ゼロの軌跡

作:澄川 櫂

1.友好軍

 ルナツー。それは月軌道近くに浮かぶ、レモン型の小惑星である。一年戦争時より連邦宇宙軍の前線拠点として機能し、現在もなお、宇宙軍中核基地としての性格を有している。
 そのルナツー近くの空域に、アイリッシュ改級戦艦カージガンを旗艦とする、エゥーゴ第三艦隊はあった。カージガンの白い船体が、漆黒の宇宙にくっきりと映える。
 カージガンはネェル・アーガマに先だって建造された艦艇で、アイリッシュ級をベースに、メガ粒子砲の追加、モビルスーツデッキ拡張等の改良がなされている。エゥーゴの中核を担う戦艦だ。
「……全く、一掃除終わればこれだ。連邦は弱虫の集まりか!」
 艦長のウィリアム・ステファン中佐は、キャプテンシートの上で忌々しげに吐いた。
 暗礁空域近くで暗躍していたティターンズ残党の掃討作戦を終え、一路グラナダへの帰路に就いた彼らにルナツーからの支援要請が届いたのは、つい十分ほど前のこと。別のティターンズ残存艦隊に攻撃を受け、苦戦しているというのだ。仮にも中核拠点を預かる艦隊が、である。
「我々は便利屋ではないんだぞ!」
『艦長、そんなに怒るなよ』
 再び吐き捨てるステファン中佐に、通信モニタの奥でアルバート・デュラン大尉が苦笑した。
『どっちにしろ、ティターンズの連中は一掃しなけりゃならないんだ。いい機会じゃないか』
「しかしだなぁ、アルバート」
『グリプス戦では日和見を決め込んでいた連中だ。まともに戦える訳がないだろう?』
 コックピットで各機器をチェックするデュランは、そう言って笑って見せた。
『そっ、そりゃあそうだが……無理はするなよ』
「当たり前だ。適当にやって引き上げる」
 デュランはそこでブリッジとの回線を切ると、
「各機、メタス隊に続いてティターンズの艦隊を叩く。が、沈めるのが目的ではない」
 発進待ちのモビルスーツ隊に命じた。
『追い出すだけでいいってこったな』
「ああ。これはあくまでも慈善活動だ」
『慈善活動か。ハハ、言えてらぁ』
 さも愉快そうな笑いを残して、ジョン・フレディ中尉のリック・ディアスが射出される。続いてカタパルトに引き出される、グレーに塗られたデュランのディアス。いずれも、R2型と呼ばれる後期改良タイプだ。ビームピストルラックを廃した代わりにブースターを積み、武装もビームショットライフルが標準となっている。
「アルバート・デュラン、出るぞ!」
 管制シグナルが赤から青へと変わる。軽いGと共に飛び立つディアス。その頃には、随伴するサラミスのモビルスーツ隊も編隊を整えつつあった。エゥーゴの主力機、ネモⅡで構成された部隊だ。
 ネモⅡは戦力再建のために新製された機体で、一応ネモを名乗っているものの、全く別の機体である。ネモや連邦のジムⅢに比べると比較的高性能だが、それでも火力、機動性共にディアスに劣る。
「ネモ隊はミサイル撃ち込み次第、順次艦隊の直援に回れ」
 淡いグリーンの機体を見ながら、デュランはそう指示した。貴重な戦力を無駄に消耗することはない。
 一方、艦隊を指揮するステファンも、
「各艦に通達。敵艦隊に向けて、一斉射撃三十秒! その後は各自回避運動を取りつつ、友好軍のあたりに適当に撃ち込んでやれ。それで援護になるはずだ」
 正面の戦術モニターを見ながら、同様の指示を出していた。ティターンズ残党のモビルスーツ部隊が、連邦艦隊を押し込んでいる。
「友好軍に当たる可能性がありますが?」
「そうなったら不幸な事故だ」
「ハハハ。了解です」
 彼の言葉に笑うと、通信士は僚艦に指示を伝達した。
 なかなかに不謹慎な会話であるが、これが現在の連邦軍とエゥーゴ実働部隊の関係である。エゥーゴ参謀本部は彼らを連邦軍の中核を担う部隊と認識していたが、彼らにしてみれば、自身はあくまでもエゥーゴ、反地球連邦組織なのだ。地球連邦軍とは、ティターンズ撲滅という一点で協力しているに過ぎない。「友好軍」という呼称が、そのことを端的に表している。
 それでもエゥーゴ艦隊からは、力強い火線が伸びたのであった。

「アレキサンドリア級にサラミス級が三隻か。大漁だな」
 艦砲射撃とメタス隊の攻撃を受け転進するティターンズ艦隊を前に、デュランは笑みをこぼした。沈めるのが目的ではないと言いながら、彼は艦艇を殺るつもりなのである。
「どれから……?」
 右に左に視線を動かすと、
「ジョン、ボティ。一番奥の奴から殺る!」
 最後方のサラミス改に狙いを定めた。
『了解!』
「行くぞ!」
 デュラン機を先頭に、艦隊に突っ込む三機のディアス。対空機銃が火を噴くが、そうそう当たるものではない。二機が先行して主砲を叩き、
「遅いなっ」
 艦橋に降り立ったデュランのディアスが、一撃でそれをぶち抜いた。一瞬にして炎に包まれ、爆散するサラミス改。爆煙を振り払うようにして抜け出たグレーのディアスは、僚機と合流する間もなく、別の獲物に襲いかかる。
「次は!」
 正面に、アレキサンドリア級重巡洋艦がせり上がってくる。ボティ機がついてくるのを確認して、デュランは愛機を加速させた。
 と、頭上からビームの雨。
「何っ!?」
 それは正確かつ、厚い射撃だった。すんでの所で回避するディアス。その横を駆け抜ける黒い機体。シルエットこそマラサイに似ているものの、どこか鋭利な印象を持ったモビルスーツは——。
「ヘルハウンドか!」
 鷹の嘴を思わせるフロントマスクが特徴的な機体は、コンペイトウ工廠が送り出したマラサイのスペシャルタイプである。改装機ながら、その性能はディアスR2型に引けを取らないとされる。
「……手強い!」
 全く無駄のない動きから強敵と取ったデュランは、ボティ機に指で合図して追撃に移った。ネモを撃破したヘルハウンドは、それに気付くとジグザグに加速して後ろに回り込もうとする。
 させじとボティ機が仕掛けるが、逆に直撃を受け、左腕を失う。
『ぐをっ!?』
「下がれボティ!」
 連射しながら叫んでおいて、デュランは機にサーベルを握らせた。最大加速。ドッグファイトだ。
 交錯するリック・ディアスとヘルハウンド。やや間を置いて現れる、小さな火球。ディアスのサーベルが、ヘルハウンドのライフルを斬ったのだ。
「火器がなければ」
 振り向きざまディアスが一射。ビームがヘルハウンドの肩をかすめる。だが、ヘルハウンドは退かなかった。回避運動を取りつつサーベルを抜くと、デュラン機目指して突っ込んでくる。
「ぬ!?」
 斬りかかるヘルハウンド。受けるディアス。ビームの干渉が、眩いばかりの光を放つ。
「おぉぉぉぉっ!」
 デュランは気合いと共にそれを押し返すと、至近距離からライフルを撃った。ヘルハウンドの左腕が飛ぶ。だが同時に、やや遅れて放たれたヘルハウンドのバルカンが、ディアスのライフルを破壊していた。
 銃身を失ったライフルを投げ捨てるディアス。その一瞬が隙となった。ヘルハウンドの黒い機体が、腕を振り上げディアスに迫る!
「チィッ!」
 デュランが舌打ちした刹那、

 ビュウッ!

 高出力なビームが、横合いから二機の間を貫いた。
 距離を取るヘルハウンド。ずんぐりしたグリーンの機体が、ディアスの前に入り込む。
『大尉! ご無事で!?』
 両肩のキャノン砲で牽制しながら、女性の声でメタスが訊いた。エミリア・パレット。メタス隊々長である。
「済まない! パレット少尉」
 予備ライフルを握らせながらデュラン。
 二対一ではさすがに分が悪いと判断したか、ヘルハウンドは後退に移った。そして、デュランもそれを深追いしない。
「行ったか……?」
『敵艦隊も後退しつつあります』
「そうか……。少尉、我々も退く。信号弾を」
『はっ!』
 メタスの指の一部が折れ、信号弾が上がった。爆発するモビルスーツの光よりも侘びしいが、後退を指示する光が宇宙に輝く。
 それが、この戦闘の終了を告げる合図ともなった。
「ティターンズ艦隊、射程圏外へ離脱!」
「よーし、砲撃やめ! 各艦、モビルスーツを収容しつつ、グラナダへの進路を取る」
「ハッ!」
「友好艦隊より入電。『貴、艦隊ノ支援ヲ謝ス。航海ノ無事ヲ』。以上です」
「礼文を打つ暇があったら、コロンブスの一隻でも寄こせと言ってやれ!」
 連邦の行動に怒り心頭のステファン中佐は、不幸な事故が起きなかったことを真剣に悔やむのであった。

※本コンテンツは作者個人の私的な二次創作物であり、原著作者のいかなる著作物とも無関係です。