ゼロの軌跡

作:澄川 櫂

3.若者たち

 母港グラナダへと帰還したカージガンは、月の重力に逸る気持ちを抑えるように、ゆっくりと白い船体を降下させて行く。ところが、そのカタパルトデッキにはガイドビームが灯され、今まさに三機のネモが着艦しようとしていた。
 入港も間近なこの時に、なぜ?
『フィル、トニー、解ってるな? 間違っても市街地に落ちるんじゃねぇぞ』
『はいっ!』
「おいおい、大丈夫なんだろうな?」
 バーンズ少尉に答える若い声に、ステファンは不安げに口にした。
「こんなところで壊されたらシャレにならんぞ」
「勲章代わりにちょうどいいんじゃないのか?」
 パイロットスーツのままブリッジに上がってきたデュランが、彼の隣から口を挟む。これにはさすがに、他のクルーの間からも笑いがこぼれるのであった。
 所属不明機発見の報に、デュランらが出撃したのは十分ほど前のことである。ただ、敵機が旧式のハイザック一機だったため、彼はフィル・ホーガン、トニー・ヘルマーという二人の若い軍曹を出撃させていた。共にまだ十六歳という少年パイロットだ。
 そして、二人の指揮をバーンズ少尉に任せると、自らはその支援に徹したのである。これは、新人の実戦訓練を兼ねた編成であった。
 戦力の疲弊著しいエゥーゴでは、一時期より訓練もままならない若いパイロットを、戦線に投入することを余儀なくされていた。現在ではそれもいくらか改善されたが、新人を実戦で叩き上げる風潮は、エゥーゴのパイロット養成技術として確立した感がある。
 この二人も、実機訓練は数回経ただけでの配属であった。そして実戦初参加の本作戦で、艦隊直援ながらいきなり出撃している。今回が帰り際のルナツー戦に続いて三度目の出撃というわけだ。
 もっとも、出撃そのものは非常に容易い。問題は、無事に戻れるか、そして、着艦できるかということであった。
 カタパルトを使った着艦は大変難しく、システムが向上した現在でも、着艦時に機や艦を痛めるパイロットが少なくない。そのためモビルスーツにワイヤーをかけて固定し、メカマンが総出で回収するという方法が取られることもしばしばであった。
 しかし、補給と再出撃を繰り返す乱戦ともなれば、カタパルトの使用は必須である。そのための訓練なのだが……。
「しかし、なにもこんな所でやらんでも」
 ステファンは渋い顔でデュランに言った。艦が傷つくだけならまだしも、グラナダの市街地に墜ちられでもしたらたまらない。まともな着艦は初めてな二人だけに、それが不安なのだ。
 だがデュランは、
「最悪でも港に落ちるだろう? 仮にも一機墜としたんだ。大丈夫だよ」
 と、大して気にかけていないようである。
「……どうなっても知らんぞ、俺は」
「ライン確認! ヘルマー軍曹、どうぞ」
『了解!』
 少し緊張した声で答えて降りてくるトニー機。やや突っ込みが急なように思えたが、ガクンと膝を揺らしただけで、無事、着艦に成功した。軽い振動に包まれるブリッジ。
「続いてホーガン軍曹、どうぞ」
『行きます!』
 こちらも緊張した声で、フィル・ホーガンのネモが降下に移った。先ほどの戦闘でハイザックを墜したのは彼である。申し分のない進入進路。角度も教本通りだ。
 が、
『フィル、速いぞ! 減速しろ!』
 バーンズ少尉の声が無線に響いた。見れば、フィルの機体は、甲板に突き刺さりかねない速度を維持したまま降りてくる。
「あ……!?」
 急速に迫るカージガンの船体に、慌ててペダルを踏み込むフィル。ネモの脚部スラスターが光を吐き、何とか激突だけは免れる。しかし、急激な減速でバランスを崩した機体は、あらぬ方向へと流されてしまった。
「やっちまった」
 顔を押さえ、キャプテンシートに埋もれるステファン。地球の六分の一とはいえ、月の重力はモビルスーツ単体では離脱の叶わない代物である。そして、万が一にも市街地の採光窓を突き破ろうものなら、始末書などでは到底済まされない大惨事となる。
 せめてそうはならないよう、後は祈るばかりかと思われたが、想像に反して、フィルは自力で機体を立て直した。スラスター全開で機を上昇させると、艦の後方から回り込むように放物線を描く。そして、カージガンと相対速度を合わせ、ふわりとハッチ前に降り立って見せた。
「ほーう」
「……心臓に悪いやつめ」
 感嘆する大尉とは対照的に、ステファンは心底疲れた表情で脱力するのだった。

 カージガンのモビルスーツハンガーは、上下二段の重層式になっている。カタパルトデッキに直結している上部ハンガーと、主に整備に用いられる下部ハンガーである。
 グラナダ入港直前に着艦した三機のネモも、エレベーターで下部ハンガーに降ろされ、今はメンテナンスベッドの上にあった。昇降クレーンのついたベッドはやや後方に倒されており、数人のメカマンが取り付いているのが見える。
「しっかし危機一髪だったよなぁ、お前」
 そのネモの足元で、トニーは意地が悪そうに言った。
「いいじゃないか。ちゃんと一人で降りたんだから」
「でもフィル、あれじゃあ一機撃墜の腕が泣いちまうぞ?」
「……撃墜ゼロの人に言われたくないね」
「あー! そーいう言い方するか、フツー」
 険悪な視線になりつつも、やがて互いに笑い出す二人。本格的な戦闘をほとんど無傷で乗り切ったことが、どうしようもなく気分を高揚させるのだ。
 と、
「楽しそうだな、二人とも」
「あ、大尉!」
 不意に後ろから声をかけたデュランに、二人は慌てて敬礼した。
「ハハハ、何をそんなに固くなってる」
「い、いえ……」
「あの、なんですか? 大尉?」
「ん? いや、いい操縦だったと思ってな」
 特に用があったわけでもないのだが、デュランはそう言った。自信をつけさせるのもあるが、実際、二人の腕はなかなかのものだったからだ。
「ほ……本当ですか!」
「ああ。これからもその調子で頼むぞ?」
『はいっ!』
 元気のいい返事をする二人に頷くと、デュランは搬入ハッチに向かって歩き出した。そこへ、フレディ中尉の運転するエレカがきて止まる。
「アルバート、乗ってけ」
「……邪魔じゃないのか?」
 助手席に座るエミリア・パレット少尉の栗色の髪を横目に、デュランはそう訊いた。
「街まで行く訳じゃないんだろ?」
 逆に問いかけるフレディ。デュランは苦笑すると、エレカに手をかけ、後部座席に飛び乗るのだった。
「大尉、どこへ行くんですか?」
 と、フィル。
「ちょっとアナハイムまでな」
「アナハイム……。中尉たちは?」
「フィル、野暮なこと訊くんじゃないの」
 助手席のパレットが、フレディの代わりに笑って答えた。
「あ……! ひょっとして、上陸できるんですか?」
 そう言ったのはトニーだ。
「なんだ。バーンズのやつ、話さなかったのか」
「今日から五日間、カージガンはグラナダに停泊する。特に仕事がなければ、その間は休暇だ」
 フレディに続いてデュランが説明する。
「やった!」
 トニーは飛び上がって喜ぶと、
「フィル、早いとこシャワー浴びて繰り出そうぜ」
「ちょっ、ちょっと!?」
「ほらほら」
 フィルを急かしてデッキの奥へ向かうのだった。が、それを見送るパレットは、
「……そう上手くいけばいいけどね」
 と、意味ありげな笑みを浮かべる。案の定、
「くぉらトニー! ちょっと来い!!」
 カージガンのメカニックチーフ、イ・フェチャンの怒声が、ハンガー中に響き渡った。トニーがビクッと足を止めて振り向くと、丸眼鏡をかけたイが、彼のネモの上から手招きしている。
「あ、あのー……なんですか?」
「なんですかじゃない! 見ろ! こんなに膝を痛めやがって。着艦するときに速度を殺さないから、こうなるんだ!」
 恐る恐る近づくと、イは装甲を剥がした膝を指さし声を張り上げた。ジョイント部分を中心に、配線が焼け焦げたり、傷がついたりしている。
「……ったく、やっかいなところを。おい、お前も修理を手伝え」
「え!? だ、だって俺……」
「やかましいっ! 膝を壊した罰だ!」
「そんなぁ〜。フィルぅ」
 涙目になって見下ろすトニー。そんな視線に懇願されては、彼も力無く笑うしかない。
「わ……分かったよ。僕も手伝うよ」
 その二人の様子をバックミラー越しに見るデュランは、思わず笑みをこぼすのであった。

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