プチモビ戦隊

作:澄川 櫂

ぱーと2

「出てきたな」
 アーガマを飛び立つ光を確認した亀……もとい、亀の着ぐるみを着込んだヤザンは、窮屈そうに腕を伸ばすと、オペラグラスを目に当てた。赤、黄、青と、それぞれタイプの異なる三機の改造プチモビが、編隊を組んで向かってくるのが分かる。
 これにはさすがに、ヤザンも呆れた。
「ケッ。まるで申し合わせたように」
 流れ流れて地球に降りたヤザンは、旧ティターンズ基地でくすぶりかけたところをネオ・ジオンに誘われた。相手がジオンの末裔ということもあり、いったんは躊躇したものの、結局は戦の魅力に負けたのだ。
 ところが、別室に通された彼を待っていたのは、悪死頭アクシズ総司令なる人物であった。沈うつな表情で上座を見つめるハマーン・カーンの視線の先で、一見して女性と解るふくよかなシルエットを映し出すディスプレイが、ノイズ混じりに明滅している。穏和な声で席を勧めた彼女は、訝しがるヤザンに対し、この、あまりに珍奇な出撃を命じたのだった。
 当然の如くぶち切れかけるヤザンであったが、モニター越しに沈黙を返す彼女の異様な迫力に、思わず口をつぐんだ。逆光で黒くつぶれた顔からは、その表情など伺えるはずもない。だが、三白眼より投ぜられる鋭い視線と、その奥底でくすぶる怨念の炎を、彼はこのとき、確かに見た。「女ごときに呑まれるとは」と、舌打ちしたい気分に駆られるヤザンだったが、彼の野生の勘は、そうした感情を表に出すことの危うさをしきりに警告している。
 戦場で磨き抜かれた自身の勘に従い、努めて無表情を装うヤザン。だが、再び口を開いた女総司令は、そんな彼の様子に構うことなく、驚くべきことを告げるのであった。
「今のアーガマにモビルスーツはありません。いえ、たとえあったにせよ、そのマシーンで出撃すれば、それに見合う反応をするのがアーガマというふねなのです」
「……なぜ、そう言いきれる?」
 断定的に言ってのけた女の言葉に、戸惑いを隠せぬヤザンが問いかけるが、彼女は答えなかった。ただ、ディスプレイの向こうで僅かに身をよじらせただけである。
 途端に羞恥心の如き強烈な感覚が、ヤザンの脳髄に襲いかかった。もっとも、それも僅かな間のこと。女が視線を戻したと思えるや否や、再び憎悪のオーラがモニターに溢れ、薄暗い室内に冷気が伝う。
(な、なんなんだ、これは!?)
「人と人は、見えないところで繋がっているもの。それを……あの人ときたら……」
 いっそ不気味と表現して差し支えない静かな声が、訥々と言葉を連ねて行く。だがしかし、肌を泡立たせるほど生々しい場の気配に翻弄されるヤザンには、その半分も聞こえてはいなかった。
「アーガマの艦橋でふんぞり返っているあの男の心胆を寒からしめれば、あなたの立身は思うがままに取りはからいましょう。よろしいですね? ハマーン」
「はっ……」
 言葉少なに頭を下げるハマーンの声に、彼がようやく我に返ったときには、すべては既定のものと化している。
「くれぐれも頼みましたよ」
 最後に再び、にこやかな声を残して、悪死頭アクシズ総司令は走査線の彼方に消えた。
「しかし、あんたらも物好きだな。わざわざこんなものを用意するとは」
「……誰が好き好んで。あの写真さえなければ」
「あ?」
「何でもない。とにかく約束は守る。さっさとケリを付けてくれ」
 こうしてヤザンは、エイ型の改造プチモビに亀の着ぐるみをまとって収まることになった。思えば不思議な機体である。モビルスーツよりはるかに小型ながら、単独でこれほどの距離を飛べるとは。しかも、マンガチックな燃料計の表示を信じるならば、まだまだ活動限界には至らない。いったいいかなる仕組みによるものか。
武器えもの以外は意外に使えるってか」
 エイ型プチモビが人型に転じて腕を振るう。その手に握られた棍棒のような武器(イボイボが沢山付いている)の先端から、ワイヤーが一瞬だけ伸びた。
「使いようなんだろうが……気に入らんな」
 火器はないのかと尋ねたヤザンに、機体の説明をした技術者は、「一話目での飛び道具の使用は禁じられていますので」と答えた。まったくもって意味不明だ。
「この俺をここまでコケにしたんだ。代償ツケはたっぷり払ってもらう!」
「来た!」
 いまやプチイエローとなったキースロンの声が響く。リーダーのプチレッド(認めたくないことだが)たるトーレスは、乗機にプチナイフを握らせると、振りかぶってエイ型プチモビを迎え撃った。凶悪なとげ付き棍棒の一撃を辛うじてかわしつつ、一閃を見舞う。が、空振り。
「レッド、なにやってんの!」
 怒鳴りつつ、シーサープチブルーがプチイエローと共に第二、第三撃を放つが、ヤザンは悉く避けてみせると、棍棒を振るうのだった。
 棍棒の先から伸びるワイヤーが、黄色いプチモビの足を絡め取る。と同時に、眩いばかりの電流が迸った!
「わあぁぁぁっ!?」
「ウミヘビとは気が利く!」
 かつての愛機の装備品を思い出し、ヤザンが吠える。
「もらった!」
 だがその時、青いプチモビがワイヤーに機体をぶつけた。勢いに負けたワイヤーがぷつりと千切れる。電撃から逃れたイエローは、すかさず機体を移動させつつ呟いた。
「耐電シートが強化されていなければ、やられていた」
 一方、ヤザンとしては面白くない。単なる棍棒でしかなくなったそれをむやみやたらに振り回しながらあとを追うばかり。
 かくして戦況は膠着した。
「まずいですね。このままでは飽きられます」
 アーガマで見守るサマーンが口にする。
「やつのストレス濃度もそろそろ限界に……」
「解っている」
 ブライトも顔をしかめた。状況は明らかに彼にとって不利だ。第一回戦目にしてこれでは、親父の沽券に関わる。いや、彼女にそこまで好きにさせては、もはや威厳は失われ、まるで立つ瀬がないではないか。
 うそ寒い思いが背を伝ったそのとき、まるで彼の恐怖を読んだかのように、悪死頭アクシズ獣に異変が起こった。全身が輝きだしたのである。
「くそぅ、この俺が、この俺が」
 ヤザンの我慢はもはや限界だった。
 歴としたモビルスーツならなんてことない相手に、なぜ、こうもくだらん着ぐるみを着込んでまで苦労をせねばならん。アーガマもアーガマだ。同じようにのこのこ応えやがって。皆で俺を虚仮にするつもりか。この俺を。ティターンズの猛者で鳴らしたヤザン様を愚弄しやがって!

 説明しよう。
 悪死頭獣の負の感情(主にストレス)が限界を超えた時、彼らはその本性を具現化した巨大メカへと変貌するのだ。

「悪死頭獣が巨大化しました!」
 モビルスーツ形態のハンブラビに似たシルエットに、ブライトは腰を浮かせた。ヤザンの猛々しさを強調するかのようなその姿は、オリジナルのハンブラビよりも数段、おどろおどろしく、禍々しささえ感じさせる。怪物と表現してなんら差し支えない。
「まさか、これを実現出来ていたとは……」
 プチモビ戦隊の創設に際して、これあることを予期していたブライトである。だが、早すぎる。
 敗北の予感に背筋が凍りかけたまさにその時、艦内通話のコール音が響いた。サマーンが繋ぐや否や、チーフメカニックのアストナージが、無精ひげの谷間に自信に満ちた笑みを浮かべながら現れるのだった。
「こいつらの調整、完了しましたぜ」
 背後を振り返って言うアストナージ。そこには幾分大柄のプチモビが二体、静かに佇んでいた。一体は黒に、もう一体はピンクに塗装されている。それぞれの傍らには、同色のノーマルスーツに身を包んだトラジャ、アンナが控えていた。脇に抱えたヘルメットのバイザーは、もちろん改造済みだ。
「おお、間に合ったか!」
「長官、彼らは?」
 出撃中のキースロンに代わってブリッジに詰めているハヤイーが尋ねると、ブライトは不敵な笑みを浮かべるのだった。
「プチモビ戦隊は5人揃って初めて、その真価を発揮するのだ」
「では……!」
「ここからが真の戦い、と言うわけさ」

※本コンテンツは作者個人の私的な二次創作物であり、原著作者のいかなる著作物とも無関係です。