共和国緊張

作:澄川 櫂

CHAPTER. 5

 地球連邦軍軍事監督官ゲイル大尉以下、連邦兵士十余名を乗せた連絡艇は、午前九時、追われるようにサイド3・3バンチを出航した。
 それと前後して、ジオン共和国軍旗艦サダラーンも、こちらは悠然と赤い巨体を港外へ進ませている。連絡艇の見送りと内的不安への警戒が名目だが、ゲイルらが信じるとは思えなかった。もっとも、はじめから信じて貰うつもりなどないのだが。
「……さて、予想通りに動いてくれよ」
 ランツ他二名を連れてサダラーンを発ったハヤカワは、小さく呟くと連絡艇に向けて機を流した。三機のディアスが、陣形を微塵も崩すことなくそれに続く。
 部下の見事な操縦に満足げに頷くと、ハヤカワは左翼に展開するツェンドラを見やった。光が四つ、遠ざかるのが分かる。どうやら全て順調のようだ。
「中佐」
「ん……」
 ランツの声に、ハヤカワは機を僅かに加速させ、連絡艇と接触した。無線にコールがあったからだ。
「大尉! これは一体、どういうつもりだ!?」
 接触回線を開くや否や、ゲイルのヒステリックな声が機内に響いた。思わずにやりと笑う。これなら間違いなく成功する。
「ゲイル大尉、無線は控えた方がいいな」
「なっ、なんだと!?」
「あまり迂闊なことを言うと、メガ粒子砲の餌食になる。我々はその抑えだ」
 澄まし顔で脅かすハヤカワだが、内心は可笑しかった。映像のない接触回線であるにも関わらず、ゲイルの動揺が手に取るように分かるからだ。
 連絡艇までの彼らの護衛を務めたフェスターは、丁重に送り出したと言っていた。ハヤカワのやろうとすることに気付いていたフェスターである。恐らく、ゲイルにあること無いこと吹き込んだに違いない。
 と、ガザCが一機、連絡艇の航路を横切った。再び動揺の声を上げるゲイル。ハヤカワも一瞬、眉をひそめた。彼の予定にはない行為である。
 だが、ディアス六小隊十二機を筆頭とする彼ら居残り組は、全てフェスターの指揮下にある。そして、勝手な行動を取る者は一人もいない。ならば、考えられることは一つ。
(フェスターめ、下手な演出を)
 ハヤカワは苦笑した。
「G006、軽率だぞ!」
 怒鳴りながら機を離すと、
「よくやった。以後、ロンド・ベルの来襲に備えてくれ」
 ガザのパイロットをねぎらった。むろん、回線を切り替えてのことだ。それは有事にのみ使用が許された特別回線で、連邦軍の知らない周波数であった。
 了解、と、これも特別回線で若い声が返ってくる。ハヤカワは通常回線に切り替えると、再び連絡艇に接触した。
「見ての通りだよ、大尉」
「き……貴様を信用していいんだな?」
「大尉次第だろう。それとも運かな」
 わざとらしくぼかして、ハヤカワは愛機の腕を戻した。そしてサブカメラでもって、連絡艇のブリッジを覗く。案の定、ゲイルが無線に向かってなにやら叫んでいた。
 それから数分——。
「中佐、来ました」
 ランツの緊張した声が走った。連邦のジムが三機、国境を越えたのである。
「フフ……予想通りだな。ランツ!」
「はっ!」
 すぐさま、ハヤカワとランツのディアスが飛んだ。後を追うようにしてゲイルの声が無線に響くが、むろん構ってなどいない。
「……あれか」
 正三角形に並んだ光点が、瞬く間に人型となって二人に迫る。
 敵機を確認したハヤカワは思わず、ほーう、と声を漏らした。先頭のジムがヌーベル・タイプだったからだ。改造機ではなく、当初からジムIIIとして製造された機体である。現行の連邦軍機の中では上等な部類に入る。
「腐ってもロンド・ベル、か」
 スペックのみを比較した場合、ジムIIIはシュツルム・ディアスに全ての面で大きく劣っている。総合的に劣っている点ではヌーベル・タイプも変わりないのだが、その差は改造機に比べると小さく、むしろ小回りの利く分だけ有利であると言えた。
 そして、一小隊を二機で構成する共和国軍に対し、連邦軍は三機である。最悪、交戦に陥ったとしても、互角にやれる編成だ。感じからすると、パイロットも腕の立つ人間を揃えたのだろう。実戦部隊らしい配慮である。
 だが、
「……甘いな」
 ゲイルの身柄引き取りの旨を伝える連邦機に、ハヤカワは続けた。
 ヌーベル・タイプを配したとは言え、あえて一小隊しか送らなかったのは、共和国軍との衝突を可能な限り避けようという意志が働いたためであろう。しかし、態度を硬化させた共和国へ侵入するのに、衝突を避けるもなにもないのだ。やるなら徹底して叩くだけの覚悟がなければならない。
「前方の連邦機に告ぐ。貴小隊は当国領海を侵犯している。即刻退去せよ」
 ランチャーを構えながらハヤカワは言った。ところが、返ってきたのはハヤカワの予想とは異なる言葉だった。
『スプライト・ワンよりシュツルム・ディアスへ。我が小隊は入国許可を得て越境している。確認されたし』
「なに……? 誰の許可か」
『我々は共和国軍ハヤカワ中佐の内諾を得たゲイル大尉の要請により、連絡艇護衛の任に就くものである。再度確認されたし』
 ディアスとジムがすれ違う。機を振り向かせつつ、ハヤカワは呆れた。この期に及んでなお、元連邦士官ハヤカワの温情にすがろうとするゲイルのあまりの愚かさに、もはや怒りを通り越してしまっていた。
『ハヤカワ中佐より連邦機へ。そのような話、私は知らぬ』
 遠ざかるジムの背後に照準を合わせる。先頭のヌーベル・タイプをロックした。
『なっ……! まさか!?』
 慌てて上昇に転ずるジム小隊。追いかけるハヤカワとランツ。ヌーベルのパイロットは、連絡艇のゲイルとなにやら言い争っているようである。ハヤカワはそれを哀れに思った。
 連邦軍におけるハヤカワの階級は大尉である。ゲイルをはじめとする連邦士官は、ハヤカワに接するときは決まってこの階級で呼んだものだ。それを、ゲイルはあえて中佐と言った。受け取るロンド・ベルは別人だと思ったに違いない。
 いや、ゲイルは初めからそれを狙ったのだろう。ロンド・ベル四番隊は、少なくともゲイルよりは利口である。共和国の内情もかなり掴んでいるはずだ。その彼らに「ハヤカワ大尉の内諾を得た」と言ったところで、越境しては来なかっただろう。
 考えてみれば、四番隊の役目はあくまでも共和国の監視である。もちろん、自治権を放棄させる口実を作るつもりはあったのだろうが、それでも、即全面衝突になりかねない事態だけは避けるはずである。
 その彼らが、緊張高まる最中にモビル・スーツを派遣した。穏便に事を運ぼうとする、共和国側の意志を信じての小隊編成で。国境付近に展開する艦艇から今もって増援の出る気配の無いことが、それを証明している。
 ハヤカワはゲイルを脅かすことで、ロンド・ベルを領海内に引き込もうとしていた。友軍が命の危険を感じていては出ざるを得ないだろう、と踏んでいた。そして確かに、四番隊はジムの小隊を出撃させた。しかし、それはハヤカワが想定していたものとは、大きく異なっていた。
 こうなると、前を行く部隊こそ哀れである。だが、ゲイルの言葉を鵜呑みにして確認を怠った彼らも悪いのだ。手心を加えるつもりはない。
「ランツ、昨日の仕返しをしてやれ。ただし、撃つなよ」
『相手の発砲を待って一気に、ですね?』
「そうだ」
 二機のディアスがジム小隊に突っ込んだ。ぶつかる寸前の所をそのまま突き抜ける。そして散開、ロック・オン。が、あえて引き金は引かず、再び加速してジムの背後に付ける。照準ビームを立て続けに放つ。ハヤカワらはこれを三度繰り返した。
 が、ジムの小隊長は冷静だった。いきり立つ部下を制すと、なんと後退に転じたのである。ハヤカワは呻った。見事な判断である。普段の彼であれば拍手を送ったことだろう。
 だが、今は彼らに発砲して貰わないと困るのだ。ハヤカワは思案すると、右端のジムに迫ってサーベルを振るった。もちろん刃は出さない。
 効果はてきめんだった。ハヤカワは知らなかったが、そのパイロットは昨夜追い払った部隊の中にいたのである。それだけに怯えがあった。ハヤカワに振りかぶられた彼は、反射的に頭部バルカンのトリガーを押し込んでいた。
「ランツ!」
 細く伸びる銃弾を難なくかわして、ハヤカワが命じる。
『了解!』
 と、ランツの声。次の瞬間、ジムの腹をビームの束が貫いた。

 一呼吸置いて、ジムが眩い火球と化す。それが吐き出す残骸を避けつつ、ハヤカワはヌーベルに仕掛けた。ハヤカワの目に間違えがなければ、ランツの手には余る相手である。
 爆煙越しにランチャーを一射。避けたところを、すかさずサーベルで斬りつける。案の定、ヌーベルはシールドでそれを受け払うと、ライフルを撃ちつつディアスから離れた。
「やるな」
 ビームをことごとくかわしながらハヤカワが言う。その合間に反撃することを忘れない。大きなバインダーを背負ったシュツルム・ディアスにしてのこの動きに、ヌーベルのパイロットは舌を巻いたに違いない。
 が、ヌーベルのパイロットもただ者ではなかった。小回りの利くジムを生かして距離を詰める。接近戦に持ち込もうというのか。
 ヌーベルの左腕からシールドが吹き飛ぶ。だが、舌打ちしたのはハヤカワの方だ。
 砕け散るシールドはハヤカワが吹き飛ばしたのではなく、直撃の寸前にヌーベル自身が切り離したのである。当のヌーベルはそれを目くらましに、下方からハヤカワを狙撃する。
 むろん、それを喰らうハヤカワではないが、にわかに押されつつあるのを感じた。と、横合いからビーム。
『中佐、増援が出ました! 敵艦もこちらを向いたとのことです』
 もう一機のジムを撃破したらしいランツが、ランチャーを撃ち鳴らしながら二機の間に割って入る。
『こいつは自分が引きつけます。中佐は敵艦を!』
 言うや、ランツのディアスはヌーベルを追った。頼む、とその背中に声を掛け反転する。
 ハヤカワはヌーベルを、ランツの手には余ると感じた。しかしそんな不安も、敵艦に近づくにつれ薄れていった。
 ハヤカワの前方では、別動のディアス四機が、ロンド・ベルの増援六機と交戦している。鮮やかな火球と共に識別信号の数は減るのだが、それらはいずれも、ロンド・ベル四番隊のものであった。
 直線的な連邦機に対し、四機のディアスは流れるような動きで翻弄する。ハヤカワ、フェスター両連邦士官によって鍛えられた彼らを前に、連邦のジムはいとも簡単に墜ちて行く。
 実戦はほとんど初めての彼らだが、技量は連邦兵のそれをはるかに凌駕していたのである。教えた人間としてこれほど嬉しいことはない。
 ハヤカワは小さく笑うと、最後のジムに狙いを定め、それを遠方から一撃で仕留めて見せた。わざわざ墜とす必要もなかったのだが、ハヤカワはあえて撃った。
 ひょっとすると祝砲のつもりだったのかも知れない。連邦を超えた部下と、それを育て上げた自分に対して……。
「各機、損傷はどうか?」
『ありません』
「よし。これより艦隊を叩く」
 五機となったシュツルム・ディアスは、ジム隊との交戦など無かったように、ロンド・ベル四番隊を目指した。ラー・タイプの巡洋艦が三隻、すぐさま視界に上がってくる。同時に、直援部隊が火を噴きながら彼らに迫る。
『中佐、ここは我々が!』
 ハヤカワが命じるより早く、二機のディアスが躍り込む。ブリーフィングの締めくくりに、ハヤカワに向かって最初に敬礼した、あの士官の小隊である。
「よし。S009は右、010は左をやれ。私は正面の奴を叩く」
『はっ!』
『了解!』
「くれぐれも沈めるなよ」
 嬉々として言うハヤカワは、自分がこれまでになく充実しているのを知った。
(——俺は、これを求めていたのか)
 対空砲火の嵐を抜け、主砲を黙らせながら思う。奇妙な高揚感が全身を駆け抜ける。続けざまに機銃を破壊しつつ、だが、ハヤカワは内心、頭を振った。そうではあるまい。
 左右の艦艇は一撃離脱を繰り返すディアスによって、徐々に沈黙しつつあった。目を転じれば、敵の艦隊直援部隊も確実にその数を減らしている。対するこちら側の損害は皆無。見事なものだ。
 共和国軍のパイロットは若い。プチ・モビールの操縦経験はあっても、ほとんどがまるきり素人だった連中である。それを、三年間かけてここまで育て上げた。むろん、感慨もひとしおだ。
 だがそれ以上に、安心感があった。そう、任せられるという安心感が。一年戦争以来、久しく忘れていた感覚——。
(そうか)
 ハヤカワはようやく、自らが高揚している理由わけに気付いた。
 戦後十二年。地球連邦はいまだ、ジオン共和国との間に真の和解を得ていない。政府は彼らを疑うことしか知らず、軍は彼らを見下すことしか知らない。故に共和国国民は連邦を軽蔑している。憎んでいる。
 だが今のハヤカワは、部下である共和国兵を信用できた。彼らに多くを任せ、自らの役割に専念することができた。そして彼らに信頼され、それに応えられる自分を知っている。
(俺は、政府にできなかったことをやっている)
 今いる座標を入力しつつ、ハヤカワは古巣を想った。遂に報いられることの無かった組織を。全てのこだわりを、Enterキーに叩き込む。
(——俺は、俺を捨てた組織を超えたのだ)
 敵艦の甲板を、サダラーンのビームが吹き抜ける。装甲を大きく削がれ、ラー・タイプは完全に沈黙する。
「当方の指示に従え。抵抗するとあれば即刻沈める」
 艦橋に立ち、銃口を向けるハヤカワのディアス。数分後、ロンド・ベル四番隊は降伏した。

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