若き鷹の羽ばたき

作:澄川 櫂

8.コーネリア

「敵艦隊を捕捉。数三、重巡一を含む」
「各艦、戦闘準備。モビルスーツ隊の発艦急げ」
「ヨークトンB小隊、上がりました。サスカトゥーンのボール小隊も続きます」
「ほぉ……。早いな」
 地球連邦宇宙軍第38戦隊旗艦、戦艦ウィニペグ。その艦橋で、戦隊司令を兼務する艦長のサム・ドゥアー大佐は、オペレーターの報告に僅かに感嘆の声を上げた。
「教授の手腕いまだ健在、か」
 前方のヨークトンを見やる口元に笑みが浮ぶ。
「全艦、主砲発射準備、完了」
「第一目標、敵重巡。第二目標、同後続のムサイ。一斉射撃三十秒。以降、各個に回避運動を取りつつ、手近な敵艦に対し攻撃を行う」
「各艦に伝達——」
 よく通る通信士の声を耳にしながら、ドゥアーは戦隊全艦での初めての戦闘を思った。第38戦隊はルナツー所属の残存艦艇を集めて編成された部隊だ。連携に不安がないと言えば嘘になる。
 もっとも、いずれも戦闘慣れしている艦ばかり。動きの良いガーランド中佐麾下の部隊を見る限り、その不安は杞憂に終わるものと思えた。
(むしろ、ご老体に負けぬよう、心する必要があるかな)
「全艦、照準合わせよし」
「モビルスーツ各機、射線軸を外れました」
「砲撃開始!」
 ドゥアーの号令一下、第38戦隊各艦の主砲が火蓋を切る——。

「始まった」
 足下を流れてゆく砲火の列を、ミハイルは目で追った。敵艦隊の先頭付近でビームが弾け、次いで大きな爆発の光が見える。直撃だ。
「へぇ……。初弾で当てるだなんて、大したもんだな」
 そのことにつかの間、感嘆していると、
『来るぞ、スカート付き』
 リー少尉の声が無線に響いた。センサーを一瞥し、リー機の後を追って機を少し右に流す。正面に回り込むリックドムの部隊を確認したミハイルは、ビームガンの精密射撃モードを有効にした。照準器を引き出して覗き込み、先頭のリックドムを狙う。
 ミハイルの乗る後期型ジムが携行するビームガンは、ビームライフルほどではないにしろ、射程距離が比較的長い。引き付けて狙うだけのゆとりがある。アルバートがよく使う手だ。
 ターゲットスコープの奥でリックドムがバズーカを放つが、それに惑わされることなくロックオン。トリガーを押し込む。ビームガンの一撃は目標の肩口に命中し、バズーカを持つ右腕を根こそぎ吹き飛ばしていた。
「よしっ」
 よろめく敵機の姿に小さな快哉を上げつつ、照準器を下げてフットペダルを踏み込むミハイル。無傷な別のリックドムが迫るが、その一撃を軽くいなしてビームガンを二射。回避するそいつの鼻先目掛けてさらに一射。そして乗機にサーベルを抜かせる。
 胸元をビームが掠めたスカート付きは、バランスを崩して眼前にある。一気に距離を詰めたミハイルのジムは、左手にしたサーベルを迷うことなく横凪ぎに振るった。重装甲をあっさりと断つビームの刃。距離を詰めた勢いそのままに駆け抜ける彼の背後で、リックドムの機体が四散した。
「次は……」
『ミハイル、下だ!』
 息つく間もなく、リー少尉の声が飛ぶ。迫り来る隻腕のリックドム。灼熱するサーベルが鮮やかなプラズマの輝きを帯びる。
「クッ……!」
 ミハイルは咄嗟に機を捻り気味に倒した。ジムのサーベルがドムの斬撃を辛うじて受け止める。力比べの不利を瞬時に悟ったミハイルは、頭部バルカンで牽制しながら相手を蹴り上げていた。
 不運にもバルカンで一つ眼モノアイを潰された隻腕のリックドムは、ミハイル機の蹴りをまともに食らって大きく弾け飛んだ。
『任せろ!』
 リーの声と同時に数条のビームがドムに降り注ぐ。僅かな間を置いて、隻腕のリックドムも宇宙に散った。
「ふぅ……。ありがとうございます、少尉」
 そう言ってようやく一息ついたミハイルの視界に、別の光が飛び込んでくる。視線を転じると、先に主砲の直撃を受けていた敵の重巡洋艦が沈むところだった。随伴する二隻のムサイ級も後退に転じるようだ。
(足の遅いのがいる?)
 そのうちの一隻がエンジン付近から煙を曳いているのを見て、ミハイルはにわかに昂りを覚えた。
『各機、残弾はどうか』
 絶妙なタイミングで発せられるリー少尉の問いが、その昂揚を後押しする。
「ビームエネルギー残量、問題なし。行けます」
『バズーカも三発ばかし残ってますぜ』
 ヤン曹長が続く。皆、考えることは同じらしい。
『よし、手前のムサイをやるぞ。ニューマン少尉、援護よろしく』
『了解』
『行くぞ!』
 サスカトゥーンのボール小隊隊長、ハンス・ニューマン少尉の落ち着いた声を背に、ヨークトンB小隊は目標のムサイ目掛けて加速した。エンジンの間に広い空間を有した、特徴あるムサイ級のシルエットが間近に迫る。
「来た」
 警戒シグナル音と共に近付く迎撃機の存在を認めたミハイルは、それが敵艦との間にいるのを知って、迷わずトリガーを押し込んでいた。ビームガンより迸る光線が、マシンガン装備のリックドムを掠めてムサイに突き刺さる。母艦を直撃されて動揺するリックドム。
「そこ!」
 その隙を逃さず、ロックオンしてもう一射。そうして火花を散らすリックドムの脇をすり抜けた時、ミハイル機の姿は敵艦の艦橋を後方から見下ろす位置にあった。
 ブリッジに向けて立て続けにビームを撃ち込むミハイル。ムサイの司令塔が瞬く間に炎に包まれる。その頃にはボール小隊の援護砲撃も届き始め、ヤン機のバズーカはムサイの無事だった方のエンジンを捉えていた。
『各機、離脱!』
 対宙機銃網をかいくぐり、ムサイの下方に回り込んだリー機が、ビームスプレーガンを底部甲板に向けて連射しながら命じる。
「第二目標のムサイ、撃沈。残存する敵艦は戦闘圏外へと離脱しました」
 ウィニペグのオペレーターが告げたのは、それから間もなくのことであった。
「全艦、攻撃止め。モビルスーツ隊も引き上げさせろ」
 ドゥアーは言って制帽を脱いだ。それで襟もとを扇ぎつつ、静かに長く息をつく。クルー達の事務的な声を耳にしながら、帰投するモビルスーツ隊の進入方位に目をやった。
 接近する光点の数を見る限り、味方の損害は少ないようである。先制した甲斐があったというものだ。
「先ほどのムサイ級撃沈は、ヨークトンB小隊による戦果です」
「ほーお」
 オペレーターの追加報告に、ドゥアーは目を細めた。
「彼らは確か、地球組だけで構成されていたはずだが……頼もしいな」
 ヨークトンと合流した際に目を通した、部隊編成表の記載をおぼろげに思い出しながら口にする。
 ジャブローから上がったパイロットは、宇宙に慣れていない者がほとんどである。当然だ。いくら訓練を積んだと言っても、シミュレーターで本物の無重力環境を体感できる訳ではないのだから。
(コンピューターのサポートがあるとは言え、十日ほどの期間で艦艇を沈める域にまで達するとは、なかなか見事なものだ)
 実は三人のうち二人までもが正規の宇宙課程を経た元戦闘機乗りなのだが、ドゥアーは彼らについてそこまでの経歴を押えていなかった。もっとも、四肢を備えたモビルスーツによる成果であることを思えば、筋が良いとの感想そのものに間違いはない。
「有望な駒を見つけたかもしれんな」
「は?」
 オペレーターが怪訝な顔で振り向く。その様子に、自分が知らぬ間に思考を口にしていたと気付いたドゥアーは、何でもないと手を振って、再び制帽を被るのだった。
「モビルスーツの収容が済み次第、補助艦艇群と合流。陣形を整えつつ、所定のルートでサイド4ヘ向かう」
「ハッ!」

 サイド2を発った地球連邦宇宙軍第38戦隊は、来るべきソロモン攻略戦に向け、一路、サイド4の宙域を目指していた。本軍との集結日時に合わせる都合上、敵制宙圏ラインギリギリのところを進む、大回りルートでの航海である。
 ことさら敵の目を引くように航行しているのは、言うまでもなく欺瞞行動の一環としてだ。サイド4宙域での艦隊集結を印象付けるのが目的である。むろん、彼らのみに課せられた役割ではないものの、第38戦隊はそれなりに目立つ必要があった。
 晴れてそんな戦隊の一員となったヨークトンは、旗艦ウィニペグの左前方に位置していた。右手を行く同型艦のブランドンと共に、艦隊前面にモビルスーツによる攻撃・迎撃網を築くのが役目である。
 今し方の敵パトロール艦隊との戦闘では、ミハイルの属するB小隊が攻撃を、A小隊が迎撃を担当した。待機任務のローテーションがそのまま担当割りになるわけだが、ミハイル自身は二回の準待機を狭んでの出撃であった。A小隊のアルバートと一時的に配置を替ったことに対する、いわば特典のようなものだ。
 休養充分で臨んだだけに、まだまだ余裕がある。二機を撃墜し、巡洋艦撃沈にも貢献したともなれば、ミハイルが意気揚々と引き上げて来たことは言うまでもない。だが、そんな弾んだ気分も、出迎えたモニカとの通信に割り込んだオペレーター、ルース軍曹の一言で、あっさりと消え失せたのだった。
『着艦までが戦闘ですよ、准尉』
 軽口と言うにはあまりに冷めた彼女の口調に、ミハイルはもちろん、モニカまでもが黙り込んだ。そうして気まずい沈黙を抱えたまま着艦シーケンスに入ったミハイルは、珍しくオートプログラムを起動させていた。二回目の準待機中に味わった、不愉快な出来事を思い出しながら。
 あれは食堂でのことだ。厨房スタッフから談笑混りに大盛りのトレーを受け取った直後、たまたま鉢合せたルース軍曹から、思いも寄らぬ言葉を投げかけられたのである。
「……随分と張り切っていらっしゃるんですね」
 ミハイルの手にするトレーを見やって、咎めるような表情で口を開いたルース軍曹。咄嗟に何のことか判らず首を傾げるミハイルに、彼女は冷やかに続けた。
「普段からそんな風にはしゃいでいると、本番でも足をすくわれますよ」
「な……」
 どこか含みのある口調で言われ、ミハイルは鼻白んだ。何が気に障ったのかは知らないが、彼女は自分のことを明らかに蔑んでいる。
 だが、ルースはミハイルの機先を制して踵を合せた。
「失言でした。以後、気を付けます」
 言って、背筋を伸ばす。僅かに見上げた瞳に見据えられ、戸惑うミハイル。その無言の反応を承認と取ったのか、ルースはやおら敬礼してみせると、集まった周囲の視線を気にするでもなく、悠然と立ち去るのだった……。
「ええい、くそ!」
 コクピットを出たところで、ミハイルはたまらず、握った左拳を機体に打ちつけていた。傍らに取り付いたロッドが驚いて振り向くが、それに構わず肩を震わせる。
 どう考えても、ルース軍曹の自分に対する扱いは不当である。何か含むところがあるとしか思えない。だが、その「何か」が皆目判らなかった。
「……いったい何なんだよ」
 理不尽な仕打ちの数々が再び脳裏に浮ぶが、
「ミハイル、ちょっと」
 ロッドの声にようやく我に返る。顔を向けると、ロッドは自分のメットの口元をトントンと指先で叩いてみせた。直接通話回線を開け、というジェスチャーだ。
「ロッド……?」
「コーネリアのことか?」
 出し抜けの問いに、僅かな間を置いて肯くミハイル。離着艦時のブリッジとの通信はモビルスーツデッキにも流れるので、それで当たりを付けたのだろう。やはりといった感じで、ロッドは大きくため息をついた。
「一段落したら、工作室に顔出してくれないか?」
「え?」
「あいつの……コーネリアのことで、話しておきたいことがあるんだ」

「あ——!」
 艦長室を勢いよく飛び出したコーネリア・ルース軍曹は、不意に現れたパウエルの姿にたまらずバランスを崩した。咄嗟に壁を蹴って道を譲るつもりが失敗し、彼に向って体ごと飛び込む格好となる。
「おっと」
 パウエルは流れ来る彼女を寸でのところで抱き止めた。
「す、すみません、中尉」
「いや……。大丈夫か」
「は、はい。その、し、失礼しました!」
 真っ赤になって頭を下げる軍曹。慌てふためいてその場を辞する後姿を見送ったパウエルは、当番兵と顔を合わせて苦笑する。ルース軍曹が何の用件でここに来ていたのか、判った気がしたからだ。
「彼女、先ほどの通信の件ですか?」
 席を勧めるガーランドに尋ねると、
「パイロットの士気を下げるような言動は慎むよう、言い聞かせたところだ」
 苦笑混じりに案の定の応えが返ってくる。パウエルは軽く笑って言った。
「ですが、あの様子だと納得していないのでは」
「いや、本人もまずいという自覚は持っておるよ。ただ、どうしても衝動を抑えきれないことがあるようでな」
「特にミハイル、いや、カシス准尉に対して?」
「ああ」
 肯くガーランドは、今度はパウエルの予想とは裏腹に、複雑な表情を見せた。つかの間、虚空に視線を向ける。
「……ちょっとした事情があってな。巻き添えを食った准尉には災難だが、コーネリア本人も気を付けるとのことだし、長い目で付き合ってくれると助かる。准尉にもそう伝えてくれんか」
「はあ」
 パウエルは曖昧に頷いた。事情とやらの詳細を知りたいものだが、ガーランドの口振りからして難しそうだと気付いたからだ。ひょっとすると彼女のプライバシーに関わる問題なのかもしれない。
 とは言え、理由も判らずにきつく当たられるのでは、ミハイルも面白くないだろう。彼をどう納得させたものかと頭を悩ますパウエル。
 一方、当のミハイルの姿は、モビルスーツハンガー脇の工作室にあった。声を潜めて話すロッドの語った内容に、僅かに目を見張る。ミハイルは思わず聞き返していた。
「似てる?」
「本人が言うにはな。俺自身は、あいつのトラウマとミハイルの経歴が、そう感じさせてるだけのような気がするけど」
 ロッドはそう言って肩をすくめてみせる。
「まあ、それはともかく、コーネリアはダニーの一件が再現するのを恐れてる。それで印象の似てるお前に、ついついキツく接しちゃうんだと」
 続く彼の言葉に、ミハイルは今度は呆れるしかなかった。
「なんだよ、それ」
「いや、腹立たしく思うのはよく解るよ。完璧にとばっちりだもんな。ただ、あいつの気持ちも汲んでやって欲しいんだ」
「………」
 ダニーことダニエル・ワット少尉は、第117MS中隊の初代メンバーの一人である。元戦闘機乗り出身の若手パイロットで、周囲からは“軽業師”と呼ばれていたという。アクロバチックな操縦ぶりもさることながら、誰彼構わず軽口をたたく性格が相まってのあだ名だったそうだ。
 コーネリア・ルースにとってのダニーは、母方の従兄に当たる人物でもあった。そのため、気安さという意味においては、二人のやり取りは艦内でも群を抜いていた。
 ちょうど彼女が、軍艦という特殊な環境での仕事にようやく慣れてきた頃の話だ。ガーランド艦長が別段咎めなかったこともあり、ワット少尉離着艦時のブリッジとの会話がヨークトン名物となるのに、そう時間はかからなかった。
 思えば、その日のやり取りも常と変らないものだった。ルナツー基地沿岸での試験任務を終え、帰港途上にあったヨークトンは、予定進路近くに微量の熱源反応を感知した。哨戒の必要を認めたガーランドは、評価用に搭載していたザクの一機を向かわせることとし、待機当番だったワット少尉が出撃したのである。
「んじゃま、いっちょひっかけてきますかな。シャイなコーネリアのためにも」
「もう、墜とすまで戻って来るな」
「野郎率が高いのにご無体な」
「あたしのためなんでしょう?」
「おおっと。——ダニエル・ワット、出るぜ」
 けしかけるようなルースの言葉が単なる冗談であったことは、誰の耳にも明らかである。むしろ、毎度のやり取りに艦の空気が和んだほどだ。
 ところが、少尉はそのまま戻らなかった。なんの前触れもなくふつりと音信を断ち、行方不明となったのである。
 数日後、残骸となって漂う少尉のザクが捜索機によって発見された。その損傷状態から見て、通信手段を奪われた後に格闘戦で敗れたものと推察された。ワット少尉はルース軍曹が口にした言葉通りの理由で、戻ることが叶わなかったのだ……。
「ダニーの死んだ状況を知った時、あいつ、自分のことすげー責めてた。調子に乗ってあんな言葉を返したから、ダニーはやられたんだ、て」
 以来、ルース軍曹の言葉は簡潔にして固くなった。オペレーターとしては理想的なのだろうが、それまでの彼女を知る人間からすると、心配に思うほどの変わりようだった。
「いっときに比べれば、これでもだいぶマシになったんだけどな。お前に対する時だけ、少し落ち着かない感じで」
「——で、僕にどうしろと?」
「あ、いや。別にどうにかして欲しい、てわけじゃないよ。ただ、知ってれば対処のしようもあるかと思って」
 思わず揶揄するように口を狭さんだミハイルに、ロッドはさすがに慌てたようだ。
「あんましギスギスしてると何かと良くないだろ? そりゃ、ミハイルにばっか苦労させるようで、申し訳ないとは思うけど……」
 と、幾分言い訳がましい口調で続ける。ミハイルは嘆息した。
 悔しいことに、ロッドの言葉は正鵠を射ていた。理由が何であれ、周囲の空気まで悪くするような反応は避けるべきだろう。少くとも、人前で機体を叩くなどという行為は、士官の端くれに立つ者としてあまり褒められたものではない。
「……努力はしてみる」
「わりぃ、恩に着るよ」
 ひょいと拝むような仕草を見せると、ロッドは辺りを気にしながら工作室を後にした。ミハイルもまた、不審がられないよう注意を払いつつ、モビルスーツハンガーへと出る。
 歩きながら改めて今し方の話を思い返すミハイルは、ふと足を止めて自分のジムを見上げた。
「——真剣、なんだよな」
 そう、小さく呟く。ルース軍曹のことだ。
 戦争をやっているのだから、偶然じみた訃報の一つや二つ、起こったところで何の不思議があるだろう。そんなものだと割り切ってしまえば良いだけなのだ。いちいち気に病んでいたら身が保たない。
 それを真正面から向き合うというのは、それだけ真剣に相手のことを気にかけていたからだ。そして、ルース軍曹にとって、それは親戚筋のワット少尉に限らないのだろう。
「メイと同じ、か……」
 首に下げたお守りを手に取って、視線を落とす。手製のブーメラン型のお守りに、開戦前に交わしたメイとの会話を思い出す。
 自分の身を本気で案じてくれていたメイ。ルース軍曹も同じように、送り出す仲間の無事を心底願っているのだ。それにしては随分と不器用なものだが、その心は尊重すべきだろう。
 もちろん、いつまでも同じ調子では堪ったものではないが……。
「お、殊勲者殿がようやくお出ましだ。少しは収まったか?」
 遅れてブリーフィングルームに入ったミハイルを、ヤンがからかい半分で迎える。どうやらこちらも、ルース軍曹とのやり取りの件で盛り上がっていたらしい。ミハイルは小さく嘆息すると、心配顔で何事か話しかけようとするモニカに黙って頷いてみせた。
 一瞬、きょとんとした表情でアルバートと顔を見合せるモニカだったが、ほどなくミハイルの言わんとすることに気付いたようだ。見るからにほっとした様子で頷き返すと、
「隊長、遅いなぁ」
 と言って、さりげなく話題を変える。
「艦長との話が長引いてるんじゃないか」
「何か問題でもあったんですかね」
「さあな」
 階目見当も付かないといった感じで、天井を見上げるリー。
 実はこちらにもルース軍曹の一件が影響していようとは、誰も夢にも思わない。

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