プチモビ戦隊

作:澄川 櫂

ぱーと1

 宇宙巡洋艦アーガマは、ハマーン・カーン率いるネオ・ジオン艦隊を追って大気圏を降り、南大西洋上にある。地球連邦議会のあるダカールが既に彼らの手中に落ちたと知った艦長のブライト・ノアは、敵の注意を分散させるべく、主力のガンダムチームに別行動を取らせていた。
 実質的にアーガマの艦載機すべてと形容するのが正しいガンダムチームである。陽動の必要性は誰もが認めるところであったが、彼らと別れて行動することにアーガマのクルー達が不安を覚えないはずもない。
 少なくとも、アーガマのブリッジにあって航路を定めるトーレスは、それを忘れる努力をしなければならないのであった。
「こんなに静かだと、かえって落ち着かないもんだな」
 前日に旅立っていったガンダムチームのパイロット達の顔を思い描きながら、トーレスは誰ともなしに口にした。いずれも、十代半ばの子供達だ。その若さに翻弄され、一時は反目するほどに彼らを嫌ったクルー達であるが、いざいなくなってみると、それはそれで寂しいものである。
 同僚のシーサーも、同じことを思っていたのであろう。傍らで小さく頷くと冗談めかして言う。
「ああ、まるで軍艦みたいだ」
 その言葉に、トーレスは思わず吹きだした。アーガマは元々軍船ではないか。
 だが、ジュドー達が乗り込んでからのアーガマは、軍船と言うより学校と言った方が正しかった。札付きのワルだった彼らの、あまりのしつけの悪さに、彼らをスカウトしたブライト艦長は幾度となく煮え湯を飲まされたものだ。
 ハイスクールの教壇に立ち、ジュドーらガンダムチームの生徒達を前に眉をぴくつかせるブライトの姿を想像したトーレスは、その奇妙な収まりの良さに笑いをこらえきれない。
「どうした? トーレス」
「いや……」
 同じく同僚のキースロンが怪訝な顔で尋ねるが、小声でその理由を教えられると、こちらも小刻みに肩を震わせる。どうやら同じ光景を思い描いたらしい。
 と、それまで静観していたブライトが咳払いをした。まさか二人の会話の内容が聞こえたわけではないだろうが、黙れという無言の圧力がひしひしと伝わってくる。慌てて仕事に戻るトーレスとキースロン。
 耳慣れない警報が響いたのは、それから間もなくのことであった。
「なんだ?」
 乗艦一年半目にして初めて耳にしたコミカルな警報に、トーレスは思わずブライトを振り返る。ブライトもまた、戸惑いを露わに腰を浮かせていた。
「——サマーン!?」
「この反応……間違いありません」
「スクリーンに出せるか?」
「はっ」
 そんな彼らとは対照的に、顔色一つ変えずキーを叩くサマーン。メインスクリーンに映し出されたそれを見た瞬間、トーレスは驚くより先に呆れた。

 青い異形のマシーンが一機、波飛沫を立ててアーガマを目指していた。エイを模したとおぼしきそれは、モビルアーマーに見えないこともなかったが、せいぜいプチモビールほどの大きさでしかない。なにより、キャノピー越しに見えるパイロットの姿が、異様な雰囲気を醸し出している。
 コクピットに座るその男は、パイロットスーツではなく、なんと亀の着ぐるみを着込んでいた。何か特別な仕掛けでもあるというのだろうか。
「フフフ、追いついたぞ、アーガマ」
 金髪の合間を伝う汗を忙しく拭いながら、男——ヤザン・ゲーブルは口端に笑みを浮かべた。かつてティターンズの野獣として恐れられた人物であるが、重鈍そうな着ぐるみから顔だけ出している様を見る限り、そのような過去など無かったかのように思える。
 本人もそれを解っているのだろう、
「こんなふざけた格好までさせられたんだ。今度こそ沈んでもらう」
 忌々しげに言いつつ、ぎこちない動きでさらにエアコンの風量を上げた。折しも天気は快晴、所は遮るもののない洋上。キャノピー越しに照りつける日射しのおかげで、コクピットは超絶サウナ状態だ。
「チッ……。行くぞ!」
 拭っても拭っても流れ落ちる汗に舌打ちすると、ヤザンは力強くフットペダルを踏み込んだ。全ては己の仕官のため、打倒アーガマの誓いを果たすため。
 しかし悲しいかな、彼の乗るエイ型のプチモビールでは、ハンブラビの十分の一の速力も出ないのであった。

「やはり悪死頭アクシズ獣。まさか、こうも早く現れるとは……」
 いずこかより取り出した制帽を膝に乗せて呟くブライトの、沈鬱な声音がブリッジを伝う。悪死頭アクシズ獣なる奇妙な単語に再びキャプテンシートを見やったトーレスは、ブライトがゆっくりと頭に運ぶ制帽を目にして違和感を覚えた。それは明らかに、連邦軍のものでもエゥーゴのものでもない。
「どうします? 長官」
 サマーンの問いかけもまた、意味不明の呼称でなされたが、どうしたわけかトーレス以外のブリッジクルーは誰もそれを不思議と感じてはいないようだ。いや、むしろ何かを期待するような表情で、ブライトの指示を待っているではないか。
 その一種異様な雰囲気に呑まれ、声を出せずにいるトーレスも、自然、それに倣う形となる。
 皆が自分に注目したことを確認して、ブライトは口を開いた。
「プチモビ戦隊、直ちに出動! あの不埒な輩を叩きのめせ」
 そして、呆然と立ち尽くすトーレスへと視線を移す。
「頼んだぞ、トーレス」
「え? ええっ!? じ、自分が、で、ありますか!?」
 突然の指名に、トーレスは慌てふためいた。プチモビ戦隊ってなんだよ。俺に何しろって言うんだよ。だいたい、悪死頭獣だかなんだか知らないが、相手は単なる変態プチモビ。振り切ることなど造作もないはず。それを……。
「何してるんだ、トーレス。早く支度しろ」
 キースロンの咎める声がトーレスの思考を遮った。我に返って振り向くトーレス。パイロットスーツを着込む彼の姿に再び目を丸くする。
 パイロットスーツと呼称されるその宇宙服は、文字通りパイロット専用に開発された代物だ。当然ながらブリッジ要員である彼らが身にまとうようなものではない。
 だが、トーレスが唖然としたのは、キースロンがパイロットスーツを着ているという事実よりも、彼が小脇に抱えているヘルメットに原因があった。
 スーツ本体と同色の、黄色いそのヘルメットは、本来バイザーがあるべきところまで見事に塞がれており、目の部分だけが辛うじて残されているという代物だった。その目の部分でさえ、ゴーグル状に加工されており、まるで旧世紀にとある島国のテレビ番組として放映されたという、子供向け番組のヒーローのようであった。
「き、キースロン。お前、その格好……」
「ちっちっちっ。今の俺はプチイエローだ。それ以上でも、それ以下でもない」
 トーレスの当惑などどこ吹く風で、口前で人差し指を振ってみせたキースロンは、やおらメットを被るとビシィッとポーズを決める。
「おい……。シーサー、何とかしてくれよ」
 呆れ果てた表情で、同僚に助けを乞うトーレスだったが、
「ん? 何をだ?」
 振り向いたシーサーの姿に絶句する。キースロンと同じように、こちらも青いパイロットスーツを着込んでいたからだ。もちろん、ヘルメットは改造済みである。
「ほら、お前のもあるぞ」
 にこやかに赤いパイロットスーツを差し出すシーサー。トーレスの中の時計が一瞬、時を刻むのをやめた。

※本コンテンツは作者個人の私的な二次創作物であり、原著作者のいかなる著作物とも無関係です。