輝ける大地に誓う

作:澄川 櫂

1.地球軌道艦隊

 宇宙世紀〇〇七九。
 迫り来るスペースコロニーを前に、地球連邦軍宇宙艦隊は無力だった……。

「キティホーク轟沈!!」
 真っ赤に染まるブリッジで、オペレターが叫んだ。
「提督、我が艦もこのままでは保ちません! 後退してください!」
「馬鹿を言うな!!」
 不安げな艦長の言葉に、口ひげを生やした男は、肘掛けを力任せに叩きながら一喝した。ジオン艦隊の砲撃に揺れるシートの上で、その表情が苦渋に歪む。
 去る一月三日、地球からもっとも遠いところ、月の裏側に位置するサイド3はジオン公国を名乗り、地球連邦政府に独立戦争を仕掛けてきた。
 サイド1、サイド2、サイド4を電撃的に襲ったジオン軍は、コロニーに対し毒ガスを使用。これを阻止しようとした連邦艦隊は、ジオンの機動兵器“ザク”の前に大敗北を喫し、両コロニー合わせて数億の生命が一夜にして失われた。
 まさに狂気である。だが、ジオンの狂気はこれだけに留まらなかったのだ。

 ——スペースコロニーを地球に落とすなど、誰に想像できよう?

 サイド2を壊滅させたドズル・ザビ中将率いるジオン艦隊は、その一基“アイランド・イフィッシュ”に核パルスエンジンを取り付け、衛星軌道に向けて歩を進めた。そこに至って初めて、連邦軍はジオンの恐るべき目的を知ったのである。
 コロニーを弾頭に見立てた、ジャブローへの直接攻撃!
 核ミサイルの直撃に耐える連邦軍総司令部とて、スペースコロニーほどの質量を受けてはただでは済むまい。いや、地球そのものが耐えられるかどうか。
(なんとしても防がねばならん)
 口ひげの提督——ティアンム中将は唇を噛みしめた。地球を守れずして、なんの連邦軍か。
『うわぁっ!!』
「怯むなっ! 沈むまで撃ち続けるんだ!」
 僚艦の沈み行く様に目もくれず、彼は命じた。無茶な命令であることは承知している。だが、そう言わずにはいられなかった。なぜなら、コロニーは目前にあるのだから。
 コロニー前衛のムサイが沈む。バズーカを構えるザクが、ビームのシャワーを浴びて砕け散る。
 が、それを報告するものは誰もいない。連邦艦隊の使命はただ一つ、落下するコロニーの破壊のみ……。
 気象コントロール用の巨大なミラーが、嵐のようなビームの直撃に耐えきれず、遂に崩壊を始めた。光を放つ無数の破片が、後退するジオン艦隊に向かって流れて行く。
 しかし……そこまでだった。
「コロニー、大気圏に突入します……」
 誰ともなしに悲痛の声が上がる。灼熱の炎を纏いながら、コロニーがゆっくりと、だが確実に地表に向けて落ちていく。遮るものは、何もない。
「……コロニーの落下コースは?」
 ややあって、ティアンムは呻くように尋ねた。
「進路、変わりありません」
「……そうか。ジャブローに落ちるか」
 俯くティアンム。完敗である。小惑星基地ルナツーにいまだジオンの四倍の艦艇を擁しているとはいえ、総司令部を失ってはもはや勝ち目はない。これで地球の命運は……。
 と、そのとき、不意に眼下で眩い光が沸き上がった。
「な、なんだ!?」
「コロニーが分解を始めました! ジャブローへの落下コースから離れていきます!!」
 天は未だ我を見捨てず! オペレターの報告に沸き立つブリッジ。ティアンムもまた、一時の安堵感を覚えなかったと言えば嘘になる。
 だが——。
「馬鹿者!! コロニーが落ちることに変わりないわ!」
 そんな部下の様子に、彼は思わず怒鳴り散らしていた。すぐに漠然とした不安が、彼の脳裏をよぎったからだ。この世のものとは思えない、最悪の予感が。
「……落着地点の再計算、急げよ」
「は、はいっ」
(ただの思い過ごしであればよいが……)
 ティアンムは切に願った。
「大気圏突入時の衝撃により、コロニーは中心部分でほぼ二分。後部はさらに崩壊を続け、その大半は太平洋上に落ちるものと推測されます」
 オペレターの説明に合わせ、戦術モニタに落下予測コースが点線で記される。
「一方、前頭部は形状を保ったまま南下を続け……」
 努めて冷静に伝えようとするオペレターであったが、そこまで言って言葉を失った。いや、彼ばかりではない。戦術モニタを見つめる誰もが、その信じがたい計算結果に絶句せざるを得なかった。

 ——落下予測地点、オーストラリア大陸東岸部。州都シドニー。

「なんてことだ……」
 かれた声を絞り出す参謀、ジャミトフ大佐の脇で、ティアンムは一人制帽を脱いだ。胸元にそれを当て、小さく十字を切る。
「許せ……」
 罪無きシドニー市民に対しての、それが精一杯の言葉だった。むろん、そんな一言ですまされることではない。だが今は、それ以上の言葉は出てこなかった。
「……コロニー、落着します」
 永遠に続くかと思えた沈黙を破って、オペレターが乾ききった声で告げた。地球軌道艦隊の足下で、地球が白い光を放つ——。

 宇宙世紀〇〇七九年一月一〇日。この日は、人類にとって最悪の日となった。
 宇宙における人類第二の故郷、スペースコロニーの直撃を受けたオーストラリア大陸は、その姿を一変させた。かつてのシドニーはもはや無く、アイランド・イフィッシュの残骸が、まるで墓標のごとくそそり立つばかりである。
 また、四散したコロニーの破片は流星となって太平洋沿岸地域全土に降り注ぎ、地球は計り知れない打撃を被ったのであった。
 この屈辱を晴らすべく、サイド5、ルウムおいて総力戦を挑んだ地球連邦宇宙艦隊であったが、ジオンのモビル・スーツ“ザク”の前にまたも敗北。総大将は捕らえられ、ジオン公国は連邦政府に対し降伏を迫った。
 戦力をずたずたにされた連邦に、それを拒むだけの力はもはや無い。その交渉の行く末を見守るティアンムら地球軌道艦隊将兵の胸中は、いかばかりなものであったろうか。
 だが、運は連邦を見放さなかった。
「私はこの目で、ジオンの内情をつぶさに見てきた。ジオンは我々以上に疲弊している。彼らに残された兵はあまりにも少ない……」
 ルウムで捕らえられた将軍、レビルの帰還である。ルナツーで行われたこの演説によって連邦将兵の志気は大いに高まり、政府もまた、徹底抗戦を決意するのであった。
 これを受けて、ジオンは地球侵攻作戦を開始。オデッサ、北米大陸、中部アフリカの制圧に成功するも、広大な大地は宇宙都市国家に過ぎないジオンが手にするには、あまりに大きすぎた……。
 戦線が膠着して七ヶ月、V作戦の成功によりモビル・スーツの製造が可能となった連邦軍は、その戦力を徐々に回復させつつあり、各地で反攻の機会をうかがっている。
 宇宙艦隊を束ねるティアンムがその提案のためにジャブローのレビル将軍を訪ねたのは、オデッサへの侵攻が決まった、9月下旬のことであった。

「ソーラシステム?」
「はい」
 ジャミトフ大佐を伴い提案書を提出したティアンムは、豊かな髭をたたえたレビル将軍に問い返され、思わず緊張した。
 レビルは一見、温和で優しい視線を持った初老の提督である。だが、その裏に隠された激烈な戦略家としての一面を、彼らは知っている。故にレビルをして、連邦は戦争を続けているのだ。
「我々はいずれ、ジオン本国を攻めることになりますが、その前衛たるソロモン、ア・バオア・クーの攻略は一筋縄ではまいりません。……率直な話、現在製造中の我が軍のモビル・スーツ“ジム”では、予想されるジオンの新型に対抗できないかと」
 ティアンムは自分の思うところを正直に話した。先程の幕僚会議では、ついに口に出来なかったことである。軍人として、正式配備目前の兵器にそのような評価下さねばならない、というのは辛いことだ。
 が、彼がそれを口にしなかったのは、何も見栄からではない。すぐ弱気になるジャブローの高官達を意識してのことである。嘆かわしい話だが、政府上層部にはレビルの帰還さえなければ戦争はこうも長引かなかった、などと唱える輩が少なからず存在するくらいなのだ。もし今ここで自軍の新兵器の非力を知れば、風当たりはますます強まるだろう。
 彼にしてみれば、こちらの方がよほど辛いことであった。
「ですが、今さら後には退けません。戦力の消耗を押さえるためにも、要塞攻撃用兵器の開発は必要不可欠であると考えます」
 表面上はそのような苦悩など微塵も出さずに語るティアンムであったが、レビルは全てを見透かすかのように、小さく頷いただけである。
「うむ。詳しく聞かせてもらえるかな」
「はっ。ジャミトフ君」
 やはりこの方には敵わないと思いながら、ティアンムは副官の名を呼んだ。
 兵器の性能に関しては、彼ほど詳しい造詣を持たないレビルである。それが、真実を知らされても取り乱すことなく、直視した上で次の方策を考えている。同じ軍人として、尊敬の念を新たにするティアンムであった。
「ソーラシステムは光学兵器の一種であります。こちらをご覧下さい」
 ジャミトフ大佐が説明を始める。
 ジャミトフ・ハイマンは禿鷹のような風貌を持った男である。故に誤解されることが多いが、根は部下の生命を第一に考えるできた人間であった。取り立てて有能な士官というわけでもないが、その発想力には驚嘆すべきものがあり、ティアンムは彼を重用していた。
 何より、真に連邦を憂える姿勢が心地よい。
「原理は簡単です。三百万枚から四百万枚の鏡を用い、太陽光を一点に集中させることによって、焦点付近に数千万度の熱を発生させることが出来ます。この熱量を持ってすれば、要塞攻略など造作もありません」
「フム……。太陽光を反射するだけの兵器であれば、エネルギー消費も僅かであるな?」
「はい」
 感心しように確かめるレビルに、ジャミトフは力強く頷いた。
「よろしい、開発を進めてくれたまえ。上の連中には私が責任を持って伝えておく」
「ありがとうございます」
 レビルの言葉に頭を下げるジャミトフであったが、
「しかし……この兵器、何も要塞攻略の為だけに考えたものではあるまい?」
「は……?」
 そう問われて思わず、伏せ目がちの視線をティアンムに向けて泳がせた。彼もまた、僅かながら視線を落とす。
「——コロニー、だな」
「……はい」
 ティアンムは無念そうに答えた。
「南極条約によって禁止されたはいえ、ジオンがまた落とさないとも限りません。特にギレン・ザビ、あの男は危険です」
 と、ジャミトフ。ティアンムが言葉を継ぐ。
「あの過ちだけは、我々は繰り返してはなりません」
「そうだな。だが……」
 レビルは大きく頷くと、
「何よりも大切なのは、ジオンに再び、コロニーを落とさせるだけの余裕を与えないことだ。そのためにも、我々はまず、オデッサを落とさねばならない」
 言いながら席を立つ。
「……現保有戦力の大半をつぎ込む作戦だ。防衛力の低下は否めん。私も近々、オデッサへ向かうことになるが……宇宙の方は任せる」
 レビルの言葉に、ティアンムとジャミトフの二人は、深い敬礼で応えるのだった。

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