前哨戦

作:澄川 櫂

SCENE. 2

「スティーブ少尉より入電。『敵影確認できず。合流する』以上です」
「そうか……」
 地球連邦宇宙軍第46索敵艦隊旗艦、コロール。その小柄な艦を指揮するボーリック大尉は、通信士の報告にホッと胸をなで下ろした。が、それも一瞬のことで、前方を見つめる双眸に、再び緊張の光が灯る。
 セレベス級軽巡洋艦コロールは、サラミス級以前の老朽艦である。輸送艦として虚しく余生を送っていたのが、折からの艦艇不足解消のため、僚艦ツアル共々前線送りとなった。整備こそ行き届いてはいるが、老骨にむち打つという表現そのままに、速力はなく、動作もどこか緩慢である。
 このア・バオア・クー要塞攻略戦には、彼ら以外にも多数の老艦、徴収艦が参加していた。もちろん、第一線を張るというわけには行かず、そのほとんどが後方の輸送任務に就いている。が、コロールのようにある程度武装の充実した船は、索敵艦として、最前線に組み込まれているのであった。
 実戦を知らない軍艦としては、運の良いことなのかもしれない。しかし、そんな船に乗せられる側にしてみれば、それは不幸以外の何物でもなかった。
(……こんな弱小艦に露払いをさせるとはな)
 キャプテンシートに掛け直すボーリックは、第三ライン上に集結中の本隊を想いながら、もう何度目ともしれない呪いの言葉を胸に吐いた。だが、その憤りの中に多少の羨望があるのに気付き、顔をしかめる。
(戦力を温存したい気持ちは分かるが……)
 そう続けるボーリックは、部下に気付かれぬよう、そっと嘆息するのであった。
 第46索敵艦隊は、二隻の軽巡洋艦と三隻の掃海艇で構成されている。艦艇の数だけ見れば、それなりに恵まれた陣容であると言えるだろう。が、モビルスーツ時代を迎えた今、古びた巡洋艦とひ弱な掃海艇が役に立つとは思えない。
「所詮、捨て駒か」
 ボーリックはぽつりと漏らした。
 コロールとツアルには、艦載機としてモビル・ポッド”ボール”が2機ずつ搭載されているが、これとてモビル・スーツ相手では棺桶同然。索敵といえば聞こえがよいが、布陣を把握するための撒き餌というのが本当であろう。
 もっとも、本隊もやみくもに無慈悲というわけではない。コンペイ島出港に先立ち、第46索敵艦隊へは、第114航空小隊と第601MS小隊が新たに配属されていた。時代遅れのセイバーフィッシュ隊はともかく、2機のジムは大きな戦力と言える。
 が、
「こいつとて、単なるやっかい払いなのかもしれん」
 主砲に馬乗りになるモビル・スーツ、”ジム・コマンド”を見つめるボーリックは、そう思わずにはいられない。
「キャプテン」
 不意の呼び出し音に答えるオペレーターが、不快そうに彼を振り仰いだ。コンペイ島を出て以来、もう何度も目にした顔である。
「……格納庫か?」
 こちらも苦々しく尋ねると、彼女は小さく頷いた。眉間を押さえるボーリック。
 ジムのパイロット、ニール少尉は、ソロモン戦で4機落とした腕の持ち主である。が、それを鼻にかけるところがあって、コロールのクルーからは嫌われていた。
 ボールのパイロットや整備員の多くは、元コロニー公社雇われの作業員など、ただでさえ癖のある連中である。火に油を注いだようなものだ。
「どうします……?」
「放っておけ」
 眉間を押さえたままで、ボーリックは手を振って見せた。初めのうちこそ人をやって止めさせたボーリックだったが、今ではそんな気力もない。
「せめてスティーブの半分でも、軍人らしくしてくれればな」
 と、思わず口にする。セイバーフィッシュ隊を率いるスティーブは、生粋の戦闘機乗りである。故に、誇り高い軍人でもあった。その言動は、二癖もある整備班長をして瞠目せしめている。
 乗機はもはや戦力と呼べる代物ではないが、彼の指揮下にあるパイロットの中では、もっとも信頼できる人物と言えた。
 サブモニターの一つには、相変わらず続く乱闘風景が映し出されている。
「……全く、この緊張時に」
 ため息混じりにこぼそうとした、その瞬間、
「前方に敵影らしき光をキャッチ!」
 オペレーターの少女が、顔に似合わぬ鋭い声を発した。
「何!? 距離は?」
「第一防衛ラインすれすれです。なお接近中!」
「警報発令! 各機スクランブル! 本隊へも打電しろ」
「了解!」
「モビル・スーツが来るぞ」
 確証に近い予測を口にしつつ、前方を睨み付けるボーリック。閃光が闇を引き裂いたのは、それから間もなくのことであった。

 甲板上をせわしく動き回る整備員の姿は、ジムのコクピットから見ると、とてもまどろっこしいものに思えた。が、彼らにワイヤーのフックを外してもらわないことには、立ち上がることもできないのである。
「変なところがアナログなんだよなぁ」
 シートベルトを締めながら、クルト曹長はぼやいた。まだあどけなさの残る、若き少年パイロットである。
「全然スクランブルじゃないじゃんか」
 呆れ気味に口を尖らせるクルトだったが、出撃を前にしてのこの落ち着きようは、とても14歳の少年のものとは思えない。”ソロモン”という大きな戦場を生き延びたことが、あるいは、撃墜スコア2という実績が、自信となって現れているのかもしれなかった。
『フック解除OKだ。頼んだぜ、クルト』
 ツアルの整備班長であるフェイバー軍曹が、コクピットの前で親指を立てた。
「はいっ!」
 これには年相応の返事をするクルト。
 年長者ばかりの艦に一人投げ込まれた形の彼にとって、中年腹で面倒見の良いフェイバーは、父親を連想させる存在であり、この艦で初めて出来た友人でもある。自然と、肩の力が抜けて行くのが分かった。
 同じように親指を立てて見せると、ハッチを閉め、クルトは自機にバズーカを握らせた。そして、立ち上がらせたところで、大きく一つ息を吐く。
 前回とは違い、一見穏やかなア・バオア・クーの海。だが、この先には、いつ牙を剥くともしれない野獣が潜んでいるのである。
「クルト、行きます」
 ふわりと浮き上がるように、ジムはツアルを離れた。次いで、軽く加速をかける。カタパルトという射出機構の無い艦における、典型的な出撃フォームである。ここでいかに余分な推進剤を使わないかが、その後の戦闘を大きく左右すると言えた。
 クルトは、そこまで意識するほど出来たパイロットではない。が、勘がいいのか、動きに無駄はなかった。
「敵は?」
 すぐさま索敵に入るクルト。ビームの煌めきが彼を襲ったのは、まさにその瞬間であった。
「えっ!?」
 間一髪で回避するジム。しかし、後ろにいたツアルはそうはいかない。主砲付近に直撃を喰らい、爆煙を上げる。
「フェイバーさん!」
 叫んでみるが、炎の量を見るまでもなく、助からないであろうことは明らかである。キッ、と正面を睨み据えると、炎を目指す新たな閃光が生まれるのが見えた。機を下に流しつつ、その根本を探る。
「———いた」
 隕石の陰からライフルを構えるモビル・スーツを、クルトは見つけた。彼の知らない機体だったが、そんなことは構わない。
「お前がっ!!」
 怒りを乗せて、ジムがバズーカを解き放つ。その背後で、炎に包まれていた軽巡洋艦ツアルが、最後の輝きを残して砕け散った。

※本コンテンツは作者個人の私的な二次創作物であり、原著作者のいかなる著作物とも無関係です。