若き鷹の羽ばたき

作:澄川 櫂

5.邂逅(1)

 コロニーを覆う輝きは、地獄の業火さながらに、宇宙を彩る。内より沸き上がる光に採光窓は砕け散り、シリンダーより吐き出される白煙が無数の人型を浮かび上がらせるのも束の間、巨大な円筒形そのものが崩壊を始め、瞬く間に全てをかき消して行く。
 彼の操る“ザク”は、その凄惨な光景を一つ眼にしかと焼き付けつつ、標的めがけて怯むことなく突き進む。ミノフスキー粒子に溺れるサラミス級の迎撃砲火は、哀れなほどにめくら撃ちだ。
 軽くいなして狙いを定め、バズーカの一撃を叩き込む。続く部下の放った分と合わせ、計三発をまともに喰らった巡洋艦は、それだけで操舵不能に陥ったらしい。接近する敵戦闘機を蹴り飛ばして振り返ったとき、彼の目に飛び込んできたのは、今まさにコロニーへ墜ちんとする、サラミス級の姿だった。
 艦首を立てるようにして、コロニーの外壁にめり込んで行くグレーの船体。いや、分厚い構造体に阻まれ、ひしゃげていると表現するのが正しいのか。いずれにせよ、見る間に艦橋近くまで没したサラミスは、その動力源が備えるパワーを一気に解放した。自らはもちろん、コロニーの外壁をも吹き飛ばし、紅蓮の大輪を鮮やかに咲かす。
 大穴を穿たれ、燃え盛る炎に包まれてもなお、コロニーは特徴あるその外観を留めていた。が、そこに暮らす数百万の命が営みを続けることは、もはやない。たとえ爆発に巻き込まれなくとも、宇宙という世界に直接晒されれば、人間は確実に死に至る。シリンダーの内壁に築かれた大地は、宇宙民スペースノイドを守る防壁でもあったが、彼ら自身の物理破壊に対して、それはあまりに脆弱な代物だった。
『た、隊長……!』
 今し方撃沈した巡洋艦の開けた穴より、大小様々の物体を吐き続けるコロニー。自らが生み出した惨禍に恐れおののく部下の声が、掠れ気味の無線に響く。
「……これが、俺たちの選んだ道だ」
 彼はようやくのことで、その言葉を絞り出した。
「その目にしかと焼き付けろ。そして、深く胸に刻め。未来を勝ち取るために背負った、己が業を」
 自らに言い聞かせるように続ける。
 三年前のあの日、公国の誘いを受け入れたあの時から、この日のあることは定まっていた。今はただ、彼らの期待に応え、“グリズリー”の名に恥じぬ成果を示すとき。
 そう、我は気高き肉食獣。ならば存分に猛ろう。戦場という名の宇宙の狩り場で、血の供宴を駆け抜けるのだ。
「行くぞ!」
 次なる獲物を求め、フットペダルを踏み込む。操縦桿を少し傾ければ、別な艦艇の対宙機銃を乱射する様が飛び込んでくる。その周りで尾を引く光点はミサイルか。はたまた護衛の戦闘機か。確かめるより早く、コクピットに接近警報が鳴り響く——。

 コーリー・バーンシュタインは、寝台でゆっくりと上体を起こした。また、あの時の夢か。左手で額を押さえながら呟く。悪夢ではない。が、生涯忘れることのない、狩りの記憶だ。
 額に当てた手で髪を掻き揚げ、その光景を押しやるように頭を振る。長い息を吐いた彼は、先ほどから聞こえたままの耳障りな音が、現実の呼び出し音であるのにようやく気付いた。傍らのディスプレイに、気だるそうに手を伸ばす。
 応答ボタンを押すなり、艦長エルナンド・ブルックナー大尉の見慣れた顔が映し出された。無愛想なのは常と変わらないものの、どことなく冴えないように思える。
「……どうした?」
「ラーティボルからの定時連絡が途絶えた」
「何……?」
 彼の言葉に、右手で首をほぐそうとしていたバーンシュタインは、後ろに回しかけた腕を止めた。その体勢のまま、視線も鋭くブルックナーを見る。
「撃沈されたのか?」
「判らん。が、恐らく」
「すぐブリッジへ上がる」
 大尉の見解を耳にするや、彼は一も二もなく上着を掴んでいた。袖を通しながら向ける背中に、「頼む」と言い添えて切れるディスプレイ。手早く身なりを整えたバーンシュタインは、リフトグリップに手をかけつつ、合流するはずだった味方艦のことを考えた。
 ラーティボルは第748パトロール艦隊唯一の生き残りである。ちょうど二日前、第748パトロール艦隊は、戦艦一隻と二隻の巡洋艦を中核とする敵艦隊に遭遇。これと交戦し、敗退したのであった。戦域離脱直後にラーティボルが発した報告によれば、敵はモビルスーツを満載していたばかりか、十隻近い補助艦艇を引き連れていたという。
 それが本当であれば、彼らが遭遇した敵艦隊は、何かしらの大がかりな作戦に向けて行動していたと見るべきであった。ラーティボルをしつこく追わなかったことも、それを裏付けている。
 彼の指揮する第751パトロール艦隊は、たまたまラーティボルに一番近い宙域を航行していたために、同艦のエスコートを命じられたのだった。彼の艦隊は過日の戦闘で一隻を失い、ソロモンへの帰航の途にあったのだが、とんだ貧乏くじを掴まされたものである。
 もっとも、そのおかげで補給艦とランデブーできたのだから、あながち文句も言えなかった。帰還が数日遅れるのは痛かったが、さして困難な任務でもない。ラーティボルに追撃されている形跡がないと判った時点で、のんびりした航海となるはずだった。
 そのラーティボルが、合流目前の今日になって沈んだ。自軍の制宙権下にある宙域で、待ち伏せを受けたとは考えにくい。敵が想像以上の規模で展開しているのか。はたまた単なる事故か。
「——どうだ?」
 ブリッジに入るなり、バーンシュタインは誰ともなしに訊いた。ゼブラークは進宙からまだ二ヶ月足らずの新鋭艦だが、操るクルーは皆、古い馴染みばかりだ。それで充分通じる。
「前回、定時連絡のあった地点から割り出した、ラーティボルの予想進路です」
 オペレータがすぐさま応えた。戦術ディスプレーに艦を表す複数のマーカーと、それぞれが歩んできた航路が映し出される。この場合、グリーンがゼブラークと僚艦のトチュニークを、イエローがラーティボルを意味していた。
 三角のマーカーの位置は艦の現在地点を示しており、その先に破線で描かれるラインが今後の予定コースだ。もっとも、ラーティボルのそれは、あくまでも予想であったが。
「想定される進路はほかにもありますが、前回連絡時の進行方位と合流予定時刻、地理的状況などを総合すると、この航路を取っていた可能性が高いです。速度を維持して進んだ場合、定刻の一四○○時にはここに至ります。恐らく、この範囲のどこかで遭難したものと」
 ディスプレイの黄色いライン上に赤い×印が付けられ、そこを基準に円が描かれる。本来であれば、ラーティボルはこの×印の付近に至った時点で連絡を寄越してきたはずなのだ。すでに定刻を一時間以上過ぎているが、未だなんの通信もない。それまでの律儀な送信ぶりからすると、明らかに異常だった。
「撃沈されたと判断した根拠は?」
「二時間ほど前に、我が軍のものではない微弱な電波を観測している。発信方位は、ラーティボルが航行していた方角だ」
「その時点の推定位置を出せるか?」
 ブルックナーの説明に、バーンシュタインは画面を見つめたままで言った。
「はっ。ここです」
「フム……」
 腕を組んだのもつかの間、すぐに解いて続ける。
「進路左手の岩塊群、モビルスーツが隠れるには打って付けだな」
「おいおい、待ち伏せされたとでも言うのか?」
「まさか。ただ、あのとき討ち漏らした艦がこちらに進路を取ったとすれば、モビルスーツで奇襲できると考えただけだ」
「こちらが補給を受ける間に、奴らも補給を受けた可能性は……高いな」
 少し考え込むような素振りを見せた大尉だったが、ほどなく結論を出してバーンシュタインを向く。
「探りを入れてみるか?」
「幸い、モビルスーツには余裕があるからな」
 苦笑混じりの表情を浮かべながら、彼は答えた。
 彼らが運用するムサイ級は、初期の同型艦と異なり、カタパルト上に四機のモビルスーツを搭載できた。さらに大気圏降下艇“コムサイ”の格納庫には、最大で三機を収納可能である。
 現在、ゼブラークとトチュニークのコムサイには、それぞれ二機のモビルスーツが収まっている。先日の戦闘で艦艇一隻とモビルスーツ三機を失った彼らに、ソロモンの司令部は同数のモビルスーツを送って寄越したのだった。
 むろんそれは、ラーティボルと合流した後を想定してのことだ。が、今の彼らにしてみれば、予備機を四機も抱えているようなもの。これを活用しない手はない。
 なにより、
「せっかくの新鋭艦を頂いて早々に一隻失ったんだ。せめてラーティボルの顛末なりを掴まないことには、中将閣下に申し訳ない」
 損害以上の戦果を挙げたとはいえ、なまじ艦の性能が良いだけに引け目がある。なんらかの埋め合わせは必要だった。
「ラコック大佐の小言を聞くためだけに戻るのは、癪に障るものな?」
 珍しく笑みを浮かべて続けたブルックナーに、バーンシュタインもまた、ニヤリと笑う。
「そういうことだ」
「全艦、第二戦闘配置。デッキにて待機中のモビルスーツ各機には、プロペラントを装着しろ。状況によっては強行偵察もあるぞ」
「はっ」
 淡々と指示を出すブルックナー大尉以下のブリッジクルーをよそに、バーンシュタインは艦橋正面を覆う大きな窓へと歩み寄った。片手を突き、遠くで星々の明滅する宇宙をじっと見つめる。オデッサ陥落から早一月。攻勢を強める連邦軍が、ジオンの庭に攻め込んでくるのも時間の問題だ。
「——さて、何が出るかな?」
 見つめる先に敵の気配を感じてか、バーンシュタインの瞳は、獲物を狩る灰色熊さながらに鋭さを増した。

 新しいジムのコクピットに座るミハイルは、不機嫌だった。
 別に機体が気に入らないわけではない。そちらに関して言えば、むしろご機嫌だ。なんせ四機中一機しかない新鋭機をあてがわれたのだから。虫の居所が悪いのは、他の要因が作用してのこと。モビルスーツに罪はない。
『A小隊の着艦完了。続いてB小隊、カシス准尉より順次、着艦願います』
 不機嫌の原因の一つが、スピーカーから流れた。コーネリア・ルース軍曹。ヨークトンのオペレータだ。彼女の澄んだ声は、小気味よい口調と相まって、ノイズ混じりの無線でも明瞭に聞き取ることができる。どことなく突っかかるような響きさえ、確かに伝えて寄越すのだった。
 内心で舌打ちしながらグリップを握り直すミハイル。了解、と簡潔に応えつつ、前方のリー機に向かって声をかける。
「少尉、お先です」
『おう』
 ヨークトンへの着艦は、片側に三カ所あるハッチの真ん中から行うのが常だった。艦首方向より数えて一列目に小隊長機、三列目に後方支援装備機を収容する規則のため、ミハイルの機体は自ずと二列目、中央に納まることになる。同型機を操るA小隊のデュラン曹長と、ちょうど同じポジションだ。
 ふと、ミハイルの脳裏に、一昨日の模擬戦で惨敗した記憶が蘇った。デュラン機とコーレン機——ハッテ義勇軍コンビだ——にいいように弄ばれ、三分と保たなかった惨めな試合。スコアタイムを告げるルース軍曹もまた、ハッテ義勇軍の一員であり、その弾んだ声はミハイルを打ちのめすに充分な効力を発揮した。
 デュラン曹長とコーレン軍曹の腕は確かだ。実際、今し方の戦闘でも、パウエル隊長と共同で巡洋艦一隻を沈めている。奇襲とはいえ、ほぼ無傷で戻ってきたのだから、実戦に耐える技術テクの持ち主であることは間違いない。ハッテ義勇軍のメンバーが彼らを誇りに思うのは、当然といえば当然だろう。
 が、だからといって、自分が無能者扱いされる謂われはないと思うのだ。無線越しに数回、言葉を交わしたにすぎないが、ルース軍曹の自身への接し方は、まるで新米パイロットに対するそれのようだ。
「——黙ってりゃ可愛いのに」
 インフォメーションパネルに映る顔を横目に、ミハイルは思わず口にしてしまっていた。
『何か?』
「いや……着艦する」
 耳聡く聞き咎める軍曹に辟易しながら、機体を着艦コースに乗せる。ほどなく、オート切り替え指示のランプがコンソールに灯るが、彼はそれを無視した。
 慣性に任せて機を流し、タイミングを計ってフットペダルを小刻みに動かす。微速前進中のヨークトンと速度を合わせつつ、脚部をやや曲げた状態でハッチへ進入する。
 相対速度ゼロ。と同時に、脚を伸ばして接地——。
 ハッチに記されたターゲットマーカーの中心に降り立ったことを確認したミハイルは、大きく息を吐き出すと、ジムを少し後退させ、フットマウンターに足を乗せた。微かな振動とともにロックがかかり、ガイドレールに沿ってマウンターが移動を始める。ゆっくりと壁に遮られて行く星空を眺めながら、今度は小さく長く、息を吐く。
(やっぱり、こっちの方が性に合ってるんだな)
 シートベルトを外すミハイルの、それが正直な感想だった。
 非常時以外はオートプログラムを使うように言われていたが、どこか違和感があったのだ。自分がイメージして乗せたコースから、常に外れて降りるのが気に入らない、と言うべきか。
 実際にマニュアルでやるのは初めてだったが、思った通り、たいして難しくもなかった。機体が狙い通りに動くというのは、実に清々しい。好きに扱えてこそ、パイロット冥利に尽きると言うものだ。確かに、ハッテ義勇軍の二人には及ばないが……。
 そんなことを思いながらコクピットを出たミハイルは、女性用パイロットスーツが正面に浮いているのに気づいて、戸惑った。コーレン軍曹がバイザーの奥で笑みを浮かべながら、彼を出迎えてくれている。
『お見事!』
「え?」
『フルマニュアルで降りてきたでしょ?』
 不審顔で流れるミハイルの腕を掴まえて、彼女は言った。こつんとメットをあわせ、接触回線を開いて続ける。
「宇宙に上がってまだ間もないのに。さすが、本職の戦闘機乗りは違うわねー」
「……判るのか?」
 間近に見える柔らかそうな軍曹の顔に、少々どぎまぎしながらミハイルが尋ねると、彼女は楽しげな表情を浮かべて答えた。
「この艦のオートプログラム、癖があるから。艦に向かって外側の足を後ろに退いて、少し前寄りに降りるの。ほら」
 促されるままに第六ハッチをみやるミハイル。ちょうどヤン曹長のジムが降りてくるところだった。バズーカを担いだジムは、今まさに軍曹が説明したとおりの位置へ、右足を引き気味にして着地する。
「……へぇ。ほんとだ」
 これなら確かに、マニュアルで降りたか否かの判断は容易だ。納得しきりのミハイルだったが、傍らのコーレン軍曹はなぜかしらニヤニヤと、からかうような視線を彼に向ける。
「ね、ちゃんと見てた?」
「あ?」
 不意に問われて間の抜けた反応を見せるミハイルに、彼女は両手を腰に当てると、
「隊長から伝言。『次に降りるやつの着艦を見届けて、気づいた点があれば指摘しろ』以上」
 パウエルの口調をまねて言うのだった。
「ええ?」
「戦闘講評を行うとのことです。着艦完了後、各自着替えてブリーフィングルームへ集合。軽食携行許可」
 バイザーの口元を押さえるようにして笑うと、ワイヤーガンを抜いて放つ軍曹。
『では准尉殿。次への伝言、よろしく!』
 ピンと張ったワイヤーにたぐり寄せられながら、軽やかな声をスピーカーに残して去って行く。ミハイルはただ、呆然とそれを見送るばかりであった。

「振り回されてばかりですなぁ、准尉殿」
 散会したにも関わらず、席に着いたまま動こうとしないミハイルを見かねてか、ヤン曹長がからかい混じりに声をかけてきた。仏頂面を決め込むつもりが、結局はあたふたさせられたことを言っているのだろう。野太い腕をミハイルの首筋に回し、軽く揺すりながら耳元で続ける。
「民間出の女の子が相手とあっては、さすがに勝手が違うか?」
 リー少尉あたりが目にしたら制裁ものの行為だが、ミハイル本人にしてみれば、こうした接し方は有り難かった。相手の年齢が自分より一回り以上も上、というのもあるが、士官課程の途中で志願して前線へと転じた身としては、同輩という感覚の方が強いのだ。変に敬語を使われるよりも、ざっくばらんに扱われる方が、気も楽である。
 普段であれば、冗談の一つも言って切り返すところだが、この時ばかりは大きなため息しか出なかった。意外な反応に、目を丸くするヤン曹長。
「……なんだ、お前らしくもない。ひょっとして、図星か?」
「まさか。ただ、いろいろ叶わないなと思って」
「あの嬢ちゃん、相当腕が立つからなぁ」
「デュラン曹長もですよ。あの射撃と切り返しの良さ、見ました?」
 ミハイルは、今はなにも映っていないディスプレイモニターに目をやりながら言った。
「ほとんど彼一人で決めたようなものじゃないですか」
 戦果確認のため随行したボールが撮した映像には、先陣を切ったデュラン機の、敵艦に迫るまでに主要な対宙機銃を無力化した、正確な射撃ぶりが捉えられていた。さらには、迎撃に上がった敵モビルスーツの攻撃をかわしつつ、逆に手傷を負わせるという働きぶりである。
 敵艦撃沈の要因という意味では、コーレン機の絶え間ない砲撃着弾に加え、なによりパウエル機がエンジン部を直撃したことが大きい。だが、それが可能だったのも、敵に打撃を与えながら存分に引きつけるという役割を、デュラン機が見事にこなしたればこそだ。
 なまじ同じポジションにいるだけに、彼の凄さがよく分かる。ミハイルは片肘をついて頬を乗せると、小さく息を吐いた。
「……宇宙に馴れてることを差し引いても、鮮やかすぎますよ」
宇宙生まれスペースノイドの本領発揮、てことなんだろうなぁ」
 相づちを打つヤンの言葉には、感心以上の意味はなかっただろう。が、そうと理解していてもなお、ミハイルには己の内にある種の衝動が沸き上がるのを、完全に止めることはできなかった。両拳を握りしめ、辛うじて堪える。
「おい……」
「——大丈夫。解ってます」
 彼の異変に気づいたヤンが、心配そうに覗き込むのを制すと、
「悪いのはジオンだ。コロニーの落ちた原因が、サイド2ハッテにあったわけじゃない」
 ミハイルは僅かにトーンを落とした声で続けた。まるで、自らに言い聞かせるかのように。
 目を覆わんばかりの故郷の惨状。未だに消息の知れない家族や幾多の知己の顔。それらが鮮明に脳裏に浮かんでは消え、消えては浮かんでゆく。宇宙民スペースノイドの自治独立を掲げるジオン公国がもたらした、未曾有の災禍。
 スペースノイド、ジオン、コロニー落とし。何度も戒めたはずなのに、短絡的なその連想が、無意識に感情の支配を試みる。目を閉じ、ゆっくりと深呼吸をして心の奥底に押し込むと、代わりに自己嫌悪がこみ上げてくるのだった。
 サイド2ハッテ義勇軍の経緯については、充分に理解したつもりだった。
 彼らは皆、この戦争の直接の被害者である。そして、悪夢を生き延びてなお戦場に赴く、勇気ある人々でもあった。賞賛されこそすれ、謗られる理由はなにもない。
 にも関わらず、複雑な心境を抱いてしまうのは、彼らがサイド2の住人だからなのか。コロニー落としに使われた“アイランド・イフィッシュ”は、サイド2の首都コロニーマザーバンチだ。サイド2が初戦で壊滅さえしなければ、シドニーに落ちることはなかったかもしれない。だが、サイド2を守りきれなかった責任は、結局のところ連邦軍にある。地球への落下を許してしまったのと同様に……。
 ようやくのことで顔を上げたミハイルに、ヤンは苦笑にも似た表情を浮かべながら、ぽつりと言った。
「……真面目だねぇ。お前は」
「え?」
「我慢せず、吐き出しちまえばすっきりするだろうに。どうせここには、俺ら以外、誰もいないんだし」
 当惑するミハイルをよそに、にこりともせず続ける。
「俺もさんざん仲間を吹っ飛ばされてきた口だ。気持ちは解るつもりだぜ?」
 元戦車乗りはそう言うや腕を組んだ。過去の戦闘でこさえたという自慢の傷も露わに、遠い視線を天井に向ける。が、それも僅かなことで、フッと口元を緩めて瞼を伏せると、腕組みを解いてミハイルに視線を戻した。
「怒りは戦闘にぶつける。ぶつけ足りなきゃ吐き出す。そして忘れる。それでいいじゃないか」
「……。そんなものですかね」
「そんなもんだよ。抱え込んだところでどうにかなるもんでもなし、適当に発散して付き合うしかねぇだろう」
「はあ」
「それに、時には本音でやり合うことも必要さ。ま、こればかりは本人の性格や相性にもよるんだろうがな」
 ヤンの言葉を聞きながら、ミハイルは新しいチームメイトのことを改めて思った。
 寡黙で淡々としているデュラン曹長。対照的に、常ににこやかなコーレン軍曹。共にハッテ義勇軍として戦う二人は、本心では何を感じているのだろう? 連邦軍や地球生まれの人間に対するわだかまりはないのだろうか?
 そう思い至ったとき、唐突にルース軍曹の顔が浮かんだ。彼女の自分に対する接し方。あれは地球生まれアースノイドに対する本音そのものなのかもしれない。
(個人的に理由を作った覚えはないからなぁ)
 胸元のブーメランを無意識にもてあそびつつ、記憶を辿ってみるが、やはり思い当たる節はなかった。そもそも話す機会自体が少ないのだから、当然といえば当然である。ただ、隊長とのやりとりを耳にする限り、別段、地球生まれを嫌っているとも思えないので、単純に自分との相性の問題なのだろう。
 見た目の可愛さでメイより数段上のルース軍曹は、どうやら気性の激しさでもメイを上回るらしい。ひとまずそう結論づけることにしたミハイルは、改めてもう一人の女性、コーレン軍曹のことを思った。
 彼女との相性は悪くない。少なくとも、今のところは。笑顔の裏にどんな本音があるかは知りようもないが、あの人懐っこい接し方からすると、敬遠されてはいないはず。きっと上手くやって行ける。
 もっとも、こちらはこちらで故なくからかわれている感があった。先ほどのミーティングで、マニュアル着艦に話が及んだときもそうだ。隣で表情を曇らせていたデュラン曹長の様子といい、少し気にかかる。
「嬢ちゃんをモノにするには、いろいろと障壁がありそうだな」
 唐突にヤンが言った。咄嗟に何のことか判らないミハイルだったが、彼のにやけ顔と目が合うや、ようやく言わんとしていることを察して顔を赤らめる。
 べ、別にそんなことは。慌てて言い繕おうとしたその時、
「警報!」
 緊張を漲らせたルース軍曹の声が、鋭く艦内に響き渡った。
「進路右前方に、敵艦らしき光をキャッチ。総員、第一戦闘配置。総員、第一戦闘配置」
 高らかに続くサイレンの音色。ヤンと顔を見合わせるのもつかの間、ミハイルはロッカールームに向かって駆けだしていた。

※本コンテンツは作者個人の私的な二次創作物であり、原著作者のいかなる著作物とも無関係です。