若き鷹の羽ばたき

作:澄川 櫂

17.ア・バオア・クー(1)

 爆散するガトル型戦闘機の向こうから、マシンガンを撃ち鳴らすザクが飛び出す。同じようにマシンガンで牽制するモニカのRX-77Dガンキャノン。距離を取ろうと逆制動をかける彼女に追いすがるザクは、だが、別方向から放たれたビームの閃光に貫かれて四散した。
「アル!」
 援護の主を知るモニカは、歓声ではなく警戒の声音でアルバートの名を呼んだ。ビームライフルは威力こそ高いものの、鮮やか過ぎる火線は格好の的になりうる。乱戦ともなればなおさらだ。
 果たして、ヒートサーベルを抜いたリックドムがアルバート機の背後から迫った。振り向きざまにビームサーベルを抜いたアルバート機は辛うじてそれを受けたものの、彼が劣勢は誰の目にも明らかである。モニカが声にならない悲鳴を上げかけたその時、リックドムの横腹を光刃が貫いた。
「無事か、アルバート」
「ミハイルか!」
 逆手に持ったビームサーベルの刃を収めて飛び去る友軍機の姿に、アルバートの声が弾む。脱力したリックドムの機体を蹴り、再び前進に転じるや、彼は侵攻方向に向けてビームを放った。散開する敵編隊。モニカ機とヤン機の援護を受けつつ、パウエル、リー、ミハイルの各機が各個に仕掛ける——。

 戦線は容易に要塞へと近付くことはなかった。強固な十字砲火と二隻の巨大空母が、ア・バオア・クーへと攻め入る連邦軍機を一機、また一機と墜として行く。
 善戦する連邦部隊も少なくはなかったが、戦況はしばしジオン軍優勢のまま推移した。形勢が変化したのは、突撃第二陣の各隊がようやく敵防衛網の喉元を捉え始めた後のことだ。部隊配置を変えようとしたジオン軍の一瞬の間隙を突いて、本命である突撃第三陣が敵巨大空母へと殺到。物量任せにこれを沈めたのだった。
「あれは……」
「やったか!」
 敵巨大空母の断末魔の閃光を、ヨークトンのモビルスーツ隊は補給ユニットで目撃した。相応の距離があるにもかかわらず、その光は極大で禍々しい。
 友軍の戦果を喜ぶヤンの歓声にも、いち早く気付いたモニカの声音と同質の、畏怖の念が込められているように感じられた。
「パウエル中尉、全機上陸のシグナルを受信しました」
「補給状況はどうか」
「ただ今完了。いつでも出られますよ」
 パウエルの問いに、顎髭を蓄えた艇長が通信モニターの向こうで親指を立てる。口元に浮かぶ白い歯が妙に印象的だ。パウエルと艇長のやり取りを耳にしながら、ミハイルはぼんやりそんなことを思った。
「曹長、ヨークトンへの伝言を頼む。全機健在、と」
「了解。ご武運を」
「ありがとう。出るぞ!」
 パウエルの号令一下、補給ユニットを発った彼らは、敵巨大空母の沈んだ宙域をかすめるようにして、ア・バオア・クー要塞を目指した。モビルスーツ同士の戦闘は依然として継続しているが、敵は明らかに浮き足立っている。
「無駄に相手をする必要はないぞ。各機、流れ弾を警戒」
 時折、攻撃を仕掛けてくる敵機以外は捨て置いて、彼らはア・バオア・クー要塞の迎撃砲火が直接届く距離へと至った。
「前方より敵機。新型です!」
 モニカが告げるのと同時に、鮮やかなビームが彼らの合間を抜けていった。二つの光点がこちらに向かって迫り来るのが判る。
「早い」
 一言口にしてミハイルは自機を加速させた。同様に加速するアルバート機に向かって呼びかける。
「アルバート、奥を頼む。頭は自分が」
「了解」
「行くぞ」
 ライフルを撃ち鳴らして牽制する相手に構わず、ミハイルは一直線にその懐へと飛び込んだ。すかさず薙いだビームサーベルの一撃を、敵機が同様にビームの刃で受け止める。予想外の事態ではあったが、ミハイルがそれに慌てることはなかった。
「性能は良いみたいだけど……」
 新型の腹部に右膝を叩き込むミハイル機。相手がバランスを崩したところを狙いすましてサーベルを振るう。
「“グリズリー”の足元にも及ばない!」
 新型の腹部を一刀両断して離れるミハイル。背後で爆散する敵機をよそに視線を転じると、ちょうどアルバート機がビームガンの一撃でいま一機の新型を葬るところだった。
「さすがだな」
 機を隊列に戻しながら、ミハイルは彼の射撃の腕前に改めて感嘆した。ヨークトンを発った時に装備していたビームライフルに比べ、ビームガンは射程距離、威力共に劣っている。にも関わらず、あっさりと仕留めて見せたのだから、それだけ狙いが確かということだ。
 ミハイルはモニカのガンキャノンを見やった。アルバート機の後方につけるずんぐりした赤い機体の挙動は、彼を信頼しているようであり、心配しているようでもある。
「上陸ポイント確認」
「これまた大歓迎ですなぁ」
 リーとヤンのやりとりに、我に返って正面へと視線を戻すミハイル。大小様々の迎撃砲火が幾重にも重なって、要塞の岩肌に十文字の彩りを添えている。
「ヤン、モニカ、ポイント近辺に牽制射。上陸するぞ!」
 両機の砲撃で僅かに弱まる対宙砲火網をかいくぐり、ヨークトン隊は全機が上陸を果たした。この時点では艦隊直援に残ったボール小隊も健在であり、第117MS中隊は完全な状態で残る数少ない部隊となっていた。
 それは運に恵まれてのことか。あるいは神の気まぐれか。当人たちには知る由もない。ただ一つ確かなことは、彼らがさらなる死地に足を踏み入れた、ということだ。
 侵入口となるゲートには敵の守備隊が控えている。時折、迎撃の光が見えるものの、手前の岩肌が丘のように盛り上がっており、完全に死角となっていた。何機の敵が潜んでいるか見当もつかない。だが、遮るもののない岩肌にいつまでもへばりついていれば、いずれ格好の的になるのは目に見えている。
 バックパックのバズーカユニットを切り離すヤン機を視界の端に捉えつつ、パウエルはモニカに向かって指示を出した。
「リー、ヤンと私が至近からグレネードを投げ込む。ガンキャノンはここに固定して、離脱する敵機があればこれを砲撃して仕留めろ」
「はいっ……!」
RX-77Dそいつはセンサー感度が抜群だ。攻撃後の敵影確認は任せた。アルバート、ミハイルはモニカを死守」
「はっ!」
「了解!」
「ではやるか」
 パウエル、リー、ヤンのジムは、そろそろと岩丘の縁まで進んだ。一方、モニカのガンキャノンはスタビライズド・ギアを伸ばして機体を安定させつつ、両肩のキャノン砲を引き出して砲撃姿勢を取る。両隣に控えるアルバートとミハイルの後期型ジムが姿勢を低くしつつ、いつでも飛び出せる態勢を整えるのを見届けて、パウエル以下の三機は仕掛けた。
 湧き上がる爆炎を突き破って、ドムタイプが二機、姿を現わす。一機はガンキャノンの砲撃で間も無く沈黙するが、もう一機は爆発で両脚を失いながらも、ジャイアント・バズーカを構えるのだった。
「させるか!」
 すかさず飛び出すミハイル機がサーベルを振るい、長砲を両断する。頭部バルカンの牽制に怯んだところを、アルバート機とモニカ機の銃砲火が引導を渡した。肩で大きく息をしながら、センサーを確認するモニカ。
「……動体反応なし。行けます」
「よし、侵入するぞ。モニカ、ヨークトン宛打電。我、ア・バオア・クー要塞ヘ突入ス。打て」
「こちら第781ボール中隊。ヨークトン隊に同道します」
「了解した。後方の警戒を頼む」
 合流した四機のボールを伴って、第117MS中隊A、B小隊は要塞内に順次突入した。ミノフスキー粒子は濃く、母艦への電文が届いたかどうかを確認する術はない。ただ、彼らの無事と己の武運を祈るばかりである。
 剥がれ落ちた岩盤の下敷きとなった敵兵を見て見ぬふりをしながら、ミハイルは慎重に機を進めた。目に見えて感度の落ちたセンサーはもはや当てにならず、時折ノイズの走るメインモニターだけが頼りだった。
 ジムが首を左右に回し、周囲をスキャンする。特段注意すべきものはなさそうだ。
「……左……要塞の奥へ……。モニカ……」
「ダメで……。センサー効きま……ん」
 パウエルとモニカのやりとりがかすれ気味に無線を伝った。ミノフスキー粒子の吹き溜まりにでも踏み込んだのだろう。ハンドサインに切り替えたパウエル機が、ミハイル機とアルバート機に前進の指示を出す。
 やがて、格納庫らしき開けた空間へと至った。ミノフスキー粒子は変わらず濃く、敵影をまるで確認できない。「D5」と描かれたハッチの前に至ったアルバート機がモニカ機を招くが、量産型ガンキャノンのセンサー性能をもってしても、ハッチの向こう側の様子を探るのは難しいようだった。
「ミノフスキー粒子がこうも濃いと索敵が……」
 舌打ち混じりにミハイルが呟いたその時、背後で閃光が迸った。同行するボール四機が同時に爆散する。
「なっ……!」
 慌てて振り向くミハイル機のカメラが、腹部に砲弾を食らって同様に砕け散るヤン機の姿を捉える。隣のリー機はなんとかシールドで受けたようだったが、爆炎を突き破って飛び出す新型の、ビームの刃を防ぐことは叶わなかった。
 ミハイルの眼前で、袈裟懸けにされたリー機がゆっくりと二分されて崩れ落ちる。まるでコマ送り画像を見ているかのようだ。が、それも僅かなこと。絶命の炎が辺りを朱に染めるのは一瞬で、ミハイルは無意識のうちに乗機を突撃させていた。
 新型の構えるジャイアント・バズーカをサーベルで斬り上げ、仰け反る敵機の胸ぐらを押し込みつつ、切っ先をその土手っ腹に突き立てる。そうして我に返ったミハイルは、溶解した壁の奥で大筒を構えるMS-05旧ザクを視認した。
 大口径のそのビーム砲は艦砲の流用品だろうか。ボール部隊を一撃で、それも隔壁もろとも葬ったのだから、メガ粒子砲並の威力を持つことは明らかだ。
 であれば、モビルスーツ単体で運用できる武器ではない。案の定、ザクの足元を這うエネルギーチューブの存在に気付いたミハイルは、すかさずそれをマシンガンで撃った。
 無照準ながらフルオートで叩き込まれる弾丸がチューブを踊らせる。チューブがちぎれ飛ぶ頃にはアルバート機の射撃も加わり、その先にある動力源をも粉砕した。先に屠った敵の機体を盾に爆炎をやり過ごすミハイル。爆発の衝撃で片腕と頭部を失った旧ザクが、よろめきながら後退して行く。
 だが、それを追うことはできなかった。ようやく感度の戻ったセンサーが、別の戦闘の存在をしきりに告げている。手早く弾倉を交換させて乗機を振り向かせると、リックドム三機と交戦するパウエル機、モニカ機の姿があった。
「モニカ!」
 敵の狙いは火力の高いモニカ機――ガンキャノン量産型にあるらしい。それと知ったパウエル機は、シールドを捨ててサーベルを抜いた。横合いより伸びるミハイル機とアルバート機の牽制射撃に浮き足立つリック・ドム部隊に向かい、吶喊する。
 モニカ機のキャノン砲が一機を撃破し、次いでパウエル機がもう一機を斬り伏せる。だが、そこまでだった。
 残る一機が至近距離で放ったバズーカの砲弾は、パウエル機の下腹部と胸元に相次いで炸裂し、機体を後方へと弾き飛ばす。弓なりに仰け反るジムのコクピットから吹き出す炎と共に、機外へと投げ出されるパウエルの姿がモニターに映る。
「隊長?!」
 ノイズ混じりの無線を震わせるモニカの悲鳴。宙を舞うパウエルを受け止めるべく、ガンキャノンがマシンガンを捨てて両腕を伸ばす。その無防備な彼女と敵機との間に割って入るアルバート。モニカ機の捨てたマシンガンを手にリックドムを牽制する。
「このぉっ!」
 ミハイルもまた、銃弾の飛び交うただ中に機を滑り込ませた。応戦しつつ後退するリックドムの逃れた通路にグレネードを投げ込むと同時に、脇にある開閉レバーに取り付く。幸いにして動作した隔壁が、吹き飛ぶ敵機の破片を扉の向こうに閉じ込める——。

 やけに静かだ。そして体が妙に重い。
(——無重力のくせに)
 そう悪態をついてみるが、腕の一本すら思うように動かない。ひたすら真っ白な光に包まれる中、遠くに誰かの声が響いている。だが、なんと言っているのかは、皆目判らなかった。
 わずかに晴れた光の奥に、霧に霞む山並みが浮かぶ。次いで鼻腔を伝うほのかな土の香り。いずれも判然としないが、どこか懐かしさを覚える情景だ。
(……これは俺の記憶か?)
 遠くに響く声が次第に近く、はっきりとしてくる。それが自分を呼ぶモニカのものだと知った時、パウエルは全身を覆う激痛と共に覚醒した。
「隊長!」
 異口同音にその単語がヘルメットのスピーカーを伝う中、真っ先に視界に飛び込んできたのは、自分を囲んで片膝を突く三体のモビルスーツの、見慣れたゴーグルフェイスだった。力無く項垂れるそれらに合っていた焦点が、ようやく手前のパイロットスーツにフォーカスする。と、放心したように佇む二人の姿をモニカの顔が遮った。
 バイザー越しにもはっきりと判る泣き顔に、パウエルは苦笑を禁じ得ない。
「なんとも情けない隊長だったな。俺は」
 その言葉が思わず口をついて出た。何事かしようと伸びるモニカの手を押しのけ、半身を起こすパウエル。
 瞬間、猛烈な痛みが全身を突き抜けた。モニカに応える自身の声すら、その意味をしかと把握できない。意識が混濁し始めているのか……。
 幾重に伝わる激痛の波をなんとか乗り越えると、パウエルは声を絞り出した。
「アルバート、現状を報告」

 パウエルに状況を説明するアルバートの声を耳にしながら、ミハイルは人知れず愕然としていた。この事態に至るまで、パウエルの身を一瞬たりとも案じていなかった自分に気付いてしまったからだ。
 パウエルだけではない。先に散ったヤンとリーにしても同じだった。地球の戦場から共に生き抜いてきた仲間であるが故に、安心しきっていたのだろうか?
 いや、そうではあるまい。
「ミハイル、現状で我々が取るべき行動は?」
 パウエルに見つめられたミハイルは、姿勢を正すと努めて冷静に答えた。
「援護が期待できない以上、再び敵に囲まれる前に、速やかに後退すべきと考えます」
「……上出来だ」
 動揺する本当の理由わけをいつ悟られるかと内心怯えるミハイルだったが、パウエルがそれに気付いた様子はなかった。ただ満足げに頷くと、程なくがっくりと崩れ落ちる。
 慌ててその体を支えるモニカ。駆け寄るアルバート。
「何をしている。速やかに後退するんじゃないのか?」
 バイザーを覗き込むモニカの肩越しにパウエルの咎める声が伝わるも、苦笑混じりのそれは、すぐに穏やかな口調へと転じる。変えようのない運命を、彼はとうに受け入れていた。
「俺のことならいい。どうせもう、助からんのだから。さっさと行け」
「ヨークトンに戻って、手当を受ければまだ……!」
「これは隊長命令だ!」
 パウエルの一喝は常のそれに比べてさすがに弱々しかったが、部下を従わせるには充分だった。静かに彼を横たえさせたモニカが、立ち上がって敬礼を送る。アルバートとミハイルもまた、パウエルから見える位置まで寄って、それに倣う。
「それでいい」
 パウエルは言って目を閉じ、大きく一つ息を吐いた。三人は敬礼を解いた後も立ち去り難く佇んでいたが、パウエルがそれを咎めることはもはや無かった。
 ただ静かに、言葉を続ける。
「……ここまで来たんだ。今さら何を恥じることがある。胸を張って生きろ」
 囁くようなその一言は、ミハイルの胸に深く突き刺さった。
 この戦闘中、ミハイルはほとんどモニカとアルバートの二人だけを気にしていたと言って良い。もちろん、最初はなからそんなつもりで出撃したわけでははないが、パウエル、リー、ヤンのことは、彼らが撃破されるその瞬間まで、特段の注意を払っていなかった。
 そのことを悔いる今のミハイルにとって、パウエルの言葉はあまりに重い。
「……はい」
 やっとのことでそれだけを口にする。だが、パウエルにはもう、ミハイルの声は届いていないようだった。
「いいか、三人とも。すぐにはこっちに……来るな」
 虚空に向けてなされる最後の命令は、ほとんどうわごとに近い。そうして一際荒い呻きを上げると、
「静かだ。土の薫りがする」
 唐突にそう口にする。
「あぁ、あの山並み。お前らにも、一度、見せてやりたかった……よ……」
 郷里の光景に想いを馳せながら、パウエルはア・バオア・クーの宇宙に逝った。

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