共和国緊張

作:澄川 櫂

CHAPTER. 2

「また、あいつらか」
 右翼から接近する機影を見やって、ハヤカワは忌々しく口を歪めた。僅かに機を加速させる。肩に鈴のマークを付けた三機のジムが、それを追うようにして背後に付いた。いずれも、共和国警護を名目にサイド3外縁に駐留している、ロンド・ベル四番隊所属のジムIIIである。
「よくも飽きずに」
 と呟く。
 ロンド・ベルは連邦宇宙軍が新たに組織した外郭部隊で、地球圏の平和維持を目的としていた。内容は、主に反地球連邦ゲリラの鎮圧。かつてのティターンズのようなものだ。
 設立はハマーン軍鎮圧の翌年、〇〇九〇年。行動の自由を大幅に与えられた独立部隊である。ただし、軍内部の独立組織であったティターンズとは異なり、政府直属の連邦一部隊に過ぎない。反乱を恐れての処置である。
 最近になって旗艦が新造艦のラー・カイラムに移されたものの、その戦力は決して高いものではなかった。新鋭量産機であるジェガンはいまだ数が無く、もっぱら改装機であるジムIIIを使うことを余儀なくされている。それでも数がある分だけ、共和国軍よりもマシなのであるが。
 ロンド・ベル四番隊が突然サイド3近海に配備されたのは、つい一月程前のことだ。シャア・アズナブル率いる新生ネオ・ジオン艦隊存在の噂がにわかに真実味を帯びてきたため、その侵攻からジオン共和国を守るというのが進出の理由である。
 だが、その目的が共和国の監視であることは明確であった。共和国軍のモビル・スーツが巡回に出れば、決まって後を付けるのがロンド・ベルなのである。共和国カラーであるグリーンの濃淡に塗り分けられたシュツルム・ディアス相手に、模擬演習を行うのが彼らの日課だった。
 後ろから照準レーザーを放つ。あるいは、至近距離をかすめ飛ぶ。あからさまな嫌がらせを、配備以来ずっと続けているのである。
 連邦政府は共和国を恐れていた。公国軍の残党と手を組み、再び立ち上がることを恐れていた。
 エゥーゴ、ティターンズ抗争の影響で、全く統制の取れていないのが現在の連邦宇宙軍である。サイド3の決起に呼応し、各サイドに駐留するそれら部隊が反旗を翻せばどうなるか。
 エゥーゴが主権を掌握したとはいえ、連邦政府は何も変わっていない。そして月の連邦軍は、大半がそれに不満を抱いている元エゥーゴ寄りの艦隊である。アテにはならないのだ。
 ジムが散開した。二機のシュツルム・ディアスを囲んでピタリと止まる。照準レーザーが二度、ハヤカワらを叩いた。もちろん撃ってはこない。だが、ロック・オンされて気持ちいいわけがない。
 できればやり返してやりたいところである。腕の話ではない。ハヤカワとフェスターに鍛えられた共和国軍のパイロット達は、いずれも高度な技術を持っている。振り切ってこれらを落とすことなど造作もない。
 しかし、あわよくば共和国を潰したいと考えているのが連邦政府だ。そんなことをすれば何を言われるか判ったものではない。故に、彼らは甘んじて標的役を引き受けるのである。
「畜生っ」
 隣を行くランツ曹長が吐き捨てた。
 ランツ曹長はまだ少年の面影を残す、若きパイロットだ。共和国軍再編時に入隊した志願兵で、ゲリラ出身である。彼もまた、多くの共和国国民がそうであるように、連邦政府を憎んでいた。
 現在の共和国国民の対連邦感情は、〇〇八八年一一月のサイド3割譲決議に起因するところが大きい。ハマーン軍に攻撃された盟邦を、連邦は見捨てたのである。自治政府とは言えれっきとした一個の独立国家を、自らの命と引き替えに“割譲”と言う形で売ったのである。
 他国を割譲と言うのはナンセンスである。だが、連邦政府はそのナンセンスを平然と行った。主権侵害も甚だしいが、現在に至るまで謝罪はない。
 あるいは、当人達はしたつもりなのかもしれない。
 旧共和国軍の隠れ公国派、サトウ大尉らが収奪したアナハイム製モビル・スーツ、シュツルム・ディアスは、ハマーン軍鎮圧後、ジオン共和国軍正式採用機としてエゥーゴを通じ売却された。
 中古品を、ではない。サトウらが奪った機体は、全て撃破されている。共和国はディアスの新品を、一機当たり40%負担で購入した。
 また、共和国臨時政府が接収したネオ・ジオンの艦艇、モビル・スーツ等は、共和国軍がそのまま使用することが容認されていた。軍備増強が禁じられていた事を考えれば、これは破格の扱いである。
 しかし、よく考えてみれば、一時とは言えネオ・ジオンに使われた機体を連邦軍が用いたがるとは思えない。だが、買わないとアナハイムが困ることになる。アナハイムの協力を得て連邦を掌握したエゥーゴにとって、シュツルム・ディアスは頭痛の種だったのだ。
 ハマーン軍の装備にしても同じである。評価試験機を除けば、後は解体するだけのいわばゴミ。処分を共和国に押しつけたに過ぎない。それで謝罪したつもりにになっていたとすれば笑うしかない。

 ジムが包囲を解いて再び後ろに付く。
「ランツ曹長、あまり気にするな」
 彼のディアスが後ろを向くような素振りを見せたので、ハヤカワは言ってやった。気にすれば気にするほど、余計に腹が立つものである。
 だが、言うほどにハヤカワが落ち着いているかと言うと、そんなことはなかった。ロンド・ベルトとは別のことで、彼は苛立っていた。
 グリプスを巡る一戦でティターンズが壊滅して以来、連邦は幾度となく原隊復帰命令を出していた。エゥーゴ、ティターンズを問わず、各々が参加以前に所属していた部隊に戻れというものである。
 しかしこれは、ハヤカワらに関係のない命令であった。連邦宇宙軍の士官としてジオン共和国に出向していたのだから当然である。何の音沙汰も無かったが故にサイド3を離れることもできず、ウェーバーに請われるままに共和国軍の重役に納まったというのが正しい。
 ハヤカワらにしてみれば、あまり気の乗らない仕事だ。現役連邦士官の二人に対する風当たりが強くないのは、3バンチからネオ・ジオンを一掃した英雄であるからだが、それでいて部下との間に交流がないのは、二人が連邦の軍人だからである。孤独感を痛切に味わう仕事だった。
 けれども、辞めるわけにはいかない。現実的な問題として、ネオ・ジオン進駐から現在に至るまで、軍から給与が支払われていないからである。食っていくためには、ウェーバーの申し出を受けるしかなかったのだ。そうして、三年の月日が流れていた。
 連邦軍からの通達が届いたのは、ほんの一ヶ月前。ロンド・ベル四番隊の配備と時を同じくして、連邦軍人としての職務を果たせという趣旨の勧告が届けられたのである。三年もの間放っておいたにも関わらず、何と勝手な言い種だろう。
 だからハヤカワは、自分とフェスターの、支払われていない三年分の給与を軍に要求した。賃金をもらえなければ働けない。当然である。
 が、これに対する軍の返答は、信じられないものであった。原隊復帰命令を無視して働いた三年間のことなど、知らないというのである。
 半月以上待たせておいてのこの答えにハヤカワは唖然とし、そして腹を立てた。こんな理不尽さがまかり通るのか。連邦のありように失望する。
 だからといって、このまま共和国の軍人になりたくもなかった。ハヤカワはまだ三十四歳である。残る人生の大半を孤独の内に過ごすなど、冗談ではない。
「俺のこの三年間は何だったのだ?」
 昨日より幾度と無く呟いた言葉を口にする。いや、それ以前になぜここへ来たのか、と自問してみる。
 ハヤカワがサイド3への出向を命じられたとき、妻サリナは猛烈に反対した。両親を共にコロニー落としで亡くしたため、ジオンを、サイド3を憎んでいたからだ。辞退しないのなら娘を連れて出て行く、とさえ言った。
 だがハヤカワは、その命令を受けた。志願兵として一年戦争に参加して以来、軍隊という世界でのみ生きてきたハヤカワである。踏ん切りがつかなかった。
 命令を辞退するというのは、言い換えれば軍を辞めることである。パイロットをやるしか能の無い自分に、何が出来るというのか。
 結局、サリナは一人娘を連れて何処かへと去り、ハヤカワは単身サイド3へと赴任した。その時は、それも仕方ないと思っていた。しかしこのところ、妻を振りきってまで来る必要があったのか、としきりに考える。
 妻によく似た面影の女性、ドナの死によって、ハヤカワはサリナが自分にとっていかに必要な人間だったかを思い知った。サリナの代わりに自分を支えてくれた女性が逝ったとき、彼はとてつもない喪失感に襲われたのである。そしてその傷は、三年経った今でも、完全には癒されていない。
「ちっ……」
 脳裏に振り向いた女性がサリナと知って、ハヤカワは舌打ちした。六年前に別れた妻をいまだ忘れられない自分に腹を立てる。何もかもが面白くなかった。きっかけさえあれば、いつ爆発してもおかしくなかったのである。
 そしてそのきっかけは、意外にも早くやってきた。
「わっ!」
「なにっ!?」
 ランツ機をかすめた閃光に、ハヤカワは我が目を疑った。それは紛れもなくビームの束である。後方のジムが発砲したのだ。
 コクピット内に、無線を通してジムのパイロット達の笑いが響く。ハヤカワの中で何かが弾けた。
 ジムの眼前で、宙返りから一機に背後を取るハヤカワのディアス。ビーム・ランチャーを構え、照準が先頭の隊長機を捉える。この間わずか数秒。それでいて撃たなかったのは、彼にまだ理性が残っていたからだ。
 ロック・オンされたと知って、ジムのパイロットが慌てる。
「き、貴様、なんの真似だ!?」
「貴官らの小隊は、当国領海を侵犯している。これ以上の狼藉あらば、即刻撃破するが?」
「お、おい、冗談だろ?」
 パイロットが引きつった声で言った。肩に二本線を入れたシュツルム・ディアスが連邦の士官、すなわちハヤカワの機体であることを彼らは知っている。それ故の言葉だ。
 ハヤカワはますます腹を立てた。
「私は、連邦軍に養われているわけではないっ!」
 語気を強めて言うと、照準レーザーをもう一度照射した。ディアスのモノアイが怪しく光る。
「ひっ、退けぇっ!」
 慌てふためき後退するジム小隊。ハヤカワはそれを一瞥して、呆然と佇むランツ機に接触した。
「中佐……」
「曹長、機体は大丈夫か?」
「え……? あ、はい。損傷は軽微です。飛行に問題はありません」
「それはよかった」
「あの……よろしいんですか?」
 安堵の笑みを浮かべるハヤカワに、ランツ曹長が不安げに尋ねてくる。当然だろう。成り行きとは言え、連邦軍機を威嚇したのだから。
 だが、ハヤカワは言った。
「あのままにしておけば、君が落とされたかもしれない。威嚇もやむを得なかった」
「……はい」
「ま、確かに、連中がこのまま黙っているとは思えんがな」
 ジムの去った方角へと目をやる。ここからでは何も見えないが、そこにはロンド・ベルの巡洋艦が二隻、サイド3を向いて逗留しているはずである。ジムへの威嚇を知ってどのように動くのか。
「3バンチへ戻るぞ」
 新たなる危機の到来を予感しつつ、シュツルム・ディアスは帰投した。

※本コンテンツは作者個人の私的な二次創作物であり、原著作者のいかなる著作物とも無関係です。