ゼロの軌跡

作:澄川 櫂

16.惨劇のソロモン海

「敵艦隊、間もなく射程圏内に入ります」
「連邦艦隊の動きは?」
「特にありません」
「ふん……。やはり日和見か」
 コンペイトウ艦隊の動向を尋ねたステファンは、部下の報告に特に表情を変えることなく言った。それでも、言葉の端に滲む微妙なトーンまでは隠せない。嘲りとも落胆ともつかない、複雑な声。
「……苦しい戦いになるな」
「キャプテン、目標捕捉!」
「よーし! 各艦に通達、砲撃開始!」
 ステファンの号令一下、横一列に並んだ第三艦隊から、多数の光点が漆黒の宇宙に向かって放たれた。長距離ビームと長距離ミサイルによる一斉射撃である。
 それと前後するように、シェフィールドを旗艦とするティターンズ残党艦隊の周辺には、色鮮やかな光の華が無数に咲き乱れていた。艦を発ち、真っ直ぐに突っ込んだゼロを始めとする可変モビルスーツ隊が、抜けざまにミサイルを叩き込んだのだ。
 迎撃からすぐさま追撃へと移るティターンズのモビルスーツ部隊。直後、第三艦隊の放った砲撃が、背後からシャワーの如く降り注ぐ。
 ゼロ、メタス、ガザCが散開すると同時の出来事である。当然、射線上にいた機体にそれを避ける術はなく、難を逃れた機体も、次々と墜ちて行く友軍の姿に浮き足だった。
 先に二手に分かれて出撃していたデュランら別動隊が、すかさず左右から挟撃する。もちろん、その間にも第三艦隊の砲撃は続いている。ワーノック艦隊の防衛網は、あっけなく崩れ去った。
「各個に撃破しつつ、艦艇を狙え!」
 自らサラミスを沈めざま命じるデュラン。だが、心の内では別のことを考えていた。
(……おかしい)
 ワーノック艦隊の防衛網のことである。どうも薄すぎるように思えるのだ。
(奴は……どこだ?)
 デュランは敵の主力、特に黒いヘルハウンドの姿を探した。あれほどの猛者がいながら、こうも易々と艦を沈めさせるとは……。
「まさか、入れ替わりに艦隊を?」
 一瞬、訝しがるデュランだったが、すぐに我に返った。二機のハンブラビが、彼の行く手を阻んだからだ。
「隠れていただけかっ!」
「奴が指揮官機!」
「落としてくれる」
 ダンケル・クーパ中尉とエリック・ダン少尉のエイ型マシーンが、アーマー形態のまま、デュラン機めがけて突っ込んでくる。その猛攻をかろうじてかわしたデュランは、振り向きざまに反撃を加えつつ、先程の違和感を忘れた。
 だが、惨劇は思わぬ所から襲いかかったのである。
「右舷上方より高熱源体!」
「なにっ!?」
 カージガンのブリッジでステファンが腰を浮かした直後、僚艦ブリストルを一条の光が貫く。一拍おいて、その内側より膨れ上がる核の華。第三艦隊が瞬時に白く染まった。
『うわぁっ!!』
「——なんだ!?」
 艦を貫く激しい振動に耐えながら、呻くステファン。
「所属不明機一!」
「機種は?」
「該当無ありません!」
「なっ……」
「第二射、来ます!」
 オペレーターの声が響く間もなく、新たな光線が、モレーの前甲板を突き抜ける。そしてステファンは、防衛網を突っ切る黄色いモビルスーツの影を見た。
「ジ・!?」
 その大型モビル・スーツの姿を、一瞬ではあったが確かに捉えたステファンは、グリプス紛争末期にゼータガンダムと死闘を繰り広げた機体を連想した。それはあながち間違いではない。
 RMS-124、フェンリル。天才パプティマス・シロッコが完成させた重モビルスーツ、ジ・オを参考に、コンペイトウ工廠が開発した拠点防衛用の機体である。
 長大な得物を携え、より攻撃的で威圧的なフォルムを与えられたフェンリルであったが、遠目に受ける印象はジ・オのそれを受け継いでいる。胴体に比して小振りな頭部で、一つ眼モノアイが淡く輝く。
「残念だったな」
 炎上するモレーに脇目もくれず、フェンリルのコクピットに座るエドガー・キボンズは笑った。
「このフェンリルが我々の手に渡ったのが運の尽き……。潔く滅びるがいい、新政府最強のエゥーゴ艦隊!」
 再び艦隊に向き直ったキボンズが吠える。フェンリルの腰から延びたバスターランチャーが、禍々しいビームの束を解き放った。
 最右翼に位置するクライドのエンジンを、大口径ビームが容赦なく舐め尽くす。全長198メートルの巨体が、直援のネモもろとも瞬時に眩い光と化した。
「野郎っ!」
 次なる獲物を探すフェンリルに、ネモの一隊が斬りかかった。先に直撃を受け、炎上するモレー所属の部隊である。
 圧倒的な威力を誇るバスターランチャーだが、その大きさ故、取り回しに難があった。グリップを握るフェンリルの右腕は銃床に半ば固定されており、左手もまた、長い銃身を支えることを余儀なくされている。運動性能で見ればデッド・ウェイトでしかない。
 それと知ったネモ小隊は、数を頼みに白兵戦を挑んだ。一対三、しかも相手は小回りの利かない機体。囲んでしまえば勝機はある。
 だが、彼らはフェンリルの背中に装備されたポッドに、もっと気を配るべきであった。たとえ復讐に燃えていたとしても。
「なにっ!」
 あらぬ方向からビームの雨にさらされて、その小隊を預かるパイロットは己の目を疑った。後に続く二人の部下が同時に墜とされたのだ。
「ど、どこから」
 慌てて辺りを見回す彼は、ほどなく答えを目撃する。宙を漂う一対の腕。フェンリル本体とワイヤーで結ばれたそれが、三本指を彼に向けていた。指先に灯るビームの光。
「オール・レンジ攻撃!?」
 それが彼の最後の言葉となった。
「圧倒的じゃないか!」
 勝ち誇るキボンズ。その背後では、炎を上げながらもなんとか持ち堪えていたモレーが、力尽きたように爆散を始めていた。残るはあと三隻。
「——そろそろメインをいただくとしよう」
 フェンリルのモノアイがカージガンを捉える。
「これ以上、奴に撃たせるな!」
 バーンズ少尉以下、ありったけの銃砲火を浴びせる艦隊守備隊。
「小賢しいっ!」
 キボンズはそれらネモ、ガザCの部隊に対し、バスターランチャーを拡散モードで掃射した。グリーン、そしてピンクの機体が、幾重にも眩い火球を作る。
『うわぁぁぁっ!!』
「トニーっ!」
 必死にかわすフィルの隣でも、トニー・ヘルマーが若い命を散らしていた。ふと辺りを見回せば、つい今し方までモビルスーツであったものの残骸が、フィル機を包み込むようにして、無数に浮かんでいる。その光景に茫然自失に陥るフィル。それでも彼が仲間達と同じ運命を辿らなかったのは、幸いと言うべきだろう。
 ——事態を察知したゼロが戻ってきたのである。

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