プチモビ戦隊

作:澄川 櫂

ぱーと3

 辛うじて巨腕のパンチをくぐりぬけたものの、反撃などできようはずもなかった。いかんせん体格差がありすぎる。青ざめた顔でただただフットペダルを踏み込むことが、飛道具を持たないトーレスに与えられた唯一の術だ。
 と、そのとき、視界を二つの影が横切った。同時に煙幕が湧き上がり、周囲の空域を見る間に覆い隠して行く。突然のことにさらに血の気が引くトーレスだったが、
「トーレス、上へ!」
 スピーカーを震わせるアンナの声に、我に返ってコントロールスティックを引く。上昇に転じた彼の機体が煙幕を突き破ったとき、周囲には色とりどりの四体のプチモビが、同じように天を目指していた。
「トーレス、よく聞いて。プチレッドはプチモビラーの核なの」
「え? なんだって?」
「説明は後。とにかく合体するわよ!」
「合体!? どうやるんだ?」
「右脇の赤いレバーを引いて」
「赤いレバー?」
 言われてコクピットシートの右横を見やったトーレスは、赤地に金色で「P」と書かれたレバーを見つけた。
「これか?」

 じゃーん、じゃじゃじゃ〜ん(BGM:ZZの鼓動)

 トーレスがそのレバーを引くや、勇ましい音楽が流れ出し、五体のプチモビがそれぞれに定められた挙動を始める。四肢を折りたたみ、誘導波に従い距離を詰めて行く。

 ちゃかちゃかちゃーん!

 曲が終わると同時にポーズを決める機体は、もはやプチモビではない。立派な四肢に二つ眼ツインアイの顔を備えたそれは、巨大化した青い悪死頭獣ハンブラビもどきに引けを取らない大きさのロボットであった。
「ど、どうやったら、こんな……」
 いつの間に五人が勢揃いのコクピットに座っていると知って、トーレスは唖然とした。合体だけならまだ分かる。だが、どこをどうすればこんな風に変形するのか……。
「おっと、そいつぁ野暮だぜ、レッド」
 トーレスの疑問を感じ取ったらしいプチブラックーートラジャが、ヘルメットの口元で人差し指を横に振った。
「細かいこたぁ気にすんな」
「細かい、て……」
「些細な感性の違いさ」
「そんなことより、来るぞ!」
 イエローが警告するのと同時に、煙幕を突き破って白い拳が飛び出す。次々と繰り出されるパンチをまともに食らい、激しく振動するコクピット。その都度、悪死頭獣ヤザンの雄叫びが割れんばかりに響くが、トーレスが聞き取れたのは次の一言だけだった。
「このZもどきが!」
 どうやら相手にはそのような姿に見えているらしい。
「レッド、なにやってるの!」
「これじゃサンドバックじゃないか!」
「初めてなのにそうそう簡単に動かせるわけないだろう!?」
 トーレスは至極まっとうに答えたつもりだが、ブラックが「それはなしだぜ」とばかりに、例によって口元に立てた指を振る。
「なせばなる、だ。この世界はフィーリングが全てだぜ」
「なせばなるって……」
「お前なら出来る」
 ゴーグルの片端をキラリと輝かせて、ブラックが言う。その無意味な爽やかさにトーレスは呆れ、絶望し、そして腹を立てた。
 なんで自分がこんな……。確かに以前、アーガマを守るために、モビルスーツを動かすくらいなら出来ると見得を切った。だが、その結果は見事な惨敗だった。プチモビならまだモノになると踏んでの指名かもしれないが、こんな格好で、こんなデタラメな代物を操れとはナンセンスだ。
 考えるほどにストレスが高まってゆく。彼が自棄になるのに要した時間は、ごく僅かだった。
「知るかっ!」
 言うなり右の操縦桿を一気に倒す。まるで右ストレートを叩き込むかの如く。するとどうだろう。プチモビラーはその意志に応えるかのように、眼前の悪死頭アクシズ獣目掛けて見事なパンチを繰り出すではないか。
 だが、完全ブチキレ状態のトーレスが、それを不思議と感じることはなかった。
「うぉぉぉっ!!」
「な、なんだ、この力は?」
 一転してサンドバックと化したヤザンは、目の前の機体がピンク色の光に包まれて行く姿を見た。
「あ……あれは!?」
 忌まわしい記憶と共に蘇る、本能的な恐怖。見栄も外聞もなく逃げ出すヤザンだったが、時既に遅し。
「喰らえ! カ○ーユ・スラッシュ!!」
 辺りに響き渡るトーレスの声。プチモビラーの右手にどこからともなくビーム・サーベルが出現し、振り下ろす挙動にあわせ、太く、長く伸びる。長大なサーベルは逃げゆくヤザンの機体を易々と捉え、一刀の下に切り捨てた。
「ぐわぁぁぁっ!」
 咄嗟にレバーを倒した所作故か、胸元の赤いコアが爆発の直前に飛び出す。だが、辛うじて命を拾ったに過ぎないヤザンに、もはや逆襲する力は残されていなかった。
「ま、負けただと。この俺が、あんな……奴に……」
 がっくりと力を失い、亀の着ぐるみ姿をコンソールに沈み込ませるヤザン。
「ストレスフィールド、消失しました」
 どこまでも平静沈着なサマーンが、戦闘の終了を厳かに告げた。

※本コンテンツは作者個人の私的な二次創作物であり、原著作者のいかなる著作物とも無関係です。