輝ける大地に誓う

作:澄川 櫂

4.ギレン・ザビの亡霊

 戦後、と言うのだろうか?
 終戦協定が締結されたにもかかわらず、ジオン残党による抵抗は各地で続いていた。地上で、そして宇宙で。かつての前線基地や連邦艦艇への襲撃は後を絶たず、連邦軍はその鎮圧に苦労している。
 だが、アステロイド帯の資源小惑星、アクシズに逃げ込んだ宇宙艦隊を恐れる連邦軍首脳は、艦隊戦力の再建に狂奔していた。
 ここでちょっとした対立が生まれている。モビル・スーツの運用を主体とした新たな艦艇群を提案するジョン・コーウェン中将率いる改革派と、従来型巨砲艦隊増産を主張する、グリーン・ワイアット大将を中心とした保守派の対立である。
 准将に昇格したジャミトフ・ハイマンは、そのどちらでもなかった。故ティアンムの跡を継いだ宇宙艦隊総司令、ジーン・コリニー提督に気に入られているために保守派と見られているが、考え方はむしろコーウェンに近いものを持っていた。
 これからの戦闘の主役はモビル・スーツである、というのは、一年戦争を前線で戦った者の共通認識である。大砲で着飾っただけの戦艦が、モビル・スーツ相手に何の役に立つのか。
 故に、コーウェンはガンダム開発計画を提示した。大戦中の名機中の名機と謳われる傑作機、ガンダムを最新技術で復活させ、それを軸に新たな戦術体系を模索するのが目的だ。コーウェンのこの提案を、ジャミトフは正しいと思う。
 が、ワイアットはこの計画を良しとしない。母艦となるペガサス級のずんぐりしたデザインが好きではなかった、というのもあるかもしれないが、とにかく彼は異を唱えた。
 結局、ペガサス級7番艦アルビオンと共にバーミンガム級主力戦艦を新たに建造し、ガンダムの一機は核戦略兵器として設計されることとなった。ワイアットの意向を汲む形で。
(——不毛なことを。そんなことでは、ジオンの残党共に足下をすくわれるぞ)
 満足げに頷くワイアットを、ジャミトフは末席から侮蔑の目で見据えた。こんな男が連邦のトップに立っているかと思うと、情けなくなる。
 嘆息しながら、ジャミトフはコーウェンに視線を移した。ワイアットとは対照的に、こちらは憮然とした面持ちである。彼もまた、現状の連邦を憂えているのだろう。卓上に組んだ両拳が、小刻みに震えているようであった。
(今はこの将軍にがんばってもらうしかない。私の立場では、まだ……)
 歯痒さを押し殺しながら、ジャミトフは密かなエールを送った。と、彼の視線に気付いたコーウェンは、だが、どこか敵愾心を感じさせる瞳で彼を見る。
 ほんの一瞬のことである。が、ジャミトフはそれに気付き、顔を曇らせた。
 ジャミトフは決して保守派ではない。しかし、コーウェンら改革派の人間には、そうは思われていなかった。理由は、ソーラシステムIIの建造にある。
 終戦協定締結直後から、ジャミトフは上層部にソーラシステムの再建を上奏していた。旧ジオン公国軍宇宙艦隊の大半が逃亡した事実を踏まえ、再度のコロニー落としの可能性を説いたのである。弱体化した宇宙軍でそれを防ぐには、ソーラシステムを用いるしかないと。
 このジャミトフの提案は、実にあっさりと受け入れられた。何万枚ものミラーを一同に並べる壮観さが、前時代的な高官達の感性と合ったのである。
 特にコリニー提督の気に入り様は尋常ではなく、ジャミトフは彼の参謀として迎えられた。そのことが、コーウェンらの誤解を生む要因となった。曰く、前線を知りながらジャブローのご機嫌取りに勤しむ卑怯者め、と。
 ジャミトフにとって、その評価は辛い。
(私はただ、あの過ちを繰り返したくないだけだ。ティアンム閣下の遺志を継ぐためには、こうするより他になかった。私とて、こんな無能な連中の下で働いていたくはない……)
 ジャミトフは再び嘆息した。そして、今回の中途半端な折衷計画を憂える。
(何事もなければよいが……)
 〇〇八一年、秋のことである。
 が、それから僅か二年後——。

『地球連邦軍、並びにジオン公国の戦士に告ぐ。我々はデラーズ・フリート』
 〇〇八三年一〇月三一日。その日、見事な剃髪に豊かな口髭の巨魁、エギーユ・デラーズの決起宣言が、レーザー回線を伝い地球圏全土に響き渡った。かつてギレン・ザビの右腕と呼ばれた男の再起である。
 これに先立つこと半月、重力下運用試験のためオーストラリアに降ろされた二機のガンダムのうち、一機がジオンを名乗る者の手によって奪取されていた。よりにもよってガンダム開発計画の癌である核兵器搭載型が、弾頭もろとも奪われたのである。
 ジャミトフの憂いは、最悪の形で現実のものとなった。
『いわゆる一年戦争と呼ばれたジオン独立戦争の終戦協定が、偽りのものであることは誰の目にも明らかである。何故なら、それはジオン共和国の名を語る売国奴によって結ばれたからだ』
 デラーズは演説の冒頭、そう言い切った。自室でそれを見つめるジャミトフは、やはり、と臍を噛むのであった。

 ——中途半端な和平は必ず災いをもたらす

 終戦の前日、ア・バオア・クーの傘の上で漏らした一言を、彼は思い出していた。ザビ家一党を失い、急遽発足したジオン共和国との間に結ばれた終戦協定。それこそ、中途半端な和平ではなかったのか?
(我々はあそこで戦いを止めるべきではなかった。全滅を覚悟で離脱艦隊を掃討し、地球を裸にしてでも、サイド3を落とさねばならなかったのだ。いや、ガンダム2号機の建造さえ止めていれば……)
『見よ、これが我々の戦果だ』
 デラーズの演説は、いつしかそのガンダムの姿を映し出していた。
『このRX78ガンダムは、核攻撃を目的として開発されたものである。南極条約違反のこの機体が、密かに建造された事実をもってしても、呪わしき連邦の悪意を否定できうる者が居ろうか!?』
 大失態である。今頃、政府首脳や軍の幹部連中は慌てふためいていることだろう。が、ジャミトフの悔恨は、彼らよりよっぽど深刻である。なぜなら数時間前、彼はデラーズ・フリートの最終目的を悟っていたからだ。
 残念ながら詳細までは分からない。しかし、どんなことがあっても、あれだけは防がねばならん……。
『我々は三年間待った。もはや我が軍団に、躊躇いの吐息を漏らす者はおらん。今、真の若人の熱き血潮を我が血として、ここに私は、改めて地球連邦政府に宣戦を布告するものである』
 デラーズの言葉を耳にしながら、ジャミトフは受話器を取った。交換手の聞き慣れた声が、彼に答える。
「ルナ2に繋いでくれ。……そうだ、ハタミ少佐を呼んでくれればいい」
 過ちを繰り返さないための布石を打ち始めるジャミトフ。
『かりそめの平和に惑わされることなく、繰り返し、心に聞こえてくる祖国の名誉のために……ジーク・ジオン』
 その背後で、エギーユ・デラーズの決起宣言は静かに、しかし力強く終わりを告げた。その先にあるものを闇に隠して——。

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