魂の還るところ 〜Return to the Earth〜 ゆりかごの記憶
作:澄川 櫂
20.ホリーとジャガー
戦闘開始の号砲が轟いた。敵はJファングを含めて四機。迎え撃つはコレット、ハリエット、“グリズリー”の三機である。
「ゴブリン・ツーは距離を取って援護を。ゴブリン・ゼロ、かき回すぞ」
「はいっ!」
“グリズリー”の指揮の下、彼の愛機“DDⅢ”とアーマー形態のゴブリン・ゼロは、敵機の間に飛び込んだ。牽制攻撃を無視して一気に後方へすり抜け、反転して攻撃を加える。モビルスーツ形態に転じた“ゼロ”のライフルより放たれたビームが、Jファングのシールドを弾き飛ばした。
「ほう」
バーザムの片足を撃ち抜いた“グリズリー”が感嘆の声を上げる。相手が特殊機でなければ一撃で仕留められていたことだろう。
すかさず反転して敵の攻撃をかわす“ゼロ”を視界の端に捉えつつ、彼もまたコースを変えて敵小隊を牽制した。事前の取り決めのとおり、ハリエット機から放たれる遠距離砲撃が、“ゼロ”を追うJファングと他機とを引き離す。
「ヘルハウンドが隊長機と見た」
“グリズリー”は敵小隊中で唯一機、濃紺に塗装されたマラサイ系列機へ仕掛けた。ビームマシンガンを浴びせつつ、シュツルムファウストを放つ。ヘルハウンドの首元に直撃し、頭部と右腕を肩口からごっそり奪い去った。生憎とコクピットは無事なようだが、上出来だ。
「手負を増やして敵戦力を引っ張り出す」
第一陣の苦戦を受けて、タイガー・シュライクから第二陣が出撃した。その隊長はなかなかに腕の立つパイロットで、部下をアルバトロスへ向かわせると、自身は単騎、“グリズリー”と互角に渡り合う。
彼女の部下達もまた、それなりの技量を持ち合わせていた。巧みな連携でニコルとフィルに付け入る隙を与えない。もっとも、二人を抜くまでには至らず、一進一退の攻防を繰り返す。今もまた、フィル機の後方に回り込むニコルのズサが、マシンガンで牽制して後続のバーザムに転身を強いていた。
「いいぞ、その調子だ!」
左手に握らせたビームサーベルで敵機の斬撃を受け止めるフィルが、ニコルに声をかけながら槍を振るう。飛び退いて距離を取るバーザムにハンドガンを浴びせつつ、防衛ラインに戻る。ズサもまた、深追いすることなく、フィルに倣うのだった。
「僕らのミッションはアルバトロスを護ること。要は、負けない戦いをすればいいんだ。気楽に行こう」
ミサイルの残数を確認するニコルは、出撃前のミーティングを締めくくった、フィルの言葉を思い出していた。決してここから先へは行かせない。姉ちゃんは心配だけど、今は彼女を信じて、帰ってくる場所を護ることだけ考えろ。
ズサにマシンガンのカートリッジを交換させて、大きく深呼吸。そうして、サブウィンドウに映るフィル機を見やる。
アルバトロスには、彼の大切な家族がいる。艦を護るのは当然として、この人も死なせちゃならない。自分にできることは限られるけど、だからこそ、できることをしっかりこなすんだ。
もう一つ深呼吸して正面に視線を戻す。と、センサーに反応。隕石の陰から飛び出す二つの光を、ニコルも見逃さなかった。
「フィルさん、次、左から来ます!」
他に機影がないことを確認して、彼は機体を迎撃コースに乗せた。
「ちょこまかとよく動く奴め!」
“J”の指示に沿ってトリガーを押すカルヴァンは、一向に当たらぬライフルの光跡に悪態をついた。相手の動きが良いのもあるが、それ以上に彼の反応の鈍さがこの結果を招いている。そのことを他ならぬカルヴァン自身がよく解っていた。
「……所詮、正規のパイロットでなければこんなものか」
呟くように吐き捨てると、カルヴァンは“J”のモード変更パネルを呼び出した。耐G強化スーツを着込んでいるとは言え、機体の挙動に自身が耐え切れるか不安はあるが、止むを得まい。
「さあ“J”、我らが恨みを晴らしてくれ」
“I have control.”と応えたJファングの動きが変わる。彼——Jはハリエット機の砲撃を完全に無視して、眼前の“ゼロ”に襲いかかった。
「なんだい、ありゃ」
ハリエットは我が目を疑った。隕石を踏み台にして不規則な軌道を描きつつ、インコムの攻撃を囮にして距離を詰めるJファング。その挙動には見覚えがある。
あれは一年戦争が終盤に差しかかった頃のこと。黒海近辺でゲリラとして連邦・ジオンを問わず暴れ回っていた彼女らに、ジェラルド・ジャガー少佐率いるジオンの部隊が協力を求めてきた。作戦実施のため通行を認めてくれるだけで良い、と申し入れる少佐と相対したハリエットは言ったものだ。
「あんたのそのいかした機体をあたしにくれる、てんなら考えるよ」
周囲を囲む仲間達の間から嘲笑が湧き起こり、少佐の部下達が熱り立つ。
「いいだろう」
一触即発の事態を収めたのは、泰然としたジャガーの返答だった。
「とは言うもの、乗る機体がないと困るのでな。あれと交換で手を打とうじゃないか」
ハリエットらの背後に佇むグフカスタムを顎で指す。
「元々は我が軍の資産。悪くない取引だと思うがね」
呆気に取られる一同の沈黙を、ハリエットの哄笑が破った。
「あんた面白いねぇ。気に入ったよ。現状渡しで構わないんだろうね?」
「もちろん」
あのやり取りで惚れ込んだと言っても良い。譲り受けたドムの慣らし運転がてら、ジャガーに同行したハリエットは、自身より巧みなグフカスタムの戦闘ぶりに感嘆し、いつしか彼らを支援していた。
「ジオンに与するつもりはないが、あんたへの協力は惜しまないよ」
「それは光栄だ。我々も極力、あなた方の安全を守ると誓おう」
それなりに打ち解け、村近くで野営するようになったジャガーの言葉に偽りはなかった。連邦軍の攻勢が強まった際には、わざわざ部隊を割いてまで村人達の避難を助けたのである。故に、ジオンの敗北が伝わっても、ハリエットの仲間達は皆、ジャガーと彼の部隊に味方した。
そうして共に反地球連邦政府運動へと参加していく中、常に先陣を切って敵を蹴散らすジャガーがもっとも得意としたのが、地形を利用した立体的な攻撃だ。ヒートワイヤーを効果的に用いて敵を撃ち抜き、あるいはサーベルで薙いで行く様は、頼もしさに満ち溢れていた——。
今し方、眼前でコレット機に襲いかかるJファングが見せた挙動は、まさしくジャガーのそれである。
「こうも再現できるもんなのかい」
カルヴァンの成果に対して、ハリエットは畏怖の念を抱かずにはいられなかった。
「コレット、やっぱりあんただけじゃ無理だ!」
無線に向かって叫びながら、機を加速させるハリエット。だが、彼女の不安に反して、無線に返るコレットの声は弾んでいた。
「大丈夫! 一人じゃないから!」
“ゼロ”のサイコミュを通して、幾人かの思念が流れ込んでくる。助言をくれるのはもっぱらホリーだったが、リサとティレル——コレットにとってはケビン・コロノフ——の暖かく見守る感覚が、彼女を優しく包み込んでいた。
(不思議。ぜんぜん怖くない)
正面に捉えたJファングの繰り出す攻撃は、これまでコレットが経験したことのない、激しいものだ。一発でもコクピットに当たれば命はない。
だが、コレットには絶対に当たらないという、根拠のない自信があった。いや、根拠がないというのとは、ちょっと違うか。なぜならホリーのアドバイスが、確実に避けられるコースへと導いてくれるのだから。
(“ゼロ”も思ったとおりに動いてくれるし、これならあの人を止められるよ! ホリー)
高揚するコレットの心そのままに、舞うような機動で攻撃を避けつつ反撃するゴブリン・ゼロ。ハリエット機の援護砲撃をも利用して、Jファングを追い詰めていく。
「“J”が翻弄されているだと? ええい、カールの部下は何をしている⁉︎」
一機だけの状況を罵りながらも、カルヴァンは“J”のステータスモニターに目を走らせた。動作そのものに問題はない。だが、その波形はどこか安定を欠いているように思えた。記憶と言語を処理する領域にも、不自然な波形が時折現れる。
(何らかの干渉を受け、躊躇っている?)
カルヴァンは正面に視線を戻した。彼の見立てが正しければ、眼前の敵機はサイコ兵器の類を搭載している。にも関わらず、それを用いて撃破しようという素振りを見せないのは何故か。
「……ホリーか」
カルヴァンの呟きを耳聡く捉えた“J”が、一瞬だけ反応する。彼は天を仰いで目を伏せた。
恐らくは何らかの形で敵機に宿ったホリーの残留思念が、サイコミュを介してAIに働きかけているのだろう。養父さん止めて、とでも言いながら。
馬鹿馬鹿しい話ではある。だが、システム“ホリー”の動作原理は実証できずじまいだ。サイコミュにしても不明な点が多いと聞く。これまでの研究過程でカルヴァンが接してきた様々な事実に照らし合わせれば、その馬鹿げた可能性は大いにあると思えた。
「随分と嫌われたものだな」
自嘲と共に瞼を開けたカルヴァンの瞳に、暗い光が灯る。
「だが、“J”は少佐そのものではない。“J”に呼びかけるお前とて同様だ。所詮はデータとプログラムが産んだ気まぐれな偶然に過ぎん」
コンソールを叩いてシステム設定を次々と変えていくカルヴァン。
「“J”は渡さんよ、ホリー。私にはもはや、この哀れな戦闘AIしか残されていないのでな。これ以上、誰からも奪わせない」
言って、彼は“J”のコミュニケーション機能を切るのだった。
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