GUNDAM SHORT STORY

作:澄川 櫂

紫煙

 ビームの刃は、いとも易々と鋼鉄の四肢を切り裂いた。崩れ落ちるジムⅢの機体が、地響きと共に大地に転がる。そのコクピットを襲った震動たるや、言語に絶するものがあるだろう。
 だが、それに構わず、私はジムの頭部にバルカンを浴びせた。特徴的なゴーグル顔が、瞬く間に火を噴いて砕け散る。
 同時に自機の左手に持たせたライフルが狙いを定め、いま一機のコクピットを捉えた。甲高いロックオンの響き。泡食う声が無線を伝う。
『ほ、本気なのか!?』
「当たり前だ。溶かされたくなければ、さっさとそこを空けるんだな」
 慌ててコクピットから飛び降りる姿を尻目に、トリガーを押し込む。出力を押さえてもなお鮮やかなビームの閃光が迸り、ジムの腹部を一撃で貫いた。
 制御する術を失って、ゆっくりと仰向けに倒れ行くジム。狙いが確かなら、自動安全装置が働いて融合炉は停止するはずだ。
 サーモグラフの映像から、誘爆の恐れ無しと判断する間もなく、私の視線は、見物の兵共の間に起こった騒ぎを捉えていた。
 彼等が呆然とする隙を突いて、逃げ出したのだろう。年の頃六歳前後の男の子が、必死で駆ける姿が見える。そして、その小さな背中に向けて、ライフルを構える一人の兵士。
「馬鹿がっ!」
 咄嗟に頭部バルカンを無照準で放つ。兵士の頭上を弾頭が掠め飛び、背後に駐まるMSモビルスーツ運搬用トレーラーを砕いた。
「貴様ら、自分達が何をやっているのか、解ってるんだろうな?」
 爆煙に包まれるトレーラーの前で、忘我状態となった兵達をカメラ越しに見下ろす。
「二人を回収して、とっとと失せろ」

 ——遠からず、こうなる運命にあったのだ。

 弾かれたように撤収を始める彼等を冷ややかに見つめながら、私は思った。先刻までの部下ではあるが、何の感慨も湧かない。
 私は一つ鼻で笑うと、自機をゆっくりと振り向かせた。片バインダーのくたびれたギャプランが、私の呼びかけを待つように、静かに佇んでいる。

 その男に出会ったのは、行軍途上に寄ったこの町の、寂れたバーだった。大いに羽目を外す部下達が上げる、喚声、罵声、そして嬌声。一人店を訪れた彼は、一瞥をくれただけでそれら全てを黙らせたのだった。
 着古したデニムのつなぎに、ラフに羽織った黒革のジャケット。一見して整備工と判る風体だったが、豊かな金髪の下に覗く碧眼は、堅気の人間とも思えぬ光を湛えている。
 そこが定席なのだろう。カウンターの一番奥に腰掛けると、男は無言でチップを置く。初老のバーテンダーも心得たもので、取りだしたバーボンをショットグラスになみなみと注ぐ。
 男はそれを一息に呷った。そして、入ってきたときと同様、黙って席を立つ。夜ごと繰り返されているであろう、終業の儀式。
 だが、神聖なるその一時は、機微を知らない部下によって遮られるのだった。
「待てよ、おっさん」
「そんな急いで帰るこたぁねぇだろ」
 評判の悪い我が隊でも特に札付きの不良コンビが、カウンターに手を突いて、男の行く手を遮る。彼等にしてみれば、男の醸し出す雰囲気に呑まれたのが気に入らないのだろう。
「それとも何か、俺らが居るんじゃ飲んでられねぇってか?」
 明らかにそれと判る態度で挑発する。が、不発に終わった。
 男の反応と言えば、ほんの一瞬、目線を動かしただけである。くだらんとばかりに、彼等の脇をすり抜けようとする。
手前てめえっ!」
「止めんか!」
 男の胸ぐらを掴まんばかりにいきり立つ部下を、私はさすがに殴り飛ばしていた。
「誰がそこまで羽目を外せと言った? 頭を冷やしてこい」
 店の入口を顎でしゃくりながら命じる。
「……ケッ。しらけちまったな」
「ああ、全くだ。行くぞ、お前ら」
 悪態をつく二人の呼びかけに、兵のほとんどが席を立った。持てるだけの酒瓶を手に、ぞろぞろと店を出ていく。中には私の顔を見、つばを吐きかけるような仕草をする者もいたが、いちいち構っていてはきりがない。
 私は小さく嘆息すると、ことの成り行きを無表情に見守る男と視線を合わせた。
「部下の非礼をお詫びします」
 深々と頭を下げ、ふと気付いて、手にしたスコッチのボトルを差し向ける。
「よろしければ、お付き合いいただけませんか?」
 その言葉に、男はようやく、口元に笑みらしきものを浮かべるのだった。
「お前、いい奴だな」

 男は名乗らなかった。私も、あえて素性を探ろうとは思わなかった。私自身も名乗らなかったし、男もまた、尋ねることをしなかったからだ。たまたま居合わせた者同士が、並んで酒を酌み交わす。そんな案配だった。
 もっとも、会話らしい会話は数えるほどでしかない。ほとんど一方的に、私が話していたようなものだ。それでも男が看板まで付き合ってくれたのは、スコッチの魔力故のことだろうか。
 元々は反政府の徒であったこと。それが、カラバでの活動が長じて連邦軍に組み入れられ、反政府ゲリラの残党を狩る立場に至った。だが、急速に軍上層部を牛耳ったエゥーゴ系組織出身者に対する反発は強く、今ではこうして、ただひたすらに辺境を巡る日々を過ごすばかり。
 そんな私の独白に、男は黙って耳を傾けていた。てっきり聞き流しているとばかり思っていたのだが、こうした話に付き合う人間というのは、案外と聞き留めているものらしい。そのことを私は、話題の矛先が部隊の実情に向いた際に投げかけられた言葉で、思い知らされることになった。
 今回、新たに統率することを命ぜられた機械化混成部隊は、ティターンズ争乱の頃からとぐろを巻いていた札付きの集団だ。着任当日の模擬戦で、彼等のリーダー格を完膚無きまでに打ち負かしたことから、辛うじて配下に従えているが、実態はご覧の通り、不愉快極まりないもので……。
「辞めちまえ辞めちまえ」
 グラスを置いた男が静かに、しかし、突き放すように言ったのはその時だ。
「お前さん、ひとかどの腕の持ち主らしいが、何で軍に入った?」
 眼光鋭く問いかける。
「食えない上司うえ部下したの間で、愚痴をこぼすためじゃないだろう。ええ?」

 どこかけしかけるような響きの問いかけに、咄嗟に答える術を知らない自分であったが、こうして装甲越しに相対する今では、その通りであると自信を持って言える。

 ——そんなことで命を張れるのかい?

 否。張れるわけが無かろう。納得してこそのパイロット家業だ。現状に満足できるはずもない。
 結局のところ、踏ん切りがつかなかっただけだのだ。カラバという組織が無くなった今、合法的にモビルスーツを乗り回そうと思えば、軍に居残るしかない。そんな思いが、ほんの一瞬、頭をよぎったがために、男の問いに答えることが出来なかった。
 この馬鹿騒ぎも、自身の踏ん切りの悪さが生み出したものかもしれない。ふと、そんなことを思う。直接の原因ではないにせよ、中途半端な思いでこの部隊を率いていたことが、彼等の暴走を招いたのではないか、と。
 我々が陸路、集結ポイントへと向かったのには理由がある。本作戦の主目的は、廃鉱山跡に巣くう反乱分子の鎮圧だが、付帯事項として、戦犯容疑者の探索が掲げられていた。故に、ルート沿いに点在する居留地を巡回しながらの行動となったのである。
 無駄なことを、と思う。
 そうした仕事は本来、情報軍の管轄である。何も縄張り荒らしを心配しているのではない。我々が行っては目立ちすぎるのだ。
 機械化部隊が出張れば、彼等はすぐさま身を潜める。中には仕掛けてくる物好きもいるかもしれないが、そんなのは例外中の例外だ。もし、今回の探索地域に目ぼしい容疑者が潜んでいようものなら、情報軍はさぞかし頭を抱えていることだろう。
 そのことは軍上層部も当然、承知のはずである。にも関わらず、あえて戦犯容疑者探索の付帯任務を課してきたのは、政府に対するパフォーマンスに他ならない。
 大方、シャアの反乱がもたらした災禍におののいた大臣連中から、無能をなじられるでもしたのだろう。体裁を取り繕う必要に迫られたお偉方の都合により、辺境の山賊退治は大がかりな掃討作戦へと変貌を遂げた。
 が、そんなくだらない理由で実行される作戦に、精鋭をつぎ込もうなどと思う馬鹿は居ない。苦虫を噛み潰した将軍達に、有能なる参謀諸氏はお決まりの献策をしたのだろう。「傭兵頭カラバ上がり破落戸集団無駄飯喰らいを活用なされては?」と。
 そうした転属は、これまでにもしばしばあった。前の上官は珍しく、カラバ出の身にも好意的な人物だったが、辞令の内容を知れば彼の耳打ちが無くともピンと来る。だから私には、付帯任務を真面目にこなすつもりはなかった。前の上官の言葉を借りれば、「適当に切り上げる」わけである。
 だが、そのことを部下にもっと知らしめておくべきだったのだ。
 例のバーでの一件もあって、彼等は金髪の整備工を執拗に調べた。そして、戦犯データベースに一つの名前を見つけたのである。
 戦犯を拘束、あるいは通報した者には、それに見合っただけの報賞金が出る。当然ながら、前者の方が額は良い。より高額の小遣いを稼ぐべく、彼等は知恵を絞った。
 そうして導き出された回答が、男の関係者とおぼしき母子を人質にすることだった。もっとも、確たる証拠を掴んでいたとは思えない。むしろ、逆恨み的な発想から至ったものだろう。
 男の職場の軒先には、破損したモビルスーツが寝かされていた。あるいは、それを証拠に出来ると踏んだのか。
 男がその機体を持ち出せば、現行犯として押さえることが出来る。取り調べの結果が黒なら良し。白なら白で、全ての責任を部隊の長たる私に被せるだけのこと……。
 彼等にしてみれば、恒例と化した上官潰しをも兼ねているわけだ。仲間内で口裏を合わせさえすれば、事実などどうにでもなる。
 基地の高官連中は皆、彼等と関わり合うことを避けていた。それ故、深く調べることはないだろう。あっさりと詰め腹を切らせて、早々に事態の収拾を図るに違いない。
 そこまで読めてしまえば、腹も据えようというものだ。そう言う意味では、算を乱して撤収する元部下達に、感謝すべきなのかもしれない。ただ巻かれるためにこの職に就いたわけではないと、改めて気付かせてくれたのだから。
 私は、自らの腕を試すために、モビルスーツ乗りパイロットをやっている。勝敗に打算は無用。己自身の誇りを胸に、悔いの残らぬ戦いを挑むのだ。

 ——その刹那に、全てを懸けて

「部下の度重なる非礼をお詫びします」
 コクピットハッチを開いて身を乗り出すと、私は眼前のギャプランに向かって声を張り上げた。金属の焼ける独特の匂いが、風に乗って鼻腔をくすぐる。
「ですが、あなたがかのヤザン・ゲーブル大尉とお聞きしては、私も黙ってはいられませんので」
 久しく嗅いでなかった戦場の香りに高まる鼓動。彼が相手なら、かつてのように戦えるかもしれない。
 同じようにコクピットハッチを開いて見つめる男に、私は言った。
「お手合わせ願えますか?」
 遠目にも、男の笑うのが判る。
「そういうことなら、望むところだ」
 黙礼してリニアシートに身を翻す。生気を取り戻す全天ディスプレイ。正面に捉えた濃緑色のギャプランが、ゆっくりとサーベルを抜き払う。
 ライフルを捨てるジムⅢ。荒野の砂塵を身に纏い、二体の巨人は宙を舞った——。

 気がつくと、空を見上げていた。澄み渡った波間に浮かぶ白雲が、傾きかけた日の光を受けて金色に輝いている。まだ温もりを宿した機体の装甲板が、野戦服越しに心地良い。
 上体を起こして片膝を立てる。つま先を上に向けた乗機の状態を見るまでもなく、結果は明らかだった。
「……やはり、敵いませんか」
「当たり前だ」
 傍らで煙草をくゆらせる男が、さも当然とばかりに言う。
「この俺に勝とうなんざ、十年は早い。が、いい腕だったぜ?」
 随分と尊大な言いようだったが、不思議と腹は立たなかった。むしろ、さっぱりしたものを感じるのは、気が晴れているせいばかりではあるまい。
 荒野を見つめる私の耳に、子供の声が響いたのは、しばらく経ってからのことだ。
「おっちゃん! ぼく、泣かなかったよ!」
「そうか坊主。それでこそ男だ」
 振り向くと、全力で兵の手を逃れたあの男の子が、片膝を突くギャプランの足もとからこちらを見上げている。金髪の下に覗く瞳の色は、男と同じあお。肩を抱く母親とおぼしき女性が、私に向かって深々と頭を下げる。
「あの二人は、もしや……」
「さあな」
 煙草を揉み消す男は、そう言ったきりしばらく黙っていたが、
「俺は戦士だ。こんな仕事も悪くはないが、いずれ戦場が恋しくなる」
「………」
「そんときゃ何もかもを捨てる。だからあいつの父親は、前の戦争で死んだのさ」
 うそぶくように続けた。
「やい、お前!」
 男の子が私を指差して怒鳴ったのは、その時だ。
「おっちゃんはすっごく強いんだからな。わかったか!」
「ああ、身に染みて解ったよ」
 思わず口元を緩めながらも、私は誓って本心からそう答えていた。
「この通り。降参だ」
 両手を挙げてみせる。すると、彼は得意げに胸を反らせて見せるのだった。これには男も苦笑する。
「さて、これからどうするんだ? 連中、ここへとって返す勇気はなくとも、告げ口は欠かさないタイプと見た」
「倍にはするでしょうね」
 立ち上がって応える。我が事ながら、他人事のように流せる心持ちに、微かな戸惑いと可笑しさを覚えつつ。
「ま、今更、軍に戻るつもりのない自分にとっては、痛くもかゆくも無いことですが」
 乾いた風が髪を揺らしていく。傾きを増した西日は稜線を鮮やかに照らし出し、溢れる光がジムの白い機体を紅く染める。
「……大尉、いえ、ゲーブル殿」
 黄昏時の光景をしばし目を細めて見やっていた私は、ややあって、躊躇いがちに口を開いた。男を振り向いて言う。
「しばらくこちらに、置いて頂くわけには参りませんか?」
 唐突な願いである。だが彼は、軽く鼻を鳴らしただけで、好意ある口調で応じるのだった。
「給料は出ないぜ?」
「構いませんよ」
 その承諾の言に、私は笑った。彼もまた、にやりと笑って煙草を差し出す。
「吸うか?」
「いただきます」
 ありがたく頂いて、口をつける。荒野に昇る紫煙は、ゆったりと、己が心を解き放つようであった。

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