機動戦士フェニックス・ガンダム

作:FUJI7

5 奪取

「こりゃ酷い。なんだい、連中は旧型に恨みでもあるのか?」
 コードはズタボロになって頓挫しているプサン基地所属のGMを見て嘆息した。
 格納庫に行ってみるか、とコードはジャンに言い、エレカを回す。断続的に爆発音。また、GMがやられたのだろう。
「来る!」
 ジャンが叫んだ。何が来るのか、は言わずもがな、『灰色の巨人』に決まっている。
 早く、早く格納庫に! しかし、格納庫は何処にある? 辺鄙な基地とは言え、軍事施設は広大だ。何回か来たことのあるコードでさえ、どこに何があるのか、わからないのだ。
「あっ!」
 コードは、滑走路を見付けると、そこに巡航形態のまま置かれているトリコロールの機体を見付けた。テスが搭乗していたZPlusである。
「Zか!」
 コードの言葉には、Z系の操縦は非常に複雑、困難で、果たして自分が操縦できるのか、と言う不安が入っていた。しかも、追われているこの状態では、普遍的なシステム、GM系の方が操縦への不安は少ない。しかし、GMでは如何に善戦しても、ZPlusが相手では勝ち目は薄い。どっちもどっち、だ。
「行って下さい!」
 ジャンだ。まさか、とは思ったが、コードは確信を持った。ジャンはZPlusを操縦した事があるのだ、と。上手くZPlusに取り付き、動かせれば、生還への一縷の望みが見えてくる。コードは『トリコロール』に向かって一直線にエレカを飛ばす。それはまるで、ゴール寸前のマラソンランナーが、最期のエネルギーを振り絞り、走り抜ける様に似ていた。
 平時ならば衛兵がいるはずなのだが、今は戦闘中と言うこともあって、兵隊の姿はない。と言うことは、この滑走路に置いてあるトリコロールは基地の人間が守るものではない、と判断できる。しかもこれだけ目立つ機体を、あのZPlusが攻撃目標にしていない。と言うことは、この機体は、ZPlusと同じ側だとわかる。が、今はそれは大事ではない。あの凶暴なZPlusと対抗できる機体がここにあり、それを奪取できる状況にある、と言う事実の方が大切なのだ。
 エレカがトリコロールの機首部分に到達すると、二人は飛び降りる。タラップを駆け上がり、ジャンは閉じてあるコックピット・ハッチ脇の、キーボードボックスを開け、中にあるキーボードからパスワードを入力している。
「チッ!」
 ジャンが舌打ちする。連邦軍の共用パスワードで開かなかったのだ。これは特殊な機体を意味する。指揮官用、若しくは司令用………。
 コードもその意味はわかっていた。が、ジャンプを繰り返し、ヤツが迫ってくる。機体ナンバーを見ると、先程、コード達を狙ったZPlusではなかったが、やはり同じように狙ってくる意思が見えた。トリコロールを奪おうとする不埒な奴等、と認識したのだろう。
「早くしろ!」
 コードは叫んだ。と同時に、パスワードが解け、コックピットハッチが開いた。ジャンは中に飛び込み、続いてコードも入る。
「閉めます!」
 言うが早いか、ハッチを閉める。ジャンは尋常ではない早さでパネル・アクションを始める。コードは目を見張った。コイツは、ジャンは一体、何者なのだ? と。
 しかし、驚愕している暇もない。パネルアクションが終われば、ジャンはすぐさま機体を動かすだろう。その時にコックピットで立っているのは危険だ。コードはジャンが座っているシートの背後を探る。
 補助シートが、あった。
 急いでシートを展開し、固定する。それに座り、シートベルトを締める。過大なGが掛かった時にはかなり怪しい強度かもしれない。が、全周囲ディスプレーに叩き付けられるよりはマシだ。
「いいぞ! そっちは!」
「…! いきます!」
 ジャンはコードのアクションを待っていたのだ。もう、ZPlusが狙っているかもしれない、この状況で!
 案の定、ZPlusはトリコロールが奪取されたことに気付き、聞こえ難い無線通信を送ってきた。
《乗っ…いるのは誰だ! テス中佐でなければ、直…ぐさま降りろ! でなければ破…壊する!》
 中年の声だった。それなりのベテランパイロットだろう。だが、無線を送り、警告した、と言うのは手順としては正解だが、この時は間違いだった。ジャンに時を与えただけだった。
 バシュ! と脚部バーニアに推力を掛ける。
《!》
 ZPlusのパイロットの、驚きが伝わる。
 ゴッ!
 トリコロールは前触れもなく滑走路を前進した。
「うわっ!」
 コードは、そのGに顔を歪ませる。ヘルメットも耐Gスーツも着用しないでTMSに乗るのはかなり危険なのだが、そうも言っていられない。
 トリコロールが加速し、浮力を得たところで、ジャンは機体を失速しない程度に上昇させ、姿勢を捻り、変形レバーを押し込んだ。
「うわっ!」
 再びコードが呻き声を上げる。予想していない方向からのGが複雑にかかり、脳が飛んでいくような感覚。ジャンは、というと、平然と操縦を続けているようだ。機体の安定がそれを物語る。それにしてもこの変形時の『固い』感覚は、まだマグネット・コーティングが馴染んでいない事を示している。ロールアウト後、間もない機体だと感じさせる。そういえば、ジャンが新型ですよ、と言っていたのをコードは思い出す。そうか、この機体が、さっきの機体か、と瞬間的に納得する。
 完全に人型となったトリコロールは、背中のバインダーからビームライフルを引き抜いた。
<手慣れてやがる!>
 コードは感嘆した。もう、ジャンに関しては驚きはなかった。素直に、誉めたい気分でもある。が、それは大体察していた、ジャンの正体に確信をもったからでもあった。
 トリコロールの機動に面食らった、かのZPlusのパイロットは、瞬時に危険を察知した。が、ジャンはその回避運動を予測していた。

バッ!

 とライフルを一射。片足を打ち抜かれ、倒れ込むZPlus。ジェネレーターを打ち抜かれ、地上では既に、機動性をもがれたに等しい。ジャンは倒れたZPlusに、もう一射、これで両足を欠落させた。これではライフルもビームサーベルも使えず、砲座以下の存在になり、パイロットは黙って機体を捨て、投降せざるを得ない。
 ジャンは一度バーニアを噴かし、横に寝ているZPlusの、背後に回った。近距離でのバルカン砲の砲撃に備えての動作だが、実に慎重で、実戦を行った事のある者の所為だった。ジャンはZPlusの背後ラックに装着してある、ビームライフルの予備エネルギーパックを奪い、それをトリコロールのラックに装着した。トリコロールには予備がなかった為だ。
「あと、何機いるんだ?」
 コードはジャンに訊ねる。
「わかりません………二機、か、三機……」
 そう、正確には二機なのだ。目撃したZPlusは全部で三機なのだし、そのうちの一機は今、撃墜した。が、本当にそれだけの数で攻めてきたのか、は不明だったし、何よりも、頭上に、ジャンはプレッシャーを感じていたのだ。
「!」
 閃光! ジャンはトリコロールの四肢を動かし、急激な回避。
「チッ」
 舌打ちをしながら、閃光を発した主を……策敵する。ビーム径の大きさからして、大型のジェネレーターを装備したモビルスーツ………恐らくGMタイプではない………だろう、と想像した。そうなると選択肢はZPlusだけが残る。
 瞬時にその判断を行うと、ジャンは先程エネルギーパックを奪取したこともあって、牽制射撃を惜しみなく行う。その間にも、トリコロールの大推力を利用して接近を試みる。
ビッ!

 再び閃光! だが、その着弾地点は大きく外れていた。トリコロールの機動性を頭に入れていなかったのだろう。流石に三撃目は修正した攻撃を受ける。この時代のZ系のパイロットは、エリートに属する。最低でも実戦経験者が、『その適性あり』と判断されたからこそ、Z系の困難な耐G訓練、複雑な機構についての学習を経て、貴重な機体を任されているのだ。そう、普遍的なZPlusのパイロットは、普遍的に手練なのだ。
「ムン!」
 やや強引に、それでもジグザグに、ジャンは機体をZPlusに向かって接近させていく。成る可く遠距離射撃でカタを付けようとする連邦系パイロットにはない動きだった。連邦系でない? となればジオンでしかない。
《ウォォォォ!》
 向かっていくZPlusのパイロットの咆哮の声だろうか、トリコロールが接近するに連れて無線の感度が上がっていく。
 ジャンはトリコロールの腰のラックからビームサーベルを取り出す操作を行う。同時にZPlusに接触。

 ガッキーン!
 装甲が擦れ合う金属音。コンピューターが作り出した疑似音声だ。それは驚くほどの臨場感を持ち、パイロットの感性を助長する。接触した反動で二つの機体が反発する。離れ際、ジャンはサーベルを振るった。

 ジュワッ!
 これは疑似音声ではない。装甲が溶ける音を、外部集音マイクが拾った音。成る程鉄が溶ける音とは、この様な音なのだろう。
 トリコロールの握ったサーベルは、ZPlusの左脇から反対側の肩に掛けて、大した抵抗の感触もなく抜けていった。上半身というものがなくなったZPlusは、ヨレヨレと倒れ、破断面から小さな爆発をすると、動かなくなった。
「ウッ……!」
 ジャンは軽く頭を抱えた。
「どうした……?」
 コードはジャンに呼び掛けるが、ジャンは応えない。ただ、独り言を呻くだけだ。
「強すぎるから……強いから悪いんだ………」
 コードはその独り言を聞いて、『残留思念』なる、ニュータイプ特有の共振現象を思い出していた。ジャンはナイーブなのだ。それはコードが良く知っている。果たして、ジャンの精神が『人殺し』と言う現実に耐えられるものなのか? そう、目の前に転がっているZPlusのパイロットは、先の小爆発で死んだのだ。
 モビルスーツ同士の戦闘が、如何に鉄の衣を被った、人間が直接見えないものであったとしても、ジャンの感覚は、『見えない部分』を知覚させ、それを余りある現実感へと誘う。このままではジャンは自分の殻に閉じこめられてしまう。逃げ場の無い精神は内へ篭もるしか、ないのだ。
「しっかりしろ! ジャン! 敵が攻めてくるぞ!」
 コードは叫ぶ。実はそれはコードの、『可愛い嘘』なのだが、現実にトリコロールにビームライフルの照準を合わせていたモビルスーツがあった。
「!」
 その殺意と、コードのジャンへの思いが、ジャンを現実へと引き戻した。そう、今、自分が乗っている機体には、コードも乗っている事を思いだし、彼を死なせてはならない、と感じたのだ。恩義、と言い換えてもいい。だから、今、自分が戦いを放棄することはジャンにとって、コードへの裏切りになる、と気付いたのである。
 ジャンはトリコロールを右へ急旋回させた。と同時に地面へビームが着弾。
「ヤツだ!」
 ジャンは叫ぶ。コードにも、『ヤツ』が誰なのか、わかった。先程の、エレカを追い回したZPlusのパイロット。アレが本命か。ジャンの顔つき……実際には背中を向いているので想像でしかないが……が硬直したのがわかった。
 トリコロールは、一回左側に飛び、その反転した勢いを借りて、ロングジャンプ。
「ムゥ……!」
 コードの顔があらぬ方向に歪む。そして……驚いた事に、トリコロールは巡航形態(ウェイブライダー)に変形を始めたのだ。複雑なGの掛かり具合で、コードはトリコロールが変形を始めたのを察知したのだが、これまでの常識では、『大気圏内専用モビルスーツはモビルスーツ形態からは容易に巡航形態に変形できない』と言われている筈なのに、この、トリコロールは、あっさりとそれをやってのけたのだ。
 いや、まてよ、アッシマータイプがあったか、とコードが考えているのもつかの間、フワッと空気に乗る感触が感じられると、Gの方向が一定になり、正面から顔が潰されるような、『重さ』を感じることになる。
 後方からは如何にも威嚇射撃らしきメクラ撃ちのビーム。ジャンはさらに加速する。何を、どうしようと言うのか。
 トリコロールは、太陽光線に映えて、くすんだ色のZPlusとは違い、白銀の輝きを見せて、大空へと羽ばたいた。

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