魂の還るところ 〜Return to the Earth〜 ゆりかごの記憶

作:澄川 櫂

21.再会、そして……

(……?)
 アーマー形態に転じたゼロのコクピットで、コレットは微かな違和感と共に機を加速させた。右に左にコースを変えるゼロの光跡を追って、敵のビームが迸る。
(さっきまでよりも、近い……?)
 コレットの直感は当たっていた。ホリーのナビゲーションから実際に攻撃を受けるまでのタイミングが、少しずつ早まっている。ホリーの声に重なる悲痛の念は、ビーム光がゼロの傍らを過ぎる度に、濃くなって行くのだった。
「ホリー⁈」
 ホリーの思念が遂に、明確な言葉となってコレットの脳裏に響く。だが、それは彼女に向けて発せられたものではなかった。

 ——ダメ、止めて。止めて、養父とうさんをこれ以上、追い詰めないで!

 ホリーの叫びは、彼女達を執拗に狙うJファングの内にある男、カルヴァンに投げかけられていた。決して届かぬであろう人物へ。
「そうだ、“J”。もがき、苦しめ。もはや見ることも聞くことも叶わぬ娘の幻影を求め、立ちはだかるもの全てを破壊して、暗黒の闇を突き進むがいい」
 外界との意思疎通手段を断たれた戦闘AIは、ストレス過多の状態にある。そして、その元凶が眼前のゼロにあると判断したのだろう。攻撃がなかなか当たらないことへの不満もあって、執着の度合いを強めていく。
「えっ⁉︎」
 ホリーの切迫した指示に即応したコレットは、機体を動かした後で耳を疑った。ゼロから放たれたインコムが、二方向からJファングのコクピットを狙撃する。狙い寸分違わず。
(そんな……!)
 戦闘が始まってからずっと、“J”このひとを引き戻すことだけを願っていたホリーが、一撃で破壊しようとした。幸い、同様にインコムを放つJファングによって阻まれるが、突然の変貌ぶりにコレットは絶句する。
 どうして。その問いを発することは、だが、できなかった。強烈な殺意を感じて咄嗟にファンネルミサイルを放つコレット。直後に悉く破壊される様を見て、彼女は悟る。自分を殺させないために、ホリーは大切な人を倒そうとしているのだ、と。
(あたしのせいで……?)
 養母かあさんとホリーの嘆く過去を断ち、リサさんとフィルさんの願った未来を繋げる。その想いに突き動かされてここに来た。なのに、自分は足手まといになっている。皆の役に立つどころではない。
「……最低」
 サイコミュの導くままに機体を動かすコレットの口から、自己嫌悪が溢れ出る。悔し涙が頬を伝った。

「——姉ちゃん?」
 アルバトロス防衛に奮戦するズサのニコルは、ふと姉の泣く声を聞いた気がして視線を転じた。ゼロと“DDIIIデディドライ”が戦う方角へと。特に目立つ光は見えないが、なぜだか物悲しい感じがする。
 その僅かな戸惑いを敵機は見逃さない。ライフルを構えたバーザムが距離を詰める。もっとも、ニコルは戸惑いはしても、油断はしていなかった。
 敵の挙動に合わせて機を流しつつ、ミサイルラックをフルオープンにする。もともと支援用に開発されたズサは、全身に大量のミサイルを搭載していた。至近で一斉に姿を見せる数多のミサイルは、敵パイロットをギョッとさせるには充分だ。
 思わずライフルを上げるバーザムにマシンガンを浴びせつつ、ミサイルラックを閉じたズサが加速してビームサーベルを振るう。その一撃は、敵機の腹部を見事に薙いでいた。ズサの背後で、二分されたバーザムが上半身、下半身の順で爆発する。
 ——均衡は崩れた。
「フィルさん!」
「任せろ! そのまま行け!」
 増援と合わせて都合二機を相手にするゴブリン・ワンが、そう応えて片割れのコクピットをスピアで貫く。飛び去るズサの光跡を見やって微笑むと、フィルは浮き足立つもう一機のバーザムに仕掛けるのだった。

 Jファングのインコムより放たれたビームが、ゼロのインコムを貫き、破壊する。だが同時に、ゼロのファンネルミサイルもまた、Jファングのインコムを砕いていた。次いで別のミサイルがJファング本体に殺到するが、“J”は頭部バルカンとシールドでそれを防ぐ。
「やるもんだな」
 “J”の容赦ない高速機動に耐えながら、カルヴァンは正面に映るゴブリン・ゼロを見つめた。彼はパイロットではないが、相手がインコムを囮にしたくらいのことは判る。より精度の高い特殊兵装を用いてオールレンジ攻撃の脅威を排除し、あわよくばこちらを撃墜しようとさえした。
 “J”は果たして、そのことに気づいていたのか。カルヴァンはふと興味を抱いた。確かにインコムを失ったのは痛い。だが、敵のファンネルミサイルを防いだのだから、戦闘力的には五分五分に持ち込めたといったところだろう。
(“J”の機動がさらに上がった)
 楽しんでのことか。それともストレスを抱えてのことか。コミュニケーション機能がオフの状態ではAIのステータスを確認できず、“J”の感情を推し測ることは難しい。
(まあ、どちらでも構わんが——)
 急激なGに瞬間、思考を止めるカルヴァンは、サーベルで斬り結ぶ敵機を間近に見ながら、ジャガーの幻影に向けて言った。
「……手強いな、我らの娘は」

「コレット……」
 激しい戦闘を繰り広げるゼロの姿を、ハリエットらは信じ難い思いで見守るばかりだった。援護砲撃も少し前から止めている。ゼロに当ててしまう危険を恐れてのことだ。
 幸い、敵の増援は“グリズリー”が抑えている。アルバトロス防衛に関しても、ニコルが均衡を破ってこちらが有利とのこと。
 そのニコル機のサインは、“グリズリー”機のいる方角へと向かっていた。あの子もまた、自分と同じ判断をしたのだろう。
「どうやら、あたしらの出る幕はないようだ」
 ゴブリン・ツーが構えていたレールガンを下ろす。
「ここはあの子らに任せよう。だが、もしもの時には……刺し違えてでもあんたを倒すよ」

「待って、ホリー! 本当にもう、他に方法がないの⁈」
 サイコミュの導くままにゴブリン・ゼロを操るコレットは、ホリーの次なる指示を聞いた瞬間、思わず声に出して問いかけていた。彼女との意思疎通に言葉は必要ない。受け入れ難ければ、それを思うだけで伝わる。
 ホリーの諦観を受け入れられないコレットは、戦闘中にずっと、他の方法を考えようと伝えていた。指示通りに機体を動かしながらも。実はそれが影響してJファングを撃破するに至らないわけだが、コレットの知るところではない。
「呼びかけてダメなら、直接、手を掴めば……!」

 ——無理。“J”あの人の意識はもう、完全に閉じ込められてる。

 斬り結ぶビームサーベルの放つスパークが、ゼロと“J”の機体を眩く照らす。しばしの力比べの後、両機は共に退がって動きを止めた。隙なく武器を構え、相手の出方を注意深く窺いながら対峙する。
 ホリーの思念からは、確実に相手を斃すという悲壮な決意が伝わってくる。絶望の境地へと至った彼女の、揺るぎない意思が。
(でも、でも……)
 ダメだよ、そんなの。なんとか翻意させようと考えを巡らせるコレット。だが、ホリーの判断を覆すだけの材料が見当たらない。
 サイコミュを満たす深い哀しみに彼女が取り込まれかけた、まさにその時——。
「ゼロを信じて、あなたの想いを委ねて」
 アルバトロスからの通信が、コレットを引き戻した。
「……リサさん!」
「その子はきっと応えてくれるわ」
 彼女の言葉がコレットの背中を押す。何よりリサの回復を知ったことが、コレットに勇気をもたらした。
 Jファングが先に動く。ものの数発で空になる銃を投げ捨て、ビームサーベルの切っ先を突き出し迫り来る。
 対するコレットは、ゼロに両腕を広げさせてそれを迎えるのだった。
「コレット⁉︎」
「何だと⁈」
 “J”のサーベルを紙一重で躱し、突き出された彼の左腕を右脇に挟み込む“ゼロ”。そうしてもう一方の腕を背中に回すと、彼女は優しく彼を抱き締めた。
養父とうさん‼︎』
 コレットに行動で促されたホリーの、ありったけの想いが宇宙に満ちる。しばしの間を置いて、サイコミュを伝う“J”の慟哭。
「馬鹿なっ‼︎」
 サーベルを放したJファングが、ゆっくりと両腕でゼロを抱き締め返した。慌ててシステムを確認するカルヴァンは、コミュニケーション機能がオフのままだと知って、驚愕する。そして彼は、AIを収めたユニットに手を当てるホリーの幻影を見た。
養父とうさん、私、みんなのおかげで自由になれたよ。だからもう苦しまないで。私と一緒に行こう』
 その声はカルヴァンには聞こえない。だが、ホリーが“J”になんと言っているのかは容易に想像がつく。システムを戻そうとするカルヴァンだったが、コミュニケーション機能を切られた“J”がコントロールを返すはずもなかった。
『コレット、ありがとう』
 Jファングに移ったホリーがコレットを振り向く。眩いばかりの笑顔に嬉し涙を浮かべて。
『あとはもう、私たちだけでできるから』
 そう続けた彼女の傍に、ジオン軍士官の男の姿が浮かぶ。彼もまた、穏やかな表情でコレットに向かって頭を下げるのだった。
「これで本当に、さようならだね。ホリー姉さん」
養母かあさんのこと、お願いね』
「任せてよ!」
 ゼロを離れるJファングが、母艦に向けて加速する。その背中にジェラルドの幻影を見たハリエットは、彼に導かれるがままに、ゴブリン・ツーで後を追う。
 ほどなく、タイガー・シュライクとその直掩機の迎撃砲火が届き始める。と、別方向からのミサイルとビームが、彼らに打撃を与えた。コレット機ゼロニコル機ズサだ。
(こんなにも、頼もしくなっていたとはね)
 敵を牽制する二人の力強い姿に感慨を覚えながら、ハリエットは機を止めた。タイガー・シュライクのブリッジ前に至ったJファングが、こちらを向いてハリエットを見つめている。レールガンを構えるハリエットは、ホリーとジェラルドの幻影をターゲットスコープに捉えた。
「あたしもそいつも老けたが、あんたは変わらないね」
「なるほど、ハリエットが乗っているのだな」
 二人の幻影の背中越しに、こちらを狙うデュアル・モノアイ機ゴブリン・ツーを見やるカルヴァン。ようやくそのことに気づいた彼は、バイザーを上げ、自嘲の吐息を漏らして目を伏せる。
「……結局、私は最後まで余所者だったか」
 レールガンの一撃がJファングのコクピットを貫き、タイガー・シュライクのブリッジに突き刺さる。敵艦のそこかしこから噴き出す炎は、物言わぬ骸と化して漂う“J”の、生気の失せた顔を照らし出し、やがてその身を包んでいった——。

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