機動戦士フェニックス・ガンダム

作:FUJI7

13 エイト・ムラサメ

<明確に! 感じる!>
 エイトの思惟だ。ナナは感嘆の声を上げた。
「エイトォ!」
 こんなに近くにいたのか、と思えば、先の戦闘の時には迂闊にも気が付かなかった自分を責めたくなる。映像で直視できていたのに! と。
 しかし、何故、突然、エイトの思惟を感じられるようになったのか?
<サイコミュ無しで戦っていたのか………?>
 そう考えるしかなかったが、それはパイロットとしては、驚異的な腕前であることを示していた。エイトが乗っているZPlusは恐らくテスから奪ったF型だろう。推力はあるが、サイコミュを使わなければ機動性が特に優れている訳でもないのに、ZPlusA1−S型の、手練れのパイロット三人がかりでやっと押さえつけている感じだ。やはりエイトを敵に回してはいけない、とナナは危惧する。が、実際にはナナの思いはそれほど崇高なものではない。自分の側にいて欲しい、とする、姉貴気分の単純な思いである。
 そう、強化人間はどこか、他人に依存することで精神の安定を図ろうとプログラムされる。いわゆる、『フォーマット』(初期化)と呼ばれる、記憶喪失の状態を人工的に作り出す事は、強化人間製造の為の普遍的なプロセスだ。これは、個体としての性格を決定してしまう為に、慎重に行うべき性質のものだった。ナナはその初期化に、ほぼ完全な形で成功し、エイトはナナのデータを元に成功した。その為に二人は戦闘時、非戦闘時に関わらず、似た傾向を持つようになった。つまり、『姉弟』というのは強ち間違いでもないのだ。
 更には二人は位置を確認しあうようにプログラミングされている。エイトのプログラムが解けていなければ、の話なのだが。F型のサイコミュをエイトが使用した事で、彼の機体は圧倒的な反応速度を見せているようだ。
 それまで、何とかエイトを押さえつけていた三人のパイロット達は、F型の動きが変わった事に気付いたようだ。呻くような、叫ぶような、恐怖に近い感情が伝播してくる。A1−S型にはサイコミュは搭載されていないが、エイトは自機のサイコミュを通して三人のパイロットの思惟を感じ取っているようだ。そのエイトが受け取った波動が、ナナのフェニックスのサイコミュにも伝わってくるのである。
 悲鳴。怒声。涙。後悔の念。
 ナナはそんな物が混じり合う意識を感じる。ナナは、こうした事実を踏まえれば、『人の魂は時間も空間も越えられるのだ』とする古い学説も、信じられ無くはないな、と思える。
<!……撃墜された………>
 ZPlusが一機落とされたようだ。この分だと、残った二機は後退を始めるだろう。サイコミュを起動した事で、エイトの感受性が過敏になっている今、彼らは立派に役目を果たした事になる。
 ナナはレバーを押し込み、ペダルを踏んだ。
 フェニックスの背部バーニア・ノズルから、ゴウッ、という音と共に火が走る。羽根は進行方向に対して直角になり、ミノフスキー粒子が効率よく排出されるように位置取りをする。
 従来のミノフスキークラフト機は、足場とも言える力場を、粒子を散布する事で得ていた。それに比べると、力場を構成する力そのものを推力に変換するフェニックスのシステムは、後世に出現する、『ミノフスキー・ドライブ』に酷似した推進システムだ。これはジェネレーターを酷使してしまう為に、短時間しか稼働できない。そこで、従来の力場を構成するフライトシステムも併用し、状況によって切り替える事になっている。
 何事も完璧にはいかない一例である。
 一瞬の加速の後、ナナはフライトシステムをノーマル、即ち通常のミノフスキー・クラフトに戻した。惰力で、滑るように進んでいく。ZPlus同士の戦いの、混濁した意識が強くなる。拡散したプレッシャー、と表現してもいい。その中で、強い指向性を持った意識、それがエイトの思惟だ。ナナはその思惟に向かって自らの意志を投げつける。
<エイト! お姉ちゃんが来たよ! 無益な戦いは止めな! 姉ちゃんが来たよ!>
《エイト! お姉ちゃんが来たよ!》
「な、に?」
 ジャンは頭の中に入り込んでくる声に不快の声を上げた。が、それは懐かしい声でもあった。矛盾。どうしてそう感じたのか? ジャンは瞬時に、その声の主が先の戦闘の時の、暴力を楽しんでいたパイロットだ、と断定した。と同時に、それが誰であるか、を理解したのだ。
「ナナ……お姉ちゃん?」
 眉根を寄せながら、逃げる気配を見せたZPlusに、ビームガンを直撃させる。脚部ジェネレーターに被弾した。変形する素振りを見せたので、大胆にもジャンはF型を敵の正面に持っていく。案の定、ZPlusは変形を始めた。それ自体は驚異的なスピードなのだが、ジャンは変形タイミングを読み切って、グレネードを二発撃った。
 そのうちの一発は変形途中の、内部装甲の中に直撃した。胸が、内臓が破裂するように爆発するA1−S。
 もう一機は、その間に変形を完了し、戦線から離脱していた。
 ZPlusなどはもう無視していい。
 キッ、とジャンはプレッシャーが来る方角を睨んだ。プレッシャーの主が明確にナナだとわかれば、流石に先の戦闘のようにはいかない。ジャンはF型を変形させ、離脱を試みる。が、光の様な………と表現していいだろう………スピードで、赤いモビルスーツが、ジャンの行く先を塞いだ。
「!」
 ジャンはバーニア・スタビライザーを曲げ、脚部のスラスターも上部に上げて、落下速度も利用して離脱しようとする。強烈な落下Gがかかる。胃袋が捲れ上がってしまうような感覚。それでもジャンは加速した。恐怖に囚われている、と言っても良い状態だったからだ。何故、自分が恐怖を感じているのか、ジャンは、直ぐには理由がわからなかった。それは、以前のフォーマット後の刷り込みが原因なのだが、恐怖が植え付けられた物なのだ、と想像出来ないのは、ジャンが愚鈍なのではなく、自分で思っているほど、人は、客観的に自分を見ることが出来ないという証左であろう。
 『ナナ』を『姉』として敬わなければならない、と言う、指令にも近い強迫観念が、ジャンの全身を圧迫する。それが圧迫なのは、頭の何処かで、それを拒否しているからなのだ。
 ガッ、ッキーン! 金属同士が擦れ合う人の生理を逆撫でする音! ジャンはコックピット内で、大きな振動の中に翻弄された。
「うっ!」
 全周囲モニタには、『腕』が映っていた。フェニックスが後からF型を抱え込んだのだ。
 う、で。ジャンは頭の中で、復唱した。うで。う、で。
「腕?」
 遂に口を突いてでる。直視できる、フェニックスの無骨な腕の映像は、姉の、ナナの細い腕へとイメージが変換されていく。
《怖がらないで………》
 『お肌の触れ合い』接触回線から、声が聞こえる。頭の中でも同時に声が響く。あらゆる方向からステレオ・スピーカーを鳴らしているかのように。
《迎えに来たよ、エイト………》
 ジャンの頭の中で細切れになっていた、あらゆる記憶が、モビルスーツを動かした事により、サイコミュを起動したことにより、ナナを姉だと感じた事により、声を感じた事により、全てが………全てが一つになっていく。
 『強化人間』の単語は、嫌な言葉だが、自分の事だと認識していた。ジャン・アシドラルの名前は、記憶のどこかにあった名前。それが自分の名前だ、とは自信がない。だが、エイトの名前は、ナナの腕に抱かれた今、ハッキリと自分の名前だと認識できる。
「エイト……エイト・ムラサメ………」
 そうだ、自分はエイトだ。
《そうだよ、エイト。思い出してくれたかい……》
「お姉ちゃん………?」
 ジャンは得体の知れない違和感を感じるものの、逆らいきれない自分に苛立ちを覚えた。このまま虜になってはいけない、と心の何処かが反発している。だから、必死でナナを否定する要素を探す。この姉を否定してみる………。
<姉を、ナナを否定する?>
 どこか、それが正しい事だ、とジャンはその意見を肯定してみる。フワフワ、と浮き上がるナナへの対抗馬。
<メリィ!>
 それはメリィの顔だった。イメージはナナに伝わり、ナナは嫉妬の感情をジャンに送り返す。
《私以外にエイトの姉は存在しない!》
 逆上したナナの、つり上がった目がジャンに飛び込む。その恐怖に、ジャンは思わず叫んでしまう。
「メリィ! 助けてよ、メリィ!」
《何を! 何を言っているの! エイト!》
 ナナは、エイトと同様、目に涙を溜めていた。姉だと信じて貰えない悲しさ。否定される切なさ。感情が怒りに転化されてしまう自分の未熟さ。
 ナナの思惟はフェニックスのサイコミュを通して、内臓式のビームサーベルを引き抜かせた。フェニックスはF型の尾翼に当たるバーニア・スタビライザーを掴んだまま機体を反転させ、無防備なF型の脚部にあるジェネレーターを焼いた。
 一瞬電源が落ち、ブラックアウトするF型の全周囲モニタ。予備電源に切り替わり、再び映像が映る。
《お前は! アレに乗れば、お前は思い出すわ! 私が誰で、誰がお前の姉なのか!》
 フェニックスはF型を抱えたまま、羽根を光らせた。残存していた、高熱のサーベルの重金属に粒子が触れたせいである。
 グン、と横方向にGがかかる。その行く先には、何か、もっと嫌悪したい物がある………と、ジャンは怯えた。反射的に足を、頭を抱えた。
《ゲタ(シャクルズ)04! その場でいい! 着陸しろ! パイロットを届ける!》
 ナナの通信が聞こえる。そのパイロットが自分だとわかるだけに、ジャンは益々怯えた。行く先には何がある? 近づくたびに、それが何であるか、想像が確信に変わっていく。
<待っているのは……待っているのは、僕だ………!>
 冷徹な、自分自身のコピー………。それが、待っている! 
<アレに乗ったら、僕は………!>
 サイコミュと、モビルスーツに囚われてしまう、とわかった。
「嫌だ、嫌だ、嫌だ!」
 激しく首を振るジャン。だが、金色のモビルスーツは視認できる程に近づき、波動は強力になっていく。
<このまま、僕は………………?>
 錯乱していた。
<これから、僕はどうなるんだ!>
 その心の絶叫は、ガルボ・エグゼの機動性をしても、辛うじてGMVを駆逐した、コードにも聞こえた。
「ジャン!」
 ジャンが泣いている、と判断したコードは、被弾し、出力が低下した機体を回頭させ、ジャンを感じる方向へと推力をかけようとする。
《どうしたんです!》
 シーツリーが叫ぶ。手持ちの武器の残弾は、もう殆どない。今から敵機と交戦するのは得策ではない。
「ジャンがピンチなんだ!」
 言いつつ、コードはスラスターを噴かした。
「一人で行っても!」
 と、シーツリーもガルボ・エグゼのスラスターに点火する。ジャンが敵のニュータイプ、若しくは強化人間と交戦した場合、ジャンの精神状態が不安定になるかもしれない、と言う懸念を持っていたシーツリーだから、コードの心配も理解できた。が、手持ち武器が殆どないのに、ジャンを助けに行く事は理性的な行動ではないことも知っている。
「それでも行ってしまう………だから俺はアマちゃんなんだろうな………」
 シーツリーの自戒と自嘲の弁である。
《おい! 見えるか!》
 コードの声だ。クリアな音声なのでワイヤーをこっちに接触させたのだろう、とシーツリーはアテを付ける。
 コード機が、人型形態になって、指をさした。シーツリーは望遠モードにして、熱源と見られる地域を拡大する。
「新型モビルスーツ…………?」
 妙な胸騒ぎがした。F型が被弾した様子で地面に転がっている。その脇に、赤と、金色の、派手なカラーリングのモビルスーツが仁王立ちしているのだ。
《嫌な予感がしやがる……!》
 流石は歴戦のパイロット、コードである。シーツリーと同じ思いのようだ。勘は、働くのであれば信じた方がいい。今まで、そうやって戦場をくぐり抜けてきたシーツリーである。二人は、今の戦闘で、パイロットとしての絆を深めていた。その二人の勘が一致しているのだ。これは信じない方が馬鹿をみる。
「帰投しましょう。恐らく、ヤツラにはかなわない。輸送機が離陸した頃でしょうから。一度戻りましょう」
 シーツリーは厳しく言った。コードも、そうしたいのは山々だったようだ。
《ジャンはどうなるんだよ! ジャンは!》
「彼の事です。死にはしません!」
 シーツリーは断定した。気休めが多々入った断定だ。コードも、それ以上追及できなかった。機体状況に対して、赤と、金色のモビルスーツ……その形状から高性能だろうと判断できた………が相手では、分が悪すぎる。
《わかった。撤退しよう………》
 諦めの表情を伝える声。コード機、シーツリー機は、巡航形態になり、新型から離れるコースを取った。追ってこない事を祈りながら。
<ジャンよ………お前、どうなっちまったんだ………?>
 メリィに会ったら、どう伝えるべきなのか、コードは後部モニタを見ながら、彼には珍しい思案顔を作った。

其の弐 終わり

其の参 予告

 コード、シーツリーの前に現れたジャンは、フェニックスのサイコミュに囚われ、敵として出現する!
 だが、ジャンに指示するナナの真意は、カラバ壊滅ではなかった!
 次回、機動戦士フェニックスガンダム『其の参』ミテクダサイ!

※本コンテンツは作者個人の私的な二次創作物であり、原著作者のいかなる著作物とも無関係です。