GUNDAM SHORT STORY

作:澄川 櫂

金色の光に包まれて

 宇宙世紀0080年1月1日。その記念すべき日の朝を、僕は周回軌道上で迎えた。青と白のコントラストの眩い地球が、眼下で鮮やかな輝きを放っている。
 戦場を外れてから、既に一時間以上が経とうとしていた。遠くに見えていた火線も今はなく、途切れ途切れに響く無線の声が、ただ静かに戦闘の終結を告げている。祖国と連邦との間で停戦が成立した、と。繰り返し、繰り返し……。
 隊の仲間達は無事だろうか? 暗く穏やかな星の海に目を転じると、僕はもう何度ともしれない呟きを、心の内で漏らした。もし無事であれば、今頃は自分の捜索隊が組織されているかもしれない。
 が、助かるかもしれないという淡い希望を、僕は頭の隅に追いやった。左足を失ったドムの機体は、確実に地球へと引き寄せられている。高度計の値はミーティングで教えられた限界高度をとうに下回り、外部センサーは装甲の表面温度が徐々に上昇していることを告げていた。

 ——自分は間違いなく、大気圏に落ちる。

 その事実を改めて確認した僕は、コンソールに手を伸ばすと警告を解除し、次いで無線機のスイッチをオフにした。耳障りなビープ音とノイズが止み、静寂が訪れる。コツン、コツン……。小石か何かのぶつかる音が、接触回線用の振動板を通して甲高く伝わる。
 怖くない、と言えば嘘になる。が、それは「恐怖」というよりも、「不安」と表現した方がしっくりくる類のものだった。僕という存在が、誰知られることなく消えていってしまうことへの不安——。
 僕は、ドムに体勢を整えさせると、コクピットハッチを開いた。認識票を握りしめると、虚空に向かって思い切り放り投げる。一瞬の輝きを残して、自分の名前の刻まれたステンレス製のプレートが、星の波間へと消えていく。
 そして、認識票の消えた方角に向かって、僕は拳銃を撃った。一発、二発、三発……。
 気休めでもいい。でも、願わくば、誰かにこの音が届いて欲しい。この光を見つけて欲しい。

 僕はここにいる。僕はここに生きたよ——。

 ひとしきり撃ち終えると、僕は拳銃を放り投げた。手早くハッチを閉じる。コクピットが空気で満たされるのを待って、ヘルメットを脱いだ。その開放感は、一時火照った感情の高まりを、存分に冷ましたようだった。
 動作する僅かな部位を動かして、ドムの向きを変える。ちょうど、夜明けの光を正面に捉える角度に。
 間近に迫った地球の縁に、金色の光が溢れていた。つい先ほどまでは、輪郭を表す線でしかなかったのが、今はこぼれた光がシャワーとなって降り注ぐほどに、鮮やかな輝きを放っている。
 それは、これまで目にしたどんな光景よりも美しかった。二つの天体が織りなす光景の前には、人の運命など些細なことのように思えてくる。実際、無に向かって流れるコクピットで耳にした戦争終結の報に、取り乱すことも嘆くこともしなかったのは、ディスプレイ越しに射し込んだ、この光のおかげだ。
 記念すべき年の初日の出を、こんな間近で堪能しているのは、世界中で自分一人だけかもしれない。そう思うと、なにやら得した気分になった。
 こうして温かい光に包まれて死んでいける自分は、幸せ者だ。まるで祝福されているようじゃないか。これ以上望んでは、先に待つ父に怒られる。
 僕は懐から、肌身離さず持ち歩いている家族の写真を取り出した。父と母、歳の離れた弟、そして自分が揃って写った最後の写真。軍人だった父は、半年前に戦死した。母は涙一つ見せなかった。が、そこに自分が加われば、いかに気丈な母とて動転するだろう。
 でも、母にはまだ弟がいる。まだ幼さの残るやんちゃ坊主だけれど、あれでいてしっかりしたところもある。きっと母を支えてくれるはずだ。自分は父と共に、天からそれを見守れば良い。そう、父と一緒に。
 眼下に広がる地球が、黄金色に染まっていた。コクピットに座る自分の体も、同じ色の光に包まれている。満足して頷くと、僕は短い電文をしたためた。僕は星になる。ただ一行、それだけを記した電文を。
「僕は星になる」
 声に出して言うと、僕は自分の認識番号を添えて、それを打った。サイド3で帰りを待つ、母と弟の元に届くことを祈りながら。
 ディスプレイに映し出される映像が、徐々に赤いフィルターを被せたような画像に変わってゆく。僕は静かに目を閉じた。まぶたの裏に焼き付いた光景は、いつまでも金色の光に包まれている。
 全身に火照る感覚を覚えながら、最後にもう一度呟いた。

 ——ボクハ、ホシニナル。

※本コンテンツは作者個人の私的な二次創作物であり、原著作者のいかなる著作物とも無関係です。