機動戦士フェニックス・ガンダム

作:FUJI7

8 ベース・ナガノ

 テス・ティーは、官舎の自室で、端末を操作していた。前日の戦闘の疲労は抜けきっていないのだが、気になる事は調査しておきたいとするのが、テスの性分である。
「誰だったか………」
 人物の検索をしているのだが、顔のデータだけでは膨大な連邦軍人の中から特定できるものではない。
「階級は大尉だったが………」
 検索プログラムは、基地名からの検索を受け付けなかった。それ故難儀しているのだ。もう二時間もディスプレイに向かっていれば、頭も混沌としてくる。テスは端末のスイッチを切った。
 と同時に、呼び出しの電話が鳴る。
「テスだ」
 データベースに繋いでいたので、電話回線は使っていた。切った途端に電話が鳴れば、相手はテスが電話を切るのを待っていたのかも知れない、と想像できた。
「ん? 組上がったのか。わかった。そちらへ行く」
 電話は技術士官からだった。今日は非番ではあるが、テスは本来プサン基地司令に配属される身分である。毎日非番、と言えばそうだし、プサン攻略の指揮官だから休日も何もない、と言われればそうだ。別に呼び出しがあったから不快になる、という性質でもない。仕事は仕事として物事をドライに捉えられる。それが有能な士官なのだ、というのはテスの持論でもある。
 テスはシャワーを浴びた後に羽織っていたガウンを脱ぎ捨て、下着を身に着ける。決して豊かではない乳房だが、形には多少の自信がある。が、同年代の、いわゆる結婚の対象としての男性には魅力的に映らないだろう、とも自覚するのだ。
 詰まるところ、テスにとっての男性とは、『抑圧する対象』であって、それは恐怖の裏返し、とも言えるのだ。
 恐怖?
 それは何か?
 テスの少女時代のトラウマ。
 男性そのものへの嫌悪。
 そう、テス自身も、同年代の男性に興味がないのだ。だからと言って、テスがレズビアンだ、とするのは早計である。だとすれば、男性で言うロリータ・コンプレックスの女性版、でしかない。
 テスは軍服に身を包むと、クローゼットの中味を見て嘆息した。
<私服が少ないな………>
 貧弱なワードロープを嘆いたのではない。恋人とのデートに着ていくような、心浮き立つ服が一着もないのだ。それは心の貧しさを表していたし、何より肉体的に寂しかった。それはテスの女の部分であり、その部分を無くしたら、ついに自分は女として機能しないのではないか、とも危惧するのだ。
「コンマはいい坊やだった………」
 彼は男の体臭を纏っていた。しかし、彼とて抑圧する対象である。部下であればセクハラ紛いのセックスは強要できよう。そう感じるからこそ、最終的にテスの興味は薄れてしまうのだ。自分の女の部分だけで男をモノにしたい、と考えるのは独善なのか? とテスは自問する。
「いや、それは人間の本能として正しい………」
 ポマードで髪を固め、鏡の中のテスは不敵な笑いを取り戻す。部屋を出、鷹揚な足取りでエレカ置き場へと向かう。
「フェニックスが完成したのか………」
 高原の風を受け、テスは一人ほくそ笑んだ。
 あの坊や!
 エイト・ムラサメ!
 ムラサメ研究所、第八の被験者!
 それが海を隔てて、近い場所にいた!
 あの坊やこそ、思い通りにならない男! あの坊やは研究所の洗脳に打ち勝った、強い意志を持った男!
「賞賛に値する男だからこそ、手に入れたい……」
 それはテスの女の欲求である。そしてテスはモビルスーツ格納庫へと向かうのだ。
 格納庫の前に着くと、そこにはナナが軍服を着用して、不安そうな顔つきで待っていた。
「?」
 テスにはナナの不安気な顔の原因がわからなかった。敬礼を返すナナに、
「どうした?」
 と、愚鈍にも訊いてしまう。ナナの青い目の視線は、格納庫の中に注がれる。
「! ……フェニックスのサイコミュの波動か……?」
 コクリ、とナナは頷く。
「もう一人の私と……エイトがそこにいます……」
 ナナは、そう表現した。そう、格納庫にあるフェニックス、と名付けられた二つの機体に装備されたサイコミュには、二人の被験データがコピーされているのだ。波動、などと言う、得体の知れない物が発散されているコンピュータと、そのシステム………それを操る事ができるパイロットは、やはり精神の健常な者には感じられない、とも思える。
 しかし、その一方で、ムラサメ研究所始まって以来の完璧な強化人間、と言わしめたナナにこうも言われる機体と、このサイコミュならば、エイトを取り込めよう、とも思えるのだ………。
「エイトは……戻ってきます。この機体に乗って………」
 ナナはテスの気分を察したのか、確約をするように言った。
「うむ………」
 そしてテスは格納庫にある、二機のモビルスーツを見上げる。モビルスーツが六機は整備できる格納庫なのに、二機で一杯の状態である。それは過去のサイコ・ガンダムタイプの様に巨大なのではなく、横に長いせいで、だ。
「羽根………」
 テスはフェニックスの概要は聞いていたものの、ただ、サイコミュ、ミノフスキークラフト搭載機、としか聞いていなかった。
 フェニックスは、過去のガンダム・タイプと同様、人間のようなカメラ・アイを装備していた。また、ミノフスキークラフト機であるならば、当然大出力ジェネレーターを持っている筈で、その関係上、デップリと太ったシルエットになるのだが、フェニックスはどちらかと言うと華奢で、女性的に見えた。
 そして、なによりフェニックスを特徴付けているのは、背中に生えている『羽根』だった。無数に見えるスリットが羽根にあり、それがミノフスキークラフト用のユニットであると想像できた。
「まるで……イカロスだな………」
 テスの感想は、ギリシア神話の、あれである。確かに、人間が背負った羽根に見えない事もない。脆弱に感じるのも確かなのだ。ビームならまだしも、実体弾に対しての強度は不足しているようにも見える。
 一体全体、どこが『フェニックス』の由来なのか、訊いてみたくなる。視線を移すと、カラーリングの違う二号機が見えた。一号機は赤色基調、二号機は金色の、対ビームコーティング仕様だ。恐らくは一号機がナナの乗機となろう。赤と金色。それこそ、元々エゥーゴの代表の一人だったシャア・アズナブルのパーソナル・カラーでもある。
「旧カラバ共の粛正の為に、エゥーゴとシャアの名前を持ち出す、か………」
 その辺り、自分の上官、ひいては連邦軍高官の酷いセンスを嘲笑するしかないのだが、愚昧なセンスも、分かり易さの一点では成功するようにも感じる。実質、連邦軍に埋没してしまったエゥーゴを語り、シャアを語る事は、粛正する側なのだ、と知らしめる効果がある。
「その上でエイトが手に入れば、私も女になれるやも知れぬ………」
 テスの呟きは、殆ど願掛けにちかいものだった。

※本コンテンツは作者個人の私的な二次創作物であり、原著作者のいかなる著作物とも無関係です。