輝ける大地に誓う

作:澄川 櫂

7.ソーラ・システム

『何だと!? 奴らと一緒にソーラシステムを守れ?』
 巡洋艦マダガスカルの艦橋に、ペガサス級強襲揚陸艦“アルビオン”艦長、エイパー・シナプス大佐の愕然たる声が響く。無理もない。
「そうだ。今やシーマ艦隊は、我々と行動を共にしている」
 答えるバスクの言葉が、シナプスの驚愕した理由を明らかにしていた。
 落下するコロニーが最終防衛ラインである阻止限界点を越えた直後、デラーズ艦隊旗艦グワデンから、麾下の全軍に向けて戦闘中止命令が出された。が、これは彼らの首脳、エギーユ・デラーズの発したものではない。バスクと通じたシーマ・ガラハウが、密約に従いグワデンを占拠したのである。
 全てを欺くために。
『これでは軍閥政治ではないか!?』
 まさしくシナプスの言うとおりであった。
 第一地球軌道艦隊の合間を赤銅色のムサイが悠々と行き、その艦載機であるゲルググが、連邦のジム、ボールと肩を並べる。異様な光景である。そして、このことを政府は何も知らない。
「貴様、反抗するか」
 高圧的に見返すバスクを横目に、渋面のハタミは思った。
(……軍はどうなってしまったのだ?)
 ジャブローの腐れぶりは今に始まったことではないが、宇宙軍は彼らと違い、誇りに満ちた組織であったはずだ。少なくとも、ハタミの知る宇宙軍は、味方を虚仮にするようなことはしない。
『ふん……』
 嫌悪感を露わにするシナプスは、鼻先で答えてモニタ向こうに消えた。当然の反応であろう。つい今し方まで戦っていた相手を味方と言われて、易々と従えるわけがない。戦死者を出したとあってはなおさらである。
 が、バスクのような男には、そのような感性など無いのだろう。にたり、と意味ありげな笑みを浮かべる。シナプス大佐と言えば、コーウェン中将の信任厚い名艦長だ。これを口実に叩き落とそうというのか。
 ハタミは小さく頭を振った。今は忘れよう。准将が自分を付けた理由を考えろ。なによりも、先ずはコロニー落としを阻止せねば。
「大佐、ミラーの展開が遅れています。第三艦隊やシーマ艦隊に、協力を求めた方がよろしいのでは?」
 ハタミはそう提案した。完全に展開せずとも、コロニーを融かすだけの熱量は得られるが、念には念をという言葉がある。
 しかしバスクは、
「無用だ。これしきのことで助けを乞うては、ブレックスに笑われるわ」
 吐き捨てるように言うのであった。
「しかし……」
「案ずることはない。既に奴らの動きは封じた。これ以上、何を焦ることがある?」
 どこか得意げに問う。
「あとはじっくり、焦点さえ合わせていれば……」
「敵モビルアーマー接近! 距離、一万二千!」
 急を告げるオペレターの声が、その言葉を遮った。なにっ、と目を剥くバスク。表情が見る見る不機嫌になる。
「シーマめ、しくじったか」
(言わぬことではない)
 忌々しげに呟く彼を見ながら、ハタミは思った。
(一介の海賊に、ジオンの狂信者を押さえられると本気で思っていたのか)
 ハタミはシーマ・ガラハウという人間をよく知らない。が、それだけに本質が見えているとも言えた。いかに策謀を巡らそうとも、人の心までは計れないものだ。
「ソーラシステム、照射までの時間を稼げ!」
 バスクの怒声が、マダガスカルの艦橋に響き渡った。ハタミもまた、展開作業中の部隊に警戒と、作業のさらなる迅速化を促す指示を出す。
 ふと、彼の脳裏に不吉な予感がよぎった。いや、予感、と言うほど確かなものではない。漠然とした不安のようなものである。
 馬鹿な、と首を振るハタミであったが、その不安が晴れることは遂になかった。

 前衛の第三艦隊、及びシーマ艦隊とデラーズ軍との間で、激戦が開始された。ミラーを護る者と、コロニーを護る者。巨大な構造物を背に、両者共に一歩も譲らぬ戦いを挑む。それらを克明に映し出すソーラシステムの存在が、激闘をさらに激しく感じさせる。
 が、シーマ艦隊の存在が、この戦闘を異様なものとしていた。ジオン公国のゲルググが、同じジオン製のザク、ドムを迎え撃つのである。そして、それを援護する連邦のモビルスーツ。
 ——全てが、混沌としていた。
「スペースコロニー距離四千! ソーラシステムII、照射七〇秒前!」
「おお、コロニーが肉眼で見えるぞ!」
 バスク・オムが腰を浮かしたのは、何も目前に迫ったコロニーに驚いたから、と言うわけではないだろう。自らが作り出した混沌に飲み込まれて焦っている。ハタミの目にはそう映った。
「もういい、照射!」
「え? あと三〇秒……」
 彼はあくまでも冷静だ。だからこそ、バスクの軽挙を諫めようとしたが、
「構わん、やれ!」
 オペレターに直接言われてしまってはどうしようもなかった。命ぜられたオペレターは即座に制御艦に指示を伝え、制御艦から「指令受諾」の報が間髪入れず返される。
 そして、十字に配されたミラーは焦点合わせに入った。各々十字の中心に首を振るように、ゆっくりと向きを変えて行く。
 この十字配置こそ、ソーラシステムIIのIIたる所以であった。ソーラシステムIIを構成するミラーは四〇万枚強と、先代のソーラシステムに比べ僅か一〇分の一である。が、その少ないミラーを十字に配することによって、横一列の先代を上回る熱量を実現したのである。
 また、制御艦の性能も向上していた。ソロモン攻略時の経験を生かし、より効率的な兵器として完成したのが、このソーラシステムIIであった。
 ミラーの焦点が、コロニーの鼻先を捉える。前衛のムサイが瞬時に融解し、コロニーもまた、自らが発するおびただしい水蒸気にその身を没した。
「フフ……」
 閃光に照らされるブリッジで、バスクは恍惚の笑みを浮かべた。あと四〇秒もすれば、コロニーは跡形もなく消え失せる。完璧だ。これで私も……。
 自身の出世を確信するバスク。コリニーとの屈辱的な裏取引に応じてはや五年。マフィアの幹部にすぎなかった者が、遂に一軍を預かれる身分になると思うと感慨もひとしおである。
 だが、バスクのそんな想いは、あと少しと言うところで、脆くも打ち砕かれてしまうのであった。
「大佐、コントロール艦が!!」
 オペレターの悲痛な叫びが、彼を現実に引き戻した。ソーラシステムIIの要たる制御艦が、敵モビル・アーマーによって撃沈されたのだ。
「何ぃ!?」
 驚愕の表情でバスクが振り向いたとき、前方を覆う光が晴れた。濛々たる白煙を突き破り、進み出る巨大な円筒形。コロニーだ。
「生きてた……」
 呆然と呟くバスク。
 ソーラシステムは、その焦点が合って初めて効果のある兵器である。故に移動する物体を消失させるには、相手の速度に合わせて徐々に焦点をずらす必要があった。その一連の動作を行うのが制御艦である。
 その最も重要な役割を担う艦が沈んだのだ。自然、ミラーは制御を失い、コロニーは焦点を外れた。
 灼熱地獄を逃れたコロニーは、原形を保ったまま、ゆっくりと地球に向けて落下する。失敗だ。もはやコロニーを止める術はない。何もかもが終わりを告げたのである。
 受け入れがたい運命に愕然となるバスクであったが、自身が甚だまずい状況に置かれているのに気付き、我に返った。
 マダガスカルはソーラシステムの上辺にあって、コロニーを向いていた。コロニーが消え去る様を見届けるがための配置であったが、当然、そこは落下するコロニーの進路と交わる。遮るものは何もない。
「あ……何をしている!? 回避だ! 緊急回避!!」
 泡を食って命じるが、それを各員に伝えるべき副官のハタミは、彼以上に呆けていた。
(なんてことだ……)
 コロニー落とし阻止は、バスクのような男にソーラシステムを盗られたジャミトフが、私情を排して彼に託した至上命令であった。それを、彼は果たすことが出来なかったのである。
 ハタミは未だブリティッシュの悪夢にうなされるジャミトフの心の内を知っている。閣下に何と言って詫びればよいのか。
「……なんてことだ」
 再び、今度は声に出して呟くハタミには、慌てて回避するあまり、味方同士で衝突するという醜態を演じる目前の遊軍の姿すら、目には入っていなかった。

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