機動戦士フェニックス・ガンダム

作:FUJI7

7 シーツリー

 ジャンは自己紹介をするのも忘れて、殺風景と言うか、風通しがいいというか、先の攻撃で穴のあいた執務室の風景を観察していた。
「いやー、お手並み、拝見させて貰ったよ!」
 肩から腕から、包帯を巻いた将兵が、勢い良く、しかもにこやかにジャンを迎えたので、戸惑いを見せながらも、ジャンは微笑み、観察を中断する。
「全く、コイツは偉いヤツだからな!」
 傍らのコードはまるで自慢の息子を紹介しているような口調だ。
「おお、失礼した。私はハン・チャー。ここの司令だ」
 軽く興奮しているのだろう、ハンは血色も良く、顔色だけを見れば怪我人には見えない。握手を求める仕草にも、力強さが漲っている。
「は、はい……」
 ハンの力強さとは対照的に、ジャンは力無く返答する。そして再び、部屋を見渡す。
「!?」
 と、そこに、ハンの隣にいる中肉中背の士官………テスをこの部屋に案内した男だった………の視線がジャンに刺さる。ハッと驚き、ジャンは士官の方を振り返る。士官はジャンの驚きを察したのか、にこやかに、
「紹介が遅れました。自分はシーツリー大尉であります」
 と、しかも穏やかに語った。
「シーツリー? 大尉?」
 ジャンは口に出して反復する。何故だろうか、この男には以前に会っているような気がするのだ。その時の印象は合致するものの、名前が合致しない。その辺りに違和感を感じるのだろう。
 もし、人に善・悪のレベルがあるとすれば、司令に見え、一見主導権を持っているだろうハンよりも、この、シーツリーの方が、レベルが高いような気がするのだ。但し、それが善なのか、悪なのかは、判然としない。
「とにかく、休んでくれ給え。暫くすればベース・ナガノから、増援が来るだろう。その時にF型を扱えるのは君だけなのだから」
 ハンは断定的に言った。それは、ジャンを戦力として考えているのだ、とする有無を言わさぬ強固な意志を含んでいた。
「そっ……」
 そんな理不尽な事が……と言おうとしたのだが、ジャンは口に出して反抗したところで、大人達の理屈を曲げられるものではない、と感じたので、言えなかった。
 圧倒的な力を持ったZPlusを、圧倒的に葬ったのは、紛れもなく自分なのだ。
 それがコードや、メリィを守りたかった一心の行動の顕れだとは、信じて貰えない事柄だろう。そして、自分が『ニュータイプ』とやらに祭り上げられるのも明白だった。大人達は自分達が成し遂げられなかったものを、次の世代に押し付けるものなのだから。
<しかし、それがニュータイプだと言うのは余りにも安易過ぎはしないだろうか?>
 と、ジャンの感性は、押し付けを、誉れを、否定するのだ。
「悪いけど、司令さんよ。俺達はそんなつもりで彼奴らをやっつけたんじゃないんだぜ? 勝手に戦力と断定して貰っても困る」
 コードが困った顔のジャンを見かねて、助け船を出す。大人をねじ伏せるには大人の論理を駆使した方が早い、と思ったのだろう。
「しかし、コードさん。ジャン君は機密である新型ZPlusを操縦できた。実に不可思議な事ではありませんか?」
 軍機。それに抵触しているから貴男方は罪人の可能性がある、と言っている。だが、そんな脅しに乗るコードではない。
「馬鹿な事を言いなさんな。恩人に銃を向ける阿呆がどこの世界にいる? 帰るぞ、ジャン」
 司令の物言いに立腹したコードは、ジャンに言った。が、工場は潰されているだろうし、帰る場所のアテなどない。メリィの店を頼ってもいいのだが、それはコードのプライドに障る。
 ハンは背中を見せたジャンとコードに、顔中を赤くして、それこそ本当に銃で脅してでも帰さない姿勢を見せ、一歩前に進む。目の端でジャンとコードはその仕草を見ていて、『やはり軍人は役人だな』と嘆息していた。
「司令!」
 シーツリーがハンを睨む。ハンは一度、シーツリーの方を見、歯を食いしばり、元の穏やかな表情に戻る。
<おや?>
 とジャンは思う。先ほどの直感……変な話なのだが、ハンはシーツリーの傀儡なのではないか、と言う想像が、強ち間違いではないのでは? と思えた。コードも同じ思いを抱いたらしい。が、ジャンとコードの違う部分はここから、である。
「面白い。俺はつき合おう」
 と、コードが言ったのである。
「え?」
 既に帰るつもりになっていたジャンは、疑問符を投げた。コードは、どうやらシーツリーの背後にいる組織……恐らく組織だろう……に興味を持っているのだ。そして、それが反地球連邦であることも間違いない。
 ジャンは不安気に、笑みを浮かべるコードを見上げる。そして、ハッとなる。
<この人は死に場所を探しているのだ………>
 そう、コードは、機械いじりが好きな初老の男ではないのだ。彼の本質は戦士なのだ。だから戦いを求めている。退屈な日常に嫌悪している。
「だから、って………」
 死に急ぐ事はないじゃないか、とジャンはコードに言いたかったのだが、上手く口に出来ない。
「私からもお願いします」
 シーツリーが、実直な表情でコードに、ジャンに語りかける。
「当基地には、稼働できるモビルスーツがテスト用を含めて三機しかないのです……」
 その、同情を誘う物言いは、想像力の逞しいジャンに、基地周辺の住民の危機を想起させた。
「お願いします」
 ハンも、チラチラ、とシーツリーの方を見て、同じように同情を引く演技をしてみせた。元々、ジャンは同情を引くような事態に対して弱いのだ。
「は…はい…」
 と、ジャンが賛意を表すれば、シーツリーは正に花が開いたような笑顔を見せ、
「有り難うございます!」
 と、少年に謝意を示した。それは、とても滑稽な風景でありながら、シーツリー本来の笑顔に減殺されて、和やかな雰囲気に包まれた。
<不思議な人だ………>
 とジャンは、コードが感じているだろう、シーツリーへの興味を持つことになる。その興味を解消する事は、恐らくは危険と隣り合わせだろう、とも想像できる事なのだ。
「おい、若いの」
 コードがシーツリーに言う。
「何で連邦軍の基地が連邦軍に襲われるのか、説明して欲しいな」
 狙われる体制の本質とは何なのか。コードはそれを質問した。
 シーツリーはあの笑顔のまま、こう言った。
「説明すると、後戻りが出来ないかもしれませんよ」と。

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