GoyouDa! - 冬の夜の大捕物 -

作:澄川 櫂

エピローグ

「あら、菜穂ちゃん。いらっしゃい」
 玄関を開けた小太りの女性は、菜穂の姿を見るなり相貌を崩した。
「こんにちは、おばさん。あの、いいですか?」
「どうぞどうぞ。圭助、菜穂ちゃんよー!」
 心底嬉しそうに招き入れると、二階に向かって呼びかける。けれども、呼ばれた本人が姿を見せることはなかった。
「上がってもらってー!」
 その声だけが階段を降りてくる。
「全く。せっかく来てくれたんだから、出迎えるくらいすればいいのに。ゴメンね、菜穂ちゃん。気の利かない子で」
「いいですよ。圭助らしくて」
 靴を脱ぎながら笑顔で応じた菜穂の言葉に、圭助の母は苦笑いすると、
「そうだ。おしるこ、食べるわよね?」
 と言葉を続けた。ちょうど一礼して階段に足をかけたところの菜穂は、その体勢でぴたりと止まり、ゆっくりと顔を向ける。甘い物、特に小豆系は大の上に大が付くほどの好物だ。
「えへへ、いただきまーす」
 喜色満面に肯くと、ルンルン気分で階段を登る。右手のドアをノックして、圭助の部屋へと入る仕草も軽やかに。
 すると、そんな菜穂の気配をどういう意味に取ったのか、
「いやぁ、レポートが終わんなくってさぁ」
 圭助は開口一番、言い訳がましく口にするのだった。そのことで逆にあたりをつけた菜穂は、「ははーん」と意地の悪い表情を作って言ってやる。
「どうせ昨日もゲーム三昧だったんでしょ?」
「うるさいなぁ。それより、変な物ってなんだよ」
 不機嫌そうに振り向くのは図星だからだろう。くすくすと笑う菜穂は、コートのポケットから一枚の年賀はがきを取り出すと、圭助に渡した。
「へー、あいつからだ。しっかしまた、ずいぶんと下手な字だな」
 差出人欄に見覚えのある名前を見つけて、圭助は驚き半分、呆れ半分の声を出す。
「住所も消印もないのが凄く怪しいでしょ?」
 コートを脱ぐ菜穂が言うように、その年賀状には宛名に『おざわなほ様』、差出人に『大竹まんじろう』とあるほかは、何も書かれていなかった。郵便番号すら空欄だ。
 一体どうやって届けられたのやら。そんなことを思いながら裏返したであろう圭助は、きれいにプリントされた写真を見るなり、意外そうに目を見開く。
 そこに写っていたのは、赤い鉄塔をバックにトウモロコシを頬張るマンジローの姿だった。ほくほく顔でカメラにVサインを向ける彼の、背後に建つその鉄塔は、東京タワーに似た形をしているが、
「これって、テレビ塔だよな。大通公園か?」
「そうだと思うんだけど……」
 札幌育ちの二人には一目でそれと判る。それでいて戸惑ったのは、マリーンズの帽子を被ったマンジローと雪景色の大通り公園が、にわかには結びつかなかったから。
 思わず菜穂と顔を見合わせた圭助は、よし、と気合いを入れて文面の解読に取りかかった。
「えーっと、なになに。『寒中見舞い申し上げます。また一緒に遊ぼうね。追伸、食費が出るようになりました』。……はあっ?」
「何を言いたいのかな?」
「知るかよ、そんなこと」
「分かんないよねぇ」
 揃って首を傾げる菜穂と圭助。おしるこの甘い匂い香る、ある新春の午後であった。

(とりあえず、おしまい)