機動戦士ガンダムΖΖ外伝三部作

作:銭湯犬

情報戦 〜 U.C.0088/05/12 Irkutsk

 集中力を高めるために照明が落とされた部屋に、表示盤上のプリップが静かに光を湛えている中、交互に何人かの声が流れていた。
「0930時、宇宙軍軌道艦隊哨戒衛星SS−601、ネオジオン降下部隊αを確認」
「822連隊と421連隊で連隊戦闘団を編成」
「1000時、α降下開始。防空軍の迎撃により、αの10%を撃破」
「連隊戦闘団、敵予定降下ポイントへ移動。821連隊は敵想定後退ポイントに布陣のため移動」
「戦闘団の到着まで90分経過」
「降下部隊αの防御準備はレベルC。防御修正150%」
「第5航空軍の支援は20%。行動命令は消極」
「822は浸透、421は強襲を選択」
「822の被害は5%、421の被害は15%。1400時、αは退却を開始」
「421は追撃を続行、821アクティブ化」
「421の被害は3%、821の被害は1%。1830時、αは降伏。戦闘終了です」
 照明が元に戻され、室内には雑談の声が満ちた。
「421の18%の損耗は大きすぎるんじゃないか?」
「そんなこと言ったって、夜が来る前に終わらせなければ厄介なことになるわよ」
「そもそもαの戦力想定があやふやすぎる。こんな危険な状態で強襲することには反対だ」
「いや、災厄の種は早めに摘み取らねば……」

 この様子を端末から眺めていた、連邦地上軍第8軍第42師団第1連隊(421連隊)機動大隊、C中隊第09MS小隊の3人のパイロットは、顔を見合わせた。
「うちの小隊は強襲時にわたしとコロリョフが破壊され、追撃時にセイも撃墜されたってさ」
 パイロットの一人、ハン・ミヒャがニヤリとしながら語った。
 小隊長のセイが、ため息混じりに応えじる。
「うちの小隊が前回の作戦で半壊したことは事実だけど、こう毎回毎回死刑宣告をされるんじゃ、シミュレーションの出来を疑いたくなるわね」
「それって責任転嫁じゃないですか。プログラムデザイナーの責任じゃないですよ」
 もう一人のパイロット、アレクセイ・コロリョフが混ぜっ返す。
「戦意にだって影響するわ。作戦前に神社に行って、外れくじを引いたみたいなもんじゃない」
 セイは、アレクセイには答えずに愚痴を続けていた。
 ミヒャとアレクセイは二人、顔を見合わせると肩をすくめるようなジェスチャーをして、元の業務である戦術プログラムの支援に戻った。

 地球連邦宇宙軍はこの数ヶ月、ネオジオンの地球侵攻作戦に対して、まったく手をこまねいていた。それもこれも、ティターンズとエゥーゴの内戦で崩壊した、軍上層の命令系統が再建されていなかったためだ。特に、親衛隊たる軌道艦隊は根こそぎティターンズに持っていかれた結果、壊滅的打撃を受けており、月軌道のラグランジェポイントにあるルナ2にて再建が始まったばかりだった。
 地上軍も大きなことは言えない。戦略防空軍は軌道艦隊同様に半壊の体だったし、陸海空の3軍も、ティターンズに奪われた統合参謀本部の機能再開がはかどらず、逐次的な行動が行われるばかりで、大作戦に必要不可欠な有機的な結合が失われたままだった。
 そんな中、連邦陸軍第8軍は、降伏したティターンズ東アジア方面軍が使用していたヤクーツク基地を駐屯地に定め、新たな命令を待っていた。
 軍レベルの集団になると、作戦の遂行中ではなくても、その機能を維持するだけで膨大な作業が必要になる。しかし、戦闘部隊は別だ。噴射材や武器・弾薬、耐久消耗材等の戦略物資入手に限度があるため、平時よりもかえって実戦的な訓練が行いにくくなる。ありていに言えば、ヒマになるのだ。
 セイの小隊も、連隊レベルで行われる細々とした作戦プランの作成の支援と、机上演習への参加で無為に日々を過ごしていた。
 セイが、第42師団の長であるキャサリン・バルトルド大佐に呼ばれたのは、そんなルーティンワークに嫌気がさしつつあった頃だった。

 大佐は、立派な化粧合板でつくられた卓に向かい、リラックスした様子で座っていた。
 にこやかな表情で茶を勧めながら、セイの手元にレポートの綴りを滑らせる。
 セイの小隊の人物調査票のようだった。
「君の小隊に所属する、アレクセイ・コロリョフ少尉のことを聞きたい」
「はい。彼が何か?」
「イルクーツク市市内の出身だそうだな」
「そう聞いております」
「信頼できる人物かな」
「優秀なパイロットで、後ろを任せることの出来る男です」
「結構だ。ここからの話は機密扱いとする。いいね?」
「了解しました」
「イルクーツク市郊外に、ジオンの地下拠点が存在するらしい。アレクセイ・コロリョフの親戚に当たる陸軍予備役少佐からの情報だ。君の小隊に、偵察任務について欲しい」
「偵察、ですか。ご存じの通り、我が小隊は機動戦闘小隊であります。威力偵察という意味でしょうか?」
「手法は君に任せる。敵の規模は未知数だが、情報部の話では小隊規模、MS戦力としてもせいぜい旧式機が数機だろうということだ」
 セイは、バルトルド大佐の言葉に、ほんの少しだけ迷いを感じた。情報部が言ったというのは信用できない。おそらくは「予備役少佐」からのたれ込みだろう。よしんば、それが事実だったとしても、「旧式機が数機」などといういい加減な情報なら、ない方がましである。
「師団長、はっきり教えていただきたいのですが、これは師団司令部が立案した軍事作戦なのですか。それとも情報部からの司令で遂行する情報作戦なのですか」
 大佐は、100キロはあると噂されている巨躯をゆっくりと起こし、造りの良い合成皮革製のチェアに深くかけ直すと、眼鏡を外して眉をひそめた。
 セイは、下手な演技だ、と思う。
「どういう意味だね」
「軍事作戦ならば大隊指令部を、情報作戦ならば軍情報大隊を経由して命令をいただきたいのです。このような指揮系統を無視した命令は、通常受けられないはずです」
「それは平時の規定だよ」
「しかし、戦時の例外規定が適用される状況ではないと思いますが」
「戦時特例法54条修正2項だ。確認したまえ」
 セイは、自分のスレートを取り出して軍法にアクセスした。確かに、大佐の言うとおりらしい。
 セイは、自分が何かまずい状況に追い込まれつつあることを感じた。
「差し支えなければ、閣下。この作戦の意図をお教えいただきたい」
「中尉、君は何が言いたいのだ」
「率直にもうしますと、大佐。軍司令閣下は、手柄がないことを焦っていらっしゃるのではないか、ということです」
 セイは、一息にそう言うと、そしてあなたもね、と心の中で付け加えた。
 バルトルド大佐の声が、トーンを低めて冷気を帯びた。
「君は、スタインベック少将やこの私が、軍閥政治の真似事をしているとでも言いたいのか?」
 セイは姿勢を正した。そして、余計なことを言ってしまった後悔に苛まれた。自分の自己満足のための一言が、部下を危険にさらすことになる。ここも戦場なのだ。
「差し出がましいことを言いました。申し訳ありません」
「今の発言は、私の胸の中にしまっておくことにする。作戦プランは明朝10時までに提出するように。この私に直接に、だ」
 演技するのを止めた師団長は迫力があった。さすがに出世する人間は違う、とセイは思った。
 逃げ道はなかった。
 セイはまんまと罠にかかったのだ。

 小隊に属するパイロットの3人と、偵察分隊を指揮するバーリントン軍曹、その副官でガンナーのセミョーノフ伍長の2人がセイの個室に集まったのは、師団長からの命令が下りた2時間後だった。
 大佐からの指示が一通り伝えられた後、まずバーリントン軍曹が、手を挙げて質問した。
「お話が見えないのですが、支援はどうなっているのですか」
「情報・偵察・火力、あらゆるレベルで、師団からの支援はない。師団長命令による我々の小隊の単独任務だ」
「無茶な……大隊長はご存じなのですか」
「多分知らないだろう。知ってたら、我々にはやらせないよ」
 大隊本部は、威力偵察小隊という精鋭を直属に持っているのだ。わざわざ戦列の小隊を一つ潰して、慣れない任務に充てたりはしない。
「敵を欺くには何とやら、か」
 ハン・ミヒャ少尉が恨めしげな目つきでセイを見た。セイが何か隠していることに気づいているのだ。
 親友に嘘をつくのは苦痛だったが、指揮官が迷いを見せるわけにはいかない。
「そういうこと。時間がない、プランの検討に入るよ」

 作戦プランとはいっても、結局は現地に入ってみなければどうしようもない、という結論は最初から明らかであり、概略を話し合うだけに留まった。
 最新の地図と、師団情報中隊から提供を受けた航空宇宙偵察情報に基づき、3機のMSと索敵ホバークラフトの初期配置を決定する。
 第5航空軍の戦術輸送航空隊から4機の強襲輸送機「ベース・ジャバー」を借り受け、イルクーツク市中心部から東方80キロに降下。そこから約4時間かけて5キロのフロントラインまで、障害を排除しつつ移動、野戦陣地を構築する。ここまでが威力偵察活動だ。
 この時点まで敵の抵抗がなかった場合、潜入情報活動に目的を切り替え、ミヒャとアレクセイ、バーリントン分隊のうち2人が、市内に潜入し、12時間情報収集を行う。
 その間、残りの6名はフロントライン上で、周囲の環境情報を警戒しつつ待機する。
 3人のパイロットのうち2人を送り出すのは気が向かなかったが、シベリアでは、ロシア人以外には中国人と朝鮮人がもっとも警戒心を引き起こさない人種だというアレクセイの意見を尊重することにした。
 セイは、アレクセイにだけ、この作戦が彼の親戚からのたれ込みによるものであること、正式の軍事作戦ではなく、上層部のプライベートプランによるものであることを知らせておいた。

 作戦は恐ろしくスムーズに進んだ、降下後フロントラインに到達するまでに発見した障害は、移動中の遊牧民の集団一つだけで、それを迂回のために15分間作戦が遅延しただけだった。
 MS用の塹壕を製作した後、アレクセイのGMIIIとミヒャのGMIIを自律モードで配置し、4名の潜入班が市販品のエア・バイクで出撃した。
 あまりに順調に事が進んだため、セイはミヒャに、わざわざ注意して行動するよう言い含めたほどだった。
 そして、その予感は当たっていた。3時間後、ミヒャがひとりだけで帰還したのである。

「アレックスが……コロリョフが、いなくなっちまった」
 憔悴しきった表情で、ミヒャが報告した。
「いなくなった? どういうことだ?」
「失踪ですか?」
 バーリントン軍曹が口を挟む。
「ハンは、コロリョフとバディを組んでいたはずだろう?」
 セイは、チームワークを重視して、パイロットふたりと偵察分隊のふたりを組ませ、ふたつのチームで行動するよう命令したのだ。
「土地勘があるからって、30分で戻るからって、単独行動を許したんです。わたしの責任です」
 ミヒャは、状況の報告を済ませると黙り込んでしまった。
 セイとバーリントンは、二人で善後策を話し合った。
「アレックスは、任務放棄するような奴じゃないよね」
「里心がついたのかも知れません。しかし、誘拐ということも考えられますね」
「誰が? 何の目的で??」
「そりゃ、ジオンの地下拠点を偵察しているんですから……」
「机上の空論で時間を消耗させられない。コロリョフ少尉を連れ戻すぞ。あと8時間半ある。アタラシを先任に任命し、サワドとここを守らせる」
「モビルスーツをぜんぶ自律にするんですか? 規定違反では」
「わかっている。そもそも、われわれがここにいること自体が規定違反なんだ。歪みは自分たちで直すしかない」
 セイはアタラシ上等兵に、ハッチをロックし、装甲車から一歩も出るなと言い置いて、イルクーツクの中心部へと向かった。

 そのころアレクセイは、親戚の家の地下室で男と向かい合っていた。手には手錠、足はイスに縛りつけられている。
「叔父さん、絶対にマズイですよ」
 ほとんど泣きそうな声で、アレクセイが訴えた。叔父さんと呼ばれた男は、鷹揚に答える。
「おまえが命令に従うんならば、すぐに解放してやる」
 その、命令と称する話の内容は、お話にならないものだった。
 アレクセイたちに地下工場のある場所を教えるかわり、その工場を殲滅するためのモビルスーツを貸せ、というのだ。
 軍の機材を勝手に民間人に貸し出すことなぞ、もちろん論外なのだが、ミハイル叔父は連邦陸軍予備役将校のIDカードと拳銃をちらつかせて、「先任として、上官として」話を突きつけてくる。アレクセイは仕方なしに、筋論で同じ説明を繰り返した。
「私が受けている命令は、偵察任務です。殲滅じゃないんです。命令違反になります」
「ならば、取引は止めだ。そして、我らが兄弟アレクセイは敵前逃亡。君の運命もこれ迄だ」
 かれこれ、3時間も同じ議論が続いていた。アレクセイは、議論の方向を変えることにした。
「わたしの上官が警察に通報しますよ。親戚筋を当たればここなんてすぐ見つかるんですから」
「しろしろ! 奴らに何が出来る。所長のヨセフをはじめ、ジオンの占領政策に荷担した連中揃いだぞ。おれの言っている意味がわかるな?」
「連邦軍に協力などしないって事ですか」
「よしよし、頭はあるようだな。私は戦後8年間、故郷のために、奴らを見張ってきたのだ。二度と、母なる豊穣の大地を、奴らの軍靴で踏み荒らさせるわけにはいかん」
「それはわかってますけど、しかし……」
「嫌なら、この取引は止めだ。今の連邦軍なぞ、おれはこれっぽっちも信用しとらん」
「少し時間を下さい。上級指令部と連絡を取ります」
 ミハイルは、少し考えたようだった。
「おまえの上官は中尉だな?」
「そうです」
「実戦経験は?」
「3機撃墜のエースです」
「話せる男か?」
「女ですが、最高の上官です」
「……よし。そいつを上に呼びつけろ。一人でだ」
 ミハイルは、アレクセイに個人通信機を渡した。
「手錠解いて下さいよ」
「そのままで使えるだろうが」
 アレクセイは、情けない顔をしながら手錠を掛けられた手で通信をはじめた。

 フロントラインからわずか1キロの、アンガラ川のほとりに停泊していた釣り船は、幸い無人だった。
 制服の上に私服のコートを着用し、銃を隠した5人は、船を奪うとすぐにエンジンを
起動させ、市の中心部に向かった。
 釣り人には見えそうになかったが、贅沢は言えない。
 船は軽快に航走し、30分も走ると、町中に入った。適当な桟橋を見つけ、船をつける。帰りのために、バーリントン軍曹ともう一人に船の確保を命じると、セイとミヒャ、セミョーノフ伍長は市内に上陸した。
 その時ちょうど、セイの小隊用通信機が着信を伝えた。
「アレクセイからだ」
 小声で言うと、セイは振動マイクを押さえた。
「中尉、申し訳ありません。ミハイル・コロリョフ少佐の命令で行動を束縛されております」
「どういうことだ」
「少佐はわたしを拘禁、いてっ、その、自由を奪い、われわれのGMを彼に貸せと要求しております」
「話にならない」
「わたしもそう言いましたが、彼は中尉と直談判するというんです」
「場所は?」
「大通り沿いにある、パブです。店名は『チグラーシャ』。一人で来いと言ってます」
「わかった。すぐに行く」
 こめかみに隠されたマイクを切ると、セイは、3人が情報を共有したことを口頭で確認した。
「伍長とミヒャは、カップルの振りをしてバックアップ。わたしの指示で少佐を確保しろ。伍長、市内に潜入中の班には、店の外を警戒させてくれ」
「了解」
 二人は声を揃えた。

 店の位置は、通行人に聞いて直ぐにわかった。幸い、人気のある店らしい。伍長とミヒャは先に店に入り、セイは6分、時間を置いてから後に続いた。
 店は、ロシア人以外の、アジア系の客が多いようだ。しかし、昼間からウォトカを煽っている点ではロシア人とどこも変わらない。
 セイはカウンターに席を取った。テーブルは5メートル以上ある、自然木の一枚板だ。今買えば高価な物なのだろうが、仕上げはぞんざいな感じだ。
 壁には、モビルスーツや軍人の集合写真、部隊章などが、小綺麗に展示されていた。
 オーダーを取りに来たバーテンダーに、茶を頼むついでにささやく。
「少佐に会いたい」
 中国系のバーテンダーは、片方の眉だけを器用に上げると、カウンターの下から、数枚の書面と、1世代前の個人通信機を取り出して、セイの前に並べた。
 書面は、連邦地上軍の公式書面で、ミハイル・コロリョフ少佐に対してモビルスーツ・GM1機の提供を命ずる命令書だった。引き渡し場所の情報も記載されていた。
 命令書は、一点を除いて内規に則ったものだった。その一点とは、即ち、直属の大隊長以上の承認サインがないという点だった。イルクーツク郷土防衛隊隊長というサインはあったが、セイの部隊とは命令系統がまったく違うし、そもそも大戦中につくられた「郷土防衛隊」という組織が、今でも機能しているなんて聞いたことが無かった。
 セイは、怒りのため一瞬血圧が上がるのを感じた。と、通信機が着信を知らせた。
「2時間だけ時間をやる。遅れるなよ」
 通信機はそれだけ言うと切れた。
 送信は、逆送信が不可能なモードでなされていた。セイは心臓の音が頭の中で響くような気分を味わった。
 完全に、向こうのペースだった。

 ミハイル・コロリョフは、店を出ていくセイたちをモニターで確認すると、やはり大戦時のパイロットスーツをロッカーから取り出し、手慣れた調子で着用をはじめた。どうやら訓練は欠かしていないらしい。ベルトを装着し、拳銃に弾薬が装填されていることも確認する。
「叔父さん、僕もバックアップしますよ」
「よけいな手出しはいらん。故郷はわしらの手で守る」
「単独行動は危険です。敵は復数なんでしょう?」
「よそ者に、街を壊されちゃあ、かなわんからな」
「わたしはこの街の出ですよ。そんなこと、する訳ないじゃないですか」
「女にいいとこ見せたいか? 格好いいって言われたいか? お前さんの考えている
ことなんて、しょせんそんなところだろう」
「違いますよ!」
「フン! じゃあ、貴様は、いったい何のために戦争しとるんだ」
「何でって……わたしはパイロットですし、これが仕事ですから」
「そうじゃないだろ! おまえの戦争哲学について聞いとるんだ」
「哲学ですかぁ? 一応士官学校では習いましたけど……」
「ほぉ! お前は地球連邦軍のために戦っとるのか! 念のため聞いておくが、いったいどの地球連邦軍だ」
「私だって、ここ1年の内乱騒ぎにはうんざりしてますし、今の地球連邦軍のあり方には疑問を持ってますよ」
「どこかで聞いたようなことを言うな。自分の言葉でしゃべれ。お前さんにまず必要なのは、そういうことだ」
「そんなこと言ったって、これが地なんです」
「まったく! これだから今の連邦は! 将校にろくな教育もしておらんようだな!」
「ひどいこと言いますね」
「事実だからな」
 そこまで言うと、ミハイルはにやりと笑った。
「しかしまぁ、おまえの後学のためにも、わしの戦いぶりを見せておいた方がいいかもしれんな!」

 セイは、怒りのあまり黙りこんでいた。
 ミヒャが、心配して何かと声をかけてくるが、雑音にしか聞こえない。
 地元の警察の手を借りることも一瞬考えたが、敵は地元の郷土防衛隊だ。警察もグルだとか考えるのが自然に思えた。
 誰も彼もが無茶苦茶だ。自分のことしか考えてない。なんでわたしがこんな作戦につかなければいけないんだ。
 そこではっとした。自分もしょせん、自分のことしか考えてない。
 敵は郷土防衛隊でも、第8軍の上層部でも、ましてや彼女の部下たちでもない。
 モビルスーツ数機を擁するジオン残党なのだ。
 そう思いついたとき、セイの腹は決まった。
「ミヒャ、決めたわよ」
「何?」
「あのじじぃと心中するのよ」
「本気?」
 横で聞いていたセミョーノフ伍長は、「心中」という単語が理解できないようで、不審げな表情を浮かべていた。心中は東アジアの文化なのだ。
「やるんだったら無理心中。ジオン残党を巻き込んでやってやるわ」
「なるほど」
 ミヒャは、何時間かぶりに、小さな笑顔を見せた。

 引き渡し場所には、8輪駆動型の装輪装甲車が1両待機していた。
 その前には、パイロットスーツに身を固めた初老の男と、いまだに手錠をかけられたままのアレクセイ。そしてライフルを持った6人の男。一人はバーテンダーをやっていた男だ。
 3機のGMと偵察装甲ホバーは、正規の隊列を組んで装甲車の前に対峙した。

 セイは一人、GMのコクピットから降り立ち、敬礼しつつ報告を述べた。
「連邦陸軍第8軍、421大隊セイ・カヌマ中尉。連邦陸軍イルクーツク郷土防衛隊隊長ミハイル・コロリョフ少佐の命令により、モビルスーツ1機の輸送を完了しました。受領書にサインして下さい」
「ご苦労、中尉」
 ミハイルは、敬礼を返すと、アレクセイの戒めを解いた。
「やれやれ……叔父さん、本気でやる気ですか?」
「むろん本気だとも。アレクセイには、手荒な真似をして悪かった。バルトルド大佐のことだから、素直にわしの要求には応えンだろうと思っていたが、案の定だったな」
 セイは、またもやうんざりした。結局はプライベートに引きずり回されているのか。
「少佐は、バルトルド大佐とお知り合いでしたか」
「奴は、わしが機動大隊長だったときの副官だ。わしがへまをやって左遷された後に頭角を現したようだが、わしの教えあってのことだろうよ」
 ミハイルは得意げにそう言うと、さらに言下に言い放った。
「さて諸君、御足労願っての上で悪いが、この任務はわれら郷土防衛隊が遂行するものなれば、諸君らの御助力は無用に願おう」
「そんな、叔父さん!」
「われわれの任務は偵察ですから、後方からよく見学させていただきます」
「カヌマ中尉まで!」
「アレクセイ、へまをやったわね。この借りは絶対返してもらうわよ」
「はぁ……すんません」
「少佐、参考までに敵地下拠点の規模と戦力について教えて下さい」
「戦闘員48名、作業員87名、モビルスーツ・ザク3機、そして、軍事物資が5万トン」
「5万トン!? 本当ですか??」
 一個師団が全力で数日戦えるだけの物資が、隠匿されているというのだ。
「聞いてないのか? 確かな情報だ。街ぐるみで隠してはいるがな。ネオ・ジオンは、間違いなくこの物資を摂りに降りて来る。再び故郷が、戦火に燃えることになる」
「そうだったんですか……」
「早速だが、わしの機体はどれだ?」
「左端の3番機、最新鋭のGMIIIです。アレクセイ・コロリョフ機です」
「甥っ子の機体に乗るとは、不思議な巡り合わせだな。長距離支援型か?」
「ロケット類は脱着式です。使い捨てなので、使用後は遠慮なく投棄して下さい。ガンダムマークII直系の量産機ですから、白兵戦の能力も一流です」
「気に入った! これで連中を一掃できる。焼き払ってくれるわ」

 ミハイルは、早速GMIIIのコクピットに潜り込んでいる。
 装輪装甲車は、すでに出発している。
 アレクセイはホバーのキャビンに乗り込み、セイは自分の機体に戻った。
「さて、と」
 セイは、アレクセイとの直通回線を開いた。
「アレックス。連中の行き先の見当はつく?」
「ええ。郊外に輸送ターミナルと廃工場が集まったブロックがあります」
「地図で表示して」
 アレクセイは記憶をたどり、キャビンのパネルを使ってデータを転送した。
「なるほど、見るからに怪しい」
「これで、借り、返せました?」
 セイは、くっくと声を立てて笑った。
「まだまだ。全然足りないわ」

 ミハイルは、GMIIIの操縦に手間取っていた。
 彼は確かに大戦中、MSの部隊を率い、自分でも敵2機を撃墜していた。
 しかし、大戦中のGMと、8年後に製造された今のGMとでは、性能的にもシステム的にも、同じ所を探すのが難しいほどに異なっているのだ。
 それでも、コンピュータのサポートも利用することによって、一通りの機動は可能なはずだった。
「手足のように、とは行かんが!」
 そう吼えるミハイルの戦意はますます盛んだった。GMは、先行する装甲車に追いつくため、ステップのテンポを一段階あげた。1キロの距離を置いて、カヌマ小隊の偵察ホバーが追従した。
 
 ミハイルは、すべての攻撃を一人で済ませる心積もりでいた。装甲車は、あくまで戦果の確認と捕虜の確保のためで、戦列で戦わせる気はなかった。もとより、ろくに訓練も行っていない郷土防衛隊の面々には、その能力もなかった。もちろん、カヌマ小隊の協力などは期待していない。
 彼は、大戦中から9年の間、反連邦的な多くの市民から受けた屈辱的な扱いを思い出していた。
 ここ、シベリアの地においては、地球連邦政府が採っている絶対民主主義と集団指導体制、そして宇宙への強制移住政策は、旧世紀の悪夢であるスターリン体制と同一視され、常に憎しみの対象とされていた。宇宙から降下してきた侵略者であるはずのジオン軍は、解放のシンボルと言われ、歓迎すらされたのだ。
 地元出身でありながら連邦の高級将校にまでなった彼は、憎悪と嫉妬の入り混じった視線でいつも見られていた。
「魂を宇宙野郎に売り渡した奴原めが……。この手で引導を渡してくれる!」
 GMIIIが装備するロケット弾それぞれには、あらかじめ攻撃目標を指示してあった。すべての地上構造物を破壊するのに、充分な数の弾頭があった。
「地獄に堕ちろ!」
 敵拠点まで10キロを切った位置で、ロケットの射出を開始した。走行しながらの砲撃だ。弾頭それぞれが干渉するのを避けるため、すべての弾頭が数秒感覚で撃ち出されていき、破壊が地表に降臨した。
 反撃は、素早かった。まず、何発かのロケット弾が中途で迎撃される。個人用の防空ユニットだった。もっとも、ばらばらになった破片はそのまま地表に叩きつけられ、対象は直撃と大差ない被害を被った。
 側方3キロから1機のザクが、塹壕らしき地形から上半身を乗り出し、ミハイルのGMを襲う。弾を撃ちだした後のランチャーが、粉々になって弾け飛ぶ。ミハイルは驚いて反射的に後退した。
 それが失敗だった。後退したところをさらに2方向から砲火を浴びせられたのだ。敵は明らかに待ち伏せをしていた。
 ミハイルのGMは十字砲火の交差点に晒され、移動が不可能になった。最新型の防御システムは、ジオンの残党が持っている旧式の装甲貫徹弾をよせつけなかったが、跳弾のひとつがビームライフルを引き裂いた。
「ぬぅ。抜かった」
 装甲防盾で片方の側面からの攻撃を防ぎながら、もう一側面の敵には頭部のバルカン砲で牽制射撃を行う。GMIIIの近接防御火器は非常に高性能で、極超音速で飛来する砲弾を直撃することも、性能上は出来る。タングステンで造られた弾頭を破壊することは無理だが、方向を逸らしたり、弾道を逆算して敵の砲火を沈黙させることも、理論上は不可能ではない。しかし、如何せん弾薬数が少な過ぎた。実験場ではない戦場では、数が確率を支配する。
 正面の敵からは次々と直撃弾が来る。どうにもならない危機的状況だった。

 その時、予期せぬ方角からビームライフルによる狙撃があった。
 後方から側面に迂回していたセイとミヒャのGMが、支援を開始したのである。瞬く間に2機のザクが足を打ち抜かれて地に伏した。
 もう1機、最初にミハイルを襲った機体は、窪みに身を潜めて身動きがとれなくなっている。完全に形勢が逆転していた。
 ミハイルは、その助力を心の内で感謝しながらも、ほとんど反射的にこう叫んでいた。
「助太刀無用と言った!」
「うるさい、偏屈親父!」
 これはミヒャの声だ。セイがそれに続く。
「少佐、われわれの任務はもう一つ。可能な限り軍の資産を保全することです」
「その意気や良し。しかし、これまでだ!」
 ミハイルはビームサーベルを抜刀させると、頭上にかざした。
「アレックス、よぉく見ておけ! これがGMの、白兵戦だぁ!」
 GMは高く跳んだ!
 ザクは、驚いたようにそれを見上げ、中腰になって、上空から向かってくる敵にマシンガンを乱射した。GMぼ胸部に設けられたセンサーがひとつ、えぐり取られる。しかし、それまでだった。GMは、着地ざまにザクの頭部をクビの付け根から見事に落とした。両腕が肩から脱落し、ザクは尻餅をついて機能を停止した。
「やった」
 ミハイルは、呆然という感じで呟いた。
 そしていきなり躁状態になった。
「やったやったやった、やったー!」
 決して広くはないコクピットの中で、ミハイルは叫んでいた。
「少佐、どうしました?」
 セイは心配になって、声をかけた。
「敵を撃墜した!」
「ハイ、確かに」
「確認したな?」
「間違いなく」
「わしも見た。いや、まだこの目では見てないな、よし」
 ミハイル・コロリョフ少佐は、そして狂気の沙汰としか思えない行動に出た。
 コクピットのハッチを、開放したのだ。
 身を乗り出して、ザクの残骸を見下ろしたミハイルは、狙撃兵の大口径ライフルによって座席に叩きつけられた。
 狙撃兵は、装甲車からの機銃掃射によって即座に沈黙させられたが、弾は一発で充分だった。

 ホバー偵察車のキャビンに収容されたミハイルは、すでに瀕死だった。
 沈痛麻薬の注射によって、意識は落ち着いたが、手持ちの医療品で打てる手は、ほとんどなかった。内臓の1/3が、失われていた。
「アレックスよ」
 ミハイルが、口を開いた。喋れること自体が奇跡的だった。
「何? 叔父さん!?」
 半べそをかいたアレクセイが、ミハイルの手を取る。
「わしは、エースだぞ」
「エース?」
「そうだ。3機撃墜のエースだ」
 ミハイルは、そこで一息ついた。
「わしの部下には、5人ものエースがいた。副官のキャサリンも、その、一人だった。わしは、肩身が狭かった」
 キャサリン、というのが、巨躯を揺らしてのし歩く師団長、バルトルド大佐のことだとは、その時誰も気づかなかった。
「そんな……叔父さんは僕ら一族のヒーローだったよ」
「ははははは……カヌマ、中尉といったか?」
「はい……」
「帰って、キャサリンにあったら伝えてくれないか」
 セイには、それが何者だかわからなかったが、自分には聞く義務があると思った。
「何でしょうか?」
「わしは、あんたのお尻が、大好きだったと」
 それが最後の言葉だった。3分後、彼は輸液不足によって失血死した。
 ミハイル・コロリョフ少佐、連邦陸軍予備役将校。元イルクーツク郷土防衛隊隊長。宇宙世紀0088/05/12、イルクーツク郊外にて、ジオン軍ゲリラに狙撃され負傷、後送中に戦死。享年51才。

 ミハイル・コロリョフ少佐の遺体は郷土防衛隊に引き渡され、隊員によって遺族の元へと運ばれた。アレクセイもそれに付き添った。
 葬儀場には、ミハイルの攻撃によって命を落としたジオンのゲリラ兵と軍属、協力していた市民の遺体も次々と運ばれてきた。降伏したゲリラの指揮官によれば、ロケット攻撃とそれに続く戦闘によって7人が死亡、28人が重軽傷を負った。ほとんどの人間が退避するか防爆壕には入っていたため、死亡したのはミハイルを撃った狙撃兵と、不幸にも壕の換気口に直撃弾を受け、窒息した6名だけだった。
 地下にストックされていた大量の戦略物資は接収され、書類上の形だけイルクーツク市に移管された後、第8軍により戦時徴発された。
 第42師団の長、キャサリン・バルトルド中佐は、自らイルクーツクに入り、ミハイル・コロリョフの遺族を見舞い、葬儀に参列した。セイから、ミハイルの最期の言葉を聞かされた大佐は、寂しげな苦笑を浮かべて、イエローカードのハラスメントね、と応えた。

 アレクセイにつきそって葬儀に参列したセイは、ミヒャを誘って3人でコロリョフの店「チグラーシャ」を訪れた。
 アレクセイはスタンダードなウォッカ「ストリチナヤ」を、セイはブランデーをブランドした甘い「スタルカ」を、ミヒャは唐辛子を漬け込んだ「ペルツォフカ」を注文した。
 ショットグラスとボトル入りのチェイサーがカウンターに並べられる。ぞんざいに切られたザクースカという漬け物が、大皿に入れて置かれた。
 セイが、乾杯の音頭をとった。
「エースパイロット、ミハイル・コロリョフ少佐の霊に」
 3人は、それからしばらく黙って飲んだ。
 ふたつ目のグラスを空にしたアレクセイが、ポツリと口を開いた。
「叔父さんには、子供がいなかったんです」
「みたいね」
「僕のことは、自分の息子みたいにかわいがってくれて、パイロットになれたことを報告に行った時は、有頂天になって喜んでくれたんです」
「そんなことがあったんだ……」
 ずっと黙って聞いていたミヒャが、うつむき加減で言った。彼女の親戚のほとんどが、1年戦争で戦災死していたことを、セイは思い出した。
 それからまたしばらく、3人は黙って飲んだ。
 沈黙を破ったのは、やはりアレクセイだった。
「叔父さんにとって、戦争って何だったのかな……」
 それは、前線にいる者の多くが心に秘め、口にすることのない問いだった。
 セイとミヒャは、明後日の方を見ながら、思いつきを言った。
「……そんなん、人それぞれ」
「戦争好きだったんじゃない?」
「そんなコトないですよ! 彼は、故郷が焼かれ、子供たちが犠牲になるのは絶対に許せないんだって、いつも言ってました」
 思わぬ強い反論を受けたミヒャは、さらに問い返した。
「ふーん。じゃ、そう言うあんたは?」
「僕は……その……やはり次世代の子供たちのためにですね、安心して生きていける世界を地球に残していきたいな、とですね……」
 ミヒャが意地悪く笑った。
「じゃあ、まず子供つくる相手みつけないとね」
 セイが混ぜっ返す。
「あんたたちなんてお似合いじゃない」
「やめてよ! わたしはY染色体を持ってる生き物は全部まとめてキライなの!」
「ひどいなぁ……」
「別に、つがわなくったって子供は残せるんだしさ」
「人工妊娠?」
「そうそ。アレックスの妹ってミヒャ好みのルックスじゃない」
「うーん」
 ミヒャが改めてアレクセイの顔を眺めた。
「たしかに」
「ちょ、ちょっと待って下さいよ。僕の意志はどうなるんですか」
 ミヒャとセイが同時に応える。
「あんたの意志?」
 三人は顔を見合わせて一瞬沈黙し、次の瞬間爆笑した。
 店のあちこちからにらみつけられた三人は、こみ上げてくる笑いをこらえながら、そそくさと店を退散した。

 作戦は公式記録に残されなかったため、どんな意味があったのか、あるいはなかったのか、それは遂にわからなかった。コロリョフ少佐が、公式にエース・パイロットとして認められることもなかった。だが、結局の所「降下部隊α」はあらわれず、42師団はその後一度も戦闘に参加することなく、戦後の大軍縮で解体となった。
 第8軍のスタインベック少将は、終戦前の駆け込み出世で中将になったが、シャアの動乱の直後に「寝技」のひとつがばれて不名誉な除隊をすることになった。バルトルド大佐はその後大将にまでなり、優秀な参謀将校として、歴史にその名を留めた。「チグラーシャ」は、「エース」と名を変え、郷土防衛隊の仲間達が守り続けた。
 そして、カヌマ小隊は一人の死者も出すことなく終戦を迎え、全員が除隊し、それぞれが新たな人生を歩んだ。
 セイとミヒャは女同士で結婚し、アレクセイの協力で子供を一人ずつ産み育て、老後も3人で暮らしたという。

(完)

※本コンテンツは作者個人の私的な二次創作物であり、原著作者のいかなる著作物とも無関係です。