プチモビ戦隊

作:澄川 櫂

ぱーと4

「おお、ようやく目が覚めたか」
 ふと、天井を見上げている自分に気付いたトーレスは、聞き慣れた軍医の声に我に返った。
「ハサン先生……? どうして」
「お前さん、任務中に倒れて担ぎ込まれたんだぞ。覚えておらんのか」
「……全く。あの、俺、どのくらい眠ってたんですか?」
「かれこれ五時間近くになるかな」
「そんなに……」
 予想を遥かに超えた答えに驚く一方、えもいわれぬ安堵感を覚える。あれは全て夢だったのだろうか?
「肉体的な異常はこれといってなし。まあ、こんな状況だ。大方、疲れが溜まったんだろう」
 彼の心境をよそに、ハサンが続ける。
「あと半日、ゆっくり休め。艦長の了承も得ている。まだ疲労感が強いようなら、ビタミン剤を処方するが、どうするかね?」
「あ、いえ、それには及びません」
 トーレスは慌ててベッドを降りた。
「お言葉に甘えて休ませていただきます。ありがとうございました」
 そうだ、全ては悪い夢だ。あんなことが実際に起こるわけがない。もう一度、寝て起きれば、この疲れも全て取れるさ。
 晴れ晴れと、軽やかな足取りで自室に戻るトーレス。だが——。

「申し訳ありません、総司令」
「そんなにかしこまらなくても良くてよ。初戦はこんなものでしょう」
 近臣を全て退け、一人、深々と頭を垂れるハマーンに、モニターに映るシルエットが応える。怒るでも労うでもなく、淡々と語る口調には、奇妙な落ち着きが感じられた。まるで予定を語るかのように。
 いや、事実そうであるのかもしれない。それに、と続けられる言葉は、ハマーンの疑念をさらに強めるものだった。
「このくらいしてもらわないと張り合いがないわ」
「……」
「いずれまた、彼等とやり合う機会があるでしょう。その時こそは頼みますよ、ハマーン」
「はっ……」
 沸き上がる黒い思いを胸の奥底に秘め、ハマーンは言葉少なに応えた。総司令の正体は彼女も知らない。何をされるか読めない以上、迂闊な言動で傷口を広げる愚行だけは避けねばならぬ。
 ——これ以上、弱みを握られてたまるものか。
「次からはプロパーを使うのでしょう?」
「はい。急遽選んだ傭兵とは違い、調整も万全ですから、このように無様な結果には……」
 貴重な部下を潰すのが嫌でヤザンを使ったとは、口が裂けてもいえない。慎重に言葉を選びつつ、表面上は平静を装って応えるハマーンだったが、不意にモニター外から飛び込んできた子供の声に、その努力は脆くも崩れ去るのだった。
「ママー、グライダーが飛んじゃった」
「あらあら、大変。悪いけど、続きはまたにさせていただくわ」
 文字通り目を点にするハマーンに構わず、総司令は画面の脇に手を伸ばす。
「もっとも、あなたに任せたことだから、好きにやってもらって構わないのだけれど。吉報を期待しているわ」
 その言葉を最後にブラックアウトするディスプレイ。呆然と立ち尽くすハマーン。
 ややあって、ようやく自席に腰を下ろした彼女は、大きく嘆息するとデスク上の端末を操作した。秘匿回線に接続し、一瞬の迷いを経てコールする。ほどなく、青年士官の顔がアップで映し出された。
「そろそろ慣れたか? マシュマー」
「はっ。御命令とあらばいつでも」
 マシュマーと呼ばれた若い男は、端正な顔だけを布の間から覗かせつつ、応える。その表情が冴えない理由は、あえて語るまでもないだろう。
「そう急くな」
 血気にはやっての言葉ではないことを重々知りながら、ハマーンは素知らぬ顔で言った。
「今はまだ、その時ではない。バラの香りでも嗅ぎながら、気を長く持て。それを伝えたかっただけだ」
「しかし、こう動きにくくてはどうにも……」
「それも試練と心得ろ。ああ、全身は映さなくてよい」
 ズームアウトしようとするカメラの動きを手早く抑える。僅かに映った薔薇のような外観の着ぐるみを思考の外へと押しやり、自身の心の平穏をどうにか保つと、
「早く済ませたいのは私とて同じこと。お前だけが頼りだ。マシュマー」
 静かに頭を下げてみせる。人の悪い思いをかみ殺しながら。
「か、顔をお上げください! ハマーン様」
 案の定、慌てふためくマシュマーは、居住まいを正すと右手を胸元に当て、最敬礼をもって応えた。
「このマシュマー、一命を賭してハマーン様のご期待に応えてみせます」
「出番が来れば改めて声をかける。その時は任せたぞ」
「ハッ!」

 こうして、アーガマを襲った悪死頭アクシズ獣の脅威は去った。だが、第二、第三の悪死頭獣が、次なる隙を虎視眈々と(?)狙っている。トーレスの出番はむしろこれからだ。
 負けるなプチレッド。戦え、我らがプチモビラー!

※本コンテンツは作者個人の私的な二次創作物であり、原著作者のいかなる著作物とも無関係です。