魂の還るところ 〜Return to the Earth〜 ゆりかごの記憶

作:澄川 櫂

15.作戦前

「さっき仕留めたやつら、やはり雇われらしいぞ」
 ミーティングの終盤、ラズウェル艦長が思い出したように言った。
「“教授”の差し金かい?」
 ハリエットの問いに、艦長は「だろうな」と口にして続ける。
「確証は無い。だが、軍の監視リストにあって、わざわざこの船をつけてまで襲ってきた連中だ」
「行きずりならまだしも、明らかに狙ってましたからねぇ。監視リストに載ってるくらいなら、互助ネットワークのことも知ってるでしょうし」
 艦長の言葉を受けて口を開いたフィルは、末席で揃って首を傾げるコレットとニコルの姿に気づいて微笑んだ。
「この艦のクルーの大半は、互助ネットワークを通して募集した人たちなんだ。さすがに詳細までは流してないけど、“アルバトロス”ってコールサインは明かしてるからね。真っ当なアウトローならまず襲わない。ですよね?」
「そんなことをすればネットワークから弾き出されるからな。ジオンなき今、あえて生活の糧を失うリスクを冒すような物好きは、ネットワークにいないだろうよ」
 振られたラズウェルが続ける。
 互助ネットワークは生活支援を目的とした繋がりだ。むろん、斡旋される仕事の全てがクリーンとは言い難かったが、互いの信頼に基づいて行われる以上、報酬は間違いなく支払われる。法の庇護を外れた者にとって、これほど有難いものはなかった。
「確かにお仕事無くなっちゃったら困るものね」
「海賊よりこっちの方がうまいもん食えるもんな」
「それは悪かったな」
 正直すぎるニコルの頭をバブラクが小突いた。もっとも、その顔は苦笑混じりで、当人も彼と同じ感想を抱いているのは明らかだ。一同から笑いがこぼれる。
「ただ、真っ当ではない方の連中に関して、面白くない情報がある」
 ひとしきり和んだところで、ラズウェルはオペレーターのマオ・ミカミを促した。
「元ティターンズ系の大きいのが二つ、最近になって監視リストから消えました。“エディ”によれば、掃討されたわけではないとのこと」
 ディスプレーに手早く情報を出しながら説明する彼女は、淡々と澱みなく続ける。
「それと、“教授”の新しいラボからの要請で、数時間前から連邦軍の艦艇が動いています。地球周回軌道でなにかの実証実験を行うとか」
「作戦が漏れてる?」
 リサが気にするが、
「いや、あたしらの思考を読んだんだろう」
 ハリエットはその可能性を否定した。
「あの子の、ホリーの生い立ちは、カルヴァンも知っているからね。この艦の座標が判れば、大方の想像がついても不思議じゃない」
「連中を泳がせたのが裏目に出たかな?」
 ラズウェルが口にする。先ほど襲ってきた海賊のことだ。
「律儀に報告を送っていたとも思えませんけどねぇ」
「コアファイターじゃないかしら。あの子の特殊ビーコン、結局外せなかったでしょ?」
 フィルに続けてリサが言う。かの機体の仕掛けは巧妙で、そのプロテクトは今に至るも破れずにいた。
「シールドしたと言ってもラボほどの精度はないから、思いのほか広範囲に届いている可能性はあるのか」
「じゃあ、さっき攻撃されたのも……」
「そのリスクは織り込み済み。コレットが気にすることじゃないわ。それに今、コアファイターを止めるわけにいかないでしょう?」
「……うん」
 “ホリー”とつながっているコアファイターは、その動力源を兼ねていた。艦から動力を得るようにすればコアファイターのシステムを落とせるが、それではシミュレーションにならない。
 作戦開始まであと僅か。いずれにせよ、今さら止められなかった。
「敵は俺らが追っ払うから、気にせず心ゆくまで訓練すると良い。なあ、ボウズ」
「ぼーずじゃねぇ!」
 すっかりお馴染みとなったラズウェルとニコルのやりとりを最後に、散会となるかに思えたその時、ショーンから艦内通話が入った。モニターに映し出される彼の顔色は冴えない。
「どうも、ホリーの調子が思わしくないようです」

「少し気になることがあって、ログを遡って洗い直したんですが、いずれの数値も低下傾向にあります」
「でも、今日は朝から調子良いって」
「確かにここ数日に限定すれば、今朝は良い数値が出ているんだけど、半年というスパンで見るとかなり下がっているんだ」
 言ってショーンはモニターにグラフを映し出した。彼の言うように、映し出されたグラフはいずれも、ある時点を境に下降している。
 ——アントニーとレイモンドが逝ったその日から。
「顔色は常と変わらないように見えたけど……」
「時間の流れが違うから表には出てこなかったんです」
「気になることと言ったな」
「コレットさんと話している時だけいやに数値が良かったのが、かえって気になったんです。本人曰く、調子が良いから会話しても平気とのことだったけど、実はその逆なんじゃないかと」
「逆?」
「休んでいるように見える時には、本人は意識的に身体活動を抑えている。その可能性を疑ったんだ。結果はご覧のとおり」
「——まさか⁈」
「ええ。彼女は恐らく、自身の死を願っている」
 その言葉を聞いた瞬間、コレットは駆け出していた。慌てて後を追うニコル。
 一方のハリエットは、グラフを見つめたまま、静かに口を開いた。
「……だんだん下がり方が大きくなってるね。この状態が続くとして、いつまで保つ?」
「断定はできませんが、作戦予定日に意識があるかどうか、微妙なところです」
 沈黙が訪れる。
「決行を早めるしかないようだな」
 しばしあって、ラズウェルが口を開いた。彼の言葉に、一同が揃って頷く。
「ただ、今から動くと認可が間に合わないんじゃないか。たとえ間に合ったとしても、戦闘中に地球の影に入ればレーザー通信は使えない」
 と“グリズリー”。
「今計算してみたが、途中で会敵する前提だと、間違いなく影に入る」
 手元の端末を叩きながらラズウェルが言うと、
「私が出て受信するわ。ゼロの足ならそれで届く」
「リサ……!」
「大丈夫よフィル。無茶はしないから。じっと隠れてるのはお手の物」
 席を立つリサは自信たっぷりに微笑んで見せた。
「決まりだな。最短で準備にどのくらいかかる?」
「約五時間」
 ラズウェルの問いにマオが返す。
「ただ、機体の最終チェックなどは移動しながらでもできますから、出航自体は二時間程度早められるかと」
「よし。アルバトロスは四時間後に現宙域を離脱、作戦行動に移る」
 ラズウェルは腕時計の表示をタイマー表示に切り替えると命じた。
「マオ、修正後タイムテーブルを各員へ。以上、解散」

「どうやら動き出したようですな」
 静止衛星軌道に乗った巡洋艦ラー・ペトレール。ホセ・シャガール艦長は、モニターに映し出されたデータを一瞥して、ディック・カルヴァンに声をかけた。件の特殊ビーコンの発信記録である。対象が暗礁宙域にいるため正確な座標までは判らないが、三時間前の記録と明らかに位置が異なっていた。
「こんな形で役に立つとは、仕込んだウォードに感謝せねばな。もっとも、本人にとっては甚だ不本意だろうが」
 教授の嘲笑混じりの反応に、シャガールは怪訝な顔で彼の傍に立つライゾー・ツルギを見やる。ツルギは無言で肩をすくめただけだった。
「本艦はこれより48時間、現宙域に留まります。……本当に来ますかな?」
「来るさ。あれを持って地上に降りるとしたら、黒海を目指すだろうからな」
「黒海……。オデッサ絡みで?」
「まさか。かつての連中の根城があの辺りに点在していてな。隠し場所には事欠かない」
 カルヴァンの答えは正確ではない。彼がそう確信しているのは、そこがホリーを含むゲリラ一味の故郷だからだ。彼らの目的はホリーの解放にある。あの状態を目にしてしまえば、せめて故郷に埋めてやろうというのが人情だろう。
 だが、“ホリー”の実際を明かしていない以上、それを言うことはできなかった。
「これまでのビーコンの動きからして、連中が地球を目指していることは間違いない。仮に黒海でなくとも、周回軌道に入る前に捉えられるだろう?」
「こうしてトレースできる分には容易いですな」
「連中、ビーコンの存在に気付いている節があったが?」
 ツルギが口を挟む。艦長の遠回しな懸念を受けて。
「あれを解析するには最適の機材だ。奪取した連中が私の想像どおりなら、ここぞとばかりに解析に勤しむ」
「……」
「わざわざ互助ネットワークで傭兵を募ったんだ。データ取りのためなら戦闘も辞さない。そういうことだろう?」
(あんたならな)
 カルヴァンの言葉に内心そう応えるツルギだったが、口では別のことを言った。
「ま、俺としてはそうあってくれると有難い。あんたを信じるよ」
 結局のところ、ツルギ自身に“ホリー”への思い入れはない。あるのは雪辱だけだ。
「このペースだといつ捕捉できます?」
「どうだ?」
「最短で明朝4時くらいかと」
「なかなかのタイミングだな」
 シャガールは探るようにツルギを見た。どうやらボスのカルヴァンより話が分かると踏んだらしい。
「現地も夜明け間際で目立たない。事前に掴んでいなければ、捕捉は難しかったでしょう」
「警戒レベル、一段上げ。モビルスーツ隊を準備させろ」
「俺も機体を見てくる」
 カルヴァンにそう言い残して、ツルギはブリッジを出た。真っ直ぐにモビルスーツデッキへと向かう。
 今のツルギの身分は、カルヴァンが主任を務める連邦軍付属研究施設の専属テストパイロットである。きっかけは彼の今の乗機、Jファングを回収したことだ。
 過日の海賊達との戦闘で母艦シーガルは沈んだが、カルヴァンがたまたま操作していた実験機は、艦外に放り出されて無事だった。もっとも、中のカルヴァンは気を失っていたので、ツルギが見つけなければ失われたも同然だったが。
 そして二人は、観戦していた現所属組織保有の船に拾われた。
 シーガルと接続していた“ホリー”がオリジナルではなく、それを模倣したAIモデルだったと知らされた彼らは、オリジナルに強い興味を示した。カルヴァンが強制的に接続を切るまで、AIモデルはシーガルを見事に操っていたからだ。
 模倣AIであれだけの性能が出せるのであれば、オリジナルのポテンシャルはいかばかりのものか。回収したAIモデルが明らかな未完成品であったと判明して以降、彼らはオリジナルを取り戻そうという教授の企てに、積極的に協力するようになった。
 一方のツルギは、戦闘用サポートAI搭載の実証実験機、Jファングの専属テストパイロットとして、カルヴァンの推挙を受けた。実戦経験の豊富さと、海賊達との戦闘を生き延びたことが評価されて。もっとも、それだけが理由でないことは、ツルギにも察しがついていた。
 事の発端からからしておおっぴらにはできない案件だ。故に、これは口止めであり、状況次第で捨て駒にするための対価なのだろう。
 が、そうと解っていて、ツルギはカルヴァンの誘いを受けた。
(あいつで戦えるのなら、それもいいさ)
 モビルスーツデッキに佇むJファングを見ながら、その思いを新たにする。
 Jファングという機体を彼は気に入っていた。堂々たる体躯は引き締まった肉体を連想させ、その外観にふさわしいパワーと機動性を有している。搭載されたAI“J”がまた素晴らしく、その状況予測と的確なサジェストは、ツルギの想像を遥かに超えるものだった。
 補修調整完了直後のテストフライトで、彼らは武装集団の予期せぬ襲撃を受けた。それなりの規模と練度を備えた組織だったらしく、なぶり殺しにされても不思議ではない状況だったが、“J”のサポートは数的不利を覆すばかりか凌駕した。あれほど楽しく戦えたのはいつ以来だろうか。
 相棒と呼ぶにふさわしいマシーン、Jファング。この機体であれば雪辱も果たせよう。
「随分と楽しそうじゃないか。ライゾー」
 その高揚感が表情に出ていたのだろう。ツルギに話しかけるハンク・バイロン中尉の口調は、どこか呆れていた。
「これほどの高性能機で実戦ができるんだ。心踊らぬ方がどうかしてる」
「確かに、ジェガン四機がかりで手も足も出なかったからな。ゴーグルの奥のツインアイ、あれはガンダムの系譜なのか?」
「さあな。ティターンズ、ネオ・ジオン、連邦と開発の続けられた機体が原型と聞いているが、興味はない」
「……変わらないな、お前は」
「ん?」
「ガルバルディが配備された時、喜んだのはお前だけだった。悪くない機体ではあったが、あの顔はいただけない。……モノアイへの抵抗はついぞ拭えなかったよ」
「十年近く乗った男の言葉とも思えんな」
「単に性能が良かったからだ。改装でジムIIIに優ってしまえば仕方ないだろう?」
「そうムキになるなよ、ハンク。で、ジェガンはどうなんだ」
「良いな。素直で扱いやすい。そちらの規格外様には敵うべくもないが……」
 お前さんも変わらんよ。ハンクの反応に、ツルギは声には出さず続ける。が、表情には出ていたのだろう。気付いたハンクが苦笑した。
「この歳でまだパイロットをやっている者同士、そうそう変わらんか」
「そういうことだ」
 ひとしきり笑ってJファングのコクピットへ流れる。ハッチに手をかけたところで、後を追ってきたハンクが、今度は真面目な顔で別のことを言った。
「お前の入った研究機関、昔からよくない噂が絶えない。大丈夫なのか?」
「ん……? ああ、強化人間のことか」
「知っていたのか」
「それが立ち行かなくなってカルヴァンのAI研究と結び付いたんだ。被験者の犠牲があまりに多くて、トップ交代を機にスタッフも一新されたと聞く。だいたい、40半ばの人間をいじったところで、さしたる効果も期待できないだろう?」
「それもそうか。こいつを積んだおかげでうちの中隊は二機減だ。当てにしてるぜ?」
「ああ」
 機体から離れるハンクの背中を見送って、ツルギはシートに収まった。コンソールに“J”のステータスを呼び出す。ブリッジへ上がっている間に模擬戦の解析を終えたらしく、波形はいずれの値も概ねなだらかだ。記憶域の数値のみが時折、ピンと跳ね上がっていたが、カルヴァン曰く、夢を見ているような状態なのだという。
(戦闘支援AIの見る夢、か。模擬戦の続きでもしているのか?)
 そんなことを思いながら、ツルギは相棒の休息を妨げぬよう、静かにステータスを閉じるのだった。

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