ゼロの軌跡

作:澄川 櫂

序 U.C.0087

 闇を切り裂く巨大な閃光に、二機のハイザックは明らかに動揺した。それを見逃すアルバート・デュランではない。
 無言で照準を合わせ、トリガーを引く。同時にリック・ディアスがビームを二射。瞬く間に光の花が二つ咲いた。
 が、それを一瞥もせず駆け抜けるデュラン。銃を捨て、ディアスに最後のビームピストルを握らせる。もうチャージするほどの余裕はディアスにない。
 と、その頃になって、
「コロニーレーザー……」
 ハイザックの動揺した理由わけを彼は理解した。
 コロニーレーザー。それは、密閉型コロニーであるグリプス2を改造した、直径六キロにも及ぶ巨大なレーザー砲である。かつてジオン公国がア・バオア・クー前哨戦において使用し、地球連邦軍主力艦隊を消滅させたソーラレイと原理を同じくする脅威の破壊兵器。
 もとはティターンズが開発したものだが、一時アクシズの手に渡り、現在はデュラン中尉の所属するエゥーゴの手にあった。そして今し方、その力は火線の交錯する海に解き放たれたのである。
「ティターンズ艦隊は壊滅したか」
 極端に火線の減った戦場を見ながら、デュランは呟いた。
 ティターンズ。ジオン残党狩りを名目に、地球出身者のみで構成された連邦軍治安維持部隊。エリート特有の慢心はやがて暴走を誘い、彼らは全スペースノイドに対して暴虐の限りを尽くした。反感を力で抑えつけ、一時期は大店である連邦軍そのものをも傘下に治める勢いであったが……。
「……以外とあっけないものだな」
 感慨深げ……というよりは、なかば侮蔑の色を込めてデュランは漏らした。彼の心の奥底に、くすぶるものはいまだ晴れない。
「30バンチの無念は……こんなことでは」
 いま一機、帰るべき場所を失ったモビルスーツが彼の手にかかって墜ちた。
 母艦を失ったモビルスーツほど哀れなものはない。ティターンズのモビルスーツ部隊は至る所で浮き足立っていた。ディアスのビームが不用意に佇むバーザムを貫く。
「……ふん。俺も大して変わらんか」
 ふと、そんな言葉が口をついた。彼の母艦ラーディッシュも既にこの世に存在しない。
 だが、
「——いや、俺は違う」
 彼の瞳に再び炎が灯った。
(たとえ独りになろうとも、貴様らティターンズを墜とし続けてみせるさ)
 新たな獲物を求め、バイザーの下の視線が戦場を舐める。と、彼の視界に別のものが飛び込んできた。
 金色に輝く機体。両手足が失われているものの、それは紛れもなく、
「百式……!」
 エゥーゴの実質的な指導者、クワトロ・バジーナことシャア・アズナブルの愛機である。
「大尉は?」
 宇宙を漂う百式にディアスの向きを変えたその時、敵機の接近を告げるコール音が響いた。機種照合。アクシズ軍所有のガザCだ。
「一機……いや、四機か!」
 クワトロ大尉の安否を気遣いながらも、戦闘態勢を取るデュラン。手持ち火器に残されたエネルギーは僅かだが、彼に引く気は毛頭ない。
 一気に加速をかけるリック・ディアス。ガザCの編隊が彼に迫る。
「……ん? なんだ?」
 編隊の姿がはっきりするにつれ、彼はようやく、その様子のただならぬことに気付いた。一機のガザCを三機のガザCが追い回しているのだ。それも相手を傷つけることなく捕縛しようとしている。
「………」
 彼の指は、自然と追いかける三機に狙いを定めていた。

 ビュッビュッ!

 一発が先頭のコックピットを貫き、もう一発が別の一機の腕を吹き飛ばす。無傷な一機が振り向いたとき、ディアスはサーベルを抜いて彼の目前にあった。
「——!?」
「……遅い」
 小さく呟くデュランの口調とは対照的に、ガザCを袈裟懸けに斬って捨てるディアス。片腕を失ったガザCがようやくサーベルを抜くが、横合いからのビームがそれを弾く。追われていた方のガザCが援護したのだ。
 もっとも、その援護がなくとも結果は同じだったに違いない。ガザCを腹部から両断したディアスの動きは、それほどまでに速かった。
 彼の技量に舌を巻いているのか、追われていたガザCはそこを動こうとしない。デュランはにわかに苦笑すると、機を近づけ腕を伸ばした。ディアスの手がガザCの肩を掴む。
「どうした? 逃げてるんじゃないのか?」
『あ……』
 スピーカーの奥から、パイロットの声がやや籠もった感じでコックピットに響く。接触回線——俗称に言う“お肌の触れ合い”回線だ。
「何があったのかは知らんが、早く離れた方がいい。俺の存在がいい目くらましになるはずだ」
『か、かたじけない』
「では」
 短く言い残して離れようとするデュランのディアス。と、ガザCがその腕を掴んで引き留めた。理由も聞かず立ち去る彼のことが、さすがに気なったのだろう。
『あなたは?』
「……デュラン。アルバート・デュランだ」
『自分は、グワンザンのウェップ・ホーガン中尉です。……ご武運を』
「お互いにな」
 装甲の向こうで敬礼すらしているかもしれないホーガン中尉に頷くと、デュランはフットペダルを踏み込んだ。リック・ディアスの機体が軽い振動と共に新たな戦場へと放たれる。その頃になって、ホーガンがわざわざ所属を明らかにした理由が引っかかったが、それ以上に、コックピットに伝わる揺れを彼は気にした。
「そろそろ限界か……?」
 一度補給に降りたとはいえ、もう長いこと戦場に留まっている。爆風を何度も浴びていれば、機体にガタがきても当然だ。
「……リバプールが近かったな」
 後退に移るアクシズ軍の光を遠くに見ながら、デュランも戦場離脱を考え始めていた。

 宇宙世紀0088年2月22日。この日、コロニーレーザーを巡る戦いにおいて、ティターンズは壊滅した。ハマーン・カーン率いるアクシズ軍も後退し、後にグリプス紛争と呼称される反地球連邦政府運動エゥーゴ地球至上主義ティターンズの抗争は、一応の終結をみる。しかしながら、地球連邦軍を二分してのこの争いは軍内部に癒えることのない大きなしこりを残した。
 その混乱に乗じて地球侵攻を開始したアクシズは、自らをネオ・ジオンと称して連邦の首都、ダカールを制圧。カラバの反抗により僅か数日で退くものの、和平を口実にジオン発祥の地、サイド3を手にした。そしてその一つをダブリンへと落とし、全世界に己の力を誇示して見せたのである。
 ここに至って地球連邦政府はエゥーゴに支援を正式要請。エゥーゴはネェル・アーガマ隊を先遣隊としてサイド3に送り込んだ。ネオ・ジオン内部におけるグレミー軍の反乱で消耗したこともあって、ハマーン・カーンはエゥーゴ先遣隊との戦闘に自ら出陣。コア3において戦死した。指揮官を失ったサダラーン以下の艦隊は、エゥーゴと連邦の連合軍に降伏し、0089年1月17日、ネオ・ジオン動乱も終結を迎えたのであった。
 その二ヶ月後、木星エネルギー輸送再開。市民は平和の訪れを心から祝った。だが同時に、心の奥底では、それがかりそめのものに過ぎないと正しく認識していたのかもしれない。
 各地に散ったティターンズ残党は、旧ゼダンの門に籠もる一隊を中心に連携を深めつつあり、グレミー軍、ハマーン軍のどちらにも荷担しなかったネオ・ジオン地球軌道方面軍は、不気味な沈黙を守ったまま暗礁宙域にあった。そして地球連邦軍の上層部を掌握しつつあるエゥーゴ内部においても……。

 ——宇宙世紀0089年。地球圏はいまだ、混迷の渦中にあった。

※本コンテンツは作者個人の私的な二次創作物であり、原著作者のいかなる著作物とも無関係です。