ゼロの軌跡

作:澄川 櫂

9.迎撃戦

 カージガンの艦内に、警戒を促す警報音がけたたましく鳴り響いた。暗礁宙域を抜けきるには、まだ二十分近くも余裕がある。
「どうした!」
「敵艦隊らしき光をキャッチ!」
「干渉逆探、この影は間違いなく戦闘艦です」
「チッ! もう出てやがったのか。全艦、第一戦闘配置だ! モビル・スーツ隊はどうなっている!?」
「メタス隊、発進します。後続は、ボティ中尉のリック・ディアス!」
 言う間に射出の振動がブリッジを伝う。
「大尉の機体とゼロは?」
「五分の補給遅れ!」
「急がせろ!」
 怒鳴りながら、ステファンは自分の愚かさを呪った。
 探査機能が著しく低下する暗礁宙域内での待ち伏せは、それをする側にとっても危険だが、あり得る話である。が、敵兵力と連邦艦隊の絡みから、彼はその可能性を低く見積もってしまったのだ。権威主義的なティターンズ残党がゲリラ戦に近いような行動をとるとは思えない、という先入観もあった。
 しかし今、彼がもっとも可能性が低いと結論付けてしまった戦法で、ワーノック軍は第三艦隊の前に現れたのである。
「……消耗戦になるな」
 ゴミの多い場所では、おのずと近接戦に雪崩れ込んでしまう。ステファンは唇を噛んだ。

 カージガンのモビルスーツデッキでは、イ・フェチャンの罵声が轟いていた。
 慢性的な人手不足に悩まされるエゥーゴでは、一人で何役もこなすのが当たり前である。当然、メカマンとて例外ではなく、誘導員や砲座手としての仕事も課されていた。モビルスーツの出撃時に砲座へ着くことはさすがに無いが、モビルスーツに推進材を補充しながらのスクランブルは、それこそ戦場さながらの慌ただしさである。
 各々の乗機へと向かうパイロット達もまた、同様であった。チューブ入りドリンクを飲みながら走る者。食べかけのハンバーガーをメカマンに渡してハッチを閉じる者。休憩時の来襲を如実に物語る光景が展開されている。
 その中にあって、デュランは一人、冷静に紅茶を口に含ませていた。どんなに頑張ろうが、あと三、四分は出撃できないからである。そして、なにやら考え込んでいるようであった。
「……いや、この遅れはかえって良かったかもしれん」
 ふと小さく漏らすと、デュランはダストシューにチューブを放り込み、デッキを蹴ってディアスに流れた。コックピットハッチに張り付いていた若いメカマンが、「補充、完了しました!」と離れていく。
 彼はそれに片手を挙げて応えると、シートに座りブリッジとの回線を開いた。
 途端、
『後方にモビルスーツ!』
 緊迫した声が、艦内中に響き渡る。
「数は?」
 計器をチェックしながら、すかさず尋ねるデュラン。
『あ、大尉! 敵は六機……いえっ、十機です!』
「十機か。艦隊を沈めるつもりだな」
『アルバート、どうやらつまらん手に引っかかっちまったようだ』
「今さら後悔しても仕方ないだろう? 先発隊を引き上げさせてくれ」
『やっている。頼んだぞ』
「ああ」
 そのやりとりの間に、彼のグレーのディアスはカタパルト上に引き出されていた。反対側にはリサのゼロが、同様に発射位置まで運ばれてくる。
 その頃になって、頭上から銃火の雨が降り注いだ。ティターンズのモビルスーツ部隊によるものだ。何発かがカタパルトをかすめ、カージガンの船体が小刻みに揺れた。
「カタパルトを使うのは無理か……」
 右手で小さな炎を上げるサラミス改を見ながら呟くと、
「リサ、ついてこれるな? 頭上の連中を叩く」
『了解!』
 カタパルトを解除し、バーニアを噴かして垂直に飛び出すディアス。ビームが至近距離をかすめて行くが、それに顔色を変えることなく、デュランは狙いを定めた。ディアスがライフルを一射する。敵部隊は散開しつつ、彼に向かって火線を開いた。
「フッ……生意気な」
 それを鼻で笑いながら、デュランがトリガーを二度押す。三機編隊の真ん中に位置するバーザムが、瞬く間に足と胸を貫かれて火球を作った。
 残る二機の間を突き抜けるディアス。抜かれたバーザムがそれを狙うが、後方から伸びた二本のビームに再び離れる。そして、そのビーム跡を追うように、一機の戦闘機が駆けた。ゼロである。
 ゼータガンダムの後継機として設計されたゼロは、当然のことながら変形機構を有している。しかし、その飛行形態は逆V字型のプロト・Plus系とは異なり、全体としてスーツキャリアに似た長方形であった。もっとも、機首はそれよりも長く、下面にあるのは折り畳まれた足なのだが。
 やや後方にスライドした大型バックパックからは、大口径のビームカノンが二門、まっすぐ前に突き出している。これは見た目以上に稼働範囲が広く、モビルスーツ形態時においてもキャノン砲的な使用が可能であった。
 そのコックピットでは、
「大尉を見失わないように。大尉を見失わないように」
 呪文のように呟きながら、リサが必死の思いで操縦桿を握っていた。既に全身、汗でびっしょりだが、それに気付く暇すらない。
 ゼロを自分の手足のごとく操れるリサだが、実戦はこれが初めてである。ともすれば気を失いかねないほどの緊張と、彼女は戦わねばならなかった。
 もっとも、デュランからは決して無理をしないよう、言い含められていた。とにかく戦場を無事に切り抜けることができれば、それで良いのである。そして彼女にとって、一番安全と思えるコースは、デュランの通ったルートであった。
 ディアスの行く手を阻むバーザムが、再び眩い火球と化した。と、そのタイミングを見計らったかのように、横合いから二条のビームが伸びる。
 ゼロのセンサーがディアスに迫る機体をいち早く捉えた。エイに似た形のモビルアーマーだ。
「ハンブラビ!? 大尉!」
 そうと知ったリサは、思わず叫んでいた。
 可変型モビルスーツであるハンブラビは、数々の特殊装備もさることながら、その足の速さでエゥーゴ将兵に恐れられていた。スペック上ではあのゼータガンダムをも上回るのである。
 グリプス紛争時に比べて性能が向上しているとは言え、オーソドックスなディアスで太刀打ちできるのだろうか?
 だが、リサの心配は杞憂であった。デュランのディアスは小刻みに進路をずらしてビームをかわすと、逆に回り込んで一撃を加えたのである。ディアスの放ったビームがハンブラビの右翼先端をえぐり取った。
「さすが大尉……」
 後続をビームで牽制しつつ、リサはデュランの技量に感動した。そして、安心感すら覚えるのである。デュランの駆るグレーのディアスがとても大きく見えた。
 が、そのデュランは、ハンブラビを冷静にあしらっていたのとは裏腹に、内心では焦っていた。
(……奴はどこだ?)
 ルナツーで彼を苦しめた黒いモビルスーツ、ヘルハウンドの姿が見あたらないのである。
 もちろん、ヘルハウンドがこの宙域にいるとは限らない。しかし、彼はそのヘルハウンドが出ていると確信していた。あれだけの手練れが、エゥーゴを前に指をくわえているとは思えないのである。
(奴ならば間違いなく艦隊を叩くはずだ。しかし……なぜ見えない?)
 ちょうどその頃、コロニーの残骸裏で目を覚ます影があった。デュランの焦りを嘲笑うかの如く、黒い機体がモノアイを淡く灯らせる。
 最後方に位置するサラミス改が炎に包まれたのは、それから間もなくのことであった。

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