ゼロの軌跡

作:澄川 櫂

4.アナハイム

「ご苦労様です、大尉」
「ありがとう。どうだ? 順調か?」
「ええ。いつでも実戦に投入できますよ」
 アナハイムエレクトロニクス社のグラナダ工場最下層——。
 「Z」と大きく描かれたハッチの前でデュランを迎えたウォーレン・マクガバニーは、笑いながら言うとIDプレートを照合させ、端末を叩いた。そして指紋照合、声紋照合を経た後、暗証カードキーを差し込む。
 ポン、という電子音と共にカードがロックされると、その表面にあるキーに光が灯り、彼の指は十六桁からなるパスワードを入力した。ややあって、三重のハッチが鈍い音を立てながら開いていく。
「ほーう。よさそうじゃないか」
 扉の陰から現れたものを目にするや、デュランは感嘆した。
 彼を見下ろすのは、ブルーを基調とした一機のモビルスーツ。大型バックパックと、そこから生える大きめのサーベルが目に付くその機体は、一見してゼータタイプと分かるフェイスを持っていた。が、変形したときに機首となる部分は、胸部からふんどしのごとく下肢へと伸びており、シールドを用いるプロト・Plus系とは別系統であることを示している。
「一年前の本採用では010に負けましたけどね、分離しない分、こいつの方が丈夫ですよ。お蔵入りしていた間に、いろいろと追加できましたし」
「ダブルゼータより強力になった?」
「自信はあります」
 デュランの茶々に、開発主任であるマクガバニーは大まじめに頷いたものだ。
 彼らの会話にある通り、この機体はゼータガンダムの後継機として計画されたものである。変形機構の簡易化と火力の増強に主眼がおかれており、コアブロック方式による分離・変形が可能なダブルゼータに、コストや堅牢さの面で勝っていた。
 しかし、エゥーゴ上層部は出力の高さからダブルゼータを正式採用とし、本機の開発は中断。ほぼ完成していた試作機も、基礎研究データの収集後に破棄される予定であった。
 ところが、アナハイムエレクトロニクス社会長メラニー・ヒュー・カーバインの鶴の一声で、開発は密かに続行された。デュランらエゥーゴ実働部隊の意向が影響したのである。
 エゥーゴがエゥーゴであるための武器を、彼らは欲した。
「頼もしい限りだ。これなら連中の鼻も明かせるな」
 デュランの言に頷くマクガバニー。
 だが、彼にとって、そんな背景などはどうでもよかった。自分の提案した機体が使われるのなら、それがどんな組織であっても構わないのだ。一年前の屈辱が削がれるのならば。
 マクガバニーはこの機体に絶大な自信を持っていた。だから開発続行のきっかけを作ったデュランに感謝しているし、協力も惜しまない。
(分離・合体になんのメリットがある。ダブルゼータ? ふん、それがいかほどのものか……)
 死闘の果てにハマーン・カーン操るキュベレイを倒したダブルゼータの活躍は、彼も知っている。それだけに、マクガバニーは歯がゆさを常に持ち続けてきた。
 だが、それも今日で終わりだ。
「明日からバラして梱包を始めます。アンマン側のハッチから追加物資と共に上げますので、アンマンの部隊にでも回収させて下さい。そのあとでカージガンに搬入していただければ……」
「参謀本部の目も誤魔化せるな。分かった、ブリストルにやらせる。組立には君も立ち会ってくれるのか?」
「そのつもりです。特殊装備の最終調整は私でなければ難しいでしょうし、なにより、この目で見届けたいですから」
「心強いな」
 デュランは心底そう思った。
 優秀な技術者は優秀なパイロットと同様に貴重だ。そして技術者というのは、たいていが己の腕を存分に振るえる限り、変節するようなことはない。不愉快な人種だが、扱いやすいこともまた事実である。
「ところで……」
 そのマクガバニーが、急に不安げな表情を作った。
「こいつの、ゼロのパイロット、本当に彼女を使うんですか?」
「仕方ないだろう? あいつでなきゃ、上手く扱えんのだから」
 一人の少女の話題に、デュランも渋い顔をせざる得ない。
 リサ・フェレルはデュランの連れて来た娘で、この機体のテストパイロットを努めていた。もちろん、彼はまだ十八に満たない少女に戦争をさせるつもりはなかったのだが、複雑で癖のあるゼロは、彼女以外の操縦を拒んでしまったのである。
 故にデュランは、彼女をカージガンに乗せることにした。彼女自身もそれを望んだ。だが、マクガバニーにしてみればそれは不安の種でしかない。
「確かに癖があるのは認めますが、実戦となると彼女には……」
「システムとの連携は問題なかったんだろう? 戦技は後でいくらでも身に付くさ」
「しかし……。大尉がお乗りになっては?」
 彼は本気でデュランに尋ねたものだ。
「あいにくと、俺はツインアイが嫌いでな」
 デュランは冗談めかして言ったが、事実そうだった。外観的なものもあるが、モノアイタイプの方が扱いやすい。
「そりゃそうと、チャイカは予定通り渡ったのか?」
 彼は話を切り替えた。
「第二艦隊には間違いなく積み込みました。問題はないはずです」
「そうか……。隣といい、全て順調だな」
「は?」
「いや、独り言だ」
 言って左手の壁を見るデュラン。
 社員であっても自らが手がけるプロジェクト以外はなにも知らないと言われるアナハイムだが、彼はこの壁の向こうで建造されているものを知っていた。それはエゥーゴでも、彼以外にはカーター准将、そして筆頭株主であるウォン・リーしか知らないことだ。
(——あの人はいつ動く?)
 ひょっとするとそこにいるかも知れない人物を、彼は思った。エゥーゴを去って早一年。今は何を考えているのか……。
(我々はあなたに干渉しないことを約束した。が、露見を防ぐこともできないのですよ?)
「大尉、そろそろ准将が到着なさる時間ですが」
 マクガバニーが時計を気にしながら言った。
「ん? ああ……」
 今日、彼がアナハイムを訪れたのは、なにもゼロを見に来るためではなかった。カーター准将とメラニー会長の会談が予定されており、彼はその付き添い役を任されたのである。
 マクガバニーに言われ、デュランはようやく、そのことを思い出したのだった。
「二人を待たせでもしたら、俺はクビかな?」
 デュランが苦笑してみせると、マクガバニーはにわかに身震いした。彼を足止めしたとして、責任が及ぶのを恐れているのかもしれない。
「ハハハ、冗談だよ。三号エレベーターは確か、上まで直通してるんだったな?」
「は、はい。あ、待って下さい。車で送りますよ」
 慌ててエレカに駆けるマクガバニーの後ろ姿を、デュランは可笑しく思った。筋金入りの技術者かと思えば、サラリーマン色が強いところもある。
「どうぞ、デュラン大尉」
 丁寧な物言いながら、どことなく急かす様子のマクガバニーに、彼は初めて、好感を持てると感じていた。

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