魂の還るところ 〜Return to the Earth〜 ゆりかごの記憶

作:澄川 櫂

14.母と娘と

「はあぁぁぁっ」
 歳上の女性パイロット、リサの姿が見えなくなるのを待ってヘルメットを脱いだコレットは、盛大にため息をついた。外したメットを膝に抱え、シートにもたれて頭上を見やる。
「そんなにダメだったのか?」
「もう散々。自信なくしちゃうなぁ」
 そう弱音を吐いていると、
「コレット、ガンバッテル!」
 シートの後ろからオレンジ色の球体ロボットが顔を覗かせた。
「ありがとう、ミカン」
 相棒の気遣いに片手を伸ばして応えるコレット。頭を軽く撫でてやると、ミカンは嬉しそうに身をよじった。
 この作戦への参加を決めたときに、コロノフ経由でラボからプレゼントされたものだ。名前は好きに変えていいと言われたのだが、作った人の幼い娘さんが付けたという仮称を気に入って、そのままにしていた。響きが可愛らしい。
 もっとも、中身は単なるペットロボではない。高性能なサポートAIだ。コレットが操縦に専念できるよう、刻一刻と変わる状況を把握、計算し、彼女の判断を手助けする。それもこれも、この作戦の要である最重要ミッションを成功させるためなのだが……。
「ニコルはどうだったの?」
 ともすれば沈みそうな気持ちを無理矢理に振り払うと、コレットは弟に問い返した。
「どうって言われても、わたふた囮やってただけだから……」
 思わずぷいっと横を向いてしまったニコルは、
「フィルさんも“グリズリー”のおっさんもすげぇよ。一撃で敵を葬るんだから。かなう気がまるでしない」
 と続けて小さくため息をつく。
「クマさんも強いんだ」
「クマさん……⁉︎」
「グリズリーより呼びやすいでしょ? 好きにしていいよって、ご本人も言ってたから」
 ニッと笑う姉の姿に、ニコルはすっかり気を削がれてうなだれた。この調子ならあともう少しすれば立ち直る。心配しただけ損した格好だ。
「何よ?」
「別にぃ」
 明後日の方角を見ながら応えるニコル。
「姉ちゃん、気負うと空回りしかしないんだから、もっとテキトーにやったら良いんじゃないか」
「……どーゆー意味よ」
「その方が結果的に上手くいく、てこと」
「何ですって⁈」
「ははは、図星図星」
 ケラケラ笑いながらニコルはコアファイターを後にした。ぷーっと膨れるコレットを別の声が笑う。
『いい弟さんじゃない』
「まあ、そうなんだけど」
 脳裏に明るく響く少女の言葉に、コレットは表情を緩めた。ニコルが自分を心配してくれていることには気づいている。
『あなたも弟さんのこと、心配なんでしょう?』
「あの子も無茶するから。前と違って戦闘メインだし、何かあったらと思うと……」
『二人はいつだって平気よ。こんなに良い姉弟きょうだいなんだもの。きっと天が味方してくれるわ』
「ありがとう。でも、こんなに話して負担にならないの? ホリー」
『うん。今日は朝から調子良いから。ハリエットに、私は大丈夫、て伝えてね』
 自由に会話することもままならない彼女は、そう言い残して接続を切った。
(……優しいなぁ)
 コレットは無言でシステムをロックすると、コクピットから降りた。続いて跳ねてくるミカンを抱え、コアファイターの後部へと流れる。今はケーブルで繋がれただけの増加ユニットに入ると、それに気づいたハリエットが顔を向けた。
養母かあさん、ホリーが今日は朝から調子良いから大丈夫、て」
「そうかい。変に気を遣わなくても良いのにねぇ」
 ハリエットはそう言って傍の機械に視線を落とした。片手で撫でるように触れたガラスの奥に、少女——ホリーが横たわっている。その姿は、十八年前に別れたときとほとんど変わらなかった。
 ことの真相を見せつけられた衝撃が、消えることはないだろう。十数年に渡って正面から向き合ってきたメリルの心労を思うと胸が痛む。病に伏したアントニーが、彼と共に散るという選択をした気持ちもよく分かる。
 一方で、そのことがホリーをより苦しめる結果となったのだが、ハリエットに二人を責める思いはない。発狂の淵にあって、よくぞこれだけの段取りを整えたものだと感心する。彼らは彼らなりにベストを尽くしたのだ。
(さすがは士官様というべきか。あたしにゃ無理だよ)
 一見すると眠っているとしか思えないホリーの顔を見つめながら、心の内で呟く。
彼女は眠らない。ホリーの状態を説明した技術者は、開口一番そう言った。うつらうつらすることはあっても、意識は常にあると。
 成長を止め、一向に老化しない身体。生理現象がほとんど見られないにも関わらず、確かに息づいている細胞。そこから推察するに、彼女は我々とは異なる刻の流れ——長く引き伸ばされた時間の中で生きていると思われる。
 一方で、その意識は肉体を抜け出てこの時空に広がり、現在はもちろん、近い未来をも感知する。こうなった原因も理屈も不明だが、彼女の肉体と精神が、それぞれ違う時間を過ごしているであろうことは疑いがない……。
「つまり、意識だけが歳を取っている、ということかい」
「いや、コレットさんの話からすると、同じ時間を過ごしているだけで、年齢的には身体と変わらないんじゃないかな」
「……いやにこの子を信用するんだね」
養母かあさん⁈」
「だってそうだろう? 他人には聞こえない声の話を信じるなんざ、科学者のすることじゃない」
「ははは、確かに」
 ハリエットの揶揄を、まだ若い学者先生——ショーン・ハリスは笑ってやり過ごした。
「僕やフィルは彼女の声を直接聞けるわけじゃないけど、彼女の、ホリーの想いは見たからね。信じないわけにはいかないよ。リサとティレルの証言とも合うし。それに、ホリーの意識に関してはちゃんと記録もあるから、原理はともかく否定はできないんだよね」
 そこで一息つくと、訝しげなハリエットに続ける。
「カルヴァン教授のラボから提供されたデータの中に、ホリーの意識が紛れてたんだ。『眠りたい、帰りたい』て」

「いけない!」
 いち早く異変に気づいたのはティレルだった。言うや否やモニタールームを飛び出して行く。一瞬、呆気に取られたハリスが慌ててサブウィンドウに目を移すと、サイコミュ評価試験機“ゼロ”のコクピットに座るリサが、苦しげに身をよじっていた。
「接続カット! 急げ!」
「ダメです! 受け付けません!」
「なら電源を落とせ」
「やってます!」
 異常なフィードバックが彼女を襲っているのは明らかだった。提供されたデータの問題か。いや、事前に入念なチェックを行い、ウイルスやマルウェアの類に感染していない事は確認済みだ。その上でフィルターを幾重にもかけている。
「まだ落ちないのか⁈」
「反応ありません!」
「ゼロのシステムが干渉している……?」
 エンジニアの一人がそのことに気付いた時、実験区画に鎮座するゼロの機体に辿り着いたティレルは、迷うことなくコックピット緊急開放レバーを引いた。ぼん、という音と白煙を残してハッチが吹き飛ぶ。そうして彼が操縦桿を握るリサの手に触れた瞬間、それは起こった——。
「ゼロのコックピットから溢れる光の奥に、彼女と公国軍士官、そしてあなた方の集う姿が見えた。オペレーターの一人が咄嗟に取ったハードコピーの、不鮮明な画像しか残らなかったけど、僕らは確かにこの光景を目撃したんだ」
 言いながらハリスは一枚の写真を差し出した。輪郭がかなりぼやけているが、真ん中にいる少女は、確かにホリーのように思える。
「録画の方は面白いくらい何も映ってなかった。でも、その瞬間の脳波計の記録には、リサともティレルとも異なる第三者の波形があった」
「それがホリーのものだと?」
「本人との比較検証の結果は、そう判断して差し支えないスコアだよ」
 自動航法システム“ホリー”は、彼女と機械を電気的に接続することで成立していた。それ故に脳波測定機能は常時稼働しており、比較サンプルには事欠かない。
「実は、コレットさんのコアファイターにも、同じ波形が記録されてましてね。なんでも煙突島アイランド・チムニーへ来た時にホリーの声を聞いたそうじゃないですか」
「そうなの?」
「う、うん。でも、あの時は気のせいだと思ってたから……」
 養母ははに鋭い視線で問われてしどろもどろのコレット。
「まあまあ。で、ログを突き合わせてみたら、見事に該当するデータがあった。ここまで揃えば、まず間違いないでしょう」
「……なるほどね」
 ひとまず納得したハリエットは、だが、別のことを尋ねた。
「では、そういうことだとして、あんた達はどうして手放すんだい?」
「え?」
「理屈は分からないにしても、貴重なサンプルではあるんだろう? 学者先生方にとっては。これだけ組織立って動いているのを見ると、何か裏があると考えるのが自然さね」
 ハリエットの言葉に、彼は合点がいったように頷くと答えた。
「取れるだけのデータは取る。それだけです。こんなものを持ち続けていればどうなるか、上はよく分かっていますから」
「見せたのかい?」
「ええ。百聞は一見にしかず。それにしても政治の力は大きい。おかげで教授を出し抜けそうですよ」
「え?」
「あのお方、いまだ健在です」
(まさか、生きていたとはね)
 そのやり取りを思い出しながら、ハリエットは内心嘆息した。アントニーとメリルの死が無意味であったとは思いたくないが、やはりやるせない気持ちになる。
養母かあさん?」
「ああ、ごめん。ミーティングはいつからだっけ?」
「30分後からって言ってたから、あと20分くらい」
「おや、あまり時間がないね」
 時計を見やったハリエットは、そう口にして続けた。
「コレット、先に行って着替えておいで。あたしはこのまま行くから」
「でも……」
「この子に心配かけてばかりじゃ笑われるからね。大丈夫だよ」
 言ってコレットの背を押す。ふわりとエアロックに向かって流れるコレットは、デッキの手すりを掴んだところで、ふと養母ははを振り向いた。
 ホーリーの眠る機械に片手を添えるハリエットの横顔は、コレットにはやはりどこか寂しげに思えるのだった。

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