輝ける大地に誓う

作:澄川 櫂

2.ソロモン

 〇〇七九年一一月。
 オデッサの戦いに勝利し、ジオンのジャブロー侵攻をも食い止めた連邦軍は、翌一二月一四日、チェンバロ作戦を発動させた。後に発動される星一号作戦——ジオン本国を最終目標とする一大侵攻作戦——の前哨戦であり、その橋頭堡を築くための重要な戦いでもある。
(コロニー落としから約一年、ようやくここまで来たのだな)
 ジオン侵攻への第一関門、宇宙要塞ソロモンを前に、艦隊司令ティアンムは感慨深げであった。総司令レビルの言葉ではないが、あの日の屈辱が遠い日のことのように思える。
(……借りはきっちり返させてもらうぞ)
「ミラーの準備は?」
 ティアンムは副官に尋ねた。ジャミトフではない。ソーラシステムの提案者である彼は、その効果を確かめるべく前線のサラミスに乗り込んでいる。
「はっ! あと四分ほどであります!」
「ん。ソロモンもそろそろこっちに気付くぞ」
 作業を急がせるよう命じつつ、ティアンムは一人ジャミトフの身を案じた。

 ジャミトフ乗艦のサラミス級巡洋艦“サフラン”は、前線——といってもやや後方にあたる位置——にあった。本隊付きの参謀と言うことで、攻撃隊を指揮するコーウェン少将が遠慮したのである。
 だが、そんなサフランの宙域にも、敵の砲撃が届くようになっていた。
「参謀、この宙域も危険です。艦を後退させましょう」
「いや……」
 中尉の申し出に、ジャミトフは首を振った。恐らく、コーウェンあたりから「何があっても守り抜け」との指令が出ているのだろう。ジャミトフはそれをありがたいと思いつつも、言った。
「私のことはいい。キンゼー艦長、敵を牽制しつつ、負傷兵の収容を続けてくれたまえ」
 自分一人が大事と考えるほど、彼は腑抜けてはいない。そもそも戦果確認を申し出た時点で覚悟は出来ている。最後までここに留まり戦いを見届ける、それが彼の今の使命だ。
「コレチカ撃沈!」
 サフランの左手で火球が膨れ上がった。遅れて激震が彼らを襲う。
『うわぁぁっ!』
「ぐ……。被弾状況確認、急げっ! 参謀」
「うむ、乗員の救助に当たってくれ」
「はっ!」
 短く答えて指示を出し始めるキンゼー中尉を横目に、ジャミトフはソロモンを見た。金平糖を連想させるその隕石要塞からは、依然として激しい砲火の群れが、彼らに向い吠え続けている。
(……攻撃隊の引き付けは完璧です。中将、後は頼みましたぞ)
 ソーラシステムの照射まであと一分、ジャミトフはティアンムに全てを託す……。

「ソーラシステム、目標ソロモン右翼、スペースゲート」
 全ての準備なったブリッジに、ティアンムの声が低く通る。
「軸合わせ一〇秒前」
「ミラー放射」
「迎撃機接近! 各艦注意!!」
「構うな。照準合わせ急げ」
 オペレターの報告に眉すら動かさず命じるティアンム。
「三、二、照準、入ります!」
 直後、漆黒の闇に光の壁が出現した。実に四百万枚にも及ぶミラーが、宇宙要塞ソロモンの一点に向けて輝きを放つ。
「おお……!」
 サフランのキャプテンシートに座るジャミトフは、コレチカの爆発とは比べものにならないほど眩い光球の出現に、思わず腰を浮かせていた。それは数千万度にも及ぶ灼熱の光。ソロモンが焼かれていく瞬間である。
「——凄い」
 キンゼー中尉が唾を飲む。彼ばかりではない。この戦いに参加する誰もが、その光景を固唾を飲んで見守っていた。焦点付近のジオン兵を除いて……。
「……勝ったぞ」
 徐々に輝きを失って行く光を遠目に見ながら、ティアンムは確信した。これで借りを一つ返した、と。当初予測が正しければ、ソロモンの全兵力のうち、少なくとも三分の一は葬り去ったはずである。
(見たかドズル。これが我々からの返答だ)
 ティアンムはソロモンのジオン突撃宇宙攻撃軍司令、ドズル・ザビに向かって言った。一年前のコロニー落としを指揮し、彼に辛苦を味わせた男である。
(……だが、こんなものではまだ足りん。人類六〇億の生命の重みは、こんなものでは……)
「ドズル、ツケは全て払ってもらうぞ」
 雪辱を胸に、ティアンムは立ち上がった。
「全艦に通達! これより我が艦隊は、残存するソロモン軍の殲滅に取りかかる。一年前の借りを返すぞ」
 彼の言葉に、ティアンム艦隊は沸き返った。家族の、友人の、そして救うことの出来なかった同胞の恨みを晴らすことの喜びに。誰もが自らの勝利を確信していた。
 だが……。
「フ……。こうも簡単にソロモンが落ちるとはな」
 モビル・アーマー“ビグ・ザム”のコクピットで、ドズル・ザビは自嘲した。戦端を開いてからわずか数時間。サイド2壊滅に要した時間の半分にも満たない。
「ティアンムめ……。二度までも俺の邪魔をするか」
 ドズルは忌々しく呟いた。
 ティアンムにとっての彼がそうであるように、ドズルにとってのティアンムもまた、因縁の相手である。
 多くの熟練パイロットの生命を失いながら、遂に失敗に終わったコロニー落とし。連邦軍本部ジャブローへのコロニー落着を防いだのは他でもない、目前の艦隊を指揮するティアンム中将その人だ。
(あのとき、俺は多くの部下を無為に死なせてしまった。ソロモンは間違いなく落ちる。だが、同じ轍を踏む事だけは避けねばならん……)
 ザクに引かれながら脱出する部下の様子が、モニターに映る。彼らの敬礼に答礼しながら、ドズルは亡き弟、ガルマを想った。
 自ら操縦桿を握り、敵艦に特攻して果てたガルマ。甘やかされて育った末弟でさえ、最期には激しい闘志を見せたのである。猛将を謳われた身がそれを成さずして、どうするというのだ?
「ティアンム、勝ちは貴様にくれてやる。だが、部下はやらせん! 貴様の艦隊も道連れだ!」
 ドズルは吠えた。ビグ・ザムの誇る高出力メガ粒子砲が、サラミスを一撃の下に葬り去る。
「な、なんだ、あれは!?」
 巡洋艦並の質量を持った二本足の怪物に、ティアンムら連邦将兵は息をのんだ。艦艇を、モビルスーツを次々と落としながら迫る怪異。
「てっ、敵の新兵器です!!」
「集中砲火だ! 落とせっ!」
 ティアンム主力艦隊の戦艦、駆逐艦、巡洋艦が、狂ったようにビームを放つ。しかし、それらは全て、Iフィールド・バリアーの前に弾かれてしまうのであった。
「わはははっ! そのような長距離ビームなぞ、どうということはない!」
 ビグ・ザムが全方位でビームを放つ! 咲き乱れる核の大輪。
「見たか。ビグ・ザムが量産の暁には、連邦なぞあっという間に叩いてみせるわ」
「ミサイルで応酬しろ!!」
 ティアンムが命じる。だが、ドズルの方が早かった。
 ビームの奔流が、ティアンムの足下から嵐のように吹き抜ける。
『うわぁあああっっ!!』
「無念……」
 それが、この世におけるティアンムの、最後の思念であった。地球連邦軍宇宙艦隊司令ティアンム中将は、乗艦“タイタン”と共にソロモンに散った。

「痛み分けだな」
 コンペイ島と名を変えた旧ソロモンの司令執務室で、ジャミトフ大佐からソーラ・システムの戦果に関する正式報告を受けたレビル将軍は、ややあって、一言そう漏らした。それは、ジオン本国侵攻への橋頭堡を確立した将軍のものとは思えない、苦渋に満ちた言葉であった。
 宇宙世紀〇〇七九年一二月二四日。クリスマス・イヴのその日、要塞攻撃用新兵器、ソーラ・システムを投入した連邦軍は、レビル艦隊を温存したままソロモンを陥落せしめた。ザビ家の血族であり、猛将と恐れられたドズル・ザビ中将以下、多数の名だたる武将を討ち取っての大勝利である。
 だが、連邦軍の人的損害も少なくはなかった。特に宇宙艦隊司令ティアンム中将を失ったのは、これからの戦略を考える上で大きな痛手である。
「……私が、直接指揮を執るしかあるまい」
「はい……」
 レビルの言葉に、ジャミトフと同席したコーウェン少将はそろって頷いた。ソロモン占領直後に行われた幹部会議でも、同じ結論に達していたからである。
 旧ティアンム艦隊の指揮は、ソロモン攻撃部隊を率いたコーウェン少将が引き継ぐ事で落ち着いたが、全軍の指揮となると、コーウェンではやや力不足であった。技量は申し分ないのだが、将兵の志気を高めるほどのカリスマ性を、彼はまだ持ち合わせていない。
 他ならぬ当人が認めるところである。これには副官のブレックス大佐や、搭乗旗艦“ルザル”艦長のシナプス中佐も引き下がらざるを得ず、結局、レビルに指揮権を委ねる事で合意したのであった。
 レビルは今や、連邦軍の象徴とも言うべき人物である。彼らにしてみれば、出来るだけ安全なところにいてもらいたいというのが本音であった。レビルの一般将兵に与える影響は、それほどまでに大きいのだ。
 何より、彼ら自身が敬愛する将軍である。
(中将亡き今、宇宙軍をまとめられるのはこの方しかいない。中将の意志には反するが、今の我々の、地球軌道艦隊の力だけでは、連邦はギレンに勝てん……)
 ソーラ・システムの、予想を遙かに上回る損傷も誤算であった。ジャミトフらの計算によれば、ソーラ・システムは少なくとも数回の使用が可能なはずであった。だが実際には、ミラーのおよそ七割が再用不能に陥り、宇宙軍はやむなく破棄することを決めた。
 次の目標がグラナダにしろア・バオア・クーにしろ、連邦艦隊はもはや己の力だけで戦わねばならない。故に、兵の志気を高める存在——レビルの前線参加は、必要不可欠なのである。
「我が第三艦隊が血路を開きます。将軍は後詰めを」
「うむ」
 コーウェンの言葉に頷くレビルだったが、
「だが、私とてジオンより猛将と呼ばれた身だ。戦場ではわからんぞ?」
 冗談めかして続けるのであった。これには、レビルの側近達からも笑いが漏れる。
「時に、先行のホワイト・ベース、第一三独立戦隊は順調かね」
「はっ。護衛のサラミス二隻と共に、所定のコースを進んでおります。後発のワッケイン隊も問題なく」
「ん。何よりだな」
 ホワイト・ベース、V作戦の要となった艦の名前である。サイド7においてテスト中だった試作モビル・スーツを受領する際、ジオン艦の奇襲を受けて正規クルーの大半を失いながらも、相次ぐ激戦をくぐり抜けてきた艦だ。その驚異的な戦闘力は連邦はおろか、敵国ジオンにおいても高い評価を受けている。
 故にジャブロー防衛戦以降、今日に至るまで、ホワイト・ベースは単艦で行動してきた。囮専門部隊としての位置付けだ。
 が、これはレビルの望んだことではない。ゴップ大将以下、ジャブロー上層部の決定した事である。
(今にして思えば、少々肩入れしすぎたのかもしれん。だが、彼らのような人間こそ大切なのだ。ジオンは憎いが、我々も変わらなければならない)
 葉巻に火をつけながら、レビルは思った。
「……彼らにあれだけの苦労をさせたのだ。その労に応えるためにも、我々は勝たねばならん。そうであろう?」

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