ間違いなく乗ってくる、と。
 だが、ロッコのそんな思いとは裏腹に、デードリットは彼を無視した。俺の獲物は艦艇だけだ。貴様のような小物に用はない。ハイメガカノンを携えるデードリットの背中が、そう言っているようであった。
「おのれ!」
 無視されて面白いわけがない。罵りつつ追撃に転じようとするロッコであったが、その鼻先をかすめるビームに遮られる。同時にセンサーに反応。立ち去るデードリットを護るが如く、回り込んだ機影がある。
「ぬっ!?」
 迫る敵機の姿に、ロッコは一瞬、戸惑った。それがグレーのディアスだったからだ。が、よく見れば、それは濃紺との塗り分けがなされており、動きも彼の知るそれとは違う。
 デュランから機体を引き継いだフィル・ホーガンの乗機だ。
「大尉の邪魔はさせない」
 と、ディアスのコクピットでフィル。実はロッコを戸惑わせたことで、半ばそれは達成されていたのだが、さすがに彼は気付いていない。
 ほんの僅かな時間ではある。だが、一瞬の遅滞が、ロッコにデードリットの追撃を困難なものとさせていた。サーベラスのセンサーは、デードリットが既に射程圏外にあることを彼に告げる。
 一つ舌打ちすると、ロッコはディアスに向いた。邪魔をするな! 忌々しさに内心罵りながら、彼に向かってライフルを撃つ撃つ。
 が、ディアスにそれは当たらない。技量で相手に及ばないことを知っている分、フィルも必死だ。己の持てる力を全て注ぎ込み、すんでの所でビームをかわす。サーベラスに一太刀浴びせる。それだけを考え、フットペダルを踏み込む。
 その思い切りの良さが、彼に力を貸した。交錯する二つのマシーン。ディアスのサーベルが輝いたとき、サーベラスの手からライフルが飛んだ。小さな火球がサーベラスの機体を僅かに揺らす。
「なんと!」
 予備ライフルを握らせながら、ロッコは唸った。どちらかといえば直線に近い、素人的な動きを見せるディアスが、ここまでやるとは思わなかったからだ。
 しかし、そこはティターンズの誇る黒鷹である。即座に彼を強敵と認め、同時にデードリットを忘れた。良くも悪くも、ロッコは生粋のパイロットなのである。新たな猛者との対決に、むしろ心躍らせた。
 続けざまに牽制二射。回避するディアスに一気に迫り、サーベルを抜きざま振り上げる!
「くっ……!」
 辛うじてそれを受けるディアス。受けながら、距離を取るべくバーニアを噴かす。が、サーベラスはそれを許さない。逃げるディアスに追いすがり、息つく間もない斬撃を見舞う。
 フィルは、それを三度まで耐えた。迂闊なことをすれば殺られると悟ったからだ。耐えて、僅かな隙を待つ。そして、四度目にサーベラスが大きく振り上げたとき、迷わずトリガーを押し込んだ。唸りをあげるバルカンファランクス!
「む!?」
 咄嗟に、左腕でカメラを庇うサーベラス。
「たあぁぁぁっ!」
 その機を逃さず、フィルは吠えた。モノアイを光らせるディアスが、横一文字にサーベルを振るう。
「舐めるなっ!」
 対するロッコは、だが、機を後ろに倒して避けつつ、何とそれを蹴り上げるのだった。ディアスの左手からサーベルが弾け飛ぶ。
「えっ!?」
 彼の妙技に息を呑むフィルを、次いで激しい衝撃が襲った。ロッコはサーベルを蹴り上げるだけに留まらず、ディアスの脇腹にも蹴り込ませたのである。まさに恐るべき技量であった。
「貰った!」
 流れるような動きで照準を合わせるロッコ。しかし、その狙いを妨げたのは、またもビームの帯であった。
「フィル!」
 二条の眩い光の後を、アーマー形態のゼロが駆け抜ける。ロッコは己の度重なる不運に唇を噛んだ。

 消え行く光点を目指すデードリット。不意に上昇に転じると、ハイメガカノンを構えて止まる。若干の間があって、ディスプレイ上に、それがスレーブからアクティブに転じたことを告げる光が灯った。
「ふん……」
 ちらっと見やって、つまらなそうに漏らすデュラン。
 彼が今、乗機に構えさせているそれは、デードリット本来の武器ではない。まだ試作品にも満たない代物である。
 バックパックの右オプションラッチにマウンタで固定されたハイメガカノンは、同左オプションラッチの球状ポッドとチューブで繋がれていた。起動に必要な電力の供給を機に頼らず受けるためであるが、いかにも急ごしらえといった感があり、反応も幾分鈍い。
 もっとも、鈍いと言ってもコンマ数秒の世界である。デュランだからこその不満であるとも言えた。
 ハイメガカノンの起動を確認したデュランは、目に付いた艦艇に迷わず狙いを定めた。自分の存在は既に敵の知るところである。獲物を選んでいる暇はない。
 コクピットに甲高いロック音が響いた。

「閣下、なぜ撃たないのです!?」
『アクシズ艦隊の動きが見えん。早過ぎるな』
 シェフィールドを見下ろすフェンリルのキボンズは、泰然自若たるワーノックの返答に、困惑を隠せなかった。エゥーゴの側面攻撃を受けてから既に十数分。だが、ティターンズ残党軍の党首たるワーノックには、いまだ隕石ミサイルの発射を命ずる気配もない。
『急いてはことをし損じる。肝要なのはタイミングだ』
 その彼の言葉は、一見正しいように思える。しかし……。
「ですが、これ以上エゥーゴに差し込まれれば、点火こそ困難になります!」
 キボンズは言った。
 隕石ミサイルは文字通り隕石にブースターを取り付けただけの、極めて単純な兵器である。言い換えれば、ブースターを破壊してしまえばただの石ころに過ぎない代物だ。
 が、一度加速のついたそれを止めるのは困難である。戦艦さえ一撃で粉砕する流星を止める術はない。即ち、放てば勝ちなのである。迎撃に用いるわけではない。
 隕石ミサイルへの起爆指示は無線によって行うが、ミノフスキー粒子撒布下にあっては、信号の有効範囲はかなり限られてくる。戦果を確実なものとするために、ワーノック軍は何隻かの艦艇を、ミサイル点火のためだけに割くことを余儀なくされていた。
 故に、エゥーゴを迎え撃つ左翼の隊は苦戦を強いられている。仮にここを突破され、点火指令を出す艦を沈められでもしたら、元も子もないではないか。
「閣下!」
 だが、ワーノックは動かなかった。当然である。彼には最初から、隕石ミサイルを月面に撃ち込むつもりなどないのだから。
 グリプス紛争来の混乱が一段落ついたこの時期になって彼が事を起こしたのは、それをティターンズ解散の好機と捉えたからだ。今の連邦であれば、部下に思う存分やらせても揺るぎはしまい。そう判断したのである。
 ティターンズが実質的な連邦軍そのものであったとき、彼らは正規軍に対し、常に一階級上の待遇を与えられてきた。一度でも特権の味を知った者が、おいそれと元の環境に戻れるとは思えない。現にここに残るのは、正規軍の再三に渡る原隊復帰令に一切耳を貸さなかった連中ばかり……。
 確かに地球で反抗を続ける部隊と迎合すれば、それなりのことは出来るかもしれない。だがそれも、一時の無用な流血を生み、市民の反感をより高めるだけに終わるだろう。
 時の流れに翻弄され、汚名を残すばかりとなった若き将兵達。その無念はよく解るが、これ以上汚れてどうするのだ?
 役目を終えた者は、速やかに舞台を降りねばならない。それが出来ぬと言うならば、せめて華々しく散るがいい。
 部下が選んだのは後者である。ならば私がなすべきことはただ一つ。彼らに最高の死に場所を与えること。そこで全てのけじめをつける。
(……もはや我々は必要とされていないのだよ)
 ワーノックはキボンズを瞳で諭した。もうよいではないか、と。だがその想いは、キボンズには伝わらない。
「今を逃せば、満足の行く戦果は得られません。点火の命令をお出し下さい!」
 彼が何度目かの同じ言葉を口にしたそのとき、眩いばかりの光が一条、フェンリルの背後で上下に突き抜けた!
「なにっ!?」
 シェフィールド前衛のサラミスが、まともに喰らって爆光を上げる。咄嗟に機を離すキボンズ。爆風に揺られながらも、同時に光線の元をセンサーで探る。居た。見慣れないマシーンが一機、大筒を抱えてこちらを向いている。
「やらせるか!」
 言うや、キボンズは愛機の右腕に据えたバスターランチャーを動かし、そいつに向かって無照準で放った。サラミスを貫いた光に負けず劣らぬビームの束が、色鮮やかな軌跡を描く——。

「むっ?」
 迫り来るビームの奔流を認めたデュラン。かすめぬよう、僅かに機を流しつつ、
「ダルマが食いついたか!」
 と口にする。わざわざ確認するまでもない。第三艦隊を壊滅させた脅威が、今まさに彼の相手をしようとしているのだ。コントロールスティックを握る手が、にわかに戦慄を覚える。
 だが、
「フッ……」
 高まる緊張とは裏腹に、デュランは小さく笑った。
 襲い来る巨体のフェンリルは、これまで彼が出会ったことのない種の獲物だ。艦艇の撃沈経験は豊富なデュランも、モビルアーマーのような機動力ある大物とやり合う機会には恵まれなかった。
 デュランは決して戦争馬鹿ではない。だが、強敵と対峙することの喜びを知る、根っからのモビルスーツ乗りであった。目の前のフェンリルこそ、彼が求めてきた相手かもしれない。
「存分にやらせて貰う!」
 一吠えすると、デュランはハイメガカノンの最後の一発を撃った。同時に、ジェネレータポッドもろとも切り離す。囮である。多少もったいないような気もするが、どうせ貰い物だ。未練はない。
 ハイメガカノンが鮮やかな尾を曳く。それを後目に、デードリッドを真下に加速させるデュラン。
 一方、そのビームを難なくかわしたフェンリルのキボンズは、
「そこか!」
 ビームの根元に向かい、バスターランチャーを叩き込んだ。ややあって、前方で火球が生まれる。
「やったか……?」
 と呟くキボンズだったが、
「いや!」
 頭を振りつつフットペダルを踏み込む。案の定、直後をライフルのものと思われるビームが走った。同時にセンサーに反応。例の機種不明機だ。
「ちっ」
 舌打ちしながらワイヤーアームを伸ばす。アームの先の銃口が左右から同時に敵を撃つ!
 だが、デードリットはそれをものともしなかった。鮮やかな身のこなしで軽く避けると、ショットモードでライフル一射。拡散するビームを逃れるフェンリルに、続けて狙い澄ました一撃を見舞う。
 その一撃は、フェンリルのバスターランチャーを見事に貫いていた。
「——なっ!?」
 咄嗟に排除しつつ、彼の妙技に目を剥くキボンズ。火力では圧倒的に上回っているにもかかわらず、一発も当たらないとは。
「ええい、ドムもどきが!」
 なおもビームを浴びせるデュランに向かい、キボンズは怒りのままに声を荒げた。リアスカートからランチャーを引き抜き、撃ち鳴らしつつ彼を追う。
「フフ……」
 逃げに転じるデードリットのコクピットで、後部カメラの映像を見やるデュランはほくそ笑んだ。全て狙い通り、とでも言いたげに。
 だが、その笑いも意味するところも、追撃するフェンリルのキボンズには到底判ることではなかった。

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