魂の還るところ 〜Return to the Earth〜 ゆりかごの記憶

作:澄川 櫂

17.目覚め

「バイロン機、ツルギ機、共に所属不明機をこちらへ追い込んできます」
「例のふねに動きは?」
「ありません。依然、距離を保ったまま沈黙」
「妙だな」
 シャガールは首を傾げた。あの大きさからすれば、艦載機が二機だけというのは考えにくかった。何かを待っているのか。あるいは、想定外に始まった第三者同士の戦闘を前に、様子を窺っているのか。
「艦長、今のうちに奴らの母艦を押さえたらどうだ」
 カルヴァンが焦ったそうに口を挟んだ。
「あれが連中の母艦という確証はありません。直掩機を外すのはリスキーですな」
「しかし……」
「仮に陽動だとしたら抜かれますよ?」
 そう言うとカルヴァンは黙した。
 ダイナー機の持ち帰った情報を分析した結果、所属不明艦の戦闘能力はラー・ぺトレールと大差ないであろうと推定された。ただ、射程距離に関して言えば、こちらにいくらか分があるかもしれない。
 かの艦が動かないのは、それを解っているからだろう。戦力を分断して虚を突くのは用兵の王道。彼らの目的がカルヴァンの言ったとおりなら、なおのこと別働隊を警戒すべきだった。
「所属不明機、デブリ群を抜けます」
「対宙監視、怠るな」
 シャガールの懸念は当たっていたが、状況はそれすらを踏まえて組み立てられていた。じっと身を潜めるコレット、ニコルの元に、リサ機からの電信が届く。
「来たぜ、姉ちゃん」
「ホリー?」
『行けるわ。弟さんへの指示出しはこっちでやるから、チャンネルはそのままに。コレットは操縦に専念してね』
「ありがとう」
『それはこっちのセリフよ』

「あたしがちゃんと送り届けるから。だから、養父おやじの想いを……みんなの想いを無駄にしないで!」
 それは一度は自死の道を選んだ自分を呼び戻してくれた、コレットの言葉だ。アントニーの死を嘆くのではなく、真っ直ぐに受け止め、その意思を受け継いだ少女の声は、ホリーの心を揺さぶった。
 長い間、自分の帰りを待ってくれていた家族。自分のために命を落とした大切な人々。そして今、自分のために尽力してくれている、新たな仲間たち。ちっぽけな自分一人のために、こんなにも多くの人間が動いてくれた——。
 私、コレットに言われるまで、自分はなんて不幸なんだ、て思ってた。でも、そうじゃなかった。こんな身体になってしまった分、たくさんの人々が自分を想って行動してくれている。自分に代わって、自分の願いを叶えてくれようとしている。だから自分には、その声に応えて前に進む義務がある。
『ありがとう、コレット。私、みんなに出会えてよかった。もう少しだけ、私に力を貸してくれる?』
「もちろん」
 間髪入れずに笑顔で返してくれる姿が嬉しい。こちらの声は届かないけれど、ニコルもまた、任せろと力強く頷いている。なんて頼もしい私の妹弟きょうだい。二人がいればハリエットも……。
 束の間、胸を満たす気持ちに想いを馳せたホリーは、キッと顔を上げた。その視線に迷いはない。
『……ゴー!』
「行くよ、ニコル!」
「りょーかいっ!」
 ラー・ペトレールの視線がゴブリン達に集中したまさにその瞬間、彼らは飛び出すのだった。

「12時方向より高速移動物体! 数、二つ!」
「正面だと⁉︎」
「機体照合。ズサと、コアブースター?」
「それだ! なぜビーコンの反応が……」
 首をひねるカルヴァンだったが、迎撃を命じるシャガールの声を耳にするや、血相を変えてそれを制する。
「撃つな! 艦長、無傷で捕らえろ!」
 その一瞬の遅滞がホリーを利した。ブースターを目一杯加速させるズサのコクピットに、彼女からの指示が飛ぶ。
「行けっ! 姉ちゃん‼︎」
 巡航形態からモビルスーツにモードを転じたズサの全身から、無数のミサイルがラー・ぺトレールとその直掩機に向かって放たれる。だが、それらミサイルは彼らが迎撃するより先に炸裂するのだった。眩いばかりの閃光が、彼らの視界を白く染める。
「なっ……!」
「照明弾⁈」
 呻くラー・ぺトレールの下方をコレット操るコアブースターがすり抜ける。そのコクピットでは、軌道を計算するミカンがテンカウントを始めていた。左手をコンソール脇のレバーに添えるコレット。
「サン、ニ、イチ、ゼロ!」
 レバーを引くと同時にバーニア噴射。ブースターを切り離したコアファイターが弾かれるように軌道を上げる。その刹那、コレットはホリーの声を聞いた。
『——ありがとう。ハリエットかあさんをよろしくね』
「ホリー……お姉さん?」

「飛翔体、大気圏に突入します!」
「降下ポイントの計算、急げ。防空本部に警報要請」
「あ……。待ってください! この進入角度では、大気圏上層で燃えつきます」
「なん……だと?」
 呆然と立ち尽くすカルヴァンをよそに、オペレーターが報告を続ける。
「前方に新たな機影。——サナリィ?」
「サナリィ機より入電!」
「何……? 読め」
「はっ。『これは永らく研究に尽くした被験体を弔う地球葬なり。認可番号……』」
「照合しろ」
「確認しました。三時間前に正式な認可が下りています」
「——戦闘態勢解除。モビルスーツを呼び戻せ」
「艦長⁉︎」
「よろしいのですか?」
 カルヴァンに先んじて問うネイサン副長を手で制すと、
「我が方の損害は?」
 シャガールはオペレーターに確認した。
「モビルスーツ中破一、死傷者……ゼロ?」
「そういうことだ。連中、こちらが仕掛けるまで手を出してこなかった。別働隊に至っては実弾すら放っておらん。端から戦うつもりなどなかったのだろう」
「奴らは貴重な研究成果を奪った賊だぞ! 野放しにするなど……!」
「カルヴァンさん。我々の受けた依頼は無法な地球降下の阻止であって、正当な葬送を咎めることではない。我々には、彼らを攻撃する理由がありません」
 ぴしゃりと告げたシャガールに、カルヴァンは口を噤んで身を翻す。その直前、彼の双眸に浮かんだ侮蔑の色を、シャガールは見逃さなかった。
「おい」
「はっ……」
 ネイサン副長が後を追う。だが、エレベーターに乗ったカルヴァンは、既に行動を起こしていた。
「ん……?」
 帰投するJファングのコクピットで、ツルギが首を傾げる。AIステータスモニターが勝手に起動したからだ。
「なんだ? “ジャガー”……?」
 コンソールに次々と現れては消える文字列の全てを読み取ることなど、常人にできるものではない。決定的な文言を見逃したからと言って、誰が彼を責められるだろう。
 “I have control.”それは、戦闘支援用AIが自我を解放した瞬間だった。

 ぼうっと惚けていたいたコレットは、コクピットを伝う振動に我に返った。見上げると、モビルスーツ形態に転じたゴブリン・ゼロが両手でコアファイターを抱えている。淡く灯る二つ眼ツインアイ。その、他のゴブリンに比べて優しい風貌の機体から、リサが出てきた。キャノピーを開けて迎えると、彼女は見るからに興奮した様子で、コレットを抱きしめるのだった。
「やったわね! コレット! すごいすごい」
「も、もう、無我夢中で。ミカンもありがとね」
「ドウイタシマシテー」
 オレンジ色の球体ロボットもまた、昂ぶる心を表すかのごとく、羽をパタパタさせながら応える。
「コレットは本番に強いタイプだったかー」
「ミカンだけじゃなく、ホリーも手伝ってくれたからできたんです。あたし一人じゃ……」
「この子を動かしたのはコレット、あなたじゃない。もっと自信、持ちなよ」
 そう言って、リサはコレットの胸を拳でこんとやる。コレットの顔にようやく笑みが浮かぶ。と——。
「え……?」
 視界の端に眩い光を捉えたリサが口にする。つられて視線を転じたコレット。ほどなく爆発の光と知る彼女は、その方角が今し方すり抜けてきた軍艦のあった位置だと気付いた。

 ——危ない!

「ホリー……?」
 不意に地球へ送ったはずのホリーの声が脳裏に響く。内心で首を傾げた直後、それは起こった。
 宇宙に佇む彼女達の機体を銃火が襲う。激震に弾き飛ばされるコレットとリサ。運良くゴブリン・ゼロの機体に受け止めらるコレットの目前で、リサの身体が星の海へと投げ出される。
「リサさん⁉︎」
 尚も止まない火線の元を見やったコレットは、咄嗟にゴブリン・ゼロのコクピットに収まっていた。機を振り向かせ、無意識に装備を起動する。
「来るなぁーっ‼︎」
 大柄のバックパックより飛び出す数多のミサイルが、身を挺して火砲を防ぎつつ、攻撃の主を目指す。
「なんだと!」
 目標に当たりこそしなかったものの、それはJファングに乗るカルヴァンを止めるには十分だった。
「ああも確実に防げるとは、ただのミサイルではない。まさか、サイコ兵器……?」
 にわかに戦慄を覚えるカルヴァン。Jファングの中で一人、身構える。だが、彼女は追ってこなかった。なぜならば、宇宙を漂うリサのノーマルスーツを見つけてしまったから。
 不用心に機を転じるコレット。もっともその頃にはゴブリン・ワン、ゴブリン・ツーが合流し、Jファングに対して警戒線を張る。あるいはそれを知っての行動か。
「……戦闘後でなければな。“J”、いったん撤収だ」
 推進剤と弾薬の残量を確認したカルヴァンがAIに命じる。Jファングは身を翻すと、母艦ラー・ペトレールとは別の方角に向かって飛び去るのだった。

※本コンテンツは作者個人の私的な二次創作物であり、原著作者のいかなる著作物とも無関係です。