魂の還るところ 〜Return to the Earth〜 ゆりかごの記憶

作:澄川 櫂

13.アルバトロス

 マラサイベースと思しき古びたモビルスーツが二機、隕石の陰からターゲットの様子を伺う。暗礁宙域に佇むその船は、元は連邦の軍艦という話だったが、艦橋構造物の見当たらない平たい形状は彼らの知らないものである。
「試作艦の成れの果て、か」
「いい感じにやばげな物件だな」
「だからこその好条件、高報酬なんだろうよ」
 目的のブツを無傷で奪い、届けること。それが依頼主の出した唯一の条件だった。あとは船を含めて好きにして良いという。
 先に支払われた支度金だけでも結構な額になる。海賊稼業に身をやつして十数年。どうやらツキが回ってきたようだ。
「モビルスーツが出てきたぞ」
 相方の声に注意を戻すと、黄色いずんぐりした機体が一機、警戒態勢を取るのが判る。第一次ネオ・ジオン動乱の際に使用された、ズサとかいう機体だ。ブースターを装着していないため、随分と小柄な印象を受ける。その頼りない挙動を目にして、彼は鼻先で笑った。
「素人の動きだな」
「やるか?」
「護衛が一機だけとも思えんが、速攻で抑えるぞ」
 二機が揃って飛び出す。ズサがそれに気付いて振り向くが、遅い。僚機の攻撃に浮き立つ姿をターゲットスコープに捉える。
「もらった!」
 彼の自信の一撃は、だが、ズサを捉えることはなかった。AMBACで逃れる黄色い残像をかすめるばかり。
 その直後、僚機からの通信が途切れた。振り向けばいつの間に頭部から貫かれたマラサイが、力なく宇宙を漂っている。
「なに⁈」
 驚愕する暇もなく、けたたましい接近警報が鳴り響く。正面に視線を戻した彼が最後に目にしたのは、両眼の瞳——デュアル・モノアイと表現すべきか——を灯らせる、小柄な機体が振るったランスの穂先だった。物理的な打突が彼の座るコクピットを貫く。
(すげえ……)
 物言わぬ骸から抜いた槍を払う機体。ズサのコクピットからその小柄な背中を見やるニコルは、今しがた目にした挙動を思い出し、感嘆した。
 一瞬の隙を突いて距離を詰め、打突一撃で敵を葬る。どうすればああも鮮やかに操作できるのだろう?
 憧れすら覚えるニコルだったが、直後に届いたラズウェル艦長の言葉は、そんな感慨をあっさり断ち切っていた。
「いい囮っぷりだったなぁ、ボウズ」
「ぼーずじゃねぇ!」
 カチンときて反射的に返してしまう。
 この艦に移ってからというもの、事あるごとに子供扱いされている。自分の倍以上、歳上なクルーばかりとあっては仕方のないことなのだが、こうもあからさまに言われては文句の一つも返したくなるというものだ。
 ぷーっと頬を膨らませるニコル。
「そう不貞腐れるなよ。戦闘終了。ご苦労さん」
 そんなニコルの様子を知ってか知らずか、軽い口調で返すラズウェル艦長。小さく嘆息するニコルの視界に、長筒を携えた別のデュアル・モノアイ機が合流する。こちらも遠距離射撃一射で敵を仕留めた凄腕だ。
 もう一つ、今度は大きなため息を吐くと、ニコルは着艦準備に取りかかるのだった。

 アルバトロスのモビルスーツデッキに戻ると、イアンが複雑な表情で迎えた。ニコルの無事を喜んではいるものの、呆れるほど充実したこの艦の設備にまだ慣れないようだ。
「道中の足というレベルじゃないな、これは」
 アルバトロスに案内された際の、彼の第一声が思い出される。
「どうだった? 足のある機体で臨んだ初めての実戦は」
「……本当に、足振るだけで方向転換できるんだな。さんざんシミュレーションして実際にもやったけど、それでもまだ不思議な感じがする」
「これまでずっと、スラスター任せにせざるを得なかったからな。これが、本来の意味でのモビルスーツだよ」
 ヘーゼル・グラウスでは金銭的理由もあって、ズサの歩行機能を封じていた。そんな機体で育ったニコルにとって、宇宙空間で足を使うというのは違和感があるのだろう。
 もっとも、それでいて対応できているのだから、ニコルのパイロット適性は、イアンが思う以上に高いのかもしれない。
 ニコルを“ズサッツェ”の正パイロットに抜擢したアントニーは、やはり人を見る目があったのだ。あれから半年近くになるが、つくづく惜しい人間を亡くした、との思いを新たにするイアン。
 だが、続いて出た言葉は、ニコルに向けてのものではなかった。
「あれだけいじくり回した機体をほぼ原形に復元しちまうとは。君らのスタッフは大したものだな」
「うちのラボ、凝り性やオタクが多いんですよ」
 ズサの奥に収まるデュアル・モノアイ機。そのコクピットから流れてきたパイロットが応じた。先ほど見事なランスさばきを見せた人物だ。
「持ち込まれた時に袖無しのハマーン軍仕様だと騒いでましたからね」
「とはいえ製造から十五年も経てば、パーツ調達も難しいだろう」
「それが、その頃に造られた機体、ワンオフでなければ比較的に楽らしいですよ。パーツ調達」
 確かフィルという名のパイロットは、そう言ってニコルを向いた。
「てなわけで、多少壊しても直すのは簡単なわけだ。思い切りぶん回せるよ」
「はあ……」
 一回りは年上の男から気さくにけしかけられて、反応に困るニコル。以前にヘーゼル・グラウスを訪れたコロノフと同じ年代のようだったが、皆、こんな感じなんだろうか。海賊船という狭い世界で育った彼の戸惑いは、イアンの比ではない。
 その様子を見かねてか、イアンは話を変えた。
「君らの機体も改造機と聞いたが?」
「大元のフレームは同時期の製造ですね。もっともこちらは、復元不能なほどいじり倒してますけど」
「だろうな」
 曲線を多用したデザインのその機体は、近年の機体に比べて一回りは小さいように思えた。背丈だけで言えば一年戦争時代の機体と同じか、それより若干低いかもしれない。
 デュアルモノアイという特徴的な頭部と相まって、連邦系ともジオン系ともつかない特異な外観を持つ機体。その原形を推し量ることは難しい。
「小型化の研究は構わんが、少々趣味が過ぎるな」
 横から別の声が口を挟んだ。視線を向けると、パイロットスーツを着込んだ男がメットを外しながら流れてくる。40代も半ばを過ぎた思しき彼は、自己紹介によればフリーランスの傭兵とのことだった。
「それも凝り性故ですね、大尉。海賊を装うならとことんと」
 砕けた口調でフィルが応える。
「でも、理には叶っていると思いますよ」
「確かに、爆発させずに一撃で仕留められるのは大したものだ」
 あご髭をさすりながら感嘆した風に頷く男は、ラズウェル艦長から“グリズリー”と呼ばれていたが、本名ではないだろう。
 その後を続けようとした彼は、だが、口をつぐんだ。フィルに向かって悪戯な笑みを浮かべて見せる。
「おっと、評価は契約に含まれなかったな。感想はここまでにしておこう。後は任せた」
「了解いたしました」
 立ち去る“グリズリー”を苦笑混じりに見送るフィル。ニコルは不思議そうに彼を見上げた。
「……ん? どうかしたい?」
「いや……」
「いずこも色々と訳ありのようだな」
 ニコルの疑問を察して、イアンが水を向ける。
「まあ、ボランティア集団みたいなものですからね。僕らにしても、本来の仕事をちゃんとする前提でお目こぼししてもらってるだけですし」
「本来の仕事?」
「あれの評価試験ですよ。ラボの連中、ここぞとばかりに載っけてきたから。大尉の契約にも入れとくんだったなぁ」
 “大尉”というのが、今一人のパイロットの“グリズリー”に対する彼の呼び名らしかった。会話の様子から長い付き合いのようにも思えるのだが、実際のところはどうなのだろう。
 そんなことを思いながら、ニコルはモビルスーツデッキの奥を見やった。機体の合間にコアファイターの機首が見える。ちょうどシミュレーションが終わったのだろう。キャノピーを開けたコレットが、女性パイロットと何やら会話している。遠目にも消沈していると判る姉の様子に、ニコルは表情を曇らせた。
「お姉さんが心配?」
 唐突に尋ねたフィルの言葉に、一瞬、きょとんと彼を向いたニコルは、すぐさま顔を赤らめた。慌てて手を振り否定しようとする。
「べっ、別にそんなんじゃ……!」
「ははは。君は正直だなぁ」
 フィルにそう言われては、黙って赤面するよりほかなかった。実際、ニコルは心配だったから。
 今回の計画を聞かされたときから、姉——コレットは随分と気負っているように見えたからだ。シミュレーションの結果はあまり芳しくないらしく、この頃では焦りも覚えているらしい。
「お姉さんのミッションはサポートがあっても難しい、危険なものだからね。行って励ましておいでよ」
 そう促すフィルは、
「ついでに、僕が呼んでいるとリサに伝えてもらえるかな?」
 と続けて、まだ少し躊躇うニコルの背中を押すのだった。

※本コンテンツは作者個人の私的な二次創作物であり、原著作者のいかなる著作物とも無関係です。