機動戦士フェニックス・ガンダム

作:FUJI7

6 ジャン対コンマ

「ペレイラもマッチもやられただと!」
 テスは瓦解した基地本部ビル前で激昂していた。腐ってもZ、ガンダムではないか! それがGM如きに、だと? とテスが訊こうとしたのを、拡声マイクの、くぐもった少女の声が遮った。
《中佐のモビルスーツが奪われたのです》
「なに?」
 テスは灰色の巨人……生き残ったZPlusに向かって再び疑問を投げる。F型ならばZPlus……A1−S型を撃破した戦果も納得できる。が、それは『操縦できて』と言う前提があっての話だ。一体、どこのどいつがあの新型を操縦できたのか、と訊いているのだ。
 少女はテスの意を汲んだ返答をする。
《恐らくは…………目撃もしましたし……》
 少女はそこで口ごもる。テスもその続きを察した。
「エイトか………」
 苦みばしった顔で、それでも状況に納得すると、テスは叫んだ。
「退却する!」
《………了解しました………》
 少女の声は落胆でもなく、平坦な声色で意を伝える。そしてZPlusを屈ませ、マニピュレータを地表に差し出す。ほんのりと温かい掌にテスが乗ったのを確認すると、コックピットの高さまで運ぶようにオートで指示し、その間に補助席を組む。マニピュレータが到着すると、コックピットハッチを開けた。
 すると、悪鬼のような表情のテスが、いた。
「退却が、不満なのか?」
 テスは少女に言う。
「いえ。今、この機体で戦っても、勝てる見込みは少ないでしょう。懸命な判断と思われます」
 少女はヘルメットのバイザーを上げ、ニコリともせずに、大人びた口調で答えた。青い目。顔にかかる金髪。ほっそりとしたシルエット。とてもモビルスーツのパイロットには見えない。少女はヘルメットを取り、
「どうぞ」
 と言ってテスに渡した。
「フン……」
 テスは当然だが、不機嫌である。
「ハンター部隊はどうなってる!」
「南西100キロ地点で待機中です」
「アウドムラ3にそのポイントを維持させろ。行けるな、ナナ?」
「はい」
 少女……ナナは頷き、基地から離脱するコースを取った。

* * * * * * * * * * * * * * * *

 一方のジャンは、背後のプレッシャーが希薄になっていくのを感じながら、反対に、大きくなっていく正面からのプレッシャーに向かっていた。軽く伝わる機体の振動が、プレッシャーを和らげもし、また、高めもした。
 先程のZPlusは、実は撃破しようと思えば出来たのだが、彼女………ジャンはそのZPlusのパイロットが誰なのか、を察知していた………と戦えば、一筋縄ではいかず、加えて今向かっているポイントから、高空射撃で援護され、結果として基地周辺の街も巻き添えにしてしまうだろう、との予測が立った為に、上空へと逃れたのだ。ジャンの中に、トリコロールの機動性と特性、即ち、高空からの落下速度を利用しないと巡航形態への変形バランスが保てないA1の系統とは違い、『普通に変形できる』特性を試してみたい、との欲求があったのも否定できないのだが。
 F型………トリコロールが如何に加速性に優れたモビルスーツであろうが、航空機そのものではない。もし、向かっている先にいるのが航空機であれば、勝ち目は薄い。が、ジャンはたとえ航空機でも撃墜する自信があった。但し、相手の生死を思う余裕はないが。ジャンがそれなりに余裕を持っていられるのは、相手はZPlusではないか、と予想していたからなのだが、そう予測する事は決して間違いではないし、そう思うのが普通だろう。しかし、現実に戦闘になってしまえば、迂闊な、独り善がりの推測は、死を近くするだけである。
 ジャンの浅薄な意識を、自分の経験から危険だ、と読み取ったコードは、ジャンに一言、
「三角形じゃねえのか?」
 と言った。
「?」
 あの、訳のわからないスタイルの新型………と、頭の中でイメージを求めるジャン。あのモビルスーツについての予備知識は、皆無だった。
 もしかすると、自分はとんでもなく迂闊な行動をしているのでは、と恐怖に似た自戒の念が襲う。
「!」
 あっ、とも呻いた様にも見えるジャン。モニターの端に、キラリと光る物体を目撃し、また、ジャンの感性がそれを『見た』のだった。
 ジャンの視点が一点に集まる。コードはジャンが『三角形』を発見したのだ、と察し、ジャン以上に緊張感を高めた。
 ジャンは球形スロットルレバーをクルッと回すと、一発、照準を合わせてライフルを撃つ。
 ライフルは機体右側についている。その為に少しだけ、右旋回をする格好になる。宇宙空間では空気抵抗が無いため、『ウェイブライダー』は有名無実なものになるのだが、射撃は、大気圏内では『乗っている衝撃波』に微妙な影響を与えるものらしい。
 照準の先では………三角形は………ライフルを回避していた。それはコードにも見えた。いわゆる、バーニアを噴かして姿勢制御、と言う、モビルスーツの機動の概念からはかけ離れた動作だ。フワリ、と、反発を利用して動いた、と表現すれば良いだろうか。実際、『三角形』はミノフスキー粒子同士をイオン化させ、その反発力を揚力の一部として利用しているのだから、強ち間違いではない。
 問題は、キッチリと照準を付けたにも拘わらず、ビームライフルを避けたことだ。ライフルの光弾は光の速度に等しい。つまり、事実上、避けるのは不可避なのだ。それをできた、と言うことは、照準を付けられた相手は、事前に狙撃を察知していたことになる。
 予知能力? いや、それこそが熟練パイロットというものだ。
「避けた!」
 それはそうだろう。テストパイロットとは、要は機体のポテンシャルを発揮できる人選なのだから。
 そして、三角形は先の射撃でトリコロールの位置を知ったのか、光弾を放ってきた。
「クッ………」
 回避。横G。コードが呻く。横Gは不規則なジグザグ運動を繰り返した為に、連続してコックピットを襲う。パイロットシートに座っているジャンはまだいいのだが、仮設シートに座っているコードにとってはたまらない。……筈なのだが、驚いたことにコードの肉体はGに耐えていた。
「………!」
 そう、コードの存在は決して『荷物』ではない。それを悟ったジャンは少しだけ、心に余裕ができる。
 しかし、三角形は殆ど直進に近い軌道でトリコロールに近づいてくる。
《乗っているのは、誰だ!》
 叫びながら。若い士官の声だった。元々、敵の機体なのだから、先のZPlusとの戦闘を見ていない限り、奪取されたと認定はできないらしい。が、ビームライフルを撃って来た辺り、判定要素が不十分故の確認ではなく、単に『不埒な輩だ!』とする怒りの声のようだった。
「誰だっていいだろう!」
 ジャンの神経に障る声色だったのかも知れない。ジャンは叫んだ。そしてライフルを乱射する。無思慮に撃ったのではない。一応狙いながら、だ。それが証拠に、二発が三角形に命中した。が、
「Iフィールド!」
 ビームは拡散してしまった。それもそうなのだ。ミノフスキークラフト機であるガルボ・エグゼは、全身をミノフスキー粒子に包まれていて、いわば、簡易Iフィールドを装備しているに等しいのだ。
「どうする………?」
 ジャンは自問する。それにコードが答える。
「実体弾しかねえ」
 しかし、それはモビルスーツ形態への変形を意味し、空中戦の機動性が著しく落ちる事を意味する。巡航形態の今でさえ、あの三角形には及ばないというのに!

* * * * * * * * * * * * * * * *

<テスが撃ってきたのか?>
 と、最初は思ったコンマだったが、彼女に憎まれる? それはない、と却下する。何故なら、テスはテストパイロットとしてプサン基地に自分を配備し、動静を見守りつつ、今回の作戦の補助を、『自発的に』コンマにさせよう、としていたのだから。未だ、自分は彼女にとって利用価値のある男だろう、と自負もするし、それに嫌悪を感じもするが、やがて恭順しなければ追い出されてしまうだろう、との予測も付く。
 では、誰がF型を操縦しているのか。それが味方ではないのはわかる。極めて正確に、ガルボ・エグゼを狙ってきた。この機体がミノフスキークラフト機でなかったら、とっくに撃墜されていただろう。
「少年の声だった?」
 バーニアで機動補助をして、コンマは雲の中に隠れようと直線的に動く。F型は追ってこない。
「手練れじゃないか………!」
 Z系の空中戦の弱さを知っている……というより、ガルボ・エグゼの機動性を見抜いて追ってこないのだ。
 コンマは急いで地上の様子を検索しなおす。高いスピードで動いている機体は、自機と、F型だけだ。
「後のZPlusはどうしたんだ!」
 確か、三機はいた筈である。それをあのF型が撃墜したというのか? 異常な戦果と少年兵。想起させるものは一つ、である。
「アムロ・レイ……」
 一年戦争の英雄は当時、年端もいかない少年兵だった。その事実が伝えるものは『ニュータイプ』の伝説である。先の第二次ネオジオン抗争で生死不明のアムロ・レイ。確かに、彼からは暖かい『気』の様なものが発散されていた。しかし、あれがニュータイプと呼ばれるものなのか? と言えば、コンマには確信が持てなかった。そう、コンマは一度だけだが、アムロ・レイに会っているのだ。だが、会った直後に、アムロ・レイはアクシズの閃光の中に消えた。彼は地球を救ったのだろうか? それはわからない。代わりにコンマの中に残ったものは、アムロ・レイを越えたパイロットになりたい、との一念だった。アクシズ残党狩りでは、それが上手く発揮され、アムロ・レイ亡き後のロンド・ベル隊では、エースと呼ばれてもおかしくない程のパイロットに成長した。
 つまり、コンマの中では、自分はアムロ・レイと同等の、いや、それ以上のパイロットだと判断されているのだ。と、なると、『本当の意味での伝説』となってしまったアムロに燃やすものは、相手のいないライバル心だけとなり、焦燥心が募り、失敗を繰り返した。それを心配した上官が地球へ配置換えをしてくれた……と言うのがコンマの経緯である。
 しかし、今現在自分を追っているF型のパイロットは、恐らく少年で、しかもモビルスーツを操縦している。これだけでも充分脅威であるのに、恐らくは『手練れ』に分類されるパイロットだ。
「アムロ・レイ………!」
 自分を追い込む姿が、アムロ・レイにダブって見えた。
「俺は……奴に勝ちたいんだ!」
 コンマはガルボ・エグゼを雲の中から出した。赤外線センサーで捉えていた、F型の背後に回ったのだ。
「貰った!」
 コンマはライフルを撃ち込む。数発。
 が、F型は一発目で『破裂』する。
「ダミー!」
 コンマは戦慄する! 破裂したダミーのあった空間を光弾が飛び交う! その、丁度真上から、四肢を広げ、ゆっくりと落下してくるF型が見える!
《落ちろ!》
 少年兵の声! トリコロールに塗装されたF型が、ハンドグレネードを撃つのが見えた。
「おおっ!」
 ミノフスキー粒子発生装置、即ち飛行する為の重要な部分である上部装甲を兼ねたウィングバインダーに被弾する。飛行形態のままではバランスが取れない。コンマはモビルスーツ形態への変形レバーを押し込む。補助バーニアを使ってバランスを取ろうとしての動作だった。
「クソォ!」
 白兵戦であっても、自由に空中を飛べるガルボ・エグゼの方が上手だろう、とコンマは変形の一瞬に考える。瞬間的に全周囲モニターがブラックアウトする。システムの入れ替えをしている為だ。
「あ………」
 しかし、モニターが回復した時、トリコロールの塗装が、目の前にあって、しかも、それは光る物を手にしていた。

 ビチビチ! と、何かが裂ける音が、振動と、『お肌の触れ合い回線』で使う集音マイクから伝わってくる。
「あ………」
<アムロ・レイに勝ちたいと願っていた日々はなんだったのだろうか。俺は最初から負ける運命だったのだろうか。何だ、お袋? どうしてそこにいる? あれ、これが『走馬燈』ってヤツなのか? 俺は、俺は死ぬのか………!>
 ガルボ・エグゼ一号機は、コックピット脇の、補助ジェネレーターに高熱の、ビームサーベルによる損傷を受け、小爆発をし、電気系統に支障が出、操縦不能に陥った。
 落下していく白銀の機体。それを見送るトリコロール。

* * * * * * * * * * * * * * * *

「死んだ、か?」
 コードはジャンに訊く。
「わかりません………」
 ジャンは彼、コンマの心の叫びは聞いたような気がした。だが、死の瞬間までは確認できなかったのだ。
「あの人、アムロ・レイに敵愾心を持って………」
「連邦軍人の半分はそう思ってるだろうな………」
 コードは呟く。
「推進材が切れかかってるんじゃねえか……?」
 コードの指摘に、
「ええ、まあ、はい。地上に戻ります………」
 落下速度を利用しつつ、トリコロールは巡航形態に変形をした。
<これから、どうなるんだろうか>
 ジャンは、自分がモビルスーツを操縦した事が、衝動的だったとはいえ、逃げていた現実に、自分から向かってしまった事を、後悔していた。元はと言えば、コードや、基地周辺の人達………と言ってもメリィだけしか直接には知らなかったが………を守りたい、との気持ちがさせたことだ。
 軽く後を振り向くと、コードはゴキゲンな表情をしている。ジャンはコードほど、『この後の事』を楽観できなかった。
「おい、ジャン、やるじゃねえか! なあ、おい!」
 困ったようにはにかむジャン。
<そうだ、そうなんだ。ボクは………>
 ジャンの自虐の念を伴って、トリコロールは破損した滑走路を避けて、直前でモビルスーツに変形し、基地本部ビル前に、着地する。
「さあ、降りようぜ!」
 コードは呑気に言い、ジャンは陰気に頷いた。

其の壱 終わり

其の弐 予告

 プサン基地を再襲撃しようとするテス。ナナのジャンへの想い。
 ジャンの正体とは?
 徐々に明らかになる反乱の全貌とは?
 次回、機動戦士フェニックスガンダム『其の弐』ミテクダサイ!

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