機動戦士フェニックス・ガンダム

作:FUJI7

4 ガルボ・エグゼ

 コンマ・ドリア大尉は、基地中に溢れる警報にウンザリしながらも、テスト中のガルボ・エグゼ一号機がアイドリング状態にあるのを確認して、
「出るぞ!」
 と、コックピットに向かうクレーンに飛び乗った。
 クレーンが緩やかに上昇する間に、整備員が叫んだ。
「コンマ大尉! 基地司令が……」
「何だと言うのだ!」
 コンマはコックピットに入りながら、無線に切り替わった整備員の声を聞いた。
「出ろと言ったり、出るなと言ったりしています」
「何だ、そりゃ?」
 コンマは怪訝そうに訊き返す。そして合点する。
「どっちの基地司令が、だ?」
 今、この基地には二人の基地司令がいるのだ。もっとも、新任のテス中佐は本辞令ではなく、『本当の』権限は前任に当たるハンが持っていたのだが。
 テスが言った通り、コンマは密命を帯びてプサンでテストをしていた。それもこれも、テスの異動が決まってからである。その密命とは、
「反乱分子の一掃を図る………か」
 と、コンマが呟いた通りなのだ。テスから聞いていたのはその一言だけであり、内部から撹乱せよ、等の命令は受けていない。あくまで自己判断に委ねる、とのことらしい。しかし、これは綺麗な命令ではない。どちらが『反乱分子』なのか、と言えば、本来の上司であるテスに逆らえる訳もない。如何に心情的に彼女のやり口が気に入らないとしても、だ。
「軽々しく人殺しを命じられる人間にロクな人物はいない……」
 コンマは呟き、テスがいずれは政治家に転身しようとしている事も相まって、連邦の限界を悲観する。所詮はそれが『民主政治』だ、と言われてしまえば、連邦どころか人間の限界も感じるのがコンマである。
「パイロット如きに善悪の判断を任せるとはな……」
 これは踏み絵だ、とコンマは舌打ちする。自分がテスに反感を持っている事を、彼女は知っているのだ。だから、自分の意志でテスに従った、とする『事実』を作りたいのだ。その為の試金石であり、懐柔する手段である。
「出るぞ!」
 コンマはとにかくガルボ・エグゼを動かす事に決めた。動かない事は『反乱軍』に迎合する事だし、動いてしまえば敵味方の区別、ましてや攻撃の有無など確認できまい、との判断からだ。
 出来れば、基地の人間を撃ちたくない。それが本音だ。
 コックピットハッチを閉め、右のレバーを軽く押し込む。フットペダルをチョン、と踏む。ガルボ・エグゼ一号機は、右足から、静かに歩き出す。軽い振動がコックピットに伝わる。ハッチが閉まり、前面のディスプレイがカメラ映像を映し出す。コンマはミノフスキーフライトのスイッチを入れる。前面ディスプレイがミノフスキー粒子が散布されている事を告げ、それに連動して一瞬、映像が乱れる。
「よし……」
 と機体が万全な事には満足したが、コンマの腹は、未だ決まっていなかった。テストの為にこの基地に着任して以来、満足な会話はないが、基地の人間の大らかさには良い意味で愛着もある。が、迂闊にテスに反発することは『反乱分子』のレッテルを貼られてしまう。
 迷っていた。
 が、迷いの溶けぬまま、エンジンが臨界に達した事を告げられ、ミノフスキーフライトが使用可になったサインが出る。
 行くしかない。
 ガルボ・エグゼは前進し、格納庫から姿を現す。実戦時には、いつもそうしているように、ディスプレイを熱反応に切り換える。常にミノフスキー粒子の影響に晒されるこの機体では、電波発信のビーコンは役立たずだし、識別信号も同様だ。と考えると、ガルボ・エグゼを含むミノフスキーフライト機は、同型機のみの編成しか受け付けないのだ。混戦が一番の苦手、と言うことになる。
 赤外線サーチをする。と、これで何とか、敵味方の区別がつく。が、当然ながらどちらもグリーン、即ち『味方』だった。
 仕方なく暫く目で光点を追う。圧倒的なスピードで動き回っているのが『鎮圧側』だろう。対して消えていくのが『反乱側』だろう。それはわかる。
 しかし、格納庫前で止まっているのも危険だ。コンマはバーニアを全開にして、脚部を沈み込ませると、大きくジャンプした。第二次ネオ・ジオン抗争で六機のギラ・ドーガを撃墜したエースパイロットでもあるコンマだが、圧倒的なGに、小さく呻いた。血が足元に下がるのがわかる。高度計を見る。五〇〇〇メートル。コンマは変形レバーを押し込む。
 ガルボ・エグゼの背中にあるバックパック、ミノフスキーフライト装置が中央から二つに割れる。折り畳まれていた部分が展開し、面積が広がる。脚部が収縮し、バーニアを集中させる。この間も推力は与えていなければならない。コンマはパッ、パッ、と二度、軽くバーニアを噴かせる。バックパックはプロトZと同じように、九〇度折れたあと、前後に回転する。違うのは、プロトの場合だとバックパック(バインダー)が下部に回るのに対し、ガルボ・エグゼのバックパックはここで上下に膨らんだ後、本体を包む形に一つになる。つまり、三角錐になる訳だ。脚部がチョン、と出てはいるが、上下を潰した形の、見事なまでの変わりようである。ミノフスキー粒子を推力として得る為に、発生装置を後部に集めた結果の形態だ。勿論、これは人型形態でも飛行可能だったが、より完璧で安定できる飛行物体となる為に、必要な変形だった。飛行形態の時は、予め、人型の時には背中になる下部のラッチに、ビームライフルをマウントしておく。テスト用の出力を弱めたものだが、GM程度の装甲なら容易に貫通もしよう。
 GM程度の装甲? コンマは知っている。どちらと戦わなければならないのか、を。
 コンマは機体を上昇させ、一発、上空に向かってライフルを試射した。異状がないのを確認すると、そのまま、上昇を止め、機体を上に立てたまま、ホバリングさせた。再びモニタをチェックする。
 基地のGM、ジェガン部隊は粗方やられてしまったようだ。
「さて、どうする?」
 コンマは、自分に訊いた。

※本コンテンツは作者個人の私的な二次創作物であり、原著作者のいかなる著作物とも無関係です。