魂の還るところ 〜Return to the Earth〜 ゆりかごの記憶

作:澄川 櫂

18.Jファング

 アルバトロスに戻ったコレットがようやく一息ついたのは、グリズリーくまさんと二人でコアファイターを運んでしばらく経ってからのことだ。救難信号を受信したアルバトロスから、救難者の捜索を命じられたのである。
 成り行きでゴブリン・ゼロを操っていたコレットだったが、緊急事態ともなれば否応もない。リサの身を案じるフィルに留まるよう言って、発信ポイントへと向かった。
 そこには先ほど対峙した連邦の軍艦が無残な姿を晒していた。艦橋とエンジンブロックは無く、艦首も武装という武装が完全に破壊されている。救難信号を発したのは艦載機——モビルスーツの一機で、艦長以下の主要クルーは尽く即死だったらしい。
 それでも僅かに生き残った同艦の乗員を、コレットはニコル、グリズリーと共に救助した。慣れないモビルスーツの操縦ではあったが、二人の適切な助言のおかげで、なんとかその任を果たしたのだった。
 だが、そんな達成感も、待機ボックスに詰めるフィルの姿を見た途端に、消えてしまった。沈んだ表情で俯く様子から、リサの元に付いていたい、という思いが痛いほど伝わってくる。だが、もしそうした時に襲撃を受ければ、助かるものも助からないだろう。だから彼はリサをドクターに託して、再度攻撃を受ける可能性に備えた——。
(あたしがもっとしっかりしてれば……)
 襲撃される直前、すっかり呆けてしまっていたことに負い目を感じるコレットは、彼に声をかけることも出来ずに、入口で佇むばかりである。
 そんなコレットの背中を、どんと押す掌があった。
「いやぁ、ご苦労さん。初操作であの手並とは大したもんだ」
グリズリーくまさん⁉︎」
「そんなところに突っ立ってたら休まらんだろう。ほら、入った入った。なんならビールでも飲むか?」
「い、いえ……!」
 不意のことでわたわたしていると、こちらに気付いて顔を上げたフィルと視線が合った。気まずさを覚えながら、コレットはおずおずと口を開きかける。
 すると——。
「……ありがとう。君がいてくれて助かった」
 フィルが先に声を発した。思いもよらないその言葉に、コレットは目を丸くする。
「ゼロは乗り手を選ぶ機体でね。コレットに動かす力がなければ、リサを見つけることすら出来なかったかもしれない」
「でも……」
「あの時、リサが機体を降りたのは、リサの不注意だ。君の落ち度じゃない」
「そもそも自分の母艦を沈めて襲いかかってくる輩がいるなど、想定外も良いところだからな」
 フィルの言葉を継いで“グリズリー”が言う。
「嬢ちゃんがゼロで追っ払ったから良かったものの、そうでなければこちらにも相応の損害が出ていただろう」
「だから僕は、君がいてくれたことに感謝している。これだけの運に恵まれたんだ。リサはきっと大丈夫だよ」
 最後は自分に言い聞かせるようにして言葉を終えると、フィルはコレットに微笑んでみせた。そこに鳴り響くブザー音。
「パイロット各員、並びに各部門長はブリーフィングルームへ。15分後にミーティングを始める。以上」

 ハンク・バイロン中尉は我が目を疑った。僚機であるJファングがいきなり母艦のブリッジを吹き飛ばしたからだ。次いでエンジンブロックをライフルで撃ち抜く姿に動転する。
「ライゾー、何を⁉︎」
「機体が言うことを聞かん! 逃げろハンク‼︎」
 ツルギが叫ぶのと同時に、Jファングはハンク機に襲いかかった。辛うじてコクピットを外れたビームの刃が、ライフルを持つ右手と腰から下を分断する。
「ぐわっ⁈」
 激震に耐えかね呻くバイロン。頭部をシートに強かに打ち付け、意識が遠のく。
 はっと我に返った時、モニターにはJファングのコクピットハッチを開けて、一般用ノーマルスーツの人物と何やら言い合うツルギの姿が映し出されていた。無線を伝う声音からその相手がカルヴァンと知った瞬間、ツルギのパイロットスーツが跳ねる。
「……?!」
 玉になって溢れる赤い液体と、拳銃を手にコクピットへ乗り込むカルヴァンの姿に、ハンクはようやく事態を察した。鼻持ちならない客人が事を起こしたのだと。それを裏付けるように、Jファングはあらぬ方角に向かって飛び去って行った。ラー・ペトレールの艦首装備を尽く破壊して——。
「ライゾーを収容した時にはまだ息があった。今際の際にあいつはこう言ったよ。ジャガーに乗っ取られた、と」
 直接の目撃者である中尉の証言。マオがそこまで伝えたところで、ハリエットは驚愕も露わに立ち上がった。
「誰が乗っ取った、て?」
「“ジャガー”です。問題の機体は戦闘支援AIの実証試験機だったそうで、中尉が言うにはそのモデル名ではないかと」
「……そこまで冒涜するか、カルヴァン」
 拳を握り締めて怒りに打ち震える彼女の呟きは、コレットやニコル、バブラクら、周囲に座る数名の耳に入っただけだった。だが、その表情を見れば、誰の目にもただ事でないことは明らかだ。
「この件については後ほど。マオ、続けてくれ」
 ラズウェル艦長がいったん引き取り、先を進めるよう促す。椅子に腰を下ろすハリエットだったが、小気味良く情報を伝えるマオの声は、彼女の耳にその半分も入ってはいなかった。

「ずいぶんとまた、思い切ったことをしましたなぁ。教授」
 Jファングを迎え入れた重巡洋艦タイガー・シュライクの長、カール・ハモンドは、いささか呆れた口調でカルヴァンに声をかけた。ラー・ペトレールの戦闘をモニターしていた彼は、当然ながら一部始終を承知している。艦載機が自らの母艦沈めるなど、思いもよらないことだ。
「お偉方の耳に入れば、さすがにただでは済まんでしょうに」
 海賊稼業に身をやつして久しく、いまさら軍に睨まれたからといって何が変わるでもないが、やりにくくはなる。カルヴァンとスポンサーの仲が切れれば、艦の運用も苦しくなるだろう。
「実験に事故は付きものだよ、カール君」
 彼の懸念を知ってか知らずか、カルヴァンはそうとだけ応えてコクピットを出た。ディスプレーの向こうで肩をすくめるハモンド。
 勝手知ったる艦内を最短ルートで抜けるカルヴァンは、ほどなくブリッジへと至った。
「位置はトレースしているな?」
「例のふねですか? そりゃあもちろん。おい」
「はっ。ご覧のとおり、さして動いてないですね」
「……妙だな」
 オペレーターの報告に、ハモンドは首を傾げた。補給を待っているのか、それともこちらの出方を伺っているのか。
「“J”はいつ出せる?」
「諸々省略して約二時間後。お勧めはしませんが……」
「構わん。最短でやってくれ」
 カルヴァンの返答を受けて、オペレーターが思わずハモンドを振り向く。肩をすくめて頷く艦長の姿に、彼は半ば呆れた口調でモビルスーツデッキに指示を飛ばした。
「カール君、そちらの機体も出せるな?」
「……出しましょう」
「結構」
 そう口にしてブリッジを後にするカルヴァンを見送って、オペレーターはハモンドに問うた。
「よろしいんですね?」
「良いも悪いも、他に選択肢があるのか?」
「それは……」
 逆に問われて、彼は言葉を失った。タイガー・シュライクが曲がりなりにも規律を保って戦闘艦としての機能を維持できているのは、非公式ながら連邦軍にその存在価値を認められているからだ。
 海賊稼業の傍ら、軍の汚れ仕事を請け負うこともしばしば。その対価として、彼らは軍から充分な補給を受けることができた。カルヴァンとのコネクションがあってのことであり、彼の依頼とあれば断ることなど出来ようはずもない。
 少なくとも、今のところは。
「なら、おとなしく流れに身を任せておくことだな。悩むのはその後だ」
 グリプス紛争以後の苦難を乗り越えてきた、ハモンド艦長の人生哲学である。今さらどう転んだところで何が悪くなるわけでもない。せいぜい生きながらえて食い扶持をつなぐだけのこと。
(こちらもあんたが唯一、というわけではないからな)
 宇宙に漂いはや十五年。案外何とかなるものだ。カルヴァンのつてが途切れたら切れたで、別の繋がりを探せば良い。
「ま、多少の恩義は感じてるし、付き合えるところまでは付き合おうや」
 それが、非正規未認可の老改装艦を幾度となくドック入りさせてくれた男に対する、ハモンドなりの礼節の形であった。

※本コンテンツは作者個人の私的な二次創作物であり、原著作者のいかなる著作物とも無関係です。