星のまたたく宇宙に

作:澄川 櫂

第十章 揺れる心

「ゲルググタイプ三、ガザタイプ二、ガルズJ一……。よくもこれだけの数が潜んでいたものだな」
 地球連邦宇宙軍サイド2駐留軍司令、エドワルド・パスカル大佐は、報告書にざっと目を通すと呆れたように言った。丁寧に分けられた白髪の下、彫りの深い顔が眼光鋭く部下を見る。
「それで、逃亡したバーザムの行方は?」
「まだ掴めていないとのことですが……」
「探せ。そう遠くへは行っていないはずだ。くれぐれも、連中だけに任せるなよ?」
「はっ!」
 新たな指令を携えて立ち去る士官を見送ると、パスカル大佐はいくぶん表情を和らげながら、傍らの秘書官に目をやった。
「連中に一杯食わせた彼は、いったいどこへ隠れたもんかな?」
「我が軍が過去に投棄した隕石基地だけでも、相当な数に上ります。本当に見失ったのであれば、簡単には見つからないでしょうね」
 ペトラ・マイヤー少尉の言葉には、多分に揶揄が含まれていた。彼は苦笑を禁じ得ない。なぜならそれは、他ならぬ彼自身の心境でもあるからだ。
 232実験部隊。同じ地球連邦軍という組織の内にありながら、どこか異質なものを漂わせる部隊。そんな彼らにパスカルは戸惑い、同時に、漠然とした警戒感を抱いている。彼の部下の多くも、恐らくは同じように感じているのだろう。
「あの二艦は、領海域の内側に停泊しているんだったな」
 別の資料を手元に引き寄せながら、パスカルは誰ともなしに言った。
「ガニメデⅡとカリストですか?」
 律儀に応えるマイヤー少尉が、手持ちのファイルをパラパラとめくる。
「一昨日より、第七観測基地のバースに接舷しています。申請によれば、本日はイグニス・ファタスと共に、次期主力候補機のテストを兼ねた模擬戦を行っていたはずですが……」
 その最中にネオ・ジオンの残党と思しきモビルスーツと遭遇し、交戦したというのである。六機中五機を撃破、一機を捕獲という戦果はなかなかのものだが、裏を返せば、それが可能な装備で出ていたことになる。
 まるで、そうなることを予期していたかのように。
「コロンブス級本来のペイロードであれば、モビルスーツの六機を運び込むくらい、造作もないことか……」
「彼らの自作自演だと?」
 パスカルの呟きを耳にしたマイヤーは、驚くようにして振り向いた。まさか、という表情であったが、すぐに険しいものへと転じるのは、それもあり得ることだと思ったからだろう。
 232実験部隊所属の二艦、アレキサンドリア級巡洋艦“ガニメデⅡ”とコロンブス改級工作艦“カリスト”は、事前になんの連絡もないままサイド2を訪れた。目的は、次期主力候補機の最終評価試験を行うイグニス・ファタスの、主に技術面での支援。当初から予定されていた行動、とのことだったが、接舷許可を求める通信があるまで、サイド2駐留軍側では、その動向すら掴んでいなかったのである。
 疑惑を抱かせるには十分と言えた。
「まさかな」
 だが、パスカルはそれ以上続けなかった。
 司令部への照会の結果、ガニメデⅡとカリストの行動が、少なくとも正規の手続きを経てのものであることは判っている。内戦の影響により、未だ統制の取れていない宇宙軍である。単なる伝達ミスという可能性も否定はできない。
「いずれにせよ、捕まえて訊いてみないことには解らんか」
 独り言のように言うと、パスカルはティレル少年の情報ファイルを卓上に放った。一見して大人しそうな印象を受ける彼が、なぜ、モビルスーツを奪って逃げるなどという真似をしたのか。恐らくそのあたりに、232実験部隊の不可解な行動を知る手がかりがあるのだろう。
 そう考えたパスカルは、ふと思いついて、応接ブースで待つ客人に声を掛けた。
「君らの方でも、何も掴めていないのか?」
「残念ながら……」
 不意の問いかけに、口元に運びかけたコーヒーを持つ手を止めるミッシェル・クラフトは、一呼吸おいて言葉少なに答えた。紙コップに両手を添えると、半分ほどに減った褐色の液体に視線を落とす。
 今回の一件は、サイド2守備隊にとって、まさに寝耳に水の出来事であった。レッドアロー号の捜索規模縮小に伴い、動員した機体の大半をメンテナンスのために帰投させていたのである。むろん、非常時に備えての体勢は整えてあったが、引き継ぎの最中に発生したこともあって、初動が遅れた。
 その結果、たまたま付近に居合わせた232実験部隊に、全てを押さえられてしまったのである。サイド2守備隊側で把握している情報と言えば、彼らから提供された内容に毛が生えた程度のものでしかない。
(たまたま、か……)
 それはないだろう、とクラフトは思うのだった。あまりにタイミングが良すぎる。旧ハマーン軍残党と思しきモビルスーツの一件だけなら、偶然と割り切ることも出来たかもしれないが、駐留軍司令部でのやりとりを耳にした今となっては、無理な話だった。
 所属不明機の跳梁に先立つ、232実験部隊への極秘裏の増援。戦艦イグニス・ファタスに保護された民間船、スワローテール号の乗員によるモビルスーツ収奪事件——。
 共に、サイド2守備隊では把握していない事象である。それを伏せていただけでも十分疑わしいのだが、特に後者は、当事者と個人的な付き合いがあることもあって、どうしても疑惑の色で見たくなる。
 なぜ大佐は、意見交換に先立って、こうした情報を自分の耳に入れさせたのか。クラフトは訝しく思った。
 こちらの情報を出来るだけ引き出そうとする意図があるのは間違いない。だが、それにしては先出しが過ぎる気がする。
 あるいは反応を見たかったのかもしれない。大佐の傍らで書類を捌く女性秘書官を見ながら、クラフトは思った。査察部出身のマイヤー少尉は、非常に有能な情報士官である。自分がコーウェル整備工場を懇意にしていることくらい、とうに調べがついているのだろう。クラフトは、バーザムを持ち逃げしたというティレルの話に思考を戻した。
 彼が見る限り、ティレルは慎重で、かつ抜け目ないタイプだ。さしたる理由も見通しもないままに、行動に移すようなことはない。希に無理をすることもあるが、それでも押さえるところは押さえている。筋もきちんと通す。だからこそ、短期間のうちに、雇い主であるマイク・コーウェルの信任を得るまでに至ったのだ。
 だが……。クラフトはふと思うのだった。
 それは裏を返せば、理由とアテさえあれば、無謀とも思える行動を平気で取ると言うことではないか?

 ——連中、最後の報告で面白いことを言ってましてね

 232実験部隊を率いる、ラディ・ジーベルト少佐の言葉が脳裏に蘇る。ジーベルトはあの時、アクシズに縁の者が、特殊兵装を伴ってサイド2に潜んでいると言った。年齢的に考えたくはないが、状況だけ見れば、ティレルこそがそのパイロットだと言えないこともない。
 そこまで展開したところで、クラフトははたと悟った。
(——大佐の狙いはそれか)
 パスカル大佐は、当事者と親しい関係にあるクラフトの見解を得ることによって、事件の背景を多少なりとも探ろうとしたのだ。結果として不発には終わったが、これだけ大きなネタを与えられれば、クラフトの側でも調べないわけにはいかない。配下に優秀な諜報員を抱えるパスカルとしては、そのようにし向けられさえすればよいのである。
 そうでもなければ、いかにかつての部下が相手とは言え、こうまであけすけに情報をさらしたりはしないだろう。クラフトは内心で深く息を吐いた。
(相変わらず気の抜けないお方だ)
 彼がエドワルド・パスカルという人物と知り合ったのは、一年戦争終結から数週間が過ぎた日のことだ。月面都市グラナダの接収間もない軍病院に収容されていた彼の元を、当時少佐だったパスカルが私用で訪れたのである。
 用向きは、戦死した息子にまつわる話を、部隊唯一の生き残りであるクラフトから聞き出すことであった。そのことを知らされた彼は、この短期間で良く辿り着けたものだと、半ば感心したことを覚えている。
 ミッシェル・クラフト軍曹が所属していた第64遊撃部隊は、形式上、レビル艦隊に連なる部隊であったが、実態としては月方面での陽動攪乱を専門に行う特務部隊だった。部隊の性格上、ときに非合法活動を行う必要があることから、編入される隊員の軍歴は一時的に抹消された。つまり、公には存在しなかったことになっているのである。
 その第64遊撃部隊は、ソロモン攻略戦に先立つ79年12月某日、エアーズ近郊のジオン軍基地を急襲した。付近一帯のジオン軍を混乱させることに成功するも、グラナダ基地以下の増援部隊に囲まれ全滅。緒戦で乗機を撃墜され、捕虜となっていたクラフトだけが生き残ったのだった。
 実のところ、彼はパスカルの息子とは面識がなかったのだが、部隊の最後について、自分の知る限りのことを話した。ずっと黙って聞き入っていた少佐は、巡洋艦轟沈の描写をもって幕が下りると、そうか、と短く漏らして顔を上げた。そのまましばし彼を見つめると、出し抜けに言ったものである。
「ありがとう。君という人間が生き延びたことに、感謝しなければならないな」
 ……あれは、いったいどういうつもりで口にした言葉だったのだろうか。彼は今でも思い悩むことがある。
 肉体的な戦傷はほぼ癒えていた彼は、面会後程なく、一階級昇進の上で少佐の隊に転属となった。月面での残存兵力掃討の任に就いていた少佐によって、引き抜かれたのだ。
「本来であれば、いったん原隊に復帰してから移ってもらうのが筋だが、原隊そのものが壊滅している以上、ルナツーに戻しても時間の無駄だからな。で、元々うちにいたことにして、帳尻を合わせた。なに、人事の石頭共も、今は混乱を鎮めるので手一杯らしくてな。余計な手間が省けると、かえって喜んでおるだろうよ」
 こともなげに言って笑うパスカルは、呆気にとられる彼に「実戦経験のある貴重なパイロットを、使わない手はないからな」と続けたのだった。
 クラフトは内心で、事あるごとに感じる疑問を口にした。
(——大佐は、あの時から既に感づいているのではないか?)
 グラナダの軍病院の一室で、パスカルに語った内容に偽りはない。ミッシェル・クラフト軍曹が、地球連邦軍第六四遊撃部隊唯一の生き残りであるのも事実である。ただ一点、彼が明かさなかったのは、第六四遊撃部隊最後のミッションにおいて、彼は攻める側ではなく守る側、基地守備隊の人間だった、と言うことだ。
「どうかしたかね? 中尉」
 手にしたカップを見つめたままのクラフトに、パスカルが声を掛けた。顔を上げると、向かいのソファーに腰を下ろすところだった。マイヤー少尉がそれに倣う。
「いえ……」
 ここからが本題と言うことなのだろう。クラフトは言い淀んだことが相手に伝わらぬよう、顔色に気をつけながら話題を変えた。
「連中、どこから来たのかと思いまして」
「連中というのは、18バンチに潜んでいた部隊のことですね?」
 マイヤー少尉がすかさず確認する。
「ええ」
 大きく頷くと、クラフトは先日、マイク・コーウェルより得た情報を披露した。
「信頼できる筋の話によれば、サイド2近くにガザCを有する部隊は無かったそうです。もちろん、本隊の降伏後、秘密裏に増強された可能性はあるわけですが……」
「再編が進んでいるらしい現状を鑑みると、あまり考えられんか」
「はい」
 大佐の耳の早さに内心驚きながらも、続く言葉を呑み込むクラフト。アクシズ、いや、ネオ・ジオン再編に関する詳細を、彼はマイクから聞いている。
 “赤い彗星”復活の噂を。
 だが、彼にはそれを、今この場所で伝えるつもりは無いのであった。ジオンの“赤い彗星”ことシャア・アズナブルは、クワトロ・バジーナの名でエゥーゴの代表を務めた人物でもある。エゥーゴを母体とするサイド2守備隊の自分の口から出せば、妙な勘ぐりを引き起こしかねない。
「ふむ……」
 彼の沈黙をどう捉えたのか。パスカルはマイヤーに目配せすると、電文の写しを彼に見せた。目にした途端、クラフトの顔色が変わる。そこにはただ一文、こう記されていた。

 ——21バンチにて、我、レッドアロー号を捕獲せり

「今早朝、イグニス・ファタスより参謀本部宛に送られたものだ」
 卓上で組んだ手に顎を乗せながら、重々しい口調でパスカルが言う。
「真偽の程は定かでないが……連中、ティターンズの負の遺産を消し去るつもりではないのか?」

 3バンチ市街を行くジープの助手席に揺られるクラフトは、サイドミラー越しに映る黄昏時の光景を、無言で見つめていた。そろそろ帰宅ラッシュの渋滞が始まろうかという時間帯である。行き交う車の量が増えているようだ。
 家路を急ぐ人々を満載した路線バスが強引に割り込もうとして、後続のトラックに急ブレーキを踏まれる。運転席から顔を覗かせる髭面の男が、片腕を振り回しながらバスに向かって罵声を浴びせる姿が見えた。
 が、振り向く往来の人々のように、彼がそちらに注意をやることはなかった。運転するマイヤー少尉がちらりと視線を寄越すが、それにも気付かない様子で、何事かを考え込んでいる。
 サイド2の21バンチは、18バンチと同様にティターンズによって葬られたコロニーである。外壁に接合したタンクより猛毒のG3ガスを流し込まれ、死滅したのだった。
 五百万近い人々が数分のうちに死に絶えたコロニーは、グリプス戦争終結後程なく、暗礁宙域近くに移送され、廃棄された。あまりの死体の多さにコロニーごと火葬する案が有力だったが、宗教その他の理由により議会は紛糾。結局、なんの対応も行われないまま、半ば放置される形で今に至っている。
 一応、サイド2守備隊と駐留連邦軍によって、定期的な監視は行われていたのだが、痛恨の極みとも言うべき21バンチの惨状は、直視するには厳しいものがある。コロニーの奥底に潜んでいたらしいレッドアロー号の件にしても、どこかに見落としがあった可能性は否定できない。
 が、それ以上に、
(……駐留軍の不良パイロットか)
 クラフトはそちらを疑うのだった。
 地球出身の連邦軍将兵には、潜在的なティターンズ・シンパが多い。大佐には悪いが、今回の一件は、恐らくその手の連中によるものだろう。地球至上主義を奉じる彼らにとって、格下と見なすスペースノイドが何かにつけてやり玉に上げる“負の遺産”は、甚だ都合の悪い存在である。
 地球至上主義。ジオニズム同様、信奉者の心を捉えて止まない、選民的な差別思想だ。
「結局、主義主張に流されるのだな」
 クラフトは独りごちた。
 フォン・ブラウンに生まれ、現地徴用兵としてジオンのパイロットをしていた彼が、連邦軍のミッシェル・クラフトになったのは、偶然の積み重ねが生んだ奇跡である。敗戦の混乱に乗じて処分された捕虜から託された認識票。それを握りしめていたことが、彼の運命を大きく変えたのだった。
 ギレン・ザビの著書、「優性人類生存説」に感化されたジオン軍人は、ルナリアンと呼ばれる月生まれの現地徴用兵・徴用人を、文字通りモノとして扱った。基地首脳部は、撤退による基地施設の放棄に際して、彼らの爆破処理を試みたのである。
 だが、ジオンにも人はいたのだろう。基地司令の命令が忠実に実行されることはなく、基地施設の大半がその姿を今に留めた。瓦礫の山と化したのは、司令部兼宿舎として利用されていたホテルと、その周辺の建物くらいなものだ。しかし彼らは、不幸にしてその場所に居合わせることとなった。
 あの日の出来事を、彼は今でも鮮明に覚えている。

 ——よう、まだいたのか

 戸口で息を呑む彼と看護婦のモーリンに気付いた軍曹は、血染めのベッドの上で、首から上を僅かに動かすと言った。

 ——君たちも、早く逃げた方がいい

 駆け寄る彼に向かって、軍曹が震える声で告げる。その意味ありげな視線に、ベッドのシーツをめくり上げた彼は、一面に敷き詰められた爆薬を見て、ようやく事態を悟るのだった。

 ——ここで君に死なれたら、助けて捕虜になった俺の立場がないからな

 右手で腹部を押さえながら言う軍曹の表情が歪んでいたのは、苦痛に耐えていたからか。あるいは、苦笑していたのか。いずれにせよ、瀕死の敵パイロットから投げかけられた言葉は、彼の耳に堪えた。
 何か出来ることはないか。いまわの際の軍曹に尋ねたのは、誓って本心からである。

 ——もし、地球に降りることがあれば、土に埋めてくれ

 そうして彼は、軍曹の震える左手から“ミッシェル・クラフト”の名が刻まれた認識票を受け取った。それが、自身の過去との決別に繋がるとも知らずに……。
 モーリンの手を引いてホテルの玄関を目指した彼は、すんでの所で爆発に巻き込まれた。爆風で玄関ホールから投げ出される格好となったため、彼自身は辛うじて一命を取り留めることが出来たが、一歩遅れていた同郷の若い看護婦は、片腕を残して瓦礫に埋もれた。朦朧とした意識の中、薄れ行く彼女の温もりを手に感じていた彼は、この時、自身の認識票を紛失していようとは思いもよらない。
 軍曹の見舞いが、前の作戦で負った傷の経過診察を受けたついでだったこともあって、彼は軍服の上着を羽織っていなかった。その胸ポケットに入れていた身分証もまた、処分された基地データベース内のパーソナルデータ同様、灰になったのである。連邦兵に発見されたとき、近くに落ちていた連邦軍人“ミッシェル・クラフト”の認識票以外に、彼の身元を示唆するものは何一つ残されていなかった。
 これが平時のことであれば、すぐに別人と知れたことだろう。だが、様々な要因により、本人の証言以外に身元を証す手段の無かったことが、こうしてサイド2守備隊に名を連ねている“ミッシェル・クラフト”の誕生へと繋がった。以来十数年、今ではその名も十分馴染んでいる。
「どうかしました? 中尉」
「いや……」
 モーリンの顔を思い浮かべていたクラフトは、マイヤーに問われて首を振った。同郷の看護婦の記憶を、頭の隅へと追いやる。モーリンとは、特別親しい関係だったというわけではないが、好意は持っていた。守れなかったという思いは強い。
 それだけに、主義者に対する嫌悪感は強かった。主義主張を持つのは構わない。だが、力に訴える様を目にするのは、我慢ならないのだ。
 エゥーゴに参加したのも、結局はそれが理由だった。エゥーゴという組織は、端的に言えば、巨大企業アナハイム・エレクトロニクスが自己の利益追求のために作った戦争代理会社だったが、そんなものでもティターンズに比べれば遙かにマシであった。
 意に沿わぬ者を力ずくで弾圧したティターンズ。故に、自分はその横暴と戦う道を選択した。それだけのことだ。
「ところで、中尉」
 街道を外れ、港へ向かう軍用エレベーターに乗ったところで、運転席のマイヤー少尉が前を向いたままで口を開いた。
「それ、何のことだか判ります?」
 言いながら、クラフトの膝上にメモ端を滑り寄越す。
「いや……」
 目線だけ動かして内容を読み取った彼は、僅かに目を見開いたものの、表情には出さずに答える。そこには、文脈の崩れた意味不明な文章が記されていた。
「これは?」
「彼らの通信を拾っていたところに、偶然飛び込んできたものです。発信元は不明。全方位通信のようですが、旧ジオンの暗号方式でスクランブルされていました。で、念のため復号化したのですが……」
「意味が判らないというか、これ自体が何かの暗号のようにも見えるな」
「はい」
「分かった。守備隊うちの情報軍に内密に調べさせてみるよ。オリジナルは?」
「中尉宛に転送しておきました。展開はいつもの方法で」
「了解」
 クラフトは膝上のメモ端を、何気なくズボンのポケットに入れる。
「助かります」
 車をスタートさせるマイヤーは、言って僅かに頭を下げた。

「お疲れさまです、中尉。如何でした?」
「あまり芳しくないなぁ」
 ディアスの足下から声を掛けてきたダウナー軍曹に軽く応えると、クラフトはコクピットに滑り込んだ。コンソール・パネルに着信ありの赤ランプが灯っているのに気付いて、無線の呼び出しボタンを押す。ダウナーがコクピット・ハッチに取り付く間もなく、パレット中尉の声がそれに応じた。
「どうした?」
『レッドアロー号が21バンチで発見されたらしいの』
「ああ、その件なら先程、パスカル大佐から聞かされたよ。見つかったのは船体だけなのか?」
『乗員の姿は無いものの、ガザCを一機積んでいたとか。連邦政府はこれについて、未解体廃棄コロニーの管理上の懸念が多いとする公式見解を発表したわ』
「本当か」
 クラフトは「早いな」と思った。サイド2の18バンチと21バンチは、連邦政府にとってのタブーである。いかにも都合の良い話とはいえ、口に出すのも憚られるものに対する公式の見解が、こうも早く出されるというのは異例のことだ。
(何かあるな)
 イグニス・ファタスに乗り合わせた232実験部隊の面々を思い浮かべながら、クラフトは察した。多方面にパイプを持つ彼らのことだ。一部の政府要人との間でそう言う段取りが組まれていたとしても、不思議ではない。
『232実験部隊の増援が近くまで来ているようだし、とにかく部隊を展開して、彼らを見張ることにしたわ。カージガンを出すのはさすがに大げさな気がするけど、念のため、出航準備に入ってる』
「妥当な判断だな」
『ミッシェルも出来るだけ早く合流して』
「了解した。ただ、少し気になることがある。軽く一回りしてから向かうよ」
 言って、傍らで覗き込むダウナーに目配せする。意を察したダウナーは、ハッチを蹴って基地通用門の方へと流れて行った。
『了解。じゃ』
 パレットの声を残して沈黙する回線を閉じると、クラフトはディアスのコクピット・ハッチを閉じた。パイロットスーツのポケットから例のメモ端を取り出すと、苦笑しながら操縦桿を握る。
(……ティレルのやつ)
 それは一見、単に意味不明な文字列が並んでいるとしか思えないものだったが、ある法則に従って読むと、実に簡単に判読できるのであった。マイクから情報を得る際に用いる方法であるが、マイクほど洗練されておらず、クラフトには一目で内容が判る。単純な記号と数字に置き換わるそれは、宇宙の座標表記そのものであった。
 今の状況を照らし合わせると、送信主はティレルと見てまず間違いない。何かの折りに盗み見て知ったのだろう。クラフトを呼びたいがために、あえて使ったと捉えるのが自然だ。
「さて……」
『サイド2守備隊クラフト機、発進どうぞ』
 管制官の声が無線越しに響く。
「クラフト機、発進する」
 復唱するや否や、フットペダルを踏み込むクラフト。ディアス改の重厚な機体は、星の海に向かって力強く飛び立つのだった。

 どのくらいの間、気を失っていたのだろうか。簡易ベッドに上体を起こしたカチュアは、枕代わりに並べられた宇宙服のグローブを眺めながら、ぼんやりと思った。息苦しくないようにだろう。はだけられた宇宙服の胸元を軽く両手で押さえながら、ゆっくりと辺りを見回す。
 そこは、コンクリートが剥き出しの、無味乾燥な空間であった。ロッカーが三つ並んでいる他は、これと言って目立つものもなく、くたびれたコンピューターが一台、窓際に面した小さなデスク脇で微かに唸るばかりである。
 エアロックの並びにあるその窓からは、分厚い強化ガラス越しに一つ眼のモビルスーツが見えた。連邦の戦艦からティレルが盗んだものだ。こうして無事にいると言うことは、追いすがる同型機をなんとか撃退したのだろうが、それにしては機体がきれいすぎるように思った。
 艦砲射撃を難なくかわしながら速度を増す彼らの行く手に、同型の二機が飛び込んでくる。一機が牽制のビームを放ち、サーベルを手にした別の一機が瞬く間に距離を詰める。真っ赤な瞳が眼前に迫るかと思えた直後、急激なGがカチュアを襲い……。
 そこから先は記憶が定かでなかった。朧気に、火花を散らしながら遠ざかる機体を見た気もするが、あの時、何が起きたのか、カチュアには見当もつかない。
 この部屋唯一の窓から外を覗き込むと、一つ眼の機体の足下に、別の赤い機体があるのが判った。人型ではなかったが、戦闘機の類とも違う気がする。と、その陰から、パイロットスーツに身を包んだ小柄な人物が姿を見せた。
(ティレル……)
 遠目だが、カチュアには一目でそれと判った。向こうも窓越しに見つめる彼女に気付いたらしく、工具箱を降ろして顔を上げる。
 しばしそうして、バイザーを降ろした顔を向けていたが、ティレルは何かを決心したように頷くと、床を蹴った。こちらに向かって流れる姿が見えたのも束の間、すぐさま死角に入ってしまう。
 エアロックに気圧調整中のランプが灯る。鋼鉄製の分厚い扉は、やがて、年季を感じさせる鈍い音と共に内側から開かれるのだった。
「やあ、気が付いた?」
 バイザーを上げたティレルは、普段と変わらぬ口調で彼女に声を掛けた。工場で毎日のように耳にする、何気ない言葉。何気ない声。にも関わらず、どことなく違和感を覚えるのは、彼がパイロットスーツと呼ばれるスリムな宇宙服を着込んでいるせいばかりではないだろう。
 探るような眼差しのカチュアをどう思ったのか。ヘルメットを脱いだティレルは、軽く頭を振ると大きく息を吐いた。両手で持ったヘルメットに、つと視線を落とす。だが、それも一瞬のことで、すぐに顔を上げるとカチュアを向いた。
 黄色い瞳が真っ直ぐに彼女を見つめる。
「……ティレル」
 その時になってようやく、カチュアは彼が眼鏡をかけていないことに気付いたが、迷いの見えない視線に促されて口をついたのは、別の言葉だ。
「あなた……何者?」
 割に良く通る声に驚いたのか、部屋の蛍光灯が一つ、大きく瞬く。遠く伝わる機械の振動に、向き合う二人の影がほのかに揺れた。

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